インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.10 

 「水は自由だ
  水のように自由でありなさい
  あるときあなたは南にいかなくてはならず
  またあるときは北に向かわなくてはならないだろう
  あなたは方向を変えなくてはなるまい
  状況にしたがって、あなたは流れなくてはなるまい
  しかし、もしあなたがどうやって流れるかさえ知っていれば
  それで充分だ
  もしあなたが流れ方を知っていれば
  海はそう遠いこともない」(Osho/存在の詩)

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「水のごとく生きる」

 先生にはカナダ時代に習っていた柔道の先生からいただいた「如水」という漢字名があった。これを彼はとても気に入っていて、日本でもインドでもはじめて会う人には必ず書いて説明した。日本語の読み書きが出来ない彼の、唯一書ける漢字でもあった。「私の名前はジョシー。日本語では水のごとしという意味なんだ。」

 師匠とのヨガ合宿も長くなるにつれ、つくづく柔道の先生は、彼にぴったりな漢字名を見つけたものだと思うようになった。
 型にはまらず水のごとく自由で、直感が赴くままに漂うように生きている。付いて行く方は大変なのだが....

 そんな彼の生き様を垣間見る、ちょっとしたプチ冒険が年末にあった。
 ちょうど大晦日までの5日間、ケーララの古典劇のひとつである「プルシャルタクートゥ」というパフォーマンスを見に行くことになった。これは有名なカタカリ・ダンスよりも古い起源を持つパフォーマンスで、ケーララでも鑑賞できる機会はまれなのだそうだ。
 トミーさんというジョシーの古くからの友人が、公演のスポーンサーの一人となっていて、その招待券を頂いたのだ。会場はアレッピーから車で30分ほど、ムハンマという町の小さな音楽学校。
 
 前回はケーララに5ヶ月も滞在していたのに、大好きな音楽やダンスを見る機会は全くなかったので、私はワクワクして会場に出かけた。ところが「プルシャルタクートゥ」は3時間以上にも渡る、壮大な独演劇であった。最初と最後にちょっとした音楽と舞踊があるものの、ほぼ全編セリフ劇、ほんの数分の休憩が入るだけで、パフォーマーは一人何役もこなして、延々と語り続ける。本来は寺院で上演されるものらしく、その時は一晩中8〜9時間に渡って一人でしゃべり続けるらしい。


 ストーリーは神話やインド哲学を題材にし、大筋は決まっているが、即興的な要素も多く、途中で入って来たお客さんをネタにしたり、観客を巻き込んで舞台は進んでゆく。最初はパフォーマーの豊かな表情やセリフ回しに、言葉は分からなくとも興味深く見ることが出来たが、2時間近くになるとさすがに、飽きてきた。
 しかし会場は盛り上がっている。ちんぷんかんぷなのは私だけだ。7時過ぎに公演が始まって、終了したのは10時過ぎだった。夜食としてイドゥリとサンバルがみんなに振るまわれ、それを食べるともう12時近い。その夜は、トミーさんの家に泊めていただくことになった。

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 翌朝、トミー家で朝食をいただいてから、バスを乗り継いでノース・ヴェリヤナードの家に戻る。やれやれ疲れたなあと、シャワーを浴びて、お昼ごはんの支度をしていると、ジョシー先生「急いで食べよう、また今夜もパフォーマンスを見に行く!」と言い出した。
 公演は12/27から大晦日までの5夜連続であったが、私はすでに一日目でお腹いっぱいになっていた。しかし師匠はいたく気に入ってしまったらしい。「あの俳優は素晴らしい、彼の語りは彼の呼吸そのものだ。」
 とはいえ、会場は家から結構遠く、バスを2回乗り換えて2時間以上はかかる。公演が終わる遅い時間には、もう家まで帰る交通手段はない。
「じゃあ今日もトミーさんちにに泊めてもらうの?」と聞くと
「彼が今夜来るかは分からない、会場に着けば誰かいる」とのこと。
 まあ、全てがこういう調子なのである。行き当たりばったり、事前に誰かに連絡を取り付け、今夜の宿を確保しておくという計画性は皆無。
 とりあえず最低限の泊まれる準備をして、急いで家を出る。
 

 結局私達は5公演全てに足を運んだ。毎日誰かの家に泊めていただき、翌朝家まで戻り、シャワーを浴びて着替えて、夕方再び会場まで向かう。近郊の町まで芝居を見に行くだけの5日間だったが、私にはちょっとした冒険&修行であった。セリフ劇で会場中が湧いている中一人だけ全くついていけず、公演は日によっては5時間近くに及ぶこともあった。そこでウトウトしていると師匠のお叱りを受ける。やっと終わった!と思っても、今夜何処で眠れるか全く予測がつかない。
 
 長年ジョシーと懇意にしているトミーさんが来ていれば、彼の家に泊めてもらえた。しかし彼も家庭持ちで、何かと忙しく毎晩は来られない。
 ある晩トミーさんの姿が見えず、今夜はどうしようと困っていると、ジョシー先生は目ざとく別の友人を見つけて話しかけに行った。とりあえずアレッピーまでの車は確保。その間も決して「今夜泊まるところがない」とは言わない。アレッピーまで着くと友人が「これからどうやって帰るの?」と尋ねる。
「オートで家まで帰ろうかと思ってるよ。」と涼しげに言う先生。
「でも、遅いから危ないよ。真っ暗だし、アレッピーの運転手はあの辺の道は知らないからトラブルの元だよ。」
「じゃあ、ゲストハウスにでも泊まるよ。」
と町のゲストハウスを当たってみるが、年末で満室である。「ニューイヤーまで、アレッピーでは部屋を見つけられないよ」と冷たく言われてしまった。
さあ、どうする....そこではじめてジョシー先生
「困ったな、どこか泊まるところはないだろうか。」

 それならば、うちにどうぞと友人の車に同乗していた別な男性が、助けてくれた。なんとか無事に今夜の宿が見つかった。ホッと一安心。
 夜遅くに突然現れた謎の風貌のインド人と日本人に家の人もびっくり顔であったが、快く家に通してくれる。ケーララのちょっとした家には大抵客間があって、シャワーとトイレが付いている場合が多い。この家は屋上の離れのような場所にゲストルームがあって、ほとんど半野外のような部屋であった。暑い季節は気持ちよさそうだが、年末のケーララは熱帯であっても朝晩は冷え込み、その夜は震えながら寝た。隙間だらけで蚊も多い。これは出かける直前にカバンに放り込んで来たどこでもベープが超役立った。それ以来、外泊になりそうな時は必ず、どこでもベープと、上に掛ける薄い布と、歯ブラシ、手ぬぐいをカバンに入れて出かけるようになった。もう、これさえあればどんな所にでも泊まれるくらいだ。

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 そして、公演最終日である大晦日はちょっと難儀をした。さすがにニューイヤーズ・イブだけに、いくら友人といえど、何の予告もなく泊めてくださいとは言い難い。その日は、観客も他に用事があるらしく、公演途中でそそくさと会場を出て行く人も多い。結局トミーさんも、他の友人の姿も見つからず、それでも何とか、彼の事を人づてに知っている人を見つけて(実はジョシーは地元では結構有名人)アレッピーまでは連れて行ってもらえることに。
 
 問題はそこから先だ。真っ暗闇の町の真ん中に二人降ろされて、行く宛はない。ゲストハウスも当然空いていないであろう。爆竹の音があちこちで聞こえ、アニキ達がバイクに乗って大騒ぎしながら通り過ぎる、なんとなく物騒。
 「あ〜あ...どうするんだよ」と心のなかでため息をつきつつ、あてどなく歩いていると、いつもバスに乗っている停留所に人が立っていた。聞くとチャンガナチェリーまでのバスがこれから来るらしい。アレッピーに宿はなくとも、チャンガナチェリーにならあるかもしれない。とにかく少しでも家に近い方に向かった方がいい。
 夜中にやって来たバスは満員で、しかも乗客は男しかいない。いつも乗っている路線バスだが雰囲気が全く違う。野郎の物珍しげな目に囲まれて、バスは夜の冷たい風を切ってガタガタと暗い道を走る。

 しかしチャンガナチェリーでもなかなか部屋はない。今日はニューイヤーズ・イブだから安い宿でも900ルピーくらいするんじゃないと言われる。普段バスで24ルピーで買い物に来てる町に900ルピーで宿泊するなんて馬鹿らしいなあ。すると突然ジョシー先生は「トーマス神父が住んでる修道院に行こう。」と言い出した。
 彼の親戚には神父や尼僧が多く、親しいおじさんの一人であるトーマス神父が、ここから少し離れた修道院で生活していた。しかし、男子修道院だろ?いくらなんでも女性は泊めてもらえるのか???しかもこんな夜中に。
 が、行くと言ったら先生はやめない。「絶対大丈夫だから心配しないで」と言って、オートに乗って修道院まで行く。

 夜の町は閑散としていたが、修道院まで着くと趣がガラリと変わった。その敷地内には学校などと共に大きな教会が建っており、新年のミサのために沢山の人々が車やバイクで集まって来ていた。広々した礼拝堂の中もほぼ満員の人出であった。とりあえずは、ミサに出席しようと、礼拝堂の端っこにこっそり身を滑り込ませる。しかしこれが長いのだ。賛美歌を歌ったり説教があったりと、2時間以上も続く。すでに言葉の分からない劇を数時間見せられ、さらに言葉の分からないミサを2時間強、眠くて朦朧としてくる。真夜中になると風は一層冷たくなり、半袖のプラウスだと鳥肌が立つ。
 それでもまあ、2014年の新年を教会で迎えることになるとは思わなかった。悪く無いと言えば悪くないな。新年の始まりを告げる花火や爆竹の音を聞きながら、ぼんやりと考える。

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 結局ミサが終わったのは午前2時前、人々はそそくさとそれぞれの車やバイクに乗って帰宅してしまい、礼拝堂はあっという間に空っぽになった。もう数時間で朝になるわけだし、このまま礼拝堂の片隅で寝せてもらえないだろうか。
 ジョシー先生は表に出て、親戚のトーマス神父を探すが見つからず、おもむろに先ほど説教をしていた、一番偉そうな司祭のそばに近づき挨拶をする。何やら一言二言交わした後、司祭は私達を修道院内にあるゲストルームに案内してくれた。何と、泊めてもらえるのか!!
 「すごいね、よく泊めてもらえたね。何を言ったの?」
 「別に、これからどうするんですか?と聞かれたから、もう遅いからゲストハウスにでも泊まりますって言っただけ。それならどうぞここに泊まって下さいと言われたの。」
 通された修道院のゲストルームは、下手な安ホテルよりはずっと清潔で快適であった。

 朝、すぐに出られるようにと早めに起きて日記を書いていると、誰かが扉を叩く。開けるとトーマス神父があ然とした顔で立っていた。「おはようございます。ハッピー・ニューイヤー」と若干引きつりながら微笑む私。
 トーマス神父はジョシーの姿を認めて「お前はなんて自由な奴なんだ。」と苦笑していたが、修道院の食堂に連れて行ってくれて、プットゥ(ケーララ名物米の粉とココナッツフレークを筒状に蒸したもの)を食べさせてくれた。とりあえず、めでたい新年を迎えることができた。

 ともかく、普段はボケボケで危なっかしい所もある師匠だが、こういう時は落ち着き払って、ごくごくさりげなく、泊まるところがない事をアピールするやり方はさすがだ。
「水のごとく生きている人と生活してみないと、水のごとし生活は分からないよ。」
 と先生は言うものの、若い頃、インドからヨーロッパまでヒッチハイクで旅行し、ドイツでは3年ほどドイツ人家庭の家にお世話になっていたと言うし、日本でも奥さんの実家でずっと暮らしていた訳だから、要するに居候体質なんだろうな。「水のごとく生きる」とはこういう事でもあるのかと、半ば呆れつつ感心するのだった。

 だいたい携帯一本と事前の連絡さえできれば、全てはもっとスムーズに運んだはずなのだ。無計画で行動すると、たがが芝居一本観に行くことさえ、こんなに大冒険になってしまうのだ。
「モーメントに入り込みなさい」と時々ジョシーは私に言ったが、先のことを考えずに瞬間に起こることにしたがって流れてゆけば、人生は生き生きした冒険にもなるが、当然急に不安定にもなる。どんな事も受け入れて、流れに乗れるタフさが必要になる。
 しかし、私にはこんな生き方は続けられないし、あまりしたくはない、ちょっと疲れすぎやしないか。もうちょっと手際よく出来るだろ、とネットや携帯を駆使できる現代人なら考えてしまう。

 さて、2014年も明けてヨガ合宿も後半戦に入っていくのだが、割合静かだった前半の日々に比べて、思いもかけない出来事に押されるように、さらなる「水のごとし」生活が始まるとは、この時はまだ、予想もしておりませんでした。
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by umiyuri21 | 2014-05-16 22:56 | ヨガ滞在記


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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