カテゴリ:ヨガ滞在記( 103 )

今日はカラリマッサージ

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今日は旅の疲れを取ろうと、行きつけのカラリマッサージのAnjaneya治療院へ。
カラリマッサージはアーユルヴェーダとだいたい似ていいますが、マルマというツボポイントを刺激するのが特徴です。

ケーララにはインド最古と言われる、カラリパヤットという武術があります。カンフーや空手の原型とも言われているそうです。彼らはマルマポイントを攻撃して相手を倒すので、マルマを熟知しています。戦いで痛めた身体を整える必要もあります。
よってグルッカルと呼ばれる、カラリパヤットの師範は伝統的にマッサージのテクニックも身につけており、治療院と道場が併設されている場合が多いのです。

ここもそうした伝統的なカラリマッサージの治療院です。グルッカルはカラリパヤットでも何度か章を取っている人らしいですが、見た目は呑気な腹の出たケーララのおっさんです。でも、何気にちゃんと見る所は見ていて、何も言わずに行っても、その時に必要なことをしてくれてるように感じます。
脈診とかは、されたことはありません。グルッカル曰く、顔を見れば分かるって。
以前私が体の不調をあれこれ訴えた時に、「うーん君の身体は特に問題ないね、問題なのは頭の方。色々考えすぎて、身体に出て来てるんだよ、だから物の考え方を改めなさい。」と言われました。
医者というよりは整体師に近い感じだと思います。

アーユルヴェーダのドクターはちゃんと大学を出て資格を持っている医者と、アーユルヴェーダ医の家系に生まれて秘伝を継承しているヴァイデヤという伝統医がいます。グルッカルの場合もヴァイデヤと似た感じで、大学を出ている訳ではないので、薬の処方などは、アーユルヴェーダ医の資格を持っている息子がやってくれます。でも、あえて頼まないと薬は出してくれないし、何も言わなければ、その日必要なトリートメントだけしてくれるので、気軽でいいのです。

カラリマッサージはアーユルヴェーダと何が違うのか、といえばあんまり違いはないような気がしますが、ここのマッサージはかなりストロークが強くて、痛いくらいゴシゴシ身体を擦ります。あと、オイルも自家製ものを使っているのが自慢。
毎回ヘッドマッサージから始まって、顔、身体と全身くまなく手を入れてくれるので、気に入ってます。あと、セラピストのお姉さんが 静かなのもいい。場所によっては、ペチャクチャおしゃべりしてるから、ちゃんと真面目にやって!と思いますもん。

今日は朝10時ごろに予約して行ったら、年配の方々の先客が…みんなどこかしら悪そうな感じ。そのうちの1人はダラスに住んでると言ってました。(ケーララ人は海外移住者が多い) 地元に帰ると、毎回ここの治療院に寄るようです。ここのトリートメントが好きなんだと言ってました。
私も何が特にすごい!って感じでもないんだけど、でも色々アーユルヴェーダの治療を受けた中でもここが一番好きです。マッサージって大抵術後はボーっとするけど、ここのはすっきりするから。それが戦士のためのマッサージってことなんでしょうか。

今日はマッサージとスチームバス。何も言わずに行くと、向こうがメニューを選んでいるのでお任せコースです。スチームに入ると、実は雨続きで身体が冷えてた事を実感、たっぷり、いい汗かいて、生き返りました!

マッサージに行くのは私にとって、身体を整えるのと、汚れ落としの意味もあります。普段ちゃんとお風呂に入れないので、こういう機会に全身オイル塗ってもらって、お湯で洗い流せば、毛穴の汚れまでしっかり取れるようで、まさに旅の垢を落としたーって感じ。そう、ここは最後のシャワーの時もお姉さんが丁寧に洗ってくれるんです。

こういう治療が気軽に受けられるのがケーララの嬉しいところです。

写真はジョシーが治療を受けた時に撮ったもの。左がグルッカル、右が息子さん
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by umiyuri21 | 2017-09-19 22:52 | ヨガ滞在記

旅から旅へと

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昨日の大雨で、ケーララも色んな所で浸水したそうです。今日は学校も休みになったそうです。ここは丘の中腹にあるから心配ないですが、前に住んでいた、ジョシーの実家の村のあたりは洪水。道も水で覆われてるらしい。

ケーララに戻って来たら色んな事がどどっと押し寄せてています。

ここんとこずっとメールのやりとりや旅行のブッキング ばかりしているような。
今日は列車の予約をネット上できないか四苦八苦してました。最近は時刻表や空席状況
まで検索できるアプリがあるし、そこから購入もできるみたいだけど、
インド国鉄のアカウントが必要らしい。外国人は登録料100ルピー必要とのこと。
頑張って入力したが、どうも携帯電話のところで入力間違いがあったみたいで、今一歩のところで認証できない…パスワードも上手く入らない。でも100ルピーはしっかり引き落とされた!!

しかし、なんの因果でこんなにあちこち旅しまくってるんだろう?

実は数年前にインド占星術のホロスコープを見てもらった時に、あなたは家運を示すハウスがすごく傷いてますねー…と言わたのを、今になってよく思い出します。
その時ちょうど荷物を片付けて、インドに行こうか迷って居た時で 、それを話したらもう放っておいても、そうなるでしょうとのこと。
逆に家買っちゃって 、その管理で身動き取れない状況になったりする方が、精神的に煮詰まるでしょうと。だから不安定も自由と捉えて楽しんで下さい、と。

そうしたら、まさにそんな感じになってる。

でも、私は別にジプシー体質じゃないし、本当は家でのんびりしているのも大好きなんだけど、 何故かこうなってる。自分でもどうしてこうなったんだろう、と考えることもある。インド占星術恐るべし!

ちなみに不動産運はないわけではないが、それは家ではなくスペースなんだそうです。

人生は自分決めてるようで、本当は瞬間瞬間流れの中にいるだけ、なんだろうな。
この間チベット仏教のティーチングで死ぬほど言われたように、
私の人生も、私という個人も、それだけで自立した実体ではないのです。
瞬間ごとに様々なエネルギーがぶつかり合って、生起されていく流れとうねり。

そしてその流れにできるだけ、逆らわない方が楽だし、ストレスも少ないのだと思います。
流れているのに、別な方へ行こうとしたり、掴んで頑張って離さないと疲れるんです。

力を抜いて波にのる。

何が起こっても魂の奥の方では大丈夫だと知っている。その大丈夫さにできるだけ忠実であること。マインドはこんなの嫌だとか、あっちの方がいいよ、と言うかもしれいけど、そのもっと小さな魂の大丈夫に従っていく。そうしたら、人生は流れるべきとところに流れて行くのだと思います。

その小さな声をできるだけ聞き逃さないように、
その微妙な感覚に、どんどん開いていきたい

そんな気持ちで、乗り切ります。
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by umiyuri21 | 2017-09-19 01:22 | ヨガ滞在記

起きる時に起こる事が起こる

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日本も台風だったようですが、ケーララも一日中すごい雨でした。昨日の夜から雨音で話し声も聞こえないほどの雨が午前中まで降り続き、一日中降ったり止んだり。おかげで午後はずっと停電してました。こうなるとネパールもインドも変わらないのね。

通常ホテルなどは自家発電機で停電に備えているが、今日はそれも故障しちゃったみたい。宿もマネージャーのラリーも、あっちが壊れて修理するとまたこっちが壊れて本当に頭が痛い、もうすぐゲストが来るのに何とかしなくちゃ、とこぼしてた。これだけ長雨が続き、蒸し暑いと、家の劣化の速度は日本よりずっと早いのだ。

ヨガと瞑想のリトリートが29日から始まるので、私も準備に追われています。ジョシーを連れて来たら、あんまり自分の事は出来なくなるので、今のうちにやれる事はやっておかねば。いよいよと、これが実現の運びとなる事に深い感慨を覚えています。

今日はFBを見たら、ジョシーの東京のお弟子さんたちが、同じ時期にシェアヨガをする予定でいると知りました。場所は、ジョシーが長年東京で教えていた経堂と上野毛の地区会館。

そしてさらには去年写真展の撮影の傍らジョシーに会いに来てくれた、女優の鶴田真由さんと写真家の小林紀晴さんによる2人展「Silence of India」も26日から開催されます。
写真展ではジョシーは登場しないが、同時発売の書籍には出て来るみたい。

なんだか、ジョシーの元に一気に沢山のエネルギーが注がれているではないか!

正直、彼がもう少し健康状態が良い時にそれが起こってくれたら良かったのに、と個人的には思わないではないが、物事と言うのは起こる時期に起こっていくのだなーと、本当に不思議な気持ちでいる。

物事はやっぱり、つかみ取ろうと、頑張りすぎてはいけないのだね。

実は今年に入ってジョシーは二回続けて右腕を骨折していて、私は彼に関しては本当にあれこれ頑張りすぎるくらい頑張っていたので、さすがに二度目の時はがっくり来て、彼の骨と一緒に私の心も折れました。
(詳しくはref="http://" target="_blank">noteにて)

ああ、もう限界…どうとでもなれと、半ばやけっぱちで手放したら
逆に思いがけない事が色々起こり始めた。

自分にも大きな変化があった。

この先、私はちょっとした決断をしようとしている、だから今回のリトリートが自分にとっても大きな節目になるかもしれない。

ともかく今は、ジョシーをカンニャクマリから、無事にこの会場まで連れてくる事が、私の大事なミッション!
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by umiyuri21 | 2017-09-18 00:55 | ヨガ滞在記

存在の優しいタッチ

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ケーララに着きました。最終目的地までは明日、列車で移動。今日は駅の近くビジネスホテルのような宿に泊まっています。夕方雨が降ったのか涼しい。ルンピニの方がよっぽど暑かったです。この1ヶ月よく動きました。身体も壊さず元気に旅できた自分にお疲れ様と言いたい。

ちょうど2日前、ルンピニからカトマンドゥに真夜中着いた日、ヘトヘトになりつつメールを開くと、ティルバンナーマライとリシュケシュでサットサンに通っていた、スワミ・スワミアトマナンダのアシュラムからのニュースレターが届いていました。この手の一斉メールは通常は見ないでスルーしたり、後回しにすることが多いんだけど、何故か疲れているにもかかわらず、とっさに開いて読み始めました。

アシュラムからの今季のスケジュールの一番最後に、追悼文が寄せられていました。名前を見ると、いつもサットサンを切り盛りしていたジェームスという男性の突然の事故死を伝えるもの。彼のことはよく覚えていたので、びっくりしました。優しい物静かな物腰で、いつもそこにいる全ての人にオープンなエナジーを持っていたので、好感を持っていたのです。その後偶然彼が同じ宿に移動して来て、少し言葉を交わしたりもしました。でも別に大した事を話した訳じゃない、とげぬきを貸してあげたくらいかな。連絡先も交換していません。
でも、何故かずっと印象に残っていたのです。

あの人亡くなっちゃったんだ…信じられない。彼はアシュラムの皆んなに慕われていました。ボランティアでワンシーズンずっと、サットサンのオーガナイズをしていて、シーズンの最後に大きな花輪をスワミジから貰っていました。
私がダラムサラに発つとき、ハグして別れたのが最後。彼はインドを出たら、ポルトガルへ巡礼に行くと言ってたっけ。私と同じく仕事を一旦休止して、内なる探求の旅をしているようでした。

死は本当に突然訪れるんだな、とベッドに横たわってしばらく呆然としていました。ちょうど一瞬間違えば、事故って死んでもおかしくない道を旅して来たばかりだったので、尚更ズシンと響きました。
私は今生きている、でも確実に死に向かっている、死に向かいながら生かされている。

この身体は今日も生きてくれて、明日も多分目覚めてくれるだろう。でも、いつか確実に明日目覚めない日がやってくる。

敬愛するカナダ人の覚者である、ジョン・デ・ライターのとても好きな言葉があります。
「1日のうちにどんな小さなタッチの優しさがあれば、それはあなたをオープンしてくれる。どんなな小さな事でも、あなたにタッチすれば。
その小さな関わりは存在のレベルで起こっている、それはその人たちが別れた後もずっと続く。」

この言葉を聞いてから、私は人との関わりを以前とは違う風に捉えるようになりました。
それを深く理解して行くにつれて、名前のつけられる安定した関係性だけが大切だとは思わなくなりました。その出会いの、関わりの、繊細なレベルに開いていたいと思うようになりました。
それが継続するものでなくとも、一瞬で、表面上はほんのささやかなものでも、時に私たちの存在に触れるものになる。そういう関わりは時間も空間も越えて行くのです。

旅をしていると人との出会いも一期一会。継続的に関わりが続く人は決して多くはありません。どこか深いところで触れても、次の日には別れなければなりません。だからこそ、ほんの一瞬の存在の優しいタッチの温もりが心に残っていく。1人で旅をしていればこそ、そのタッチを敏感に感じられるし、それが、自分のハートをオープンしてくれる。

彼との関わりも自分にとって、そういうものだったと思います。

ご冥福をお祈りいたします。
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by umiyuri21 | 2017-09-15 02:51 | ヨガ滞在記

只今カトマンドゥです

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只今カトマンドゥ、目玉のストゥーパで有名なボディナートにおります。
昨日の早朝5:00にバスでルンピニーを出て、またまた思いがけず大変な道のりでした。
ガイドブックには8時間の道のりと書いていたし、ちゃんとACバスのチケットを書い、窓口の人にも4時ごろには着くと言われていたので、まあ楽勝かなと思いきや…

雨季だから道が悪いかもと聞いていたけど、途中の山道でいきなり渋滞。車が止まって全然動かない…20分止まって、5分動くって感じです。曲がり角から遠くを見ると、延々と車が続いてる。1時間、2時間、3時間…ようやく渋滞を抜けかけて車は動き始めましたが、道が本当にひどい、穴ぼこだらけで大きくえぐれてたり。しかもうすぐ脇は川で濁流が流れてる。ガードレールなんてありません。そのボコボコ道をトラックやバスがスレスレで行き交う。時々山の上から水が流れてきて、道路を横切り、川へ落ちていく。いやー、これほど悪路とは思わなかった!

そういえば、ちょうど20年前にチベットからネパールへ車で抜けた時、同じように山の上から道路へ水が流れ落ちてきて、驚いた記憶がありますが、20年経っても悪路は変わってないのねー…

結局カトマンドゥに付いたら午後11時すぎ、18時間もかかりました。しかも私、有名なタメル地区じゃなくて少し離れたボディナートの宿を予約してたみたい。その日になるまで気がつかないといううっかり加減。夜中に知らない場所へタクシー移動って怖いなあと、たまたま同乗してた旅行者と話してたら、隣に座ってたおっさんが、自分はボディナートの近くへ帰るから、一緒にタクシーへ乗ればいいと。宿へも到着が遅れる旨と宿の場所も聞いてくれました。でも、親切なようで本当に一緒にタクシーに乗り込んでも安全なのか…

インドなら大丈夫そうな人って、大分見分けがつくようになったけど、ネパール人はまだよく分からない。それにたまたま、旅先で知り合った友人とカトマンドゥに行くとメールしていたら、何か妙なフィーリングを感じるから気をつけて、と脅かされたので、ビビリは倍増です。全員悪人に見える…!

結局おっさんは単なる親切なおっさんで、私は無事に宿に辿りつきました。到着が遅かったので窓なしの部屋に案内され、外の様子が分からないまま眠りにつきました。

翌朝7時、この宿にはメディテーションホールがあり、7時からヨガのセッションがあるというので中に入ると、目の前にどんと、ストゥーパが…!早朝にもかかわらず沢山のチベット人たちがその周りを回っています。その美しい眺めに、疲れも吹き飛びましたー!だから旅はやめられない。結局ヨガの先生は現れず、(あとで聞いたら具合が悪いから休みとか)1人で1時間ほど座っていましたが、最高でした。

朝ごはんを食べようと階段を下りると、下はHimalayan Java coffee というやたらおしゃれなカフェになってました。嬉しくなってパンケーキセットを注文(ルンピニでずっと地味飯だったから…)したら700円くらいしてしまいました。でも、こーんなおしゃれなカフェは20年前にはなかった。悪路はそのままでもこういうところは変わったんですね。

ここはチベット人のエリアで、チベット系のお土産物屋、シンギングボールやお香など色々売っています。しかも、ネパールはインドよりも物価が安い!!うろうろしてたらいつの間にか沢山買い物してました…
今回の旅は最初から最後までディスカバリー・ブッディズムな旅になりました。

ボディナート、なかなかいいです。結局ここの宿にして正解だったかも。

明日はいよいよケーララへ帰ります。
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by umiyuri21 | 2017-09-14 00:04 | ヨガ滞在記

瞑想するには暑すぎる?!

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今日も朝8時からPmditarama Lumbini vipasana center に出かけ瞑想の一日。ちなみに、ここ韓国寺の朝ごはんは朝5:50です。仏教の聖地は朝早いんです。シンプルでおいしいんだけど、毎食お米というのがちょっとキツイ。あと、チャイがないのも!

あーケーララに帰ってドーサとかアッパムの朝ごはん早く食べたい!

瞑想2日目。どう言うわけか全く集中できません。ちゃんと寝ているはずなのに船漕ぎまくり…ここの気候と同じで頭の中にどよーんと霞がかかっています。もしかしてチャイの禁断症状とか…?眠いときの瞑想って長くて本当にしんどいですよねー。
案の定午前11時ごろには、電気が止まってしまい、ファンも動かず。じっとりと暑い中、眠気と戦いながらの瞑想でした。もともと暑がりな上に、瞑想中って身体が熱くなってくるから、汗ダラダラ。ここに泊まってる人たちは、朝の4時半から22時までずっと瞑想してるんだから偉すぎる。でも、ホールにクッションだけ置いてあって、全然姿を見せない人もいるから、適当に休み休みやってる人もいるのかな。

ゴエンカ氏の10日コースの時は、私も眠くなると自主練タイムにこっそり寝に行ったりしてました。10分でも寝ると、頭が俄然すっきりするので、瞑想で眠い時は寝るのが一番かと。

お昼を食べに韓国寺へ戻り、泊まっているヨルダン人男子と話をすると、彼もダライ・ラマのティーチングを聞きに行っており、しかも日本人席のすぐ後ろで聞いていたという。
仏教エリアを旅していると、仏教瞑想を学んでいる、仏教男子によく出会います。みんな若くて結構イケメンだったりとか…w でもガチで瞑想やってる。
彼もインドからタイ、日本へと数年かけて仏教探求の旅の途中とのこと。特に禅に興味があるそうです。チベット仏教の瞑想はイマイチだったな、と言うので何故?と聞くとイマジネーションを使いすぎる。そのものをもっとシンプルに観る瞑想法がいい、と。
とにかく、長い期間瞑想したい、と言うので今通ってる瞑想センターを教えたら喜んでました。ここなら1ヶ月とか居れるよって。相当キツそうだけど…

午後再び、瞑想センターで暑さと睡魔と戦いながら座ります。汗が皮膚から流れ、足が引きつってくる感じ、集中が途切れて睡魔に巻き込まれていく感覚、何でこんなことやってるんだ?もう帰ろう、家で瞑想すればいいじゃん…とかマインドがゴタゴタ言い始める只中で、ただ座っていると、ふとぶ厚い雲の層を突き抜けて、クリアな青空の中に飛び出す瞬間がある。広大な広がりと静けさ…もちろんそれにも巻き込まれず、ただ観ているだけだとしても、こういうスペースに出会うのがやっぱり瞑想の醍醐味だったりします。

帰り道夕日が綺麗でした!
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by umiyuri21 | 2017-09-10 22:56 | ヨガ滞在記

ダラムサラの素晴らしき出会い

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今日は夜行バスでデリーに向かうので、パッキング。ようやくひと段落し、
出発までの合間にブログを書いています。

本日はダライ・ラマティーチングの最終日でした。今日は締めなのでお話は軽め、午前10時過ぎには終了し、その後ティーチングのために集まった日本人たちでご飯を食べに行きました。このティーチングためにわざわざ日本から着た人たち、何回通っている人たち、インドに住んでいる人達、色んな方々が20人くらい集まりました。

ダラムサラにいると色んな日本人に出会います。マクロードガンジに有名なルンタという日本食屋があり、そこでご飯を食べてると大抵誰かに会う。友達が友達を紹介してくれて、どんどん知り合いが増えて行くので、日本語の会話には困りません。ルンタの日本安くて美味しいし、ケーララでは決してありつけない、美味しいケーキもあちこちで食べられる。居心地が良いので、長期滞在者が多いです。

ケーララにいると、話し相手は先生と先生の家族、食べ物も100%ローカル食なので、こうしてケーキを食べたしながら、日本語でおしゃべできるのは嬉しい。

皆さん本当に色んなことをしながらたくましくインドを生き抜いていらっしゃる。現地で子育てしている方々もいるし、そういう方々と話していると、自分自身の面倒を見るくらい何とかなる!って気分になります。

今日はダライ・ラマ法王はお話の締めに、
空を理解することは欠かせないことだが、それが難しいと感じるならまず菩提心を育むことから始めなさい、とおっしゃいました。

菩提心は宝のような素晴らしい心。自分自身が幸せになりたいなら、他の人を幸せにしなさい、幸せは神の手のひらにあるのではなく、自分の手のひらの中にあります。
全ての悪いことは、暴力的な行いです。
自分だけのことを考えて、他者を搾取するなら友人はできません。友人がたくさんいるのは善き人の印です。

まず、基本から入っていきなさい。菩提心知り、知性で育んでいきなさい。そうやって何世もかけて心をより良き心を高めていくのが、修行の第一歩です。

修行が進んだ、歴代の偉大なラマの中には清らかなヴィジョンを見たり、仏の姿がありありと現れ出たりする方もいらっしゃいました。でも、私はそのような清らかな神秘的なヴィジョンを見ることはありません。でも、こんなに沢山の人々の笑顔を見てきたのは、私だけだと思います。

他者に対する思いやり、慈悲の心と菩提心の大切さを繰り返し説いておられました。



私もそうですが、スピリチュアルなことを探求していくとどうしても、神秘的な事象に心を奪われてしまいますが、本当に普通に日々を生き、くつろいだ心で親切と思いやりに満ちて生きることの大切さが改めて、心に深く深く響きました。

全く目新しくもなく、刺激的でもない、その中にある真実。そこに 気づかせていただいたのが、今回の訪問の大きな宝になりました。

では、デリーへ向かいます!
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by umiyuri21 | 2017-09-01 20:09 | ヨガ滞在記

ダライ・ラマ、パブリックティーチング2日目

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ダライ・ラマ法王のパブリック・ティーチング二日目
昨日より若干難解になり、後半はずっとテキストを読んでいたので、途中寝落ちしてしましいました… 何しろ朝早いから…

覚えてるところだけ抜粋

肉体が例え病気であっても、心が平安なら私たちは幸せでいられる。
その反対に肉体が健康でも、心に病を持つと、多くの問題を引き起こす。
だから、私たちにとって身体の苦楽よりも、心の苦楽の方が、影響は大きい。
だからこそ、心を知る、心の科学を学ぶ必要がある。

煩悩とは心をかき乱すものを指す、 何故それが起こるのか、自分が見ているものに対して執着してしまうから。

私たちは自我が体とは別に実体を持った存在だと信じている。実体に捕らわれているから、色んなものにとらわれる。空を知る事によって、実体にとらわれることはなくなる。

対象物の本来の在りようを見抜く、現れ通りに物事は存在していないと調べる。それがどれだけ自分を騙しているのか。自分の心に実体があると思えば振り回される。他のものに依存して存在しているものは、空である。

空は虚無ではない。ただないということでは全くない。自らによって独立して存在しているのではなく、他のものにによって存在している。

ある、と自分が考えているものに執着するのは、それが自分を生き延びさせてくれると考えてしまうから。しかし、そのせいでどれだけ私たちが苦しむのか。それよりも、愛と思いやり心を育めば平和になりリラックスできるのに。

空を理解し、空に支えられ、慈悲の心を起こす。

ここから物事の起こり、縁と起について、テキストを読んで行くのですが、延々と論証が続きます。そっから先は寝落ちて朦朧としてました…(T-T) まあ、とにかくテキストはまどろっこしくて難解。しかしそれは、「ある」を証明するのではなく、「ない」を証明しようとするから大変になるんだそうです。ないという事からしか述べられないものなのです。

何回も切り返されている、物事はそのもの自身で存在するのではなく、他の何かに依って存在している。というのは、
コップはコップと認識されコップと呼ばれる事でコップとなる。もちろん他の言語ではそれはコップと呼ばれないから、その名前自体には何の実体もない。
目の前にガラスのコップがある。そのコップの実体は何なのか?
コップなのかガラスなのか、ガラスの粒子なのか。
実体のあるものとは、不変で誰が見ても同じように見えるもの。
だとすればコップの実体は何処にもない。コップは私たちがコップと認識する事で現れているに過ぎない。

これはほんの荒いレベルの説明ですが…
そうやって色んな物を突き詰めて分析して行くと、全てのものには実体がないと気づく。
気づく事で捕らわれがなくなる。
捕らわれがなくなれば苦しみも減る、苦しみが減れば心が静まり平和になる。

だから空を学ぶ必要がある。そしてそれを深く理解したら、智慧を他の存在のために役立てましょうと。今日理解できたのはそこまで。
明日はもっと難しくなるんだろうか…!

今日はダライ・ラマ法王のお姿を至近距離で見ました。ツヤツヤピカピカで輝いてましたよー
私はそれだけで、今日は満足ですw
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by umiyuri21 | 2017-08-31 01:36 | ヨガ滞在記

ダライ・ラマのパブリック・ティーチング

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今日はダライ・ラマのパブリック・ティーチング第一日目でした!町のムードも賑わっています!パブリック・ティーチングは無料で全ての人に開かれていますが、以下の準備が必要です。
登録証(オフィスに行って取る)
座布団(床に座るので)
カップ(当日お茶とチベタン ブレッドがふるまわれます)
ラジオ とイヤフォン(ダライ・ラマ法王はチベット語で講話します、それを各国の通訳が同時通訳するの聞くため。ちゃん日本語もあります!)

会場はなんとなく、各国ごとに席がまとまっています。事前に日本食レストラン「ルンタ」に行って名前を書いておくと、彼らが用意してくれたシートに座れます。しかもコピー代だけで日本語テキストもいただける、という至れり尽くせり。

講話は午前8時半ごろから始まりますが、セキリュティーチェックがあるので、早めに行った方がいい。7時過ぎにたどり着いて、席まで行くと、すでに沢山の人が座っていました。すごい人!FMラジオの周波数を合わせて、通訳放送聞く。ちょっとチャンネルをずらすと、色んな言葉が聞こえてくる。英語、韓国語、ベトナム語、中国語…
本当に色々な言葉、ダライ・ラマの講話が同時通訳されることに、感動。世界中から彼の話を聞く為に人が集まってるのです。

そしてテーマはナーガルージュナ(南インド出身大乗仏教の僧侶)
「根本中論」についてのブッタパーリタによる注釈書の解説。
私も前日まで知りませんでしたが、かなり本格的な仏教講話なのです。昨日出会った仏教に詳しい日本人旅行者には、かなり難解だから事前に予習しておかないと、ちんぷんかんぷんかもと脅かされ、次に出会ったイタリア人女性には「頭で考えても分からないから、ハートを開いて直観的に理解すればいいのよー」と言われたので、私はその中間を取り、ちょこっとだけ予習して臨みましたー!

それでも、先日受けたツシタの10日間の仏教コースで学んだ事が大分理解の助けになりました。
走り書きしたノートから印象に残った箇所を抜粋しますと…

全てのものは、他のものに依存して存在している。
それ自体自立して存在しているものはない。
現象世界はあるが実体はない
空は何もないのではなく、あるけど実体はない。

この世の苦しみ煩悩は、この世界が、自立して、実体として確固たるものとして、存在しているという無知からやってくる。その間違った認識から、間違った行為をし、苦しみや煩悩が引き起こされる。その繰り返しで 心が曇り、人は物事を正しく見ることができない。

だから空を学び、空に瞑想し続けることで、私たちは世界のリアリティを知ることができる。全ての一切の無知がなくなった時、つまり空について完全に知ることができた時、ブッダになれる。

(ダライ・ラマ曰く)私も毎日休むことなく、空について40年瞑想し続けてきた。何か物事を見る時、そこに実体はあるのか、と考える癖がついている。そうやって日々分析し経典を読んで学び、瞑想で深く腑に落としていく。

密教のような深い修行においては、空の理解と菩提心(慈悲の心)は欠く事ができない、 何故なら、空が理解できなければタントラは伝授できず、菩提心がなければたとえ伝授されたとしても、正しく修行する事ができない。

空、この世界の真理を理解すれば自然に慈悲が生まれる。この世界に実体があるという思い込み、空が理解できないから利己的になる。だからこそ新しい時代に空の理解が必要だ。私たちの分離を失くし世界が一つになる為にも。

この世界に争いが起こるのは、あまりに私たちが自分の心について無知だから、殆どの人は自分の心について知らず、それを静める方法を全く学ぶ事なく成長してしまう。心と意識をどこまで変容できるか。それを学ぶのが智慧であり本当の教育。
だから宗教を超えた教育として心を学び智慧を深め、思いやりと愛に溢れた世界を作っていかなければ。

とにかく通訳の方が素晴らしい。どういう頭をしているでしょうと思うくらい、バンバン淀みなく通訳してくださる。これが全て無料というんのもすごい事です。ありがたすぎます。

ダライ・ラマのお姿を近くで拝見したのも初めてでしたが、只々圧倒されてしまいました。本当に世界教師ですよねーこのお方。

講話は4日続きます。明日も楽しみ、だけど話はより難解になって行く様子…
ティーチングはダライ・ラマ法王事務所のサイトから、リアルタイムで聞く事が出来るそうです
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by umiyuri21 | 2017-08-30 00:52 | ヨガ滞在記

慈悲のレッスン

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チベット仏教入門講座 続き

毎日のレクチャーは、いくつかのテーマに沿って先生が解説していきます。
苦しみの原因、いかり、執着、心の本性、輪廻、無常、空、そしてカルマなどなど。本当に仏教の基本的な概念ですが、キリスト教やユダヤ教文化の中で育ってきた生徒たちに、例えばカルマの概念などを理解してもらうのは、なかなか難題のようです。特にダラムサラは兵役帰りの若いイスラエル人に人気があるらしく、この講座でもかなりの割合を占めていました。
じいちゃんがホロコーストを生き延びて、その様子を繰り返し聞かされてきた人に、それは全てカルマですなんて、言ったところで当然冗談じゃないってことになる。レクチャーの後のディスカッションでもかなり熱くなってましたねー

カルマや輪廻、そして空の概念は一度で理顔するのは難しいし、育った文化が違えば受けれ難い。実際アメリカ人の先生も、転生が本当にあるかどうかは、自分も分からないって言ってましたもん。だから、講義でも科学的な検証結果や、心理学的なデータを多用して解説してました。
その中でも特に強調されて、繰り返していたのはCompassion 慈悲の心。何の為にプラクティスするのか、そのモチベーションが大切だと。何の為に悟ろうとするのか。それは自分の為ではなく、生きとし生ける全てのものの為に。これがボディーチッタ、菩提心なのだと。大乗仏教においては、そうでなければエンライトメントではないのだそうです。だから悟って輪廻を抜けた後でも、他の人を助ける為、またこの世界に戻ってくるのです。だからダライ・ラマをはじめとする偉いリンポチェが、代々転生してくる、ということなんです。

ニルヴァーナ(解脱)とエンライトメント(悟り)は違う、ニルヴァーナは自分が修行して輪廻から脱することが出来ればそれで良し、もう人間の所には戻ってはこない。しかしチベット仏教は大乗仏教なので、全ての生き物の為に自分が悟る、自分が解脱したらおしまいじゃない。他の人の幸せのために働く、愛を贈るというアクションが必要になる。それが慈悲の心であり、それがなければ瞑想などのプラクティスも意味がなく、むしろ慈悲の心が全てのプラクティスに勝ると。

なるほどー。仏教では神はいないので、何か大きなものに自分を委ねる、サレンダーとかバクティの概念の代わりに慈悲の心があるのかな、と思ったりしました。

インドに住んでると、瞬間に起こってる事に身を委ねてゆく、結果を考えずダルマや情熱に従ってただやる、全てを手放し神の(宇宙の)意思に任せる、といった考えが自然となじんでくるのです。大体何かをコントロールしようとしても上手くはいかない事が多すぎるし、インド人がそうやって波に乗るように生きてるので、それに合わせた方が、ストレスは断然に少ない。

行き当たりばったりで、明確なモチベーションを持つ、とかあんまり考えなくなってくるので、「自分と他者に対する慈悲の心、そしてポジティブなモチベーション。」の大切さが繰り返されることに、何か新鮮な驚きを感じてしまいました。
確かに、インド哲学を学んでる外国人と仏教を学んでる外国人は趣きが違います。仏教を学んでる人たちはメガネ率も高く学校の先生ぽい。実直で真面目で繊細な感じがします。あと、女性は男っぽく、男性はフェミニンな人が多いのが不思議。内側で男性性と女性性が統合されてくるのかしら。

慈悲心の考えは、奉仕活動を大切にするキリスト教と親和性が高いので、西洋人に理解しやすいのか、コース中だんだんみんな親切になってきて、サイレントで柔らかな空気が流れていたのは良かったな。
慈悲心にしろサレンダーにしろ結局は自分の思惑やジャッジメントを超えた所に、捧げて行くのは同じなわけで、エゴを落とすという大切なレッスンなんでしょうね。

愛は求めるものでも、掴み取るものでもなく、贈るもの。その贈り物を相手が拒否しても、思い通りに返ってこなくてもそれで良し。自分じゃなく、相手の幸せの為に愛を流す。それが結局自分の為になり、そして愛を贈れば贈るほど、愛が溢れハッピーになれる。

今日も小さな微笑みを、必要としている人に手助けを、ちょっとした心遣いを。
静かな愛のギフトを、贈りましょう。

と書くのは簡単ですが…私も日々心がけたいなと思います♪
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by umiyuri21 | 2017-08-29 00:38 | ヨガ滞在記


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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