ケーララの洪水 (続)

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ケーララの洪水のニュースを見ながら落ち着いない時間を過ごしている。実は昨日記事を書いた時は、ニュースをしっかり確認していなくてそこまで深刻とは思ってなかったのだ。雨季に水浸しになるのはよくある事だから、例年よりも酷い感じなのかなって。

でも100年ぶりの洪水被害になってしまったとは!長雨にもちょっとした冠水にも慣れてる全てのケーララ人にとって、人生最悪のモンスーンって事だ。しかも被害は州全土に及んでいるらしい。交通網は完全に寸断されてるだろうし、電気も止まってるから、飲み水も来ないだろう。(インドはタンクにモーターで水をためて給水するタイプなので、電気が泊まると水も止まる。)

雨は未だ降り続いているらしく、ジョシーの実家がのある付近の村人はみな、近郊の町に避難したらしい。

雨が止んだ後の道路やインフラの復旧だって相当時間がかかるだろう。


2012年から毎年数ヶ月をケーララで過ごしてきた。去年は一年を通してインドを旅をしながら、時々ケーララに戻り、ほぼ半年くらいは滞在していた。去年の雨季もケーララの村の中にいた。これがもし今年だったら?私はどうなっていたんだろう、と考える。

滞在していたのは丘の上のゲストハウスだったから浸水はしないだろうけど、(今ゲストハウスの方にも状況を確認してる。) よく雨が降るなあ、なんて言ってるうち道路が寸断されて身動きが取れなくてなっていたかもしれない。ちょうど今頃ケーララからダラムサラへ旅行していたが、今年だったら空港も閉鎖されてる。避難勧告が出たとしても一体何処に避難するんだ? この状況だと州外に出るのは無理ではないだろうか。


今年3月に日本に帰って来る時、何となく今回で私のケーララ通いもひと段落するだろうと感じていた。私が帰る決めたと言ったら、ジョシーにも「それを言うの待ってたんだよ。」と言われた。

今思い出すのは彼がぽそっと、

「神さまが怒って地球から出て行こうとしてる。何か起こってもヨガを知恵を忘れないで生活してください。」と言ったこと。

「何それ?なんか災害が起こるってこと?」「分からないけどね。」


ケーララは「Gods Own Country (神々に抱かれる国)」と呼ばれている。今You tube インドのニュースを見ていると、どの番組も「Gods Own Country (神々に抱かれる国) の今世紀最悪の洪水被害」みたいな表現をしている。まさにジョシーが言ってた「神様が怒って出て行く」という言葉通りではないか!深読みしすぎかもしれないが、彼はそういう直感的に何かを捉える能力が確かにあったから、不穏な何かを感じていたのかもしれない。


実は同時期に私が帰国を決めかねて、インド占星術の鑑定を受けた時も「秋頃まで惑星の影響で世界情勢が不安定ですから、早めに日本に帰って来た方が良いと思います。」とアドヴァイスされたのだ。


ジョシーが直感的にキャッチしたことと、実際の星の運行でアドヴァイスされたことがリンクしていたのも印象的だったが、帰国後の生活が慌ただしく、ほとんど忘れかけていた。が、まさか本当にケーララでこんな災害が起こるとは

人生とは見えない手によって動かされているんだなと、ただただ不思議な気持ちでいる。


幸いジョシーはカンニャクマリ(タミル州)に弟と住んでいて、そちらの方はそれほど雨が酷くないらしい。彼の弟からも連絡が届くから電気も通じているだろう。しかし、彼らも自分の実家がどうなっているか、親戚や知人が無事か、ケーララを訪ねたくても今はとても近づけないだろう。あの、バックウォーターの村の、彼の実家まで道が復旧するのはいつのことか


色んな事を考えてしまって、落ち着かない。

今はとにかく祈ることと、幾ばくかの募金をすることしかできない。

本当に一日も早い復旧を祈ります。








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# by umiyuri21 | 2018-08-19 23:44 | ヨガ滞在記

ウォーターランド

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ケーララから、今年は雨が酷く洪水の被害が出ている知らせが届く。被害は日本でも報道されているほどだ。もともとケーララ州、特に南部の海岸沿いのエリアは、運河や川の入り乱れる水郷地帯で、海抜ゼロ以下の土地で稲作が行われている世界でも珍しい場所でもある。雨季の時期は道路が冠水するのはよくある事らしい。


私のヨガの師匠ジョシーの実家は、そんな水郷地帯の村のど真ん中にある。ケーララ通い始めた最初の3年は、そこで毎年数ヶ月暮らしていた。家の周りは運河が通り、少し先には川がある。 その村自体も地図を見ると川と湖の間にある中洲のような場所で、まさに水に囲まれた土地だった。今ではバス道路があるものの、それが出来る前は、交通手段は船しかない。人々は自家用ボートを持っていて、先生もそれで学校へ通ったのだという。

雨季で雨が続けば、村も水浸しになるので、雨の一番激しい時期には家族で内陸の高い土地に住む親戚の家に、避難ついでに泊まりに行くのが習わしだったらしい。


バス道路が通ってから生活は激変したと先生は言うが、幹線道路から村へ至る道はその一本しかなく、その道もすぐ先の川で終わってしまう。だから水で道路が一箇所寸断されても、村は孤立する。いつぞや、雨季の後の道路工事で夕方以降道が通行止めになり、知らずに町へ出てしまった私たちは家まで戻れなくなった。ものすごく周り道をして、川を何度も渡し船で渡ってようやく帰宅した思い出がある。


そんな村の生活は不便極まりなかったが、水と緑に囲まれた風景は本当に素晴らしかった。今でも渡し船や一人用の小さなボートが現役で活躍していたし、買い物しに町まで行った帰りに、パブリックボートで家まで戻って来るのもお気に入りのルートだった。

その後先生は足が悪くなって、不便な村では生活できなくなり、今はカンニャクマリにいる。以来そこを訪れたのは一度だけだ。先生が去ってから、その家は誰も住む人がいなくなり、ジャングルの中に放置された家は、湿気で大分痛んでいた。


昨日先生の弟から、村はすっかり水浸しだよ、家はかろうじて無事だけどね、と連絡が来た。久しぶりに当時の写真を取り出して眺めていた。安い携帯のカメラであんまり画質は良くないけど、普段の村の生活で目にした風景を残した写真は、今では宝物だ。写真を見ると当時の自分の気持ちまで蘇ってくる。

あの時は虫やら湿気やら暑さやらで不満タラタラだったけど、こんな場所で生活できるなんて滅多にない体験だった、あんな所でよく暮らしたなあ、と今は楽しい思い出しか残っていない。あの村の人々は無事だろうか?

被害がこれ以上広まることがないよう、祈りながら

しばし水の記憶に想いを馳せる。





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# by umiyuri21 | 2018-08-17 23:15 | ヨガ滞在記

8月ヨガレッスンのお知らせ

 
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 暑い日々が続いています。この夏は月食やら火星接近やら天体の動きが活発で知らず知らずの間に影響を受けているかもしれません。インドでは天体の動きをとても大切にします。
 以前ケーララでアーユルヴェーダの長期トリートメントを受けたとき、ジョーティッシュ(インド占星術)の鑑定を勧められました。今回の身体の不調がどのようなもので、治療がどのくらい効果的かどうか、星のエネルギーからも診断してみようという訳です。
 つまりアーユルヴェーダで脈や舌の状態をチェックして体の状態を診ることと、ホロスコープで星のエネルギーの状態をみるのがひとつながりになっているということ。面白いですね!

 そしてホロスコープの状態から、エネルギー的に詰まっている部分を見つけたら、効果的なマントラを唱えたり、それを浄化するホーマという儀式を行います。これはエネルギーのパンチャカルマみたいなものでしょう。私たちの身体は個体として完結している訳ではなく、この宇宙の動きと共にシンクロしながら、存在しているのです。

 日々の体と心のメンテナンスとしてヨガや祈り、瞑想がとても効果的です。
私たちの日々の体と心に繊細に向き合うこと、それは周りを取り巻く、宇宙の流れにも繊細になることです。そうすることで私たちは、ちっぽけで孤立した存在はなく、大きな繋がりの中で生かされている存在なのだと、感じることができるのです。

ベーシックヨガ&メディテーション
土曜日19:00-20:30 8月4日、18日
火曜日15:00-16:30 8月14日、28日

場所:Ruhani Bellydance Arts
東京都渋谷区神宮前3-36-17 (明治神宮前駅、原宿駅から徒歩8分ほど)
料金:ドロップイン 2,000円
予約は必要ありません。ヨガマットもご用意しております。光の降り注ぐとっても気持ちよい、スタジオです♬ 

 8月のヨガレッスンは、私がヨガの師匠から教わった基本のアーサナを5ポーズ前後ピックアップしてじっくり行ってみます。私が先生から教わったアーサナは、いわゆる見た目にはシンプルで「難易度の高い」アーサナではありませんが、シンプルな分とても奥が深いです。私も未だに新しい発見があります。
 いつもより、ひとつひとつのアーサナに、ゆっくり丁寧に向き合っていきます。


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# by umiyuri21 | 2018-07-31 13:54 | ヨガ

内なる王座

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めっちゃ今更ながらインド映画「バーフバリ」にはまってる私(笑) この映画がインドで公開されていた2017年中、私はインドにいたというのに、全く気付くことなく過ごしていた!そして帰国してからも、友人にしつこく勧められていたが、目の調子が悪いので、映画を観る気になれなかった。


で、よーやく劇場公開終わるギリギリに足を運んだ訳だが、久々にインド映画の快楽に持っていかれましたわー。南インドが舞台なのもいいしね。

何といっても、インド映画ならではの感情の盛り上げ方の巧さよ。極上のインド古典音楽を聴く時にも勝るカタルシス感。場面場面に細やかに用意された決めのアクセント、映像のスケールのデカさ。それが見事に音楽にシンクロして、否が応でもガンガン心が盛り上がる。

まーここまでハッピーに洗脳してくれる映画づくりは、世界広しといえどインド映画がダントツでしょう。


しかし困ったことに、あまりにも映画の洗脳力が高すぎて、ここ数日毎朝瞑想してても頭の中にグルグルとバーフバリ様がわー、これは何なんだ?!あの映画何かサブリミナル効果でも入れてるんじゃないの?ってくらい、脳みそにがっつり刷り込まれてて、笑っちゃいます。


つまり、たがが映画でも強烈な体験をするとここまで心にくっついてしまうんですね。スピリチュアルな例え話でよく使われるのは、私たちは普段から映画を見るように人生を生きているということ。本来はスクリーンに映像が映し出されているだけなのに、その映像が本当であるかのように、笑ったり泣いたり怒ったりしてしまう。その映像はそれぞれの脳が作り出したもので、私たちの本来は広大無辺の透明なスクリーンの方なんだけど、それには気がつけない。


作りものって分かってる映画ですらここまで脳に張り付くんだから、人生で出会う感情、そして情報、親や先生の言葉、時代的な価値観などなどに私たちがどれだけ影響されているか!そうしたものが固まって雲のようになって、私たち物を見る目の前にフィルターをかけている。


例えば人の感情でかなり強度の強い「恋愛感情」。

現実の恋は色や音があるだけでなく、触れることが出来て香りもある。映画よりもずっと強い。恋する人の眼差し、一緒にいることの心地よさ、胸がドキドキ切ない感じ。「バーフバリ」の中でだって、デーヴァセーナへ恋心のために彼は約束されていた王の座を棒に振ったではないか。それだけ、恋の起爆力は破壊的。恋は盲目、まさにその通り。恋は私たちの「見る目」に覆いをかける。


だから「恋」はものすごく危険で、古くからスピリチュアルな修行をする人たちは、危険な「恋」を遠ざけてきた。さらにインドの伝統的な社会では「恋」などという一時的な感情に惑わされぬように、親同士が社会的にベストな結婚を決めてきた訳。その代わりに映画の中ではこれでもかーっていう豪華絢爛な恋物語が展開されて、それを観ればとりあえず感情の飢えは満たされる。

だから夢のような恋が描かれるのは、映画の中だけ。

後先考えずに危険な恋に頭から突っ込んでいくヒーローやヒロインは英雄になる。


でも幸い私たちは比較的自由に恋ができる社会に生きている。

そして時代は少しづつ変わり、私たちは気がつき始めてる。


感情を避けることが、感情を超えることじゃない。

自分をコントロールする事が、自分を超える事でもない。


開くこと

胸のかんぬきを外し、重く閉じた扉を開く

その時、あらゆる感情や時に批判の矢が降り注ぐかもしれない

けれど一本や二本それが当たったからといって、私たちは死なないのだ

むしろ打ち抜かれることで、ハートはもっと大きく開き、強くなる

敵は自分のエゴ、あるいは社会の声、そして恐怖

その矢をくぐり抜けた向こうに 内なる玉座がある


私たちは皆「私」という魂の王国の王なのだ。

自分自身でないものをその玉座に座らせていないだろうか。

偽物の王様がふんぞり返って、自分に恐怖政治を行っていないだろうか。

「バーフバリ」のストーリーは単なるカタルシスだけでなく、内なる成長の物語とも読める。

神話的なストーリーってそれだけの広がりを持っているし、だからこそ深く刺さるんだ。


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# by umiyuri21 | 2018-07-26 18:05 | 映画

熱い想い

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日常が少しづつ戻ってきた。本も読めるようになったし、パソコン作業もそこそこ行ける。目の疲れ方が以前と違って、その時は平気だったりするのだが、調子に乗ると、翌日頭痛になってしまう。あと、眼内レンズを入れて、焦点の調節機能がなくなったので、遠くを見るためにメガネをかけると、近くが見えないという不便な状態になる。それでも、メガネなしで日々のほとんどの時間を過ごせるようになったにだから、贅沢は言うまい。


連日の猛暑だが、今住んでいる菊名の家はとても風通しが良く、夜は冷房なしで快適に眠れる。数日前、夜布団に寝そべって窓を大きく開けると、夜空が広がり、南の空に大きな星が輝いていた。どうやら地球に急接近している火星らしい。それから、夜は星を見ながら眠りにつくことにした、そんなことも以前はできなかったのだ。(何しろメガネを外すと何も見えなかったから)


次はいつインドに行くの?とよく聞かれるが、次にいつ行くか今は全く決めていない。流石に一年以上いたから、今すぐにインドに戻りたい!という気分にもならないし、今の自分に必要なことは十分学んだように感じている。しばらくは自分の中で熟成させて、学んだことを日常の中でどう生かしていくか、が課題。


思い返せば本当に、沢山の素晴らしい先生、覚者と呼ばれる人々に出会った。ジョシーのように濃く深く関わった先生もいれば、短い関わりのなかで、思いがけない気づきをくださった方もいる。そしてインドではそうしたスピリチュアルな伝授の多くは無償か、ドネーションで行われている。凄いことだと思う。

お金を支払えば、決まった事を受け取れる訳ではない。いくらお金を積んでも何も受け取れない事もあり、お金がなくても宝石が受け取れる事もある。

お金を介していない、ということは先生は生徒が期待するものを提供する責任がない。必要な時に必要なことが伝えられるという自由な開かれたスペースが作られる。ベースになるのはお金ではなく、信頼と受け取る側の在り方の問題だ。


そもそもインドまで何かを学びに行くのだから、生徒はそれなりの代価は払っている。旅費はちろん、仕事を辞めてくるとか、社会的な立場を捨ててきたり、だから何としても何かを掴み取りたい。でも、必死になるほど私たちは何も受け取れない。私もインドで学び始めの頃はジョシーに随分毒づいたものだ。そして毒付くほどに、何も受け取れず、ただ待つしかなくなる。

多分、私がインドで最初に教わったのは、「待つこと」。器を空っぽにして待つこと。時間が来るまでじっと待つ。期待して待ち、期待が裏切られては、毒づいて、諦めてまた待つ。そんな事をどのくらい繰り返してきたことか。


待つことの中でだんだん心が静まり、期待も捨て、祈りが生まれる。そして準備が整った時、宙から甘露がポトリと落ちてくる。その甘露を逃さず深く味わえるか、受け取れるか、それも学ぶ側の器の純度にかかっている。


そういう伝授は絶対にお金を介することはできない。お金を払えば、払っただけの物を生徒は期待するし、値段を設定するということは、「これだけの価値がある物を提供します。」という保証でもある。受け手側の状態がどうこうより、提供されるものが重要になる。それはすぐに役立つ技能や資格を提供するには良いかもしれない、でも生徒自身の存在そのものを研磨するスペースは生まれるべくもない。


近頃はインドも経済成長が著しく、そんな呑気な事ばかり言ってられない雰囲気ではあるが、それでもまだまだ、昔ながらの学びの場がしっかり残っている。どうやってそこへたどり着き、果たしてそこで何を学べるか、はっきりした地図はない。だから授業料はかからないけれど、支払う代価はもっと高いかもしれない。時間もかかるし、回り道も多い。そしてどれだけ生徒が、時間や労力や人生の大切な物を支払ったとしても、それが先生の懐をうるおすことはないのだ。


生徒が支払う代価と、先生が受け取る報酬、全てはそれぞれの魂と、さらに個人を超えた大いなる存在へ流れ込んでいく。そうやって連綿と受け継がれてきた智慧、その片隅で学ぶ機会を与えて貰ったことは、本当に本当に貴重だ。


だからこそ、学んだ事をしっかり咀嚼して、血肉にし、人生を生きる。教えていただいたからには、その責任がある。そうでなければ、無償で時間とエネルギーを使ってくれた先生のパッションを無駄にすることになる。

ここ数日そんな想いが込み上がってきている。やけに気持ちが熱いのは、火星のせいかもしれないな。



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# by umiyuri21 | 2018-07-20 21:31 | ヨガ

7月のヨガレッスン

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土曜日 7 21 19:00-20:30

火曜日 10日、24 15:00-16:30


場所:Ruhani Bellydance Arts

東京都渋谷区神宮前3-36-17 (明治神宮前駅、原宿駅から徒歩8分ほど)

www.bellydancearts.jp.

料金:ドロップイン 2,000


梅雨があっという間に開けて、夏到来ですね!

今月のヨガレッスンは「ハートを開く」というテーマで行なってみようと思います。ハートに位置する第四チャクラは、個人的な愛情や感情を超えた、広い領域の愛を司ります。個人の執着やこだわりを手放して、より大きなものへ自分を開いて行くためのゲートです。慈悲や思いやりの心、私たち自身の傷ついた心をも癒す深い受容性に満ちています。アーサナで胸の強張りをゆるめて、深く呼吸をし、ハートに働きかける瞑想を行なってみようと思います。マントラのチャンティングもやろうかな。


スタジオに新しいヨガマットが入りました。

原宿の街並みが見渡せるとても気持ちの良いステキなスタジオです♫

予約は必要ありません。どなたでもお気軽にご参加下さい!



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# by umiyuri21 | 2018-07-01 22:06 | ヨガ

クリアな世界!

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ようやっと、白内障手術両目が終わりました!

いやー視界クリアーです!本の字もよく見えます!

もともと強度近視だったので、眼内レンズ入れても0.1の視力しか出ないんですが、それでも日常生活がメガネなしで送れるのは、革命的な出来事であります。


目が急に悪くなったなーと思い始めたのは、思えば二年前くらいからですが、去年の年末に一気に見えかたが変になって、以来視界がもわーっとぼやけていました。

常にソフトフォーカスかかってる感じ。写真をアップしようとしても、その写真のピントがきっちり合っているのか、よく分からないくらいでした。パソコン作業をすると、23時間で首がガチガチに凝ってくるし、やりすぎると翌日は頭痛。


スーパーでどこに何があるか遠くまで見渡せないので、いつも店員に聞いていました。階段は段差が分からないので、夜間は特に怖かった。見知らぬ場所に行くとしょっちゅう方向を見失う。

そんな状態だから外出も必要最低限、用がある時に用があるところにしか行かないって感じ。

その生活が半年続いてました。いやーけっこう長かったわ。


今日右目の眼帯を取り、両目が見えるようになって眼科から出た時、その眼科の下がいい感じのカフェになってることに始めて気がつきました。もう6回くらい行っているのに!

そして駅に行くまでの道にも、美味しそうな食堂が並んでいました。全く見えてなかった!そこでふらっと路地裏に入り、歩いてみると、美味しそうなピザ屋を見つけたので入ってみました。こういう行動を取ったのも久しぶりでした。


ひゃー自分の行動がどれだけ制限されてたか

きっと心も随分狭い場所に閉じ込められていたのかも。


まだまだ視力は安定しないので、目の使いすぎにはいましばらく注意!急にクリア見えるようになったので、脳が疲れますw

明後日まで洗顔できず、週明けまで自分で洗髪禁止。(これから美容院へシャンプー行ってきます!)

でも、落ち着いたら好きな本がまた読める!それどころかメガネなしでもある程度見えるので、今まで遠慮してたこともできるようになるかもしれません。

楽しみです。




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# by umiyuri21 | 2018-06-29 11:53 | 日々の暮らし

サンタクロースのようなおじさん 後編

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さて、Kさんとの不思議な一日、後編です。


山谷にある「マザーテレサの愛の宣教教会」を出て、バスに乗って三河島へ向かう。途中Kさんは自分についてのドキュメンタリー映像を見せてくれた。それは映像を学んでいる20代の海外留学生による10分程度の作品で、マザーテレサの教会で出会って、取材されたそうだ。


それによると、Kさんはもう10年以上もこのボランティアを続けているとのこと。ホームレスになって山谷のドヤ街で失意の日々を送っている時に、すぐそばにあるこの教会の存在に気がつき訪ねたのがきっかけなのだという。


「教会でボランティアをしてから、瞑想しに行くって最高でしょう?この二つの場所がこんなに近くにあるのもすごいよね。これさえあれば、何もいらないよ。」


タイの仏教瞑想センターは、こぎれいなビルのなかにあった。二階が食堂になっていて入ると、オレンジ色の衣を着たお坊さんたちが読経しており、その脇で食事ができるようになっている。ちなみに無料で、本格的タイ料理。しかもお坊さんが食べるから、悪いものは使っていないとか。


来ている人たちもほとんどタイ人。こんな場所があるなんて知らなかったかったなー!ご飯も現地仕様で辛いけどおいしい!確かに下手なレストラン行くより、ここで食べた方がずっといい食事にありつける。

「ここ来始めた頃、僕はどん底でね。朝から晩まで毎日来て、ただでご飯を食べて何時間も瞑想し続けてた。でも彼らは何も言わずに自分を受け入れてくれた。本当に泣けてきたよ、自分は生かされているんだなって。一度ホームレスになったら、普通の生活に戻るのが難しいんだ。教会でボランティアをし、瞑想する事がなければ、自分はどうなっていたか分からないよ。」


お昼を食べたら13:30からホールで瞑想がある。お坊さんと一緒に読経して、しばらくサイレントで座る。若くてキラキラっと透明なエナジーのお坊さんがガイドしてくれて、終了後も質問に答えてくれる。彼にお布施を渡して、お祈りしていただく。土曜日だというのに、参加者は3人だけ。おいしいご飯も食べられて、これは穴場ではないか!


そして瞑想が終わると、Kさんは今度は知り合いのタロット占い師と会う約束をしているという。「すごくいい占い師だから、観てもらうといいよ。」と有無を言わさぬ流れである。私はただついていくしかない。結局二人の占い師のところに案内された。最初は小さなギャラリー行われている占いイベントみたいなところ。何人かの占い師さんが出店を出している。

そのうちのひとつ、石を使ったルーン占いのブースに向かう。そしてKさんは占い師さんに挨拶する。「こんにちは、先日占ってもらった時すごくいい言葉をいただき、あれから人生の流れが変わりました。今日は友達を連れてきましたので。」


ということで、占ってもらう。詳しい内容はプライベートな事で書けないけど、意外やすごく良い結果が出たのだった。小さくまとまらないで、これからも思い切ってやりたい事をやった方が光っていけるとのこと。

プラシーボ効果だろうが何だろうが、落ち込んでる時に、好きな事に向かって行動した方が運気が上がります、と言われたら、そりゃーシャキーンと元気でますよw


続いて、Kさんの友人のタロット占い師Mさん夫妻と待ち合わせ。朝から濃密スケジュールでクタクタだけど、ここからがまた濃かった。Mさんは普段は会社勤めをしており、プロではなかったが、とても勘が良く誠実で、何よりプロじゃないだけに、こちらが納得するまで全力投球で、じっくりカードを読んでくれた。本当に素晴らしい方だった。大まかな流れを占って、そこからスプレッドを変えて、内容を絞り込んでいく。上からメッセージを下ろすのではなく、その人の深いところにあるものを引き出していくというやり方で、出たカードの一枚一枚の意味を納得するまで詰めて行くので、占ってもらう方もかなりエネルギーを使う。


そうやって点と点を繋いで、流れを辿っていくと、薄ぼんやりした霧の中から、思いがけないブループリントが浮かび上がってきた。おやまあ!何となく感じていないではなかったけどという意外な驚きでありつつ、もし本当に実現したら、人生もう思い残す事ないな。ってくらいの、深いところに眠っていた望みを、ボコッと掘り起こされた感じだった。全体的には、手堅く謙虚でありつつ、同時にチャレンジし続ける事で、とても良い方向に進めるとの事


結局3時間以上も占ってもらって、皆で食事を一緒にして。Kさんは爽やかに「ではまた!」と去っていった。何故私にそこまでしてくれたかと問えば、「最初に会った時、すごく元気がなかったから、元気になってもらいたいと思っただけだよ。」

起こったことの密度に付いて行けず、ぼーっとしながら帰って、23日まだぼーっとし続けてた。突然現れたKさんは、宇宙からのメッセンジャーみたいだなと思った。あるいは贈り物を携えてやってきたサンタクロース。


「人生にどんな困難が起こっても、愛に開き、心の静けさと明晰さ、そして希望の灯りを灯し続ければ、必ず乗り越えられる。」

彼と行動を共にして伝えてもらった事を要約すると、こんな風だと思う。教会で出会った、愛を行動に移していく精神、そして瞑想による心のクリアさ。自分の本当の望みを知り、希望を失わない事。


それがあれば、どんな嵐が来ても沈まずにいられる。

逆に言えば、人が人生に撃沈する時、どこにも希望はなく、自己嫌悪や怒りや悲しみに巻き込まれ、完全にハートが閉じてしまう。私がKさんに会った時、まさにそんな感じだったんだろう。


「もし、これから人生が良い流れになったとしても、驕る事なく、ご自身の人生を丁寧に噛み締めて、歩んで下さいますか?」と後でKさんからメールが来た。


Kさん、本当にありがとうございます。

全ては「わたし」が行なっているのではなく、大いなる命の中で生かされているのだという事を忘れずにいます。忘れそうになったら、また注意しに来てくださいね。





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# by umiyuri21 | 2018-06-10 21:49 | ヨガ

サンタクロースのようなおじさん 前編

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私は面白い人に出会う才能は、結構ある方だと思う。そして、そしてそんな注目すべき人々と出会った時、魂の底から愉快で嬉しくなる。今日もそんな不思議な出会いの話。


先日とあるセミナーのお誘いいただき出かけた。そこでたまたま隣に座った男性がKさんであった。


ちょうどその日、私はかなりささくれていて、疲れて落ち込んでいた。インドから帰ってきて先行きが見えなかったし、手術も控えていて、自分の体が、確実老いに向かっていくのだという不安もあった。人生行き当たりバッタリで、好き勝手にしていたツケが回ってきた。好きな事をして、直感に従っていれば、全てがうまくいくなんて、嘘っぱちだったなー。と自分の人生を、荒んだ心で冷たくあざ笑っていたのだった。


セミナーの内容は詳しくは差し控えるけれど、その日行ったワークの一つで、お互いがそれぞれ瞑想のスペースに入り、そこから相手を感じてみるというものがあった。隣の人と向き合って見つめ合い、エゴを超えた場所で繋がって行く。ワークの後、シェアをするとKさんに「アメリカインディアンの姿が見えましたよ。」といわれた。

私は驚いた。というのもここ数日、瞑想中にアメリカインディアンの女性のヴィジョンが良く浮かんできていたからだ。私は新大陸には足を踏み入れた事がないので、意外な気持ちでいたのだ。


セミナーの後半、講師の方が「自分の人生で今こんなはずじゃなかった。」と思うことがあったら、書いてください。とおしゃったので、私はいち早くそれを書きなぐり、顔を上げた。講師の方が「早いですね、何て書いたのですか?」と聞くので「この年になって、こんなに何もかも失うなんて、思ってもみませんでした。」と投げやりにお答えると、彼女は大声で笑った。

「今日この席順になったのは、偶然じゃありませんね!あなたの隣に今あなたが必要としている人が座っています。良かったら後でゆっくりお話ししてみて下さい。」と言ったのだった。


そこで終了後、隣に座っていたKさんとお茶をすることにした。Kさんは60歳とのことだが、今まで二回億万長者になり、二回ホームレスになったという。そして今は2回目のホームレス中だが、再び人生に新しい流れがやってきている最中なのだとか。そして話すにつれ、沢山のシンクロニシティがあることに驚いた。まず彼はクリスチャンでありながら、同時に瞑想のプラクティスしているという共通点があった。日本人でその両方をやってる人がそもそも多くはないだろうに、たまたま隣に座ったというのも奇遇だが、なんと彼は私が以前住んでいたマンションのすぐ隣に建つ、マダレナカノッサというカトリック系の幼稚園の出身だった。


私の家族はキリスト教徒で、私自身は特に熱心ではないけれど、(むしろ若い頃はそれに反抗していた。) 母が亡くなってからというのも、折々にキリスト教のコネクションを感じるようになった。母が亡くなった直後にたまたま越したのが、マダレナカノッサ幼稚園の隣のマンションだった。

大家さんは熱心なクリスチャンだった。彼女は母にとても雰囲気が似た人で、早朝いつも幼稚園の奥にある修道院にお祈りに行っていた。(よく誘われたけど、結局一緒にお祈りに行くことはなかった。)そしてそこに住んでいる時に、ヨガの先生である、ジョシーとも出会った。彼もインド人だったけど、ケーララのカトリック教徒だった。


インドに行ってる間も、教会や修道院には何かと縁があったし、思いがけず深いメッセージをそこで受け取ることも度々起こった。


まあ、とにかく、あの幼稚園の隣の部屋に住んでいる時に、震災が起こり、人生観が変わり、ヨガを始め、離婚をし、インドに通うようになった。私にとって忘れ難い因縁の場所であったが、まさかそこで繋がったとは!それだけじゃない、他にも色々シンクロがあったのだが、そこら辺は割愛。


Kさんはもう長いこと、山谷にあるマザーテレサの「神の愛の宣教教会」で炊き出しのボランティアに参加していて、その後三河島にあるタイの仏教瞑想センターで瞑想するのが習わしになっているという。ぜひ一度来てみたらどうかと誘われた。さすがに私もこのシンクロ具合にただならぬものを感じたので、早速先週の土曜日に参加してみることにしたのだった。


9時に教会で待ち合わせをし、たどり着くとちょうどカレーを作り終わりお弁当にする作業の前のティータイムだった。10人前後の人達が集まっている。軽く挨拶して席に着くが、教会コミュニティー独特の雰囲気。何もかも、子供時代から馴染んでた空気そのままで、そのデジャヴ感に軽くめまいがしそうになる。

聞けばここにはインド人二人、韓国人二人の4人の修道士が生活しているという。

小さな礼拝堂にも案内してもらうが、ここもジョシーが住んでいる、カンニャクマリの修道院を彷彿とさせる。またこんな所に連れてこられちゃったのねーという気分。


様々な国の人がボランティアに来ていた。中国人が結構多い。上野にカトリック教会があるから、そこの人達がよくやってくるのだとか。作ったお弁当を容器に詰めて、ゴムをかけ、スプーンを挟む。250個くらいのお弁当を作る。「今日は月初だから人は少ない。お給料が出たり、生活保護の支給があるからね。月末になると、みんなお金がなくなるから増えるんだ。」


お弁当を配る前に皆で賛美歌を歌い祈る。それから自転車で隅田川沿いの白髭橋へと向かう。すでに沢山のおじさんたちが並んでいる。韓国人の修道士に、皆に挨拶しに行こうと言われる。最後尾まで歩きながら「おはようございます」と声をかけていく。ほとんど男性で女性はいない。


それからカレーを配り始める。ボランティアは結構いるので、あっという間に配り終わる。奉仕というよりはむしろ、「与える」ことをさせていただく場、という印象だ。


「人生を良く変えたいと思うなら、まず与えなさい。小さなことでもいいんだ。大抵の人は、余裕ができたら人に寄付しようなんて考えるけど、そうじゃない。」とKさんは言う。

「あのおじさんたちはホームレスなのですか?」

「いや、大抵はこの辺の簡易宿泊所に住んでるよ。僕も一年くらい住んでいた事がある。人間の住むとこじゃないよね。」

「この自転車も、僕がちょっとづつ寄付したんだよ。」


教会に戻って自転車を置く。教会でお昼を食べていきなさいと勧められたが、Kさんが最高のタイレストランがあるからそっちへ行こう、と言うので、ささっとお暇し次の目的地、タイの仏教瞑想センターへ。


という事で、続きは次回!








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# by umiyuri21 | 2018-06-06 18:24 | ヨガ

6月のヨガレッスン


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土曜日 16日、30 19:00-20:30

火曜日 5日、19 15:00-16:30


場所:Ruhani Bellydance Arts

150-0001 東京都渋谷区神宮前3-36-17 (明治神宮前駅、原宿駅から徒歩8分ほど)

www.bellydancearts.jp.

料金:ドロップイン 2,000

ヨガマットはご持参下さい。


今月は私ごとで恐縮ですが、下旬に眼科手術を控えています。手術後はしばらく激しい動きはできないとのことですので、今月はソフトなヨガを中心に行います。呼吸や坐法、マントラのチャンティング、発声法、そして瞑想。ヨガの基本の基本ですがとても大切なものばかりです。ヨガを長く続けていくと、こうしたベーシックなことから受け取れる恩恵がとても深いものだと実感します。特に身体が思うように動かせない時は、これだけでもー十分効果的です。

しっかりグラウンディングして座り、息を吐く。今月はそこから初めていきましょう。


原宿の街並みが見渡せるとても気持ちの良いステキなスタジオです♫

予約はい必要ありません。どなたでもお気軽にご参加下さい!



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# by umiyuri21 | 2018-06-02 00:01 | ヨガ


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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