美しい本

c0010791_14355676.jpgトルコ人作家オルハン・パムクの「私の名は紅」と「雪」をようやく読了。
 年末トルコ旅行の前に、ちょうどオルハン・パムクが「雪」でノーベル文学賞を取り、これはトルコで読むには最適だろうと、重いのを承知で「私の名は紅」と「雪」を2冊を買って旅行に持っていった。旅先でトルコ人と会話するごとに、今オルハン・パムク読んでるよ、と言うと反応は様々で「素晴らしい作家だ」という人もいれば、「彼はペシミスティック過ぎて好きじゃない」という人も多かった。「私の名は紅なんて10ページ以上読み進められなかったわ」笑いながらトルコ人の女性が言った。
 最初に「私の名は紅」から読み始めたが、イスラムの細密画についての様々な逸話や芸術論がちりばめられ、一応殺人事件が起こるものの、冬のイスタンブールの陰鬱な雰囲気の中、物語はものすごくゆっくり進んでゆく。「10ページしか読めない人の気持ちがよく分かるなあ・・」と思いつつページをめくる。2章読むと睡魔が襲い、結局旅行中はほとんど進まず、日本に戻って思い出してはちびちび読み、やっと読了。結局読み終わるまでに3ヶ月もかかってしまった。
 なんとか読み終えられたのは高い本をわざわざ買ったということと、テーマが絵についてだったからだろう。
 イスラムの細密画家たちの芸術についての考え方は、西洋的な芸術についての考え方とは全く相反する。例えば遠近法を使って描くこと、目が見たそのままを描くこと、自分の個性を出すこと、画面にサインをすること・・西洋絵画のごく基本事項として扱われていることがイスラムの細密画世界では悪魔的で、冒涜的な意味を持つ。
 だからといってイスラムの細密画の世界が遅れているとか稚拙なのでは当然なく、全く別の価値観、哲学、豊かな芸術性を持っている。そんな完成されたイスラム細密画の世界に西洋絵画の世界観が持ち込まれる、伝統をことごとく覆えす価値観や技法に、画家はと戸惑い、恐れと誘惑の中で葛藤する。
 読みながら自分の「画を描くという」考えについて再度考えさせられたり、はっとさせられたり、こういう考えもあるのだなあと、驚いたり・・近世のイスタンブールの暮らしの描写も興味深く、読んでしまえば重厚でかなり、充実感のある本だった。
 
c0010791_1436769.jpg ようやく「雪」に取りかかろうと、何気なくページを開くとこちらは予想に反して、一気にその世界に持って行かれた。息もつかずにページをめくり、2日で読み切る。本当に素晴らしい本だと思った。ここまで重いテーマの話を一気に読ませる構成の巧みさ、描写の美しさ、語られているテーマの切実さが胸に迫った。
 雪に埋もれた辺境の小さな町カルスがこの小説の舞台。作品の中心に描かれているのは、政教分離、西洋的な考えを主張する無神論者とイスラム主義者達のせめぎ合い。そこに切ない恋愛物語が絡む。
 解説に「最初で最後の政治小説」と書かれていたので、読むのを渋っていたのだが、政治を題材にした恋愛小説のようでもあり、ストーリー運びも見事だし、絶えず降り続く雪の町の描写もなんとも美しい。登場人物たちが抱えている神やイスラムに対する様々な考えが、単なる議論に留まらず、人間性や人生が透けてくるように、生き生きと語られているので全く飽きない。そして一元的なイスラム教に対するイメージが完全にくつがえされる。
 何度もトルコを訪れていても未だに、トルコ人はみんな敬虔なイスラム教徒、と気軽に認識していた。でも実は違うということを「雪」を読んで初めて気づいた。世代や社会的立場、地域によってイスラムに対する考え方は全く違うらしい。
 無神論的な立場の人間はほとんど日本人と似た考えを持っている、宗教とはナンセンスで、西洋的な理性と知性を重んじている、そして敬虔なイスラム教徒を心のどこかで古くさい人々と思っている。その対極に過激なイスラム主義者が居るわけなのだが、かつての無神論者が過激なイスラム主義になる例は少なくなく、その逆も多い。時代によって片方の考えが強くなり、逆転も起こる。
 
 読みながら今までトルコで出会った様々な人たちの顔が思い浮かんだ。
 10年前イスタンブールに長居していたとき、泊まっていた安宿のマネージャーが酔っぱらっていつも宗教議論をふっかけてきた、彼は執拗に「神はいない!どこにいるんだ、居たら見せてくれ」と繰り返す。日本人は適当に相手にしていたが、西洋人が相手の時は、お互い譲らず長い議論に発展した。トルコ人のくせに神はいないなんて珍しいヤツだと思っていたが、この本を読んでそれが特に珍しいことではないと初めて知った。(彼の場合西洋主義というよりは少々やけっぱち、ニヒリスティックな無神論者だったけれど・・。)
 ベイオウルの「グランド・ホテル・ロンドル」のマネージャーは私たちがイエメンに行ったと言うと、「あんな原理主義者の国になんで行くんだい?」と顔をしかめた。
 今度来日するババズーラのメンバーも「僕はイスラム教は嫌いだね」と言う。
しかし、一方でメルジャン・デデはスーフィーの宗教音楽をベースに作品を作り、それに感動したベイオウルのお洒落な若者が、スーフィーを通してイスラム主義に走ることだってありうるかもしれない。
 さまざまな価値観のせめぎ合いと反抗があって、西洋と非西洋、宗教と無神論の間をゆれうごく曖昧さが日本人の心情ともどこか共通しているような気がして、「私の名は紅」や「雪」に書かれる世界を遠い世界の物語とは思えない。こうしたデリケートな問題を巧みに、美しく書ききっているのだから、さすがノーベル文学賞!本当に「雪」は久々に心に響く小説だった。感動したのでつい長々書いてしまった。確かに暗い作品ではあるが・・。
 ちょうど、今上映中の「クロッシング・ザ・ブリッジ」
と合わせてこの本を読むと、トルコがよりリアルに感じられるのじゃないかと思う。
 
 ってな訳で決意しました。今年はトルコ語習います!
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by umiyuri21 | 2007-03-27 14:37 | BOOKS


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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