ヨガ的読書案内:4  OSHOと存在の詩

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忘れた頃にまた続き

 せっかくだからOSHO先生についても書こうかなと。インドの聖者本は以前から時々読んではいたものの、完全スルーしていたのがOSHOの本。何しろあまりにも怪しいイメージがありすぎました。
フリードラッグ、フリーセックス!彼のアシュラムは入る前にはエイズ検査があるというのも、インドを旅しているとよく耳にした話でした。「友人が面白半分で行ってみたら、完全に精神のバランスを崩してしまった。」そんなエピソードも飛び込んできたり。
そういうのだから、カルトなイメージが先行して近寄るのは避けていたのです。

 ところで私がヨガにハマり時始めた頃、どこかで小骨のように引っかかっていたのは、ヨガにまとわりつくあまりに禁欲的なイメージでした。
 もともと、心地良いことやきれいな物が好きな、ストイックとは程遠い人間です。感覚的な快楽に執着して手放せなくなることが、苦しみを生むとは分かっていても。だからといってエゴも執着も全て切り捨て、漂白しまくってシミひとつない、真っ白なシーツみたいな人間になど、あまり魅力を感じないし、なれるとも思えません。


それにベリーダンスを何年か踊ってきて学んだのは、自分の中湧き上がってくる、自然なエネルギーや感情の流れを解き放ち、踊りの中にどうやって表現していくかということ。ところがヨガとは一見、それとは正反対、自分の中の感情やエネルギーを鎮火させコントロールしてゆく方向に持っていく、はじめた当初はそういう技法に思えたのです。(もちろん、そういう訳ではないんですけどね。)
 まじめに取り組もうとすればするほど、今までやって来たことを否定しなくちゃいけないようで、自分なりに模索している時、性や政治など社会のタブーに果敢に切り込んでいったOSHOの存在が気になりだしました。とはいっても、彼の本はものすごく沢山出版されている上に、ほとんどが絶版でどこから手を付けていいか皆目分かりません。
 
 
 
 そんな折に、お世話になっている方からたまたま頂いて、OSHOの本が私の手元にやって来ました。そのタイトルも「愛の円環~宇宙的オーガズム」この本はヴィギャン・バイラヴ・タントラというタントラについての講話集10刊シリーズのうちのひとつ。
 前半は性に関する技法がかなり率直に語られており、それが「セックス教祖」と呼ばれるようになった所以なんでしょう。しかし、人間の営みの中で最も大きな関心ごとでありながら、世界の多くの聖者たち、宗教家たちが性に関して語ることを避けてきたことを考えると、やはり稀有で特別な存在だったのだと思うのです。
 講話の内容はもちろんそれでだけではありません。OSHOの言葉が心に染みるのは、人間として当たり前に直面する様々な感情や欲望について、拒絶することなく真摯に語ってきたことです。
 自分の欲望や感情と関わりあうことを避けるのではなく、判断することなく、そのあるがままを感じきりなさい、そうしてこそはじめて、あなたが元々あなたであったものが立ち現れてくる、と。


c0010791_17355125.jpg  そこにふと、出口を見つけたような気がして、もっと本が読んでみたくなり、次は一番有名な「存在の詩」を手にとってみました。これは、日本でのOSHOの初翻訳本で1975年に自費出版のような形で紹介されたのちに、正式に出版されたようです。私が古本サイトでゲットしたのは77年度版。帯文は横尾忠則、色あせたわら半紙のページから当時の香りがプンプン薫ってきそうです。

 この本はチベット仏教タントラの聖者ティローパの「マハームドラーの詩」という聖典を解説した講話なのですが、これが本当に力強くエネルギーに満ちた本で、最初のページから夢中になってしまいました。さすが当時の若者にドロップアウトを促した本だけある!言霊にぐいぐい吸い込まれてしまうので、その気になりすぎて怖いくらい(笑)まさにキング・オブ・話のうまいインド人!(バイオブラフィーによると、学生の頃、全国の弁論大会で優勝した経歴があるそう。)

 インドでもOSHOの本はわりと普通に売られていて、立派なおうちに住む中産階級のおじいさんも本棚に並べていたりして、ああ、別に怪しい人じゃないんだなあと。多分コミューンの様子やアメリカで逮捕された事件などがセンセーションに語られたのでしょうね。それだけタブーを口にしたってことなのでしょう。

 今の時代の空気は戦争直前に似てるっていう声を時々耳にします。確かに社会のありようが行き詰まってきて、寛容さを失ってきているというのは、何となく感じるようになってきました。けれど一方で、こういう時だからこそ、古い概念を脱ぎ捨てて、世界を変えていこうというダイナミックなエネルギーも同時に伝わってきます。
 どちらにせよ平和でのんびりムードじゃなく、変化を求めるじわじわとした、熱いうねりがあって、そんな時だからこそOSHOの言葉が効くんじゃないかなあ思っていたら….やっぱり再評価されているんですね。今度「究極の旅 OSHO禅の十牛図を語る」という本が再販されるようです。(次はこれを読んでみますか。)
 そのうちこの「存在の詩」も出なおしてくれるんじゃないかな。



引用したい箇所があちこちにあるのだけど、最後に私が好きな一文を。(長いですけど)

少し休んで ほこりを地面におさまらせなさい
もしそんなに早く走って大急ぎしたりしなければ
あなたは煙を立てずにすむだろう
だんだんとものごとが収まり そして内なる光が現れる
あなたはすでに完璧なのだという
このことこそタントラにおける最も基本的なことだ
他にそんなことを言うヴィジョンはない
みんな、あなたはそれを達成しなくてはいけないと言う
出て行って 闘い
いろいろなことをしなければならず
道は苦しいものだと言う
そして誰かがたどり着くというのはごくごくまれだ
それというのも 目的地はとてもとても遠くにあって
何百万という生にわたって人は頑張らねばならず
それでようやく辿り着くからだ、と
完成は成し遂げられなくてはならないものだ、と

タントラはそれが
それこそが、あなた方の成し遂げられない理由だという
完成なんて成し遂げられなくちゃならないものじゃない
それはただ 
それがそこにあるということを 気付かれなくてはならないだけのものだ
タントラはあなたに ずばり今ここで手を差し伸べる
時はいらない 延期もなし
タントラは言う
もしあなたが休んだら
ただ休むことだけでいい、と
何故なら あなたはその落ち着きのなさによって
あたり一面煙を張り巡らせているのだから
それにあなたはあまりにも急いでいて
耳を貸すこともできない有り様だ
もし誰かが「休め」などと言おうものなら
あなたはつっぱねるだろう
「休んでる暇なんかありゃしない ぼくは目標を達成しなくちゃならないんだ
ましてその目的地はものすごく遠い もし休んだりしたら 僕は取り逃してしまうよ」
タントラは、あなたが逃しているのは
あなたが走っているからだと言う
タントラはあなたが逃しているのは
そんなに急いでいるからだと言う

「いまだ識別を離れずしてタントラ教理を持するもの
サマヤの精神に背くなり
全ての行動を止め すべての欲望を避けよ
あらしめ思考の
大海の波のごとく浮き沈むままに
たえて無安住と
並びに無差別の原理をそこなわざる物
タントラの教理をささげ持つなり」
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by umiyuri21 | 2013-10-07 17:37 | ヨガ


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


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