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インディアン・ヨガライフ〜ケーララの村で暮らす Vol.3

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不思議の国のヨガ・ティーチャー
 
 しかし本当に彼のレッスンは驚くことが多かった。ある日は瞑想について2時間ほどずっと話してくれたものの、事故の影響なのか元々の性格なのか、日本語がままならないせいなのか、とにかく表現が異次元的で謎が多く、ほとんど意味が分からない。ある日は初めて来た生徒に、いきなりスパルタ的に何度も同じピポーズを取らせ、泣かせてしまうこともあった。
 それでも私は彼のヨガ哲学とその教え方に、今まで出会ったことのない大きな魅力を感じ、急速にのめり込んでいったのだ。
 彼の身体に対するアプローチは本当に奥が深かった。今まで出来たつもりでいた簡単なポーズも、ちょっと体の位置を変えるだけで全く違うものになる。それはささいな足の向きや重心のかけ方だったりするのだが、そこを改善すると身体感覚が大きく変わる。何故今まで誰にも直されなかったのか不思議に思うほどだ。しかも自分の身体の状態を本当によく見ていて、悪いところを的確に指摘してくる。とにかくスパルタなので日々の復習は欠かせず、そのおかげで体の調子もだんだんと良くなってきた。そして謎の異次元トークの合間合間に、時々はっとするような深い言葉が飛び出すのだった。
 元々インド人びいきの私、彼の価値感、物事の捉え方に触れることは、インド的な考え方を学ぶ絶好の機会でもあった。さらに彼の持つバックグラウンドはインド的なものにとどまらず、西洋のヒーリングワークや、日本の武道の知識も含まれており、そんな彼のセリフを聞いてこっそりメモるのがレッスンのもう一つの楽しみとなっていったのだ。
 
 ジョシーと話すうちにだんだんと分かってきた事は、彼の歩んできた人生のなかなかの波瀾万丈さであった。彼はすでに還暦を超えていたが、その年代のインド人としてはちょっとぶっ飛んだ経歴だ。彼の人となりを紹介するのに丁度良いので、そのバイオグラフィーを足早に書き留めみると、こんな風になる。
 
c0010791_13333984.jpg ジョシーの誕生日はちょうどガンジーが暗殺された日、幼い頃からスピリチュアルな気質でヨガに興味を持っていたことから、ガンジーの生まれ変わりかも、と半分冗談伝で言われていたとか。実際ガンジーは幼い頃の彼のヒーローだったそうだ。彼の家庭は大きな田畑をいくつも持ち、事業も手がける地域のリーダ的存在。いつも様々な人が家に出入りしており、クリスチャンの家庭だったが、巡礼の為に町を行き来するヨギたちにも寝食を提供していた。6歳頃からジョシーはこうしたヨギたちからヨガを習い始める。周りにはあまり本格的にヨガを学んでいる子供がいなかった為、10代の頃からヨガのデモンストレーションをしたり教えたりすることが多く、クリスチャンのノンヴェジタリアン家庭の中で、早くから一人で菜食を実践していた。
 こうしたストイックな性格の一方、芸術的な才もあり、絵を描いたり、親戚が映画の制作会社を営んでいたため、子役で映画に出演したりモデルをやったりしていたのだとか(今でもカメラを向けるとポーズは上手い)

 
飛び級で小学校に入学した彼は、大学を卒業した19歳でいきなりナガランド州のカトリック系のハイスクールの校長先生に。なんでも予定していた校長先生が病気になったため、小さい頃から人前に出たり、教える経験のあった彼が抜擢されたとのこと。校長先生の傍ら知人とフォトスタジオとレストランを経営。
 3年後に学校を退職しチェンナイへ、一転し親戚の映画会社でプロデューサーとなる。服飾デザインもできたので、映画のコスチュームを自分でデザインし、自ら縫って俳優に着せていた。この70年代のチェンナイ時代は彼曰く「ゴールデン・エイジ」とのこと。映画産業の華やかな世界に出入りしながら、映画製作の合間にヨガのアシュラムを巡ったり、様々な著名なグルたちに会いに行く。和尚もクリシュナムルティもオーロヴィルのマザーも生きていた時代。インド精神世界のゴールデン・エイジでもあったのだ。


 しかし彼はその華やかな生活を捨ててしまう。次はインドを出て、ヒッチハイクでヨーロッパへと向う。ちょうど沢木耕太郎の「深夜特急」と同時代。小説ではインドの貧しさやインドを旅する西洋人バックパッカーの様子が描かれているが、その中に混じって旅するインド人はほとんど稀だった。
 ドイツに辿り着いたジョシーはアンティークの修復の仕事に興味を持ち、その技術を習得。3年ほど滞在した後、今度はカナダへと向かい、カナダでアンティークの修復業やアーティスト、映画カメラマンのアシスタントとして生活。その途中に渡米しフロリダでインテリア・デザイン仕事をしていたこともあるらしい。さらに、ヨガの実践の中で食事法にも並々ならぬ関心を持っていた彼は、友人とヴェジタリアンのデリを始める。
 
 ちょうどこの頃日本人の奥さんKさんと出会い結婚。カナダと日本とインドを行き来する生活をしばらく続けた後、90年代半ばに日本に定住。ヨガを教え始める。まだまだヨガの認知度は低く、そんな中インドの伝統的なヨガの経験が豊富にあり、同時に西洋的な感覚も合わせ持ったジョシーの存在はかなり貴重だったはず。実際彼は、今のヨガ界を担う著名な先生を何人も教えている。ヨガを教えながら自身も日本の暗黒舞踏や武道を学び、空手2段、弓道5段の腕前となる。
 
 と、かなり早足に書いても息切れがするほど、ジョシーの人生はめまぐるしい。はじめ私は(インド人だし)彼が少し脚色して自分の話をしているのでは、と思っていた。しかし実際インドで彼の親戚や友人に尋ねると、やはりどうやら嘘でないことが分かる。「でも、どう計算しても65年の人生でどうやってこれだけの事が出来るのか分からないんですよ。」と言うと彼らはニヤッと笑って「それがジョシーなんだよ」と言うのだ。
 
c0010791_13342887.jpg しかしそんな彼に大きな転機が訪れる。2010年の夏に車を運転していてトラックと衝突。右足を5箇所骨折し、脳挫傷を負う、殆ど瀕死の重傷だった。25日間意識不明の状態が続き、医師は意識が戻らなと足の手術が出来ないので、切断を進めたものの、奥さんが断固として断りそれを免れる。やがて意識を取り戻し、ようやく足の手術を終えた彼は医師から、「歩けるまでには数年かかる」と言われるが「すみません私はそんなに待てません」と答え、2ヶ月ほどのリハビリで歩けるようになったそう。
 奇跡的な回復力でヨガを教えられるまでになったジョシーだが、それでも事故の後遺症は決して軽くはなく、以来冬の間はインドで療養し、暖かい季節に日本でヨガを教える生活を送ることに。私が出会ったのはその事故から2年程たち、ようやく自分の足で長時間歩いて遠出できるようになったばかりの彼だったのである。
by umiyuri21 | 2013-05-15 13:41 | ヨガ滞在記


日々の暮らし、旅やアート、ヨガなどについて綴っております。


by 若山ゆりこ

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