サンタクロースのようなおじさん 後編

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さて、Kさんとの不思議な一日、後編です。


山谷にある「マザーテレサの愛の宣教教会」を出て、バスに乗って三河島へ向かう。途中Kさんは自分についてのドキュメンタリー映像を見せてくれた。それは映像を学んでいる20代の海外留学生による10分程度の作品で、マザーテレサの教会で出会って、取材されたそうだ。


それによると、Kさんはもう10年以上もこのボランティアを続けているとのこと。ホームレスになって山谷のドヤ街で失意の日々を送っている時に、すぐそばにあるこの教会の存在に気がつき訪ねたのがきっかけなのだという。


「教会でボランティアをしてから、瞑想しに行くって最高でしょう?この二つの場所がこんなに近くにあるのもすごいよね。これさえあれば、何もいらないよ。」


タイの仏教瞑想センターは、こぎれいなビルのなかにあった。二階が食堂になっていて入ると、オレンジ色の衣を着たお坊さんたちが読経しており、その脇で食事ができるようになっている。ちなみに無料で、本格的タイ料理。しかもお坊さんが食べるから、悪いものは使っていないとか。


来ている人たちもほとんどタイ人。こんな場所があるなんて知らなかったかったなー!ご飯も現地仕様で辛いけどおいしい!確かに下手なレストラン行くより、ここで食べた方がずっといい食事にありつける。

「ここ来始めた頃、僕はどん底でね。朝から晩まで毎日来て、ただでご飯を食べて何時間も瞑想し続けてた。でも彼らは何も言わずに自分を受け入れてくれた。本当に泣けてきたよ、自分は生かされているんだなって。一度ホームレスになったら、普通の生活に戻るのが難しいんだ。教会でボランティアをし、瞑想する事がなければ、自分はどうなっていたか分からないよ。」


お昼を食べたら13:30からホールで瞑想がある。お坊さんと一緒に読経して、しばらくサイレントで座る。若くてキラキラっと透明なエナジーのお坊さんがガイドしてくれて、終了後も質問に答えてくれる。彼にお布施を渡して、お祈りしていただく。土曜日だというのに、参加者は3人だけ。おいしいご飯も食べられて、これは穴場ではないか!


そして瞑想が終わると、Kさんは今度は知り合いのタロット占い師と会う約束をしているという。「すごくいい占い師だから、観てもらうといいよ。」と有無を言わさぬ流れである。私はただついていくしかない。結局二人の占い師のところに案内された。最初は小さなギャラリー行われている占いイベントみたいなところ。何人かの占い師さんが出店を出している。

そのうちのひとつ、石を使ったルーン占いのブースに向かう。そしてKさんは占い師さんに挨拶する。「こんにちは、先日占ってもらった時すごくいい言葉をいただき、あれから人生の流れが変わりました。今日は友達を連れてきましたので。」


ということで、占ってもらう。詳しい内容はプライベートな事で書けないけど、意外やすごく良い結果が出たのだった。小さくまとまらないで、これからも思い切ってやりたい事をやった方が光っていけるとのこと。

プラシーボ効果だろうが何だろうが、落ち込んでる時に、好きな事に向かって行動した方が運気が上がります、と言われたら、そりゃーシャキーンと元気でますよw


続いて、Kさんの友人のタロット占い師Mさん夫妻と待ち合わせ。朝から濃密スケジュールでクタクタだけど、ここからがまた濃かった。Mさんは普段は会社勤めをしており、プロではなかったが、とても勘が良く誠実で、何よりプロじゃないだけに、こちらが納得するまで全力投球で、じっくりカードを読んでくれた。本当に素晴らしい方だった。大まかな流れを占って、そこからスプレッドを変えて、内容を絞り込んでいく。上からメッセージを下ろすのではなく、その人の深いところにあるものを引き出していくというやり方で、出たカードの一枚一枚の意味を納得するまで詰めて行くので、占ってもらう方もかなりエネルギーを使う。


そうやって点と点を繋いで、流れを辿っていくと、薄ぼんやりした霧の中から、思いがけないブループリントが浮かび上がってきた。おやまあ!何となく感じていないではなかったけどという意外な驚きでありつつ、もし本当に実現したら、人生もう思い残す事ないな。ってくらいの、深いところに眠っていた望みを、ボコッと掘り起こされた感じだった。全体的には、手堅く謙虚でありつつ、同時にチャレンジし続ける事で、とても良い方向に進めるとの事


結局3時間以上も占ってもらって、皆で食事を一緒にして。Kさんは爽やかに「ではまた!」と去っていった。何故私にそこまでしてくれたかと問えば、「最初に会った時、すごく元気がなかったから、元気になってもらいたいと思っただけだよ。」

起こったことの密度に付いて行けず、ぼーっとしながら帰って、23日まだぼーっとし続けてた。突然現れたKさんは、宇宙からのメッセンジャーみたいだなと思った。あるいは贈り物を携えてやってきたサンタクロース。


「人生にどんな困難が起こっても、愛に開き、心の静けさと明晰さ、そして希望の灯りを灯し続ければ、必ず乗り越えられる。」

彼と行動を共にして伝えてもらった事を要約すると、こんな風だと思う。教会で出会った、愛を行動に移していく精神、そして瞑想による心のクリアさ。自分の本当の望みを知り、希望を失わない事。


それがあれば、どんな嵐が来ても沈まずにいられる。

逆に言えば、人が人生に撃沈する時、どこにも希望はなく、自己嫌悪や怒りや悲しみに巻き込まれ、完全にハートが閉じてしまう。私がKさんに会った時、まさにそんな感じだったんだろう。


「もし、これから人生が良い流れになったとしても、驕る事なく、ご自身の人生を丁寧に噛み締めて、歩んで下さいますか?」と後でKさんからメールが来た。


Kさん、本当にありがとうございます。

全ては「わたし」が行なっているのではなく、大いなる命の中で生かされているのだという事を忘れずにいます。忘れそうになったら、また注意しに来てくださいね。





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# by umiyuri21 | 2018-06-10 21:49 | ヨガ

サンタクロースのようなおじさん 前編

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私は面白い人に出会う才能は、結構ある方だと思う。そして、そしてそんな注目すべき人々と出会った時、魂の底から愉快で嬉しくなる。今日もそんな不思議な出会いの話。


先日とあるセミナーのお誘いいただき出かけた。そこでたまたま隣に座った男性がKさんであった。


ちょうどその日、私はかなりささくれていて、疲れて落ち込んでいた。インドから帰ってきて先行きが見えなかったし、手術も控えていて、自分の体が、確実老いに向かっていくのだという不安もあった。人生行き当たりバッタリで、好き勝手にしていたツケが回ってきた。好きな事をして、直感に従っていれば、全てがうまくいくなんて、嘘っぱちだったなー。と自分の人生を、荒んだ心で冷たくあざ笑っていたのだった。


セミナーの内容は詳しくは差し控えるけれど、その日行ったワークの一つで、お互いがそれぞれ瞑想のスペースに入り、そこから相手を感じてみるというものがあった。隣の人と向き合って見つめ合い、エゴを超えた場所で繋がって行く。ワークの後、シェアをするとKさんに「アメリカインディアンの姿が見えましたよ。」といわれた。

私は驚いた。というのもここ数日、瞑想中にアメリカインディアンの女性のヴィジョンが良く浮かんできていたからだ。私は新大陸には足を踏み入れた事がないので、意外な気持ちでいたのだ。


セミナーの後半、講師の方が「自分の人生で今こんなはずじゃなかった。」と思うことがあったら、書いてください。とおしゃったので、私はいち早くそれを書きなぐり、顔を上げた。講師の方が「早いですね、何て書いたのですか?」と聞くので「この年になって、こんなに何もかも失うなんて、思ってもみませんでした。」と投げやりにお答えると、彼女は大声で笑った。

「今日この席順になったのは、偶然じゃありませんね!あなたの隣に今あなたが必要としている人が座っています。良かったら後でゆっくりお話ししてみて下さい。」と言ったのだった。


そこで終了後、隣に座っていたKさんとお茶をすることにした。Kさんは60歳とのことだが、今まで二回億万長者になり、二回ホームレスになったという。そして今は2回目のホームレス中だが、再び人生に新しい流れがやってきている最中なのだとか。そして話すにつれ、沢山のシンクロニシティがあることに驚いた。まず彼はクリスチャンでありながら、同時に瞑想のプラクティスしているという共通点があった。日本人でその両方をやってる人がそもそも多くはないだろうに、たまたま隣に座ったというのも奇遇だが、なんと彼は私が以前住んでいたマンションのすぐ隣に建つ、マダレナカノッサというカトリック系の幼稚園の出身だった。


私の家族はキリスト教徒で、私自身は特に熱心ではないけれど、(むしろ若い頃はそれに反抗していた。) 母が亡くなってからというのも、折々にキリスト教のコネクションを感じるようになった。母が亡くなった直後にたまたま越したのが、マダレナカノッサ幼稚園の隣のマンションだった。

大家さんは熱心なクリスチャンだった。彼女は母にとても雰囲気が似た人で、早朝いつも幼稚園の奥にある修道院にお祈りに行っていた。(よく誘われたけど、結局一緒にお祈りに行くことはなかった。)そしてそこに住んでいる時に、ヨガの先生である、ジョシーとも出会った。彼もインド人だったけど、ケーララのカトリック教徒だった。


インドに行ってる間も、教会や修道院には何かと縁があったし、思いがけず深いメッセージをそこで受け取ることも度々起こった。


まあ、とにかく、あの幼稚園の隣の部屋に住んでいる時に、震災が起こり、人生観が変わり、ヨガを始め、離婚をし、インドに通うようになった。私にとって忘れ難い因縁の場所であったが、まさかそこで繋がったとは!それだけじゃない、他にも色々シンクロがあったのだが、そこら辺は割愛。


Kさんはもう長いこと、山谷にあるマザーテレサの「神の愛の宣教教会」で炊き出しのボランティアに参加していて、その後三河島にあるタイの仏教瞑想センターで瞑想するのが習わしになっているという。ぜひ一度来てみたらどうかと誘われた。さすがに私もこのシンクロ具合にただならぬものを感じたので、早速先週の土曜日に参加してみることにしたのだった。


9時に教会で待ち合わせをし、たどり着くとちょうどカレーを作り終わりお弁当にする作業の前のティータイムだった。10人前後の人達が集まっている。軽く挨拶して席に着くが、教会コミュニティー独特の雰囲気。何もかも、子供時代から馴染んでた空気そのままで、そのデジャヴ感に軽くめまいがしそうになる。

聞けばここにはインド人二人、韓国人二人の4人の修道士が生活しているという。

小さな礼拝堂にも案内してもらうが、ここもジョシーが住んでいる、カンニャクマリの修道院を彷彿とさせる。またこんな所に連れてこられちゃったのねーという気分。


様々な国の人がボランティアに来ていた。中国人が結構多い。上野にカトリック教会があるから、そこの人達がよくやってくるのだとか。作ったお弁当を容器に詰めて、ゴムをかけ、スプーンを挟む。250個くらいのお弁当を作る。「今日は月初だから人は少ない。お給料が出たり、生活保護の支給があるからね。月末になると、みんなお金がなくなるから増えるんだ。」


お弁当を配る前に皆で賛美歌を歌い祈る。それから自転車で隅田川沿いの白髭橋へと向かう。すでに沢山のおじさんたちが並んでいる。韓国人の修道士に、皆に挨拶しに行こうと言われる。最後尾まで歩きながら「おはようございます」と声をかけていく。ほとんど男性で女性はいない。


それからカレーを配り始める。ボランティアは結構いるので、あっという間に配り終わる。奉仕というよりはむしろ、「与える」ことをさせていただく場、という印象だ。


「人生を良く変えたいと思うなら、まず与えなさい。小さなことでもいいんだ。大抵の人は、余裕ができたら人に寄付しようなんて考えるけど、そうじゃない。」とKさんは言う。

「あのおじさんたちはホームレスなのですか?」

「いや、大抵はこの辺の簡易宿泊所に住んでるよ。僕も一年くらい住んでいた事がある。人間の住むとこじゃないよね。」

「この自転車も、僕がちょっとづつ寄付したんだよ。」


教会に戻って自転車を置く。教会でお昼を食べていきなさいと勧められたが、Kさんが最高のタイレストランがあるからそっちへ行こう、と言うので、ささっとお暇し次の目的地、タイの仏教瞑想センターへ。


という事で、続きは次回!








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# by umiyuri21 | 2018-06-06 18:24 | ヨガ

6月のヨガレッスン


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土曜日 16日、30 19:00-20:30

火曜日 5日、19 15:00-16:30


場所:Ruhani Bellydance Arts

150-0001 東京都渋谷区神宮前3-36-17 (明治神宮前駅、原宿駅から徒歩8分ほど)

www.bellydancearts.jp.

料金:ドロップイン 2,000

ヨガマットはご持参下さい。


今月は私ごとで恐縮ですが、下旬に眼科手術を控えています。手術後はしばらく激しい動きはできないとのことですので、今月はソフトなヨガを中心に行います。呼吸や坐法、マントラのチャンティング、発声法、そして瞑想。ヨガの基本の基本ですがとても大切なものばかりです。ヨガを長く続けていくと、こうしたベーシックなことから受け取れる恩恵がとても深いものだと実感します。特に身体が思うように動かせない時は、これだけでもー十分効果的です。

しっかりグラウンディングして座り、息を吐く。今月はそこから初めていきましょう。


原宿の街並みが見渡せるとても気持ちの良いステキなスタジオです♫

予約はい必要ありません。どなたでもお気軽にご参加下さい!



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# by umiyuri21 | 2018-06-02 00:01 | ヨガ

今日はヨガ日和

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菊名の家に越してきてから、一ヶ月半。もうずっと長い事いこと住んでいるような気持ちになっていいる。というのも、日々いろんな人がこの家にやってきて、いろんなことが起こるから。この家に一年いたら、そのままホームドラマの脚本でも書けそうな気がする。


何度も書いているがこのシェアハウスの母屋はフリースペースになっており、誰でも無料で利用できる。大概はここの主宰者の坂爪圭吾さんのファンの方が、訪ねに来て1、2日滞在して帰っていかれるが、たまに予想外の訪問者がやってくる。以前も一度本当に家がない、という男性がふらりと現れたことがある。今回も諸事情あって、泊まるところもお金もない、という緊急事態に陥ってしまったYさんが泊まりに来た。


Yさんはこの一年リゾートバイトをしながら、各地を転々として生活していたとのこと。北海道で数ヶ月過ごしたあと、伊豆での仕事が決まって静岡までやってきたが、急遽ドタキャンになってしまって行くところがなく、それでもすぐに次の仕事が決まるだろうと二日ばかり駅周辺で夜明かししていたそうだ。三日目になって体力の限界を感じ、坂爪さんのことを思い出して連絡を取った。そしてこの家にやってきた、という訳。


来たばかりのYさんはとても疲れ果てていて、どうしていいか分からないという様子だった。正直私は彼女を見てとても動揺した。というのも、自分も似たようなギリギリの生活をインドでして来たからだ。彼女と私の違いは大してない。ただ、緊急の時に助けを求められる家族がいる、というだけだ。私は向き合いたくない自分の現実を彼女に投影して、初めはあまり積極的には交流する事が出来なかった。

二日三日、とYさんの滞在が長引くにつれ、一体いつまでいるのだろうかと思っていた。


ある日、Yさんが坂爪さんからお説教された、という。私は単純に「これからどうするつもり?」という世間一般のお説教を彼がしたのだと思っていた。ところが聞いてみると、邪魔にならない様にと思ってコソコソするな。じゃまにならないなんてことは初めからできないんだから、もっと感じていることがあったら、表現して欲しい、というような内容。そして、この家の管理人業務をする代わりに、もうしばらくここに滞在したら良いのではないか、と提案したそうだ。


日々いろんな訪問者がやって来るが、シェアハウスの居住者は仕事で家を空けることが多く、坂爪さんもあまりここには居ないので、誰か家の管理をしてくれる人を探していたのだ。そして彼はYさんにさらにいくつかの課題を出した。このシェアハウスのブログを毎日更新すること、そして日々日記を書くこと。ビリースブートキャンプを行うこと。


お説教の翌日から、急にYさんの表情が明るくなった。そして毎日家の掃除をし、時にお料理までしてくださる様になった。今までは日中でもしんと静かで、夕方以降は近寄りがたい雰囲気があった母屋も、人が毎日手を入れてくれることで、空気が周り急に活気が出て来た。朝階下へ降りて行くと、窓が開け放たれ、空気がさっぱりと入れ替わっていて、人が行き来する気配があるのは、すごく気持ち良い。やっぱり家は使われるほどに喜ぶのだ。


最初はいつまでいるのかな、って思ってたくせに今ではYさんが居てくれることをとても感謝している自分がいる。すでに世間を踏み外してる人生に突入しているのだから、いい加減他人を世間の色眼鏡で見るのはやめようと、反省する。私がここにいる理由は多分そういうことなのかもしれない。


昨日ふと思いついて、Yさんと一緒に朝ヨガをやろうよと、誘った。私も心が折れそうな時、随分ヨガに助けられたから、それを少しでもシェアできたらうれしいなと思ったのだ。それにこの家に越して来た時から、母屋の広い和室でヨガクラスをやってみたかった。


その時のヨガの様子はYさんがブログに書いてくださった。声を褒めてくださったのはとても嬉しかったな。どうもありがとう!

彼女も書かれているが、この場所はヨガをやるには最適!住宅地の中にあるのに、雑木林に囲まれたこの場所だけ別世界だ。とても静かで、鳥のさえずりや、風で揺れる木々の葉の音が聞こえる。





出来たら定期的に、この菊名のシェアハウス、ごちゃまぜの家でヨガクラスができたらいいな。希望者が2、3人集まれば定期開催したいです。もし、参加したい!という方がいたら、ごちゃまぜの家、もしくは私までご連絡くださいませ。


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# by umiyuri21 | 2018-05-17 19:12 | ヨガ

私という豊かさ〜天王星が牡牛座へ移動する時に

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先日、「受け取る事、受け取ってもらう事」というブログを書いたけれど、その後瞑想している時にふと「一番最初にあなたが受け取るのは、自分自身だよ」という声がした。


自分自身を受け取る。

自分を受け入れるという言葉はよく聞くけど

それを受け取るとすると、だいぶニュアンスが違う。


自分を受け入れる、というのは

ちょっと自分として不本意な自分も受け入れるというニュアンス

自分を受け取る、とすると

自分というまるごとの存在が、すでにギフトだという、視点に立つ事ができる。


考えてみたら、自分というのは全く突発的な存在だ。

何故自分がここにいるのか、何故この時代に生まれてきたのか、何故このような性格なのか、

誰も明確には説明できない。


今日食べたもの、今来ている服、ふと口ずさむ歌、窓から吹き抜けてくる風、

部屋の隅を今通り過ぎていった小さな蜘蛛、

この瞬間に起こっている事全て、別に私が明確に選んだわけじゃない。


じゃあ一体何が、誰が、何故、そうさせているか、偶然なのか必然なのか、

分からない人生を私たちは生かされている。


私たちはこの、無限の波のように押し寄せてくる生という贈り物に対して、

これはいいね、とかこれは嫌だとか、反応しているだけだ。


一体、どれだけの手が自分に向かって、差し出されているか!


今日食べるものがる、寝るところもある、着る服もある。

心臓は動いているし、呼吸はしている、食べ物は美味しいし、良く眠れたし、

それどころか、天気は快晴で、風は心地よく、鳥の声まで聞こえてくる。


それらが私という存在の中に、絶えず流れ込んでくる。

それをしかと受け取ってみると、豊穣さに目眩がしてくる。

見事なまでに深遠な神秘に。

この世界に間違った人生なんて、あるんだろうか

間違った贈り物なんてあるんだろうか、とさえ思う。


欲しかったの青いスカートだったのに、何故か赤い水着が送られて来た。

それに文句をいうか、楽しめるかだけは、私たちが選択できる。

贈り物は選べないけどそれを投げ捨てるか、喜んで受け取るか、文句をいうか、エンジョイするか、それだけは、明確に自由がある。それが私たちの自由意志だ。私たちが人生に対して何か出来るとしたら、それだけなのだ。

それが人生を作っていく。


516日に牡牛座に天王星が移動し、時代の価値観がシフトチェンジすると言われている。それは牡牛座が司る「豊かさ、美しさ、愛」といった分野で起こるだろうと。だからどんな豊かさを望むか、明確にしておくのが良いと。

例え望んだのとは違う物がやって来たとしても、リクエストしておくのは大切だ。(実際私もノートに書いてみた。)


でもその前に、私たちが足りないものだらけの存在ではなく、すでに充分豊かである、という地点から出発してみるのは悪くない。


私には私の豊かさがある。今この瞬間、全ての人にそれぞれの豊かさがある。

そこに触れ、受け取られることを、人生は待っている。


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# by umiyuri21 | 2018-05-13 11:39 | ヨガ

熱海の小さなミラクルの家

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月曜日から熱海に二泊三日の小旅行。駅から急な坂道を登って20分強くらいの、伊豆山の中腹にある小さな家に泊まっていた。

実はここ、私が菊名で住んでいるシェアハウスの主宰者、坂爪圭吾さんの持ち家。そして菊名の母屋と同様に、希望者には無料で開放しているのだ。


坂爪さんはご存知の方も多いと思うが、非常に鋭く新しい時代の精神に切り込んだ、心に迫るブログを書き続け、多くの読者を持っている。その繊細かつ、権力や常識に屈しない心意気ある文章を、私も時々インドの空の下で読んでいた。


もともと彼は数年前に同棲中の彼女と別れたことをきっかけに家をなくし、それならば家の持たない生活をしてみようと、その生活の様子をブログに書き、やがて読者から、うちに泊まりに来てくださいというオファーが来始める。それに応じて日本全国海外までも泊まり歩き、お話会を開くようになり、そして2年経った頃、ブログの愛読者の一人から、この熱海の家を購入(!)してもらうことで、家のない生活に終止符が打たれた。


現在彼は菊名の家と熱海の家を行ったり来たりしていて、両方とも無料で開放されている。菊名の家の方は購入したのではなく、シェアハウスの賃料とクラウドファンディングや寄付などで、母屋のフリースペースが運営される仕組み。ということで、いきなり家なし生活から、家が二つになった訳だけど、本人は全く「自分の家」という所有概念に縛られていないのがすごい。(菊名の家では、彼は庭に常設されたテントで生活している。)


なので、私が「熱海の家に泊まってみたいんですが」とお願いすると、「はい、どうぞ」と、快いお返事が返ってきた。

住所を頼りに、細い坂道を下る。途中雨が降り出し、迷ってしまったので、通りすがりのおばさん道を尋ねると、「ああ、この先よ」とすぐに案内してくれた。

それは小さな古い日本家屋で(築88年!) 、玄関にキャンプ用の椅子とストーブが置いてあった。ちなみに、菊名の母屋と同じく、この家も施錠されていない。

おもむろにガラガラっと扉を開けると、二間続きの和室の凛とした空間が「いらっしゃい」と無言で迎えてくれた。


これが何とも可愛らしくて、気持ちいい住まいなのだ!小さい頃遊びにいった祖父母の家を思い出すけれど、坂爪さんのセンスで、古い佇まいを壊さぬまま、さりげなく本当に素敵なインテリアで空間を作り上げている。

正直私この家に惚れました。家の細かい細工が何もかも、レトロで可愛いすぎる。(今時サッシですらない窓!)外見の小屋っぽさもたまらない。細い坂道を歩く家までのアプローチもツボ、しかも路地の間から海が見える!


余計なものはないけど、必要なものはちゃんと揃ってる心配り。お布団、シーツ、タオル、シャンプー、お米、調味料類などなど、スピーカーもありますから、好きな音楽を流して、縁側の椅子に座ってお茶を飲みながらボーっとする。マジで最高。


何だかこういう情景、童話でありそうだと思う。森の中を迷って小さな家にたどり着き、扉を開けると誰もいないけど、全てが快適に設えられていて、食事まで用意されている、みたいな。

ここでおとぎ話だと、その家で油断してくつろいでると、夜中に魔女に食べられそうになったりするけど、この家はただただ、訪れる人のために快適に整えられて、必要なものが用意されている。ただより高いものはないとか、うまい話には裏がある、というような古い教訓を気持ちよく覆してくれる場所なのだ!


二泊三日で泊まりに来て、あいにくずっと雨続きだったけど、お茶飲んで、瞑想して、ご飯食べて、音楽聴いてと楽しく一人リトリートさせていただいた。帰る頃にようやく太陽が差してきたけど、近所散策は次回にさせていただきましょう。そうそう、玄関からは海も見え、海から登る朝日や月も堪能できるそう。


さらに玄関には、お気持ちがあればお金を入れ、そして必要な人は持って行ってくださいという、出し入れ自由のお財布がある。こんな財布がぶら下がってって、しかも鍵がかかっていないという。こんな事が出来るのは世界広しといえど、日本だけではないかしら?少なくともインドじゃ絶対にできませんって。


帰り際、幾ばくかのお金を財布に入れ、鍵をかけずに外に出る。横浜に向かう電車に揺られながら、あの家に泊まった後と前とでは、所有に関する価値観にジャブが打たれて風穴が空いたように感じる。これは何気にすごいんじゃないか、と思う。誰もが泊まれる家、しかも善意だけでなくセンスがあるのが素晴らしい。その美しさが、無差別に開かれているということが。

無償なんだから泊まれるだけでありがたいでしょう。っていう空間じゃないことが。この違いは物凄く大きいと思う。


この家を出た後、いつのまにか、「人から何かを与えられたら、それに値する返礼を本人に返さなければならない」という概念が崩壊していることに気がつく。ただシンプルに美しい何かを、自分も世界に放ちたいと感じている。


多分それが、交換ではなく循環の始まりなんだろう。



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# by umiyuri21 | 2018-05-09 21:12 | 日々の暮らし

4/29ヨガ&瞑想WSと5月のクラスのお知らせ

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ゴールデン・ウィークからヨガのレッスンをスタートいたします。ヨガの初心者歓迎です。難しいポーズは行いません。シンプルなアーサナをゆっくり丁寧に行います。瞑想の時間もあります。
参加希望者は特に予約は必要ありません。お気軽にいらしてください♪

あっという間に今週末です!「Yoga&Meditation Circle vol.07 ヨガと瞑想の集い」
お話とアーサナ、瞑想 の一粒で三つ美味しいWSです。シンプルなアーサナをじっくり行いながら、普段外側に向きがちな意識をご自分の体に繋げ、瞑想を通して、さらに心に向き合っていきます。心も体も軽やかにリフレッシュしてゴールデン・ウィークのスタートを切りましょう♪

【Yoga&Meditation Circle vol.07 ヨガと瞑想の集い】
日時:4月29日(日)15:00~17:30
場所:Ruhani Bellydance Arts
東京都渋谷区神宮前3-36-17(明治神宮前駅、原宿駅から徒歩8分ほど)
www.bellydancearts.jp
料金:3,500円
持ち物:ヨガマット、動きやすい服装


そして5月からはRuhani Bellydance Artsでのレギュラー・クラスもはじまります。
ヨガと瞑想のクラスです。60分のヨガと20分前後の瞑想で構成します。月の最後は少し長めの瞑想時間を作る予定です。シンプルなアーサナを通して、自分の身体と対話していきましょう。身体しっかり丁寧に動かすことで、気の流れが良くなります。身体がくつろいで素直になることで、より開いて自分の心と向き合うことができます。日々忙しさに追われて頑張りすぎな方、心配事が多くて気持ちが休まらない方、つい他人も自分も責めてイライラしがちな方、ヨガと瞑想で身体と心をリセットする時間を作りませんか?

【シンプル・ヨガ&メディテーション】
土曜日 5月12日、26日 19:00-20:30
火曜日 5月15日 、29日 13:00-14:30
料金:ドロップイン 2,000円
持ち物:ヨガマット 、動きやすい服装


この一年とちょっとの間、インドの色んな場所を旅しながらヨガや瞑想を学んできました。ヨガの知恵は学べば学ぶほど、奥が深いと感嘆ます。世間に沢山のヒーリング方法は数あれど、ヨガはとりわけシンプルで場所を選ばず、気軽に始められて、そして自分自身で深めていくことができます。簡単だけれどその中に幾層にも気づきの扉があり、それをひとつひとつ開きながら自分の身体という英知に繋がっていきます。そこは私たちの魂の住まう家です。身体を通して私たちは自分自身の魂と繋がることができるのです。

身体が緩んで、エネルギーの流れが良くなってくると、瞑想を通して心の深みへと入っていくことができます。心と身体はまったく分断されていません。アーサナは瞑想の準備段階と言われていますが、アーサナの中にすでに瞑想は芽生えています。
私たちの心の表面は常に揺れ動き、波のように定まらず、普段は無意識にそのさざ波を通して世界を見ています。そのさざ波を静めて、その奥へ開いていくことで、本来のわたしたちであるものに出会います。その存在とともにくつろぐこと。シンプルにただそこに、深く静かにいること。それは深い平和で安らぎです。
 
柔らかく開き、身体とともに、呼吸とともに、そして自分自身と共にある、そんな時間をシェアできたら幸いです。インドの香りとご一緒に!


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# by umiyuri21 | 2018-04-26 22:01 | ヨガ

受け取る事、受け取って貰える事

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日本に戻ってようやく1ヶ月、あっという間だけど、その間に引っ越し先を決めて、居を移し、目の治療のための病院も探して、再検査を受けて手術日も決めた。医者には「随分進んでますね。」と言われ、やっぱり即手術となりました。ここまでくると目薬も役に立たないいらしく、手術までは特に治療もなく、今まで通りの生活です。


流石に今回は本当に疲れているらしく、帰ってしばらくはカレーも食べたくなかったし、インド音楽も聞きたくなくて、なぜかピアノの音が妙に心に染みて、しばらくはぼーっとしながらピアノ曲ばかり聴いていた。あんなに移動を続けていたインドの旅が遠い夢ののよう。


朝はゆるいアーサナをちょっとづつ続けている。太陽礼拝とか疲れるやつは最初は全然やりたくない。座るポーズ中心。足首を回して、股間節を開く、胸を開く。その日やりたいと思うアーサナしかやらない。そのうち徐々に肩立ちのポーズをやろうとか、チャクラアーサナとか、キツイポーズをやる気になってくる。3日前にふとシルシャアーサナがやりたくなって、ひさびさにはじめた。少しづつ、身体がエネルギーを取り戻しているのを感じはじめた。でも、焦らない。


この家に越してきた今も、あまり何もする気が起きずに、人の好意に甘え続けている。前にも書いたが、共有の台所にはいつも玄米ご飯が炊かれていて、何かしらの食材があり、誰かが何かを作っていてくれたりして、それをずっとありがたく受け取っている。何だかよく分からないけど、自分には今、受け取り続けるという事が大切な気がしたのだ。すまないとか、悪いな、何もできない自分はダメだなんて思わずに、ただただありがたく受け取る。


ある日、台所に共有の玄米ご飯がなくなったので、炊いてみることにした。実はご飯を炊くのも一年3ヶ月ぶりだった。玄米なんかひさびさに炊くし、ちゃんと炊けるかなーとドキドキした。五合のお米を圧力釜に入れて、無事に炊けたご飯を炊飯器に移してよくかき混ぜる。その時身体の奥からエネルギーがぶわっと湧き上がってくるのを感じた。

ご飯を炊こうと思えるようになっただけでも、大したことのように感じたし、ここに、この五合のご飯を食べてくれる人がいるんだ、ってことが嬉しかったのだ。


心の風景が変わったと前回書いたけど、ここに来てから、与えることと、受け取ることに対する、新しい感性が自分の中に育って来つつあるのに驚く。

まずは丸ごと受け取るということは予想以上に難しい、ということと。与えるということもまた難しく、だからしっかり受け取って貰った時は本当に嬉しいということ。


インドを旅している間は、基本的に誰かが何かをしてくれた。ご飯は作ってくれる人がいたし、掃除も頼めばしてくれる。ひとりの旅は本当に楽で気ままにだった。でも、ジョシーのところを訪ねている時だけは、私は彼の世話をし続けた。一日中目が離せない彼の相手をするのは、本当に大変で、精神的にもヘトヘトになるのだけど、多分それでエネルギーのバランスを取っていたのだと改めて思う。

以前、彼が今よりもずっと元気だった時、私はそれに不平を漏らした。すると彼は言った。「私の身体の世話をする以上に価値のあることが、あなたにあると思うの?」その時私は「世話してあげている」という気持ちが全くないわけではなかったから、その答えに呆れた。


でも、彼の言葉は本当だった。

受け取ってもらえる人がいる、それは素晴らしい事だ。与えることが愛だというなら、受け取ってもらえる事は愛の成就だ。

だからしっかり受け取るということは、想像以上のポテンシャルを秘めている。

むしろ与えることに先立つのは、受け取ることなのでないかとさえ思う。なぜなら私たちの生は受け取ることから始まるからだ。


どれだけの物を日々私たちは受け取っているか。それに繊細になれたら、与えることの一歩が始まる。もしも受け取ることに罪悪感や借りを感じてしまうなら、向けられた愛の成就を自ら閉ざしてしまうのだ。道に咲く野花ですら、何かを与えようとしてくれている。


受け取ること、受け取ってもらえる事、それだけあれば人生は、本当は充分なのかもしれないと思う。それが愛の円環なのだと。


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# by umiyuri21 | 2018-04-24 22:31 | 日々の暮らし

忘れっぽい私へ

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日本に帰ってきて、風景がガラリと変わった。目に見える風景だけではなく、心の風景も。あれ、今までとはすっごく違った所に来ちゃった感じ。

ここ数年インドと日本を行ったり来たりしていたけど、その間も心の風景は地続きだった、なんだかそれが根本から変わったのだ。何がどう変わったのかは、まだよく分からない。でも、この新緑とともに、新しい何かが育っていってくれるといいな。


旅のノートをパラパラ眺めていたら、こんな言葉が出てきた。時々、自分の言葉じゃないようなものが、自分の中に沸き起こってくる、それは表層の自分よりももっと知恵のある私で、いつも自分を励ましてくれる。



「忘れっぽい私へ」


忘れっぽい私、どうか忘れないで、忘れたら思い出して欲しい

私に足りないものははじめから、何もないって

もしも私が、何か足りないと感じたとしても

それを埋めることができるのは、自分しかいないのだと

だから、そもそも必要なものは、全て私の中にある

今、この瞬間も


完璧さは、この空間の中に満ちている

長い旅の中で、私が気づいたことを、思い出して欲しい

足りないものなんて、はじめからなかった

だからこれからも、足りなくなることはない


何かが、私の足りなさを埋めてくれるのじゃない

私がただ、気がつけばいいだけ

足りないと感じているのは、幻想だということを

私自身はすでに満たされた存在だということを


何の不足も余分もなく

ただ、完璧なのだ

どうかどうか、それを忘れないで

そして思い出して欲しい


私はいつも満ちていると





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# by umiyuri21 | 2018-04-19 19:37 | 日々の暮らし

人生はゲストハウス

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昨日も激しい春の嵐で、一晩中強い風と雨がごうごう部屋の壁を打ち付けていた。時々強風がやってくると微かに揺れる。大丈夫かなーこの家、でも雨漏りしないからインドの家より立派かも。


昼過ぎに母屋の玄関を開けると、見知らぬ靴が置いてあった。誰か来客がいるらしい。台所で女性の方が片付けものをしていた。引っ越しするので要らない調味料などを持って来たという。コーヒーを淹れてシュークリームをご馳走になり、しばし歓談。日本で暮らしているのに、予想外に出会いが起こるのは、まるで旅の続きのようだ。


先日は本当に家がない、という男性が泊まりに来た。ずっと友人の家などを転々としているとか。何故そうなったかは聞けなかった。一度偶然知り合った人に、使っていない部屋に好きに泊まっていいと鍵を渡された。でも、しばらくすると居心地が悪くなって出てしまったという。根っからのジプシー気質の人っているんだな、と思いつつ。あ、人のこと言えないじゃん私、とちょっとドキドキした。


母屋の扉を開くたびに、誰がいるか全く予想がつかないという、スリリングさを味わう。そしてルーミーの「ゲストハウス」という詩を思い出す。

それはこんな詩だ。


「ゲストハウス」


人間という存在は、みなゲストハウス

毎朝、新しい客がやって来る


喜び、憂鬱、卑しさ、そして一瞬の気づきも

思いがけない訪問者としてやって来る


訪れるものすべてを歓迎し、もてなしなさい


たとえ、それが悲しみの一団だとしても

できるかぎり立派なもてなしをしなさい

たとえ、それが家具のない家を荒々しく駆け抜けたとしても

もしかすると訪問者は、あなたの気分を一新し

新しい喜びが入って来られるようにしているのかもしれない


暗い気持ちや、ごまかし、ときには悪意がやって来ても

扉のところで笑いながら出迎え、中へと招き入れなさい


どんなものがやって来ても、感謝しなさい

どれも、はるか彼方から案内人として

あなたの人生へと、送られてきたのだから


この詩は「人生という名の手紙」という本に掲載されて有名になったらしい。英訳の解釈については賛否両論あるようだが、それでもとても心に刺さる内容だ。


私たちの心はまさに大きなスペース、それを開かれたゲストハウスのように生きるのか、閉ざされた小さな牢屋のごとく生きるのか、開くのも閉ざすのも、選択するのは自分自身なのだ。玄関を開けて見知らぬ靴を見るたびに「さあ、どうする?」と神様から球を投げかけられているように感じる。


明日は誰が来るのかな。



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# by umiyuri21 | 2018-04-15 21:53 | 日々の暮らし


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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