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カテゴリ:BOOKS 2011年 08月 07日
珍しく闘病モノの本を2冊続けて読んだ。
「困ってるひと/大野更紗著(ポプラ社)」と「身体のいいなり/内澤旬子(朝日新聞出版)」 普段、闘病記のジャンルの本はほとんど買わない。なんとなくゴシップ的な趣に抵抗を感じていたし、単純に死や病について向き合うのが嫌だったということもある。 しかし、気がつくと本屋さんには闘病本があふれているではないか。癌はもちろんのこと、鬱だったり、パニック障害だったり不妊症だったり。それだけ世の中に大変な人が増え、立ち向かってゆく勇気を必要としているんだろう。私もなんとなく元気がない時は、買うのは躊躇しながらも、そうした本ををちらっと立ち読みし。「みんな大変なのだ」と案の定勇気をもらったりしていた。 そういう闘病モノをすいと抵抗なく買ってしまったのは、自分の中の変化もある。何しろこんなにも死を間近に感じ、また生についてじっくり考えた時期はない。日々放射能が降り注ぐ中、5年後10年後の自分の身体を心配する。同時に立て続けに急逝してゆく友や知人の知らせに触れ、いくら将来を気にかけていても、死ぬときは一瞬にして死ぬのだと開き直ったりする。 おまけに彗星はやってくるわ、2012年も近づいてくるわで何がなんだか分からない。自分が今日、今ここに生きているということがとてつもなくミラクルなことに思えてくる。そのミラクルは実に危うい。神さまの気まぐれな掌にかろうじて乗っているだけ、に過ぎないんだって。 とはいえ、どちらの本もお涙頂戴、感動闘病記をはひと味違う。「困ってるひと」はある日突然、免疫系の難病にかかった20代女子の命がけの闘病記、とにかく疾患は全身に及び、現在も闘病中。読むだけですさまじいモノがあるのだけど、文体は軽く、雰囲気的にはインドのドタバタ貧乏旅行記みたいな感じ。こんな強烈な体験をここまで飄々と書かれたら、どんな破天荒な紀行文も負けちゃうだろと思ってしまう。そこがすごい。 発病、検査に次ぐ検査、入院生活、在宅で闘病する決心をするまで。最終的には病だけではなく、社会制度とも戦ってゆくという展開。しかも福島出身。日本の今の困難を一身に背負ってバトルしているような、どんな立場の人が読んでも勇気をもらえる、今出るべくして出た本という気がしてしまう。すごく売れているらしいけど、ホントに納得です。 「身体のいいなり」は同年代のイラストレーターの著者による乳がん闘病記。腰痛やアトピー等々で体調の不具合を常に感じていた著者が、乳がんになりそれを治療してゆく過程で、自分の身体と向き合って、癌以前よりも体調も仕事も好転してゆくという物語。こちらは、端くれとはいえ、一応私も同業者なので本当に激しく同意したり身につまされたり、人ごととは思えず、かなり感情移入して読んでしまった。 前半部の体調不良を抱えながら、フリーとして生きるしんどさや、不安や、いらだち。そしてそういう現状に至ったのは全て自分の責任なのだという事実。そうそう、まさにその通りなのよ!と頷きまくり。 淡々と書かれてはいるものの、闘病期間中は相当に揺らいでいたのではと思ってしまう。そんな中で、仕事をひとつも断らずに乗り越える、その心意気に感動したりして。精神的に相当タフな方なのでしょう。他の著作も色々読んでみたくなった。 両方の本とも、しみじみと感じたのは著者の力強さ。病をバネに彼女たちが変わっていったこと。元々強い人だったのか、病が彼女たちを強靱にしたのだろうか。そうだとすれば、今困難を抱えている全ての人も、そして日本も、同じようにタフになっていけるのかもしれない。そんな希望を感じてみたりできる。 2010年 08月 17日
9月に予定していたモロッコ旅行が、思わぬ事態でキャンセルとなり、急きょインドに行くことにした。行き先はデリーとジャイプール。今年のお正月に行ったばかりではあるけど、ツアーだったので駆け足だったし比較的ゆっくり滞在できるのは約2年半ぶり。コモンウェルス・ゲームズを翌月にひかえたデリー、どんな様子なのかかなり楽しみです。
そんな流れで、気分を盛り上げようとインド関連の本を探して読んでいる中、一冊素敵な本に出会った。インド櫻子ひとり旅―芸術の大地タイトルだけ読むと普通のインドの旅本のようなのだけど、書かれている内容はかなり深い。ビハール州、ミティラー地方の民俗画「ミティラー画」に心惹かれた著者がミティラー地方の村に住まい、留学を試みることから物語は始まる。そこで著者が出会ったのは保守的なビハールの村での閉鎖的な暮らし。私たちにはちょっと想像も出来ないほど制約の多い村のでの日々が、リアルに描かれている。ほとんど軟禁状態の生活に根を上げた著者は学園都市シャンティーニケタンに拠点を移し、そこからアディバーシーと呼ばれるインドの先住民の女性が肌に施す入れ墨に興味を持ち、先住民が多く住むチャンティースガル州の村々へフィールド・ワークに訪れる。 アーディバーシーと呼ばれる人々は、アーリア人がインドへ侵入する3000千年以上以前からインドに住んできた人々。ヒンドゥー教以前の独自の宗教観を持ち、部族によっては今も狩猟生活や焼き畑農業を行っている。実はインドには八千万人以上の先住民が暮らしているらしい。とはいえ、その区別はかなりあいまいで、イギリスの統治時代にヒンドゥーでもムスリムでもない人をトライブと呼び始めたのが起源だという。ご存じの通りインドはカースト制度が未だ根強く残っている社会で、それは気が遠くなるほど沢山のカーストによって社会は多元宇宙のように細かな層をなして存在している。もちろんこうした先住民の人たちはカーストの外に生きる人と位置づけられている、彼らの世界は、ただでさえ深いインド文化のさらに最深部、古層の古層に広がっているのだ。そう思うとなんだか気が遠くなる。 そんな訳で、インドの先住民の情報は今も、一般向けの情報はとても少ない。そんな中、90代初頭に単身で訪れる著者の行動力に脱帽すると共に、そこに瑞々しく描かれる、村の様子や女性達の生き様も深く心に響く。 世界の各地に住む、いわゆる先住民と呼ばれる人々の価値観や世界観には、どこか共通したものがある。そして世界を旅すると、表面に覆い被さっているその国の主流の文化、仏教やキリスト教やイスラム教に基づく価値観や道徳観の下に、必ずこうした古い文化の姿が見え隠れする。主流の文化はその古い文化を否定した上で成り立っているるけれど、実はお互いに底の方で交流し合っていて、大抵「うまみ」はその底の方に隠れている気がしている。私は別に先住民びいきではないけれど、彼らの残す古い世界観や価値観の中に何かと興味を持ってしまうのは、きっと自分たちの世界が失った何か、というよりは失ったと思いつつ自らの深層に残している何か、と響き合うモノがあるのじゃないかと思う。 いつかインドの村々を旅して回ってみたいなあ。 2009年 02月 15日
ということは、以前からちょくちょくやっていました。
単に楽しいからというのもあるし、書き留めておくと意外と叶っていることも多いから。願い事を明確にすると実現する、系の本はかな〜り出ています。どういう方法が自分にとって一番フィットするか研究するため、気になった本をいくつか買って読んでいるのですが、海外で出版された本は、願いが結構大きくて、これであなたの人生も思いのまま、モテモテ大金持ちウハハハ・・みたいなノリもあったりして。なんだか、ここまで欲望が露骨なのもどうなのかと思うこともありました。不幸の形は人それぞれだけど、幸福の形って案外決まり切った物なのかしら、と思ってみたり。 そんな矢先にふと、目に付いたこの本運と幸せがどんどん集まる「願いごと手帖」のつくり方薄くてあっという間に読めそうな本ですが、ももせいづみさんの「シンプル家事の本」というのを以前読んで、目から鱗というか、その後の家事のやり方にかなり影響を及ぼされたので、手にとって読んでみることにしました。 これ、なかなか良い本でした。 やり方は簡単、一冊手帖を選んでそこに願い事をどんどん書き込んでいく、というもの。でもこの本のコンセプトがいいところは、これであなたの人生思いのまま、というのではなくて、小さな願い事を書き留めることによって、日々の幸せに気がつき、それに感謝するというとっても東洋的なアイディア。 願い事の書き方にもコツがあって、なるべく「to do」的な書き方はせずに、自然に棚ぼた式な雰囲気で書く。大きな願い事も、身の回りの小さな願い事もどんどん並列に書き込んでいゆく。で、かなったらそれに丸をつけてゆく。そしたら実は結構、日々願い事が叶っているのだということに気がつき、自分って結構運がいいのかもと思えるようになる。そのハッピーな気持ちがさらに次の願い事を叶えやすくする。 と、願い事を書き込む手帖が、自分の心の有り様を変えてゆくツールになるのですね。なんだかそれが大事っぽくなくていい感じ。 それと印象に残ったのは、なかなか叶いにくい願いは、友達同士で集まってその願い事を応援する気持ちで、みんなで手帖にそれを書き込むというアイディア。これもなんだかいいですよね〜。 世の中先行き不安定だから、困ったときは神頼み、みたいに、こうした魔術的な本が沢山出版されるのでしょう。 私は人生の前半はバブル期の物質主義ばりばりの世界で育ったので、あまりに度が過ぎたのはちょっとついていけないなあと思うのだけど、この本は自然で、そうだよねって入っていけました。 願い事を書くって誰にも迷惑がかからない、シンプルで簡単、しかも楽しい行為ですものね。 こんなちょっとした行為で、自分の願いも他人の願いも叶うんだとしたら、かなり素敵な事。自分なりにどうしてなんだろう・・と考えてみると、きっと書くことによって自分自身の心の深い所に語りかけているのかなあ。まるで自分自身が書く自分の予言書みたいな効力があるのかもしれません。だから願い事は〜したい、とか、なりますように、ではなくて現在形、肯定文で書くのがいいそうです。 こうすると意識のアンテナが知らず知らずのうちに、願いが叶いそうな場所へ向かっているのでしょう。言葉って実はすごくパワフルなんだなと思います。 さて、今日はどんな事を願いましょうか。 2008年 02月 21日
またずいぶんと更新してなかった。最近ダンスをお休みしてるしてるので、読書モードになってる。仕事の途中にアマゾンを覗いては本を衝動買いしてしまう。この頃、めっきり本屋に行く回数が減ってしまった。昔は本屋は大好きな場所の一つだたったのに、わざわざ足を運んでも欲しい本がないことがあまりに多いので、通販でばかり買うようになってしまった。しかしこの頃、やっぱり本は触って選んだ方がいいなあと思い直すようになった。だって書評欄が五つ星だからといって買ってみても外れることが多すぎる!いくら中身検索があっても、実際手にとってみるとスカスカの本だったりすることも多し。 さて、先日美しいアジアの絵本を二冊見つけたので思わず取り寄せてみた。異国の絵本にはいつもインスピレーションを大いにもらってる。印象的だったのは、この「ながいながいかみのおひめさま」ってインドの絵本。かわいらしい表紙に惹かれて取り寄せたら、読んでビックリ。これでいいいのか?っていう意外すぎる展開。長い美しい髪を持ったお姫様が、最後に丸坊主になって森へ消えてしまう話なんだ。王子様が出てこない。何にも頼らず最後は心の自由を得ましたっていう、実にインドらしい話だなあと思った。お姫様が消えていなくなってしまうというラスト、日本じゃあり得ない。でもなんだか不思議と心に残る。 もう一冊はインドの更紗に印刷して書いた絵本。文様好きには楽しい一冊。奥の白地の本は、一昨年バリで買ったインドネシアの民話物。こちらも大好きな絵。 こういうのいつか描きたいなあ、と思いつつ夜中に絵本のページをめくる。 2007年 03月 27日
トルコ人作家オルハン・パムクの「私の名は紅」と「雪」をようやく読了。年末トルコ旅行の前に、ちょうどオルハン・パムクが「雪」でノーベル文学賞を取り、これはトルコで読むには最適だろうと、重いのを承知で「私の名は紅」と「雪」を2冊を買って旅行に持っていった。旅先でトルコ人と会話するごとに、今オルハン・パムク読んでるよ、と言うと反応は様々で「素晴らしい作家だ」という人もいれば、「彼はペシミスティック過ぎて好きじゃない」という人も多かった。「私の名は紅なんて10ページ以上読み進められなかったわ」笑いながらトルコ人の女性が言った。 最初に「私の名は紅」 なんとか読み終えられたのは高い本をわざわざ買ったということと、テーマが絵についてだったからだろう。 イスラムの細密画家たちの芸術についての考え方は、西洋的な芸術についての考え方とは全く相反する。例えば遠近法を使って描くこと、目が見たそのままを描くこと、自分の個性を出すこと、画面にサインをすること・・西洋絵画のごく基本事項として扱われていることがイスラムの細密画世界では悪魔的で、冒涜的な意味を持つ。 だからといってイスラムの細密画の世界が遅れているとか稚拙なのでは当然なく、全く別の価値観、哲学、豊かな芸術性を持っている。そんな完成されたイスラム細密画の世界に西洋絵画の世界観が持ち込まれる、伝統をことごとく覆えす価値観や技法に、画家はと戸惑い、恐れと誘惑の中で葛藤する。 読みながら自分の「画を描くという」考えについて再度考えさせられたり、はっとさせられたり、こういう考えもあるのだなあと、驚いたり・・近世のイスタンブールの暮らしの描写も興味深く、読んでしまえば重厚でかなり、充実感のある本だった。 ようやく「雪」雪に埋もれた辺境の小さな町カルスがこの小説の舞台。作品の中心に描かれているのは、政教分離、西洋的な考えを主張する無神論者とイスラム主義者達のせめぎ合い。そこに切ない恋愛物語が絡む。 解説に「最初で最後の政治小説」と書かれていたので、読むのを渋っていたのだが、政治を題材にした恋愛小説のようでもあり、ストーリー運びも見事だし、絶えず降り続く雪の町の描写もなんとも美しい。登場人物たちが抱えている神やイスラムに対する様々な考えが、単なる議論に留まらず、人間性や人生が透けてくるように、生き生きと語られているので全く飽きない。そして一元的なイスラム教に対するイメージが完全にくつがえされる。 何度もトルコを訪れていても未だに、トルコ人はみんな敬虔なイスラム教徒、と気軽に認識していた。でも実は違うということを「雪」を読んで初めて気づいた。世代や社会的立場、地域によってイスラムに対する考え方は全く違うらしい。 無神論的な立場の人間はほとんど日本人と似た考えを持っている、宗教とはナンセンスで、西洋的な理性と知性を重んじている、そして敬虔なイスラム教徒を心のどこかで古くさい人々と思っている。その対極に過激なイスラム主義者が居るわけなのだが、かつての無神論者が過激なイスラム主義になる例は少なくなく、その逆も多い。時代によって片方の考えが強くなり、逆転も起こる。 読みながら今までトルコで出会った様々な人たちの顔が思い浮かんだ。 10年前イスタンブールに長居していたとき、泊まっていた安宿のマネージャーが酔っぱらっていつも宗教議論をふっかけてきた、彼は執拗に「神はいない!どこにいるんだ、居たら見せてくれ」と繰り返す。日本人は適当に相手にしていたが、西洋人が相手の時は、お互い譲らず長い議論に発展した。トルコ人のくせに神はいないなんて珍しいヤツだと思っていたが、この本を読んでそれが特に珍しいことではないと初めて知った。(彼の場合西洋主義というよりは少々やけっぱち、ニヒリスティックな無神論者だったけれど・・。) ベイオウルの「グランド・ホテル・ロンドル」のマネージャーは私たちがイエメンに行ったと言うと、「あんな原理主義者の国になんで行くんだい?」と顔をしかめた。 今度来日するババズーラのメンバーも「僕はイスラム教は嫌いだね」と言う。 しかし、一方でメルジャン・デデはスーフィーの宗教音楽をベースに作品を作り、それに感動したベイオウルのお洒落な若者が、スーフィーを通してイスラム主義に走ることだってありうるかもしれない。 さまざまな価値観のせめぎ合いと反抗があって、西洋と非西洋、宗教と無神論の間をゆれうごく曖昧さが日本人の心情ともどこか共通しているような気がして、「私の名は紅」や「雪」に書かれる世界を遠い世界の物語とは思えない。こうしたデリケートな問題を巧みに、美しく書ききっているのだから、さすがノーベル文学賞!本当に「雪」は久々に心に響く小説だった。感動したのでつい長々書いてしまった。確かに暗い作品ではあるが・・。 ちょうど、今上映中の「クロッシング・ザ・ブリッジ」 と合わせてこの本を読むと、トルコがよりリアルに感じられるのじゃないかと思う。 ってな訳で決意しました。今年はトルコ語習います! 2006年 07月 23日
春頃から2ヶ月以上みっちり描き続けていた、「タイ語イラスト単語ブック」ようやく出来上がりました。山海堂出版より1300円で発売中です。下川祐治さんの監修です。タイ好きなみなさん、タイに行く予定のみなさん是非是非買って下さい。そうでない方々も本屋で覗いてみて下さい。2315語分、169P分イラスト描きまくってます。は〜我ながら良く描いた。まずは自分をねぎらってあげたい。
2005年 09月 03日
今週はいっぱい本を読んだ。本屋でふと手に取った中沢新一の「アース・ダイバー」という本がすごく面白かった。ちょっと変わった東京案内の本で、縄文時代の東京の地形図を現在の東京の地図にあてはめて眺めてみるという内容だ。縄文時代には海はずっと東京の内陸まで入り込んできていて、海と陸がジグザクに入り組んだリアス式海岸の形をしている。その陸地と海の境目、岬状になった場所が縄文時代の人にとって、この世とあの世を結ぶ「聖なる場所」だったらしく、そこに彼らは古墳や墓地を作っていた。その場所には後世になって海が後進し陸地が広がった後も、寺や神社が建てられ、時間の進み方の異常に遅い「無の場所」になっている。そういう場所には不思議な死の香りがただよっている・・。こうした視点で東京を歩いていくのだが、なんだか東京がとっても神秘的でスリリングな街に見えてくるのだった。 この本を読んで、そうか〜!!!と思ったのは、街を歩いていて「なにか妙な雰囲気」を感じる場所、そういう場所がいわゆる縄文時代に海と陸地の境目だった場所だったんですね〜。しかも東京の重要な場所のほとんどが死の匂いのする場所なのだそうだ。確かに盛り場には幽霊話が絶えないし、そういうこの世ならぬ雰囲気があるからそこが盛り場になるのかもしれない。私が働いていたWAVEもそんな話ばっかり、六本木WAVEなんて特にそうだった。エルスールレコードのあるあたりは見事に、「宮益坂横穴墓群」だったりして。夕暮れに青山の裏通りを歩いているとなんだか黄泉の国に迷い込んだような気分になることがあるし、夢の中でも青山や西麻生の裏道を曲がると海が広がっていたなんて風景をみることもあり、そういうこともまんざら偶然でなく土地の持つ記憶を無意識に受け取っていたんだなあと思う。 ちなみに、うちのマンションのあるあたりはかつては池があって、このマンションは池を埋め立てて建てられたらしい。この辺の地形をよく観察すると明らかにかつて水があったんだなという痕跡を残している。そうして、ちょうどマンションの背後は小高い山になっていて、そのあたりは昔は駐屯地だったようで今も慰霊碑が建てられ、人通りも少なく寂しい感じなのだ。なんとなく「なにか妙な雰囲気」を感じてあまり近づかないようにしていたんだけど、そこも「無の場所」の一つだったんだな〜、確かに神社もあるしね。 そのことに気づくと単にそこが「怖い場所」という気分ではなくなって、なんだか神秘的な場所に思えてくるから不思議。こんど詳しく散策してみようっと! この本が面白かったので、久々に中沢新一の他の作品も読んでみようと、アマゾンで検索し「カイエ・ソバージュ」という5巻組の講義録を買ってみた。一冊づつ買ってゆっくり読もうと思ったのに、これもまたすばらしく面白い本で、しかも講義録だから語り口も平易で分かりやすく、結局一日一冊のペースで読んでしまう。4巻目読破、明日最後の巻を買いに行こう〜!わくわく。 色々な国の音楽を聴いたり、旅行をしているとどうしても宗教や神話について色々考えてしまうのだけど、この本はそのもやもやした疑問にすっきり答えを与えてくれるし、何よりも面白いのがすごい。大抵宗教の本なんて読んでると眠くなっちゃうもんね。 しかし、読書で左脳を使いすぎた後は、どうも踊りがうまく踊れないことに今回気づいた。絵はわりと平気なんだけどね〜。 アースダイバーへのリンク < 前のページ次のページ >
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とはいえ、どちらの本もお涙頂戴、感動闘病記をはひと味違う。
「身体のいいなり」は同年代のイラストレーターの著者による乳がん闘病記。腰痛やアトピー等々で体調の不具合を常に感じていた著者が、乳がんになりそれを治療してゆく過程で、自分の身体と向き合って、癌以前よりも体調も仕事も好転してゆくという物語。
そんな流れで、気分を盛り上げようとインド関連の本を探して読んでいる中、一冊素敵な本に出会った。
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世界の各地に住む、いわゆる先住民と呼ばれる人々の価値観や世界観には、どこか共通したものがある。そして世界を旅すると、表面に覆い被さっているその国の主流の文化、仏教やキリスト教やイスラム教に基づく価値観や道徳観の下に、必ずこうした古い文化の姿が見え隠れする。主流の文化はその古い文化を否定した上で成り立っているるけれど、実はお互いに底の方で交流し合っていて、大抵「うまみ」はその底の方に隠れている気がしている。
そんな矢先にふと、目に付いたこの本
またずいぶんと更新してなかった。最近ダンスをお休みしてるしてるので、読書モードになってる。仕事の途中にアマゾンを覗いては本を衝動買いしてしまう。
トルコ人作家オルハン・パムクの「私の名は紅」と「雪」をようやく読了。
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春頃から2ヶ月以上みっちり描き続けていた、「タイ語イラスト単語ブック」ようやく出来上がりました。山海堂出版より1300円で発売中です。下川祐治さんの監修です。タイ好きなみなさん、タイに行く予定のみなさん是非是非買って下さい。そうでない方々も本屋で覗いてみて下さい。2315語分、169P分イラスト描きまくってます。は〜我ながら良く描いた。まずは自分をねぎらってあげたい。
今週はいっぱい本を読んだ。
