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2019年 02月 06日 ( 1 )

出会いの恩寵 その1

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『恩寵とは始まりであり、中間であり、終わりである。恩寵とは真我である。』(ラマナ・マハルシ)



去年の10月から、私は木幡等先生という、新しい先生の元で学んでおります。

今日はその出会いについて、その後に起こった様々な変容について書いてみたいと思います。

少し長くなりますが、お付き合いくださいませ。



ご存知の通り私は2012年から毎年、ヨガの師ジョシーの元で学ぶ為に、年の数ヶ月インドに滞在する日々を繰り返してきました。


当初は彼から伝統的なハタヨガを学んでいましたが、その日々の中で、私は人生における大きな喪失を経験し、さらにジョシーが交通事故の後遺症でだんだんと身体の自由が利かなくなるのを目の当たりにしてきました。

私の情熱はヨガを超え、さらに内側に向かい、私という存在の根源的な探求へと向かっていきました。


2016年から2018年までの長期のインド滞在では、ジョシーの住む南インドを拠点としつつも、インドの様々な場所を旅して、覚者や賢者と呼ばれる人々に出会い、瞑想のリトリートなどにも参加して、学びを深めてきました。(この時の様子はnoteに連載しています。)


2018年の3月に白内障の診断を受けて、手術の為に日本に帰国しようと決めた時、ジョシーは言いました。

「それを言うのをずっと待っていたよ。今までの生活の時間が終わる時がきました。」


それは彼からの卒業宣言で、私は6年に渡るインド通いが一区切りついた事を直感しました。


日本に戻ってきた私は、生活を立て直すのに追われる日々となりました。


貯金は使い果たした上に、目の手術のため思うように働けず、次にインドへ行ける目処は全く立たない状態でした。

持てるエネルギーの全てを投入して続けた探求の旅の末に、何ら根本的な変容が訪れていないことに、私は激しく意気消沈していました。





そんな折に偶然、木幡先生のサイトを知りました。


最初は日本にもこんな方がいるのだなあ、という興味本位でブログの記事を読んでいましたが、その内容は深く、文章から滲み出る木幡先生の人柄にも惹かれて、有料の会員専用の記事を読みたくなり、コンタクトを取ったのが始まりでした。


しかしその時は、まだ個人セッションを受けようという気持ちはありませんでした。

あちこち焦点の定まらないグルトリップをするのは嫌だなと思ったし、きっとジョシーに対する遠慮もあったのでしょう。


11月に横浜で哲学と瞑想のクラス受け持つのが決まった時、私はふと木幡先生の事を思い出しました。

クラスが始まる前に、今自分が疑問に感じていることを尋ねて、瞑想がより深まれば何よりだと思いつき、軽い気持ちでセッションを申し込みましたが、それが私の探求人生を、根底から大きく変えることになりました。


木幡先生のセッションの大きな特徴は「直接伝達」と呼ばれるものです。


目覚めの状態にある人のエネルギーを直接受け取るのです。

(詳しくはどうぞ先生のサイトをご覧ください)


エネルギーを直接伝達する、というのは少々怪しげに聞こえるかもしれません。

けれど、もしも生まれてから一度も、笑ったこともなく、笑った人を見たこともない人がいたとして、その人に「笑い」とは何かを伝えるには、本や言葉よりも大笑いしている人のそばに座らせるのが一番です。


大笑いしている人のそばに座れば、即座に笑いとは何かを理解することができます。

そして気がつかないうちに、その人も笑い出しているかもしれません。


それと全く同じことなのです。



スカイプで初めて木幡先生とお目にかかり、すぐに8分ほどの直接伝達を受けました。

パソコンの画面を通して、私の内側にエネルギーが満ちてきました。


急に何かが弾けるように、笑い出したくなりました。

その後は何を感じたかよく覚えていないのですが、私はただ「ああ、これなのか。これがそうなんだ。」と納得するしかありませんでした。


言葉で説明できるものではなく、ただ「これだったんですね。」としか言いようがないものでした。





直接伝達によって私に届けてくれたもの。


木幡先生はそれを「聖なるもの」と呼んでいました。


私たちの根源から世界へ放射される最も微細なエネルギー。



その命を生み出し育む根源的なエネルギーである「聖なるもの」と私たちの「自己意識」が出会うとき、目覚めが起こるのだと。


その時初めて、ラマナ・マハリシやプンジャジが繰り返し本の中で語っていた、「ただ静かにしていなさい」という意味を理解しました。


ラマナ・マハリシが「沈黙の教え」と呼んでいたのは、まさにこれだったのです。


それは本の中では明らかにはされませんが、古今東西の賢者たちはみな、その言葉による教えとともに、エネルギーも伝達していたのです。





木幡先生は、キラキラと見開かれた目がとても印象的で、非常に気さくで、そして実に素晴らしい聞き上手でした。

こんなに人の話を引き出すのが上手い人には出会ったことがありませんでした。

そして、どんな話をしてもその真意を即座に受け取ってくれるのです。


直接伝達によって生じた目覚めの意識状態により半分頭がフラフラになりながらも、初めてとは思えないほどくつろいで、色んな事を話しました。


私がこれまでの自分の探求について話すと、木幡先生は私が出会ってきた先生達、学んできたこと、経験してきたこと、その全てへのリスペクトを示し、それらが私のスピリチュアルなベースを作り、成熟させてきたのだと認めて下さいました。


この懐の広い在り方に私は感動し、木幡先生への大きな信頼を寄せていくことになりました。


何故なら今まで出会った教師の多くは、私が過去に出会った先生や探求についてほとんど関心を示さなかったからです。

例えるなら「どこで何を勉強してきたかは知らないが、うちに来たからにはうちのやり方で一からやってもらおう。」という感じでした。



直接伝達の後、今までもこれと似たエネルギーを受け取っていたことに気がつきました。


2015年にティルバンナーマライでカナダ人の覚者、ジョン・デ・ライターのセミナーに参加した時、これとかなり近い強烈なエネルギーを感じました。

その後もインドでの探求の中で、覚者と呼ばれる人のそばにいる時、瞑想リトリートの最中に心が深く静まった時、それはやって来ていました。


しかしいずれも、それが何なのか明確にしてくれる人はいなく、時間が経ち日常の雑事の中に意識が埋没すると、いつのまにかエネルギーは感じられなくなりました。


木幡先生は「目覚めを伝達をするのはある意味簡単なんだ。それをどう継続させていくか、それが先生としての仕事だろう? 」と言いました。


そして、私の生活スタイルに合わせた、目覚めの継続のための具体的で詳細なアドヴァイスをしてくれました。



その日以来私の日常生活は一変しました。


つづく



by umiyuri21 | 2019-02-06 19:17 | ヨガ


日々の暮らし、旅やアート、ヨガなどについて綴っております。


by 若山ゆりこ

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