インディアン・ヨガライフ〜ケーララの村で暮らす Vol.8

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オーガニックを探せ! 

 そんな生活の中で、一番の難題は食料の調達であった。町のマーケット行けば美味しそうな野菜や果物が沢山並んでいたが、ここに大きなハードルが.あったのだ。師匠はとりわけ食事にうるさく基本的にオーガニックの食品しか買いたがらない人であった。ジョシーの実家は大きな田畑を持ち、昔はどの農家も無農薬で農業を営んでいたそうだ。70年代あたりから少しづつ農薬の使用が普及してきたが、祖父はその時も頑なに農薬を使いたがらなかったと言う。もともと食にこだわりのある家の出身に加えて、ヨガの実践の中20代の頃にマクロバイオティックに出会ったジョシーは、真剣に食事法について学び、食べるものにとりわけ神経を配るようになった。
 「良い食事とヨガをやっていれば間違いない」「人間の身体はゴミ箱じゃない」というのが彼の口癖であった。彼自身料理のセンスもあり、ナガランドとカナダでレストランを経営していたほどだから、とにかく妥協がないのである。
 しかし、インドに、しかもこんな片田舎にどれだけオーガニックの食品があるというのか?
 
 実は渡印して改めて認識したのだが、事故の後遺症の為、ジョシーの場所と時間に関する記憶は混乱しがちであった。事故の前はオーガニックの野菜を調達する人脈をいくつも持っていたらしかったが、その記憶は大分失われてしまっていたのだ。また、あったとしてもそういう農園は町から離れた郊外にあり、車の移動が必須で、公共の交通手段しか利用できない我々には行ける場所は限られている。しかも先生は携帯電話嫌いで、それすら持っていないのだ。ほとんどお手上げ状態である。
 
 最初の頃は、はじめてケーララにやってきた旅行者のごとく、人々に尋ねながらマーケットをさまよい歩いた。結局見つからず、そういう時は普通の八百屋で買うしかないのだが、先生が買って良しという野菜は、なるべく土地のものである可能性が高く、農薬の付着率が低い野菜、人参やビーツ、玉ねぎやしょうが、にんにくくらいしかない。果物ならバナナ。その辺でいくらでも採れるバナナは日々の糖分と栄養補給にかなり役立っていたはず。先生の好物はバナナと人参であったので、その2つは常に欠かさず、ようするにひたすらバナナと人参を食べて過ごしていた気がする。
 ケーララのバナナは種類も豊富で本当に味わい深かった。生食用だけではなく、加熱用もあり、朝食用に蒸したり、オートミールに入たり、ちょっと油で焼くだけで充分に甘いおやつにもなった。

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 そのうち少しづつ、周りの人から情報が入ってきて、オーガニックショップも見つけ、買えるものも増えていった。数は多くはないが、オーガニック野菜を売る露店が郊外にいくつか点在していた。また、輸入品などを扱うスーパーにはオーガニックの豆やパスタが売っていたし、日本の自然食品店のようなお店も存在した。しかし、わざわざ特定の店までローカルバスで買い出しに行くのは時間がかかり、日々の多くの時間は食料調達に消えていったといっても過言ではない。
  
 「昔はあちこちに自然食品のお店があったんだが、私が事故の間にすっかり変わってしまって、全部無くなってしまった。」とジョシーはよく嘆いていたが、記憶のせいだけではなく、それもまた半分本当の事でもあるらしかった。ジョシーが事故で療養している期間と、インドが経済成長によって激変してゆくその波が田舎まで波及する時期はちょうど重なっていた。私が見る限りでも、人々の動きや表情は少し前のインドと比べて豊かになった分どこか抑制され、世知辛いように感じられた。
 
 彼の友達によれば、オーガニック産業が大きくなるにつれ、偽物も増え、昔からあった小さな店が潰れてしまったとか。また、何でもお金中心の考え方になり、体に良いオーガニックの物を食べるという考えが廃れてしまったとか。(この辺は日本の80年代と似た感じなのかな。)
 事実、オーガニックの米やパスタを置いてあったチャンガナチェリーのあるスーパーは、売れないからという理由である日突然オーガニックの食品を全部返品してしまっていた。そこは比較的買い物しやすい場所にあり重宝していたのだが、そのお店がなくなったお陰で1時間半かけてアレッピーのスーパーまで行かなくてはいけなくなった。
  
c0010791_16165572.jpgもともと私はそれほどオーガニック志向ではなかったので、ジョシーの頑固とも取れるオーガニックに対するこだわりにうんざりすることが少なからずあった。私にとってオーガニックの野菜とは「☓☓農園のトマト」みたいなラベルが貼ってある少々高級な野菜で、それは贅沢品という認識があった。しかしケーララで生活してしばらくするうちにそのイメージは変わっていった。
 
 ケーララの田舎のちょっとした家には、大抵プランテーションがあり、そこにはココナッツやバナナ、マンゴー、パパイヤ、グアバ、ジャックフルーツなどのフルーツ、カレーリーフやタマリンド、胡椒やコーヒーの木等が植えられ、鶏や山羊を飼っていた。そこから収穫できる食物で家の半分くらいの食事は賄えそうだった。家に遊びに行けば庭で採れたばかりのバナナやココナッツ・ジュースを振舞ってくれた。マンゴーの季節には柿のごとくたわわに実ったマンゴーをいただき、それは悶絶するほどおいしいものだった。

 
 それらは放っておいても勝手にぐんぐん大きく育ったもので、どれも正真正銘のオーガニック、自然栽培の作物であった。ジョシーの実家にもココナッツの木が何本もあり、数ヶ月に一回それを収穫したが、それらも肥料も何も手を加えない自然栽培のココナッツだった。(しかし市場に流す業者にはオーガニック野菜に対する意識が育っていないため、そうしたココナッツも他のココナッツと一緒くたに流通してしまうのだそうだ。)そうやって育った野菜が本来食べるべき野菜、という認識がジョシーにはあるらしい。まあ、自然の豊かなケーララでなくては出来ないことなのかもしれないが。
 
 事実ケーララ州は他の州よりはオーガニック栽培に関する関心が高いらしく、地元の新聞に時折そういった記事が紹介されていた。また他州から来る野菜は何が入ってるか分からない、という言い方もよくされたいた。 
 ないならないで食べなくてもいいというスタンスの師と比べて、食い意地が数倍張ってる私には、その日の食べ物をどうやってゲットするかは真剣勝負であった。あまり手に入らないオーガニックのパパイヤやパイナップルが手に入ると嬉しくて仕方ない、マンゴーなんて言わずもがな。テーブルに置いたその果物の香りを嗅ぐだけでウキウキした。
 また出汁の出るトマトは他州からの物が多くて殆ど買えなかったので、たまに見つかるとこれも嬉しい収穫だった。
 
 ああ、もうとにかく、日々食べ物のことばっかり考えているのである。「ナチュラル&スピリチュアル・ヨガライフ」は何処へ行った?!
by umiyuri21 | 2013-05-20 16:22 | ヨガ滞在記


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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