カテゴリ:日々の暮らし( 68 )

今日は引っ越し

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今日は引っ越し。

だいたい片付け終わって、引っ越し屋さんを待っている。


今まで住んでた家を立ち去るときは、何はともあれちょっとしんみりする。

荷物を片付けながら、昔のノートやら思い出の品々が出てきたりするし。


この数年、ひたすら身軽になろうと荷物を捨て続けてきた。インドにいる間は一畳のトランクルーム荷物を入れて、入らない分は捨てたり置いてきたりしてしまった。だから今年の春にシェアハウスに越した時は、大きな家具は机と椅子だけで、家電製品も何もなかった。シェアハウスには基本的な生活用品が揃っていたので、何も買わず生活する事ができた。


しかし、今回は普通に部屋を借りるので、そういう訳にはいかない。

細々したものが何かと必要で、色々買い集めていると、どんどん荷物が膨らんでく。一畳のトランクルームに押し込んでいた荷物も、こうしてダンボールに再び詰めて部屋にならべてみると、結構な量だ。

引っ越す度に、人が一人暮らすのに、どうしてこんなに荷物が必要なんだろうと思う。


年齢を重ねていくと捨てられないものは増えていく。私の場合は昔描いた絵とか、ノート類とか、本、服。実際回転して使ってる荷物より、捨てるに捨てられない荷物が半分以上だ。そういうもの全部を思い切って捨ててしまおうとかと考えたが、けれど、いつも使ってはいないけど時々取り出して眺めたり触れたりするものが、意外と自分のインスピレーションの源になっていることにも気がついた。


カバン一つで旅暮らしのように生きるのもカッコいいが、生きている限りは大きくて余分な荷物を引き受けて生きるのも、人生なのだなーと、今はそういう心境だ。


要するに荷物は快適に生きるために必要で、自分の心がそれに囚われすぎなければ、自分を豊かにしてくれるありがたきツールなのだ。荷物の軽さと心の軽さは多少は比例するかもしれないが、物が沢山あっても心を軽くすることは可能だ。


しかし、今住んでいるシェハウスの人々は本当に荷物が少ない。特に、家の主宰者の物に対する美意識は徹底していて、余分な物は一切置かれていない。「あら、便利ね」って具合に増えていく収納系のカゴ類なんかもなくて、必要な物たちがその場にストンと佇んでいて、ごちゃごちゃしてくるとその分が捨てられる。この辺の精神は見習いたいな。


ここ菊名の「ごちゃまぜの家」にも随分とお世話になった。インドから帰ってきて、食材も何もなくて疲れはてている私を静かに受け入れてくれて、とても感謝してる。濃い付き合いではなかったけど、そうやって距離があっても、別にそれほど仲良しじゃなくても、それはそれでOKという不思議な開かれた場があった。

鍵もかかっていなくて、誰もが訪問できるこの家。普通の家じゃないから、当然驚くこともあったし、苛立つ事も、いやになる事もあった。でも、終わってみるとその全部をひっくるめて、いい経験だったなあと思う。

そして、この家に住みながら、自分が何を必要としているか見えてきた。


引っ越してもまた、時々お茶を飲みに立ちよろう。何しろ356日いつでも空いているのだ、ここは!もしその時誰もいなくても、一人でコーヒーを淹れてくつろいで帰ればいい。そんな事が出来る場所はやっぱり、世界でも稀だ思う。そして、そうした場所がいつも心にあるという事が、ここで半年暮らした一番の収穫かもしれない。


ありがとうございました!


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by umiyuri21 | 2018-10-09 12:30 | 日々の暮らし

墓参り

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台風がうまい具合に過ぎ去ってくれたので、昨日予定通り釧路に着くことができた。

今日は母の命日だった、亡くなってから早9年、あっという間だ。

母が亡くなってからの9年は私には怒涛の月日で、墓参りに来るたび、どこかで切羽詰まった想いを抱えていたような気がする。


前回お墓参りに来たのはインドに旅立つ前だった。あの時は密かに、もうインドに行きっぱなしで済むならそうしたいと考えてた。

けれど、色々な事が起こって、結局帰国する流れになり、またすぐ旅立てるようにとシェアハウスに住み始めたものの、そこも来週引き払って普通に部屋を借りて住む事になった。


多分目の手術をしたのは、大きな転機だったと思う。病気になることで、拠点のない生活が心身にかなりの負荷をかけていた事に気がついたからだ。シェハウスに住んで、トランクルームに荷物を預けまた旅立つ。そんな生活を続けられるキャパは自分にはないらしい。何はともあれどこかに拠点は必要だ。そして病気になった時の事を考えれば、日本に住民票があったほうがいい。だから日本に家を借り、それを維持する為にも生活を安定させなくては。


今までのように後先考えずに、インド通いを続けていたら、自分は足元から崩れてしまうだろう。という当たり前すぎるとも言える結論が、ある日ごつんと降りてきた。ここ数年インドに行く事が私のパッションそのものだったので、それをひと段落させると決めるのは、なかなか辛いことではあったが。


私は家探しと職探しを同時に始めた。その先行きが見えてきたのが、くしくも今回の帰省の直前であった。だから今日は母が亡くなって初めて、彼女がホッとしそうな知らせを、持ってこられた気持ちで墓前に立った。


何故か今回は、家族や生まれ育った場所との繋がりを深く感じている。以前はそれらの嫌な面ばかりが目についていたが、今はここに生まれ、この家族と共に生きてこられた事に、「悪くない」と、じんわり思う。その心の変化こそが、インドの旅が私に教えてくれた事かもしれない。自分自身と共にあり、その中心に立つ、ということ。自分自身との絆が深まれば、幸せや不幸の原因を外側に見出す必要がなくなる。どこにいても自分は変わらないのだ、インドにいようと日本にいようと。


先日久しぶりに開いた プンジャジの本の中で、心に響く一節が目に飛び込んできた。

「あなたが誰かに恋をしたとしよう、そしてその人はロンドンにいる。あなたはロンドンに行かなければならない、何故なら愛しい人がロンドンにいるからだ。あなたはそこまで旅をしなければならない。その為にはお金も必要だ。だがもし愛する人が呼吸よりも近くにいるとすれば、何が起こるだろうか?もしどこかへ走り出したら、あなたは彼女の方へ向かっていくのではなく、彼女から走り去ることになる。もし走れば、あなたは愛する人から逃げ出すことになる。

いつであれ、何か他のものを探す時、呼吸よりもあなたに近い彼女以外のなにかを求める時、あなたは彼女から離れ去ってしまう。これが通常起こることだ。

もし、自由が欲しいなら、走り出すのをやめなければいけない。とどまる事を学びなさい。

そしてあなたが、今いるところにありなさい。」



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by umiyuri21 | 2018-10-02 23:42 | 日々の暮らし

クリアな世界!

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ようやっと、白内障手術両目が終わりました!

いやー視界クリアーです!本の字もよく見えます!

もともと強度近視だったので、眼内レンズ入れても0.1の視力しか出ないんですが、それでも日常生活がメガネなしで送れるのは、革命的な出来事であります。


目が急に悪くなったなーと思い始めたのは、思えば二年前くらいからですが、去年の年末に一気に見えかたが変になって、以来視界がもわーっとぼやけていました。

常にソフトフォーカスかかってる感じ。写真をアップしようとしても、その写真のピントがきっちり合っているのか、よく分からないくらいでした。パソコン作業をすると、23時間で首がガチガチに凝ってくるし、やりすぎると翌日は頭痛。


スーパーでどこに何があるか遠くまで見渡せないので、いつも店員に聞いていました。階段は段差が分からないので、夜間は特に怖かった。見知らぬ場所に行くとしょっちゅう方向を見失う。

そんな状態だから外出も必要最低限、用がある時に用があるところにしか行かないって感じ。

その生活が半年続いてました。いやーけっこう長かったわ。


今日右目の眼帯を取り、両目が見えるようになって眼科から出た時、その眼科の下がいい感じのカフェになってることに始めて気がつきました。もう6回くらい行っているのに!

そして駅に行くまでの道にも、美味しそうな食堂が並んでいました。全く見えてなかった!そこでふらっと路地裏に入り、歩いてみると、美味しそうなピザ屋を見つけたので入ってみました。こういう行動を取ったのも久しぶりでした。


ひゃー自分の行動がどれだけ制限されてたか

きっと心も随分狭い場所に閉じ込められていたのかも。


まだまだ視力は安定しないので、目の使いすぎにはいましばらく注意!急にクリア見えるようになったので、脳が疲れますw

明後日まで洗顔できず、週明けまで自分で洗髪禁止。(これから美容院へシャンプー行ってきます!)

でも、落ち着いたら好きな本がまた読める!それどころかメガネなしでもある程度見えるので、今まで遠慮してたこともできるようになるかもしれません。

楽しみです。




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by umiyuri21 | 2018-06-29 11:53 | 日々の暮らし

熱海の小さなミラクルの家

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月曜日から熱海に二泊三日の小旅行。駅から急な坂道を登って20分強くらいの、伊豆山の中腹にある小さな家に泊まっていた。

実はここ、私が菊名で住んでいるシェアハウスの主宰者、坂爪圭吾さんの持ち家。そして菊名の母屋と同様に、希望者には無料で開放しているのだ。


坂爪さんはご存知の方も多いと思うが、非常に鋭く新しい時代の精神に切り込んだ、心に迫るブログを書き続け、多くの読者を持っている。その繊細かつ、権力や常識に屈しない心意気ある文章を、私も時々インドの空の下で読んでいた。


もともと彼は数年前に同棲中の彼女と別れたことをきっかけに家をなくし、それならば家の持たない生活をしてみようと、その生活の様子をブログに書き、やがて読者から、うちに泊まりに来てくださいというオファーが来始める。それに応じて日本全国海外までも泊まり歩き、お話会を開くようになり、そして2年経った頃、ブログの愛読者の一人から、この熱海の家を購入(!)してもらうことで、家のない生活に終止符が打たれた。


現在彼は菊名の家と熱海の家を行ったり来たりしていて、両方とも無料で開放されている。菊名の家の方は購入したのではなく、シェアハウスの賃料とクラウドファンディングや寄付などで、母屋のフリースペースが運営される仕組み。ということで、いきなり家なし生活から、家が二つになった訳だけど、本人は全く「自分の家」という所有概念に縛られていないのがすごい。(菊名の家では、彼は庭に常設されたテントで生活している。)


なので、私が「熱海の家に泊まってみたいんですが」とお願いすると、「はい、どうぞ」と、快いお返事が返ってきた。

住所を頼りに、細い坂道を下る。途中雨が降り出し、迷ってしまったので、通りすがりのおばさん道を尋ねると、「ああ、この先よ」とすぐに案内してくれた。

それは小さな古い日本家屋で(築88年!) 、玄関にキャンプ用の椅子とストーブが置いてあった。ちなみに、菊名の母屋と同じく、この家も施錠されていない。

おもむろにガラガラっと扉を開けると、二間続きの和室の凛とした空間が「いらっしゃい」と無言で迎えてくれた。


これが何とも可愛らしくて、気持ちいい住まいなのだ!小さい頃遊びにいった祖父母の家を思い出すけれど、坂爪さんのセンスで、古い佇まいを壊さぬまま、さりげなく本当に素敵なインテリアで空間を作り上げている。

正直私この家に惚れました。家の細かい細工が何もかも、レトロで可愛いすぎる。(今時サッシですらない窓!)外見の小屋っぽさもたまらない。細い坂道を歩く家までのアプローチもツボ、しかも路地の間から海が見える!


余計なものはないけど、必要なものはちゃんと揃ってる心配り。お布団、シーツ、タオル、シャンプー、お米、調味料類などなど、スピーカーもありますから、好きな音楽を流して、縁側の椅子に座ってお茶を飲みながらボーっとする。マジで最高。


何だかこういう情景、童話でありそうだと思う。森の中を迷って小さな家にたどり着き、扉を開けると誰もいないけど、全てが快適に設えられていて、食事まで用意されている、みたいな。

ここでおとぎ話だと、その家で油断してくつろいでると、夜中に魔女に食べられそうになったりするけど、この家はただただ、訪れる人のために快適に整えられて、必要なものが用意されている。ただより高いものはないとか、うまい話には裏がある、というような古い教訓を気持ちよく覆してくれる場所なのだ!


二泊三日で泊まりに来て、あいにくずっと雨続きだったけど、お茶飲んで、瞑想して、ご飯食べて、音楽聴いてと楽しく一人リトリートさせていただいた。帰る頃にようやく太陽が差してきたけど、近所散策は次回にさせていただきましょう。そうそう、玄関からは海も見え、海から登る朝日や月も堪能できるそう。


さらに玄関には、お気持ちがあればお金を入れ、そして必要な人は持って行ってくださいという、出し入れ自由のお財布がある。こんな財布がぶら下がってって、しかも鍵がかかっていないという。こんな事が出来るのは世界広しといえど、日本だけではないかしら?少なくともインドじゃ絶対にできませんって。


帰り際、幾ばくかのお金を財布に入れ、鍵をかけずに外に出る。横浜に向かう電車に揺られながら、あの家に泊まった後と前とでは、所有に関する価値観にジャブが打たれて風穴が空いたように感じる。これは何気にすごいんじゃないか、と思う。誰もが泊まれる家、しかも善意だけでなくセンスがあるのが素晴らしい。その美しさが、無差別に開かれているということが。

無償なんだから泊まれるだけでありがたいでしょう。っていう空間じゃないことが。この違いは物凄く大きいと思う。


この家を出た後、いつのまにか、「人から何かを与えられたら、それに値する返礼を本人に返さなければならない」という概念が崩壊していることに気がつく。ただシンプルに美しい何かを、自分も世界に放ちたいと感じている。


多分それが、交換ではなく循環の始まりなんだろう。



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by umiyuri21 | 2018-05-09 21:12 | 日々の暮らし

受け取る事、受け取って貰える事

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日本に戻ってようやく1ヶ月、あっという間だけど、その間に引っ越し先を決めて、居を移し、目の治療のための病院も探して、再検査を受けて手術日も決めた。医者には「随分進んでますね。」と言われ、やっぱり即手術となりました。ここまでくると目薬も役に立たないいらしく、手術までは特に治療もなく、今まで通りの生活です。


流石に今回は本当に疲れているらしく、帰ってしばらくはカレーも食べたくなかったし、インド音楽も聞きたくなくて、なぜかピアノの音が妙に心に染みて、しばらくはぼーっとしながらピアノ曲ばかり聴いていた。あんなに移動を続けていたインドの旅が遠い夢ののよう。


朝はゆるいアーサナをちょっとづつ続けている。太陽礼拝とか疲れるやつは最初は全然やりたくない。座るポーズ中心。足首を回して、股間節を開く、胸を開く。その日やりたいと思うアーサナしかやらない。そのうち徐々に肩立ちのポーズをやろうとか、チャクラアーサナとか、キツイポーズをやる気になってくる。3日前にふとシルシャアーサナがやりたくなって、ひさびさにはじめた。少しづつ、身体がエネルギーを取り戻しているのを感じはじめた。でも、焦らない。


この家に越してきた今も、あまり何もする気が起きずに、人の好意に甘え続けている。前にも書いたが、共有の台所にはいつも玄米ご飯が炊かれていて、何かしらの食材があり、誰かが何かを作っていてくれたりして、それをずっとありがたく受け取っている。何だかよく分からないけど、自分には今、受け取り続けるという事が大切な気がしたのだ。すまないとか、悪いな、何もできない自分はダメだなんて思わずに、ただただありがたく受け取る。


ある日、台所に共有の玄米ご飯がなくなったので、炊いてみることにした。実はご飯を炊くのも一年3ヶ月ぶりだった。玄米なんかひさびさに炊くし、ちゃんと炊けるかなーとドキドキした。五合のお米を圧力釜に入れて、無事に炊けたご飯を炊飯器に移してよくかき混ぜる。その時身体の奥からエネルギーがぶわっと湧き上がってくるのを感じた。

ご飯を炊こうと思えるようになっただけでも、大したことのように感じたし、ここに、この五合のご飯を食べてくれる人がいるんだ、ってことが嬉しかったのだ。


心の風景が変わったと前回書いたけど、ここに来てから、与えることと、受け取ることに対する、新しい感性が自分の中に育って来つつあるのに驚く。

まずは丸ごと受け取るということは予想以上に難しい、ということと。与えるということもまた難しく、だからしっかり受け取って貰った時は本当に嬉しいということ。


インドを旅している間は、基本的に誰かが何かをしてくれた。ご飯は作ってくれる人がいたし、掃除も頼めばしてくれる。ひとりの旅は本当に楽で気ままにだった。でも、ジョシーのところを訪ねている時だけは、私は彼の世話をし続けた。一日中目が離せない彼の相手をするのは、本当に大変で、精神的にもヘトヘトになるのだけど、多分それでエネルギーのバランスを取っていたのだと改めて思う。

以前、彼が今よりもずっと元気だった時、私はそれに不平を漏らした。すると彼は言った。「私の身体の世話をする以上に価値のあることが、あなたにあると思うの?」その時私は「世話してあげている」という気持ちが全くないわけではなかったから、その答えに呆れた。


でも、彼の言葉は本当だった。

受け取ってもらえる人がいる、それは素晴らしい事だ。与えることが愛だというなら、受け取ってもらえる事は愛の成就だ。

だからしっかり受け取るということは、想像以上のポテンシャルを秘めている。

むしろ与えることに先立つのは、受け取ることなのでないかとさえ思う。なぜなら私たちの生は受け取ることから始まるからだ。


どれだけの物を日々私たちは受け取っているか。それに繊細になれたら、与えることの一歩が始まる。もしも受け取ることに罪悪感や借りを感じてしまうなら、向けられた愛の成就を自ら閉ざしてしまうのだ。道に咲く野花ですら、何かを与えようとしてくれている。


受け取ること、受け取ってもらえる事、それだけあれば人生は、本当は充分なのかもしれないと思う。それが愛の円環なのだと。


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by umiyuri21 | 2018-04-24 22:31 | 日々の暮らし

忘れっぽい私へ

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日本に帰ってきて、風景がガラリと変わった。目に見える風景だけではなく、心の風景も。あれ、今までとはすっごく違った所に来ちゃった感じ。

ここ数年インドと日本を行ったり来たりしていたけど、その間も心の風景は地続きだった、なんだかそれが根本から変わったのだ。何がどう変わったのかは、まだよく分からない。でも、この新緑とともに、新しい何かが育っていってくれるといいな。


旅のノートをパラパラ眺めていたら、こんな言葉が出てきた。時々、自分の言葉じゃないようなものが、自分の中に沸き起こってくる、それは表層の自分よりももっと知恵のある私で、いつも自分を励ましてくれる。



「忘れっぽい私へ」


忘れっぽい私、どうか忘れないで、忘れたら思い出して欲しい

私に足りないものははじめから、何もないって

もしも私が、何か足りないと感じたとしても

それを埋めることができるのは、自分しかいないのだと

だから、そもそも必要なものは、全て私の中にある

今、この瞬間も


完璧さは、この空間の中に満ちている

長い旅の中で、私が気づいたことを、思い出して欲しい

足りないものなんて、はじめからなかった

だからこれからも、足りなくなることはない


何かが、私の足りなさを埋めてくれるのじゃない

私がただ、気がつけばいいだけ

足りないと感じているのは、幻想だということを

私自身はすでに満たされた存在だということを


何の不足も余分もなく

ただ、完璧なのだ

どうかどうか、それを忘れないで

そして思い出して欲しい


私はいつも満ちていると





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by umiyuri21 | 2018-04-19 19:37 | 日々の暮らし

人生はゲストハウス

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昨日も激しい春の嵐で、一晩中強い風と雨がごうごう部屋の壁を打ち付けていた。時々強風がやってくると微かに揺れる。大丈夫かなーこの家、でも雨漏りしないからインドの家より立派かも。


昼過ぎに母屋の玄関を開けると、見知らぬ靴が置いてあった。誰か来客がいるらしい。台所で女性の方が片付けものをしていた。引っ越しするので要らない調味料などを持って来たという。コーヒーを淹れてシュークリームをご馳走になり、しばし歓談。日本で暮らしているのに、予想外に出会いが起こるのは、まるで旅の続きのようだ。


先日は本当に家がない、という男性が泊まりに来た。ずっと友人の家などを転々としているとか。何故そうなったかは聞けなかった。一度偶然知り合った人に、使っていない部屋に好きに泊まっていいと鍵を渡された。でも、しばらくすると居心地が悪くなって出てしまったという。根っからのジプシー気質の人っているんだな、と思いつつ。あ、人のこと言えないじゃん私、とちょっとドキドキした。


母屋の扉を開くたびに、誰がいるか全く予想がつかないという、スリリングさを味わう。そしてルーミーの「ゲストハウス」という詩を思い出す。

それはこんな詩だ。


「ゲストハウス」


人間という存在は、みなゲストハウス

毎朝、新しい客がやって来る


喜び、憂鬱、卑しさ、そして一瞬の気づきも

思いがけない訪問者としてやって来る


訪れるものすべてを歓迎し、もてなしなさい


たとえ、それが悲しみの一団だとしても

できるかぎり立派なもてなしをしなさい

たとえ、それが家具のない家を荒々しく駆け抜けたとしても

もしかすると訪問者は、あなたの気分を一新し

新しい喜びが入って来られるようにしているのかもしれない


暗い気持ちや、ごまかし、ときには悪意がやって来ても

扉のところで笑いながら出迎え、中へと招き入れなさい


どんなものがやって来ても、感謝しなさい

どれも、はるか彼方から案内人として

あなたの人生へと、送られてきたのだから


この詩は「人生という名の手紙」という本に掲載されて有名になったらしい。英訳の解釈については賛否両論あるようだが、それでもとても心に刺さる内容だ。


私たちの心はまさに大きなスペース、それを開かれたゲストハウスのように生きるのか、閉ざされた小さな牢屋のごとく生きるのか、開くのも閉ざすのも、選択するのは自分自身なのだ。玄関を開けて見知らぬ靴を見るたびに「さあ、どうする?」と神様から球を投げかけられているように感じる。


明日は誰が来るのかな。



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by umiyuri21 | 2018-04-15 21:53 | 日々の暮らし

不思議の棲家

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新しい住まいが決まり、先週末から住み始めた。場所は横浜市港北区、実は学生の頃この付近に住んでいたことがあり、数えたら実に30年ぶりだった。

その家は一応シェア・ハウスなのだが、普通とはかなり違う。築60年の古い日本家屋で、一階の母屋部分は広い共有部分になっていて、その周りに住居棟がある。


通常のシェアハウスは一件の家をみんなで使う形になるが、ここは各部屋が完全に独立していて、母屋の二階にある私の部屋も入り口は別だし、部屋には小さいながらキッチンもトイレもある。お風呂だけは母屋のを共有で使う。ここに決めた大きな理由はキッチンとトイレがついていることと、占有面積が広かったこと。毎朝のヨガの浄化法で共有トイレを使うのはやりにくいなって思っていたから。しかし実際に住み始めると、本当に古い家で、手もあまり加えていないから、ガタピシ。その代わり好きにDIYしていいと言われた。


何よりこの家が普通じゃないのは、主宰者の意向で共有部分は居住者以外にもオープンになっていて、誰でもフリーで使うことができること。泊まるのも可。キッチンには主宰者の在り方に賛同した、全国の方々から送られて来た食品が詰まっていて、ご自由にお使いくださいと書かれていて、しかも玄米ご飯が常に炊かれている。シェア・カーもシェア自転車もある。


この家に越して来た時、二十代のシェアメイトの女性から「ここはルールがないのがルールなんです。」と言われた。「特に決まりはありません。みんなでご飯を食べたい時は食べてもいいし、食べたくない時は引きこもればいいし、共有スペースにいても話したくなかったら話さなくてもいいし、みんなの分のおかずを作りたくなったら作ってもいいし、作りたくない日は自分の分だけ作ればいいんです。」とのこと。

共有キッチンは基本的にフリースペースなので、ここに置いてあるものは、好きに使っていいことになっている。冷蔵庫に入れてあるものも、使うのは自由。もちろん自分のものを入れておけば好きに食べられてしまう、かもしれない。どうしても自分だけのものにしておきたいものだけ、自室に持っていく。


戸棚を開けると各種調味料や乾物類、お菓子、お茶などが並んでいた。インドから帰って来て、貯金はすっからかんだし、荷物はトランクルームに預けていたので、当然調味料や食品のストックなど全くなかったので、この状況はありがたすぎた。

お金はないのに、治療が終わるまではフル稼働で働くのは難しい。という大変な状況にもかかわらず、戸棚からコーヒーを取り出して、誰かが持って来てくださったケーキを頬張る。今この瞬間だけ切り取るなら私は十分に豊かだ。


一年ちょっとに渡る、移動生活の果てに、こんな場所に落ち着くことになるとは、人生は面白いなあと思う。ここに出会ったのは本当に偶然で、シェアハウスの総合サイトであるひつじ不動産で見つけたのだ。見出しの「共有スペースは非居住者の方もご利用になります。」と書かれていて面食らったのだが、古い日本家屋の風情が妙に心惹かれたし、主宰者の意思にも新しい時代の風の感じた。


そんな風に書くと賑やかそうな場所と思われるかもしれないが、居住者は多くなく、主宰者は多忙でよく外に出て行ってしまうので、イベントでもない限り家はしんとしている。住宅街の中を歩き、細い坂を登った奥まった場所にあって、裏手は雑木林、日が暮れるとあたりは暗く静まりかえる。夜に一人で広い共有キッチンで料理してると、ちょっと怖い。だって突然誰か来たって、拒めないわけだよ。

かなりチャレンジングだよなー、と思う。


正直まだ慣れてなくて、古い家は夜寒くて心もとない。引っ越したとたんなぜかimacもipadも、オイルヒーター(だから寒いのに暖房がない)も壊れてしまい、おまけに自分の体も故障中で、環境が大きく変りつつあるのを実感している。高台にあるせいか風も強く、着いた日の夜は春の嵐。吹きすさぶ雨風が屋根を打ち付け、隙間風で障子がバタバタ音を立てていた。でも、朝になったらキッチンの窓からは林の木々が見え、うぐいすの声が聞こえてきた。


数日暮らしただけでも、けっこう色んなことに向き合わされる。例えば食材を買った時、これを自室に持ちこむか、共有の冷蔵庫に入れるか一瞬考える。何を自分は「自分だけのもの」にしておきたいのか、ということを。そしてジョシーがよく言っていた事を思い出した。「要らないから人にあげるんじゃない、自分が好きなものだからシェアしたいんだ。」

まだまだ色々試行錯誤のようだけど、主宰者のチャレンジングな試みが花開いていう様子を、見守っていく...のではなくここに偶然でもやって来た以上は、ある程度は関わっていくことになるんだろう。


昨日、晴れた夕方に西側の窓を開けると、遠くに富士山がうっすら見えた。富士山の見える家に住んだのは15年前マンションの11階の部屋に住んで以来のことだ。まさか、木造家屋の二階の窓から見えるなんて思いもよらなかった。木々に囲まれ、ウグイスが聞こえ、富士山が見えるとは、なかなか素敵な場所ではないか。今は改良の余地は多々あるが、ゆっくり手を加えながら、自分に住みよい空間を作っていこう。


落ち着いたらここでヨガのクラスでもやろうと思っている。その時はぜひ、気軽に遊びに来てくださいね!あと、DIY得意な人、お知恵拝借&お手伝い大歓迎!


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by umiyuri21 | 2018-04-10 18:36 | 日々の暮らし

星は何でも知っている?!

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私の過去ログの中で、大分前の記事にもかかわらず、いつも人気ランキング上位に上がってくるのは「人生の健康相談」というインド占星術の記事。あれは始めてインド占星術の鑑定を受けた時の事を書きました。そして以後も困った時には鑑定をお願いしてきました。


今日久しぶりに鑑定を受けました。お願いしたのは吉野まゆさん、彼女の鑑定は二回目です。まゆさんは最近カフェグローブに業界初のインド占星術による星占いコーナーを担当しています。


前回彼女にお願いしたのは、ちょうど荷物を片付けてインドに長期滞在することを計画していた時、そして今回はそれをどう決着させ、次に向かうかというタイミングでした。


ただ今人生もろもろ岐路に立っており、これから決断する事が、今後の人生にも深く関わってきそうな予感。ぐるぐる考え過ぎて自分一人じゃお手上げ、全く整理がつかない!という時はインド占星術は大きな味方です。


過去ログでも書いていますが、インド占星術の大きな特色のひとつはダシャーという惑星のサイクルによって運気を見ていくこと。ダシャーは3レイヤーあって

最大720年周期のマハーダシャー、数年周期のアンタルダシャー、数ヶ月周期のサブアンタルダシャーの組み合わせで、大まかな人生予測をする事ができます。世の中には運気のサイクルを見ていく占いは沢山ありますが、生年月日、生まれた場所、出生時刻によって精密に計算されるので、オーダーメイド度はかなり高いです。出生時刻が数分違うだけでも、人生予測は変わります。


このダシャー表を見るだけでも、今が動きやすい時期か、スタックしがちな時期か、攻めに入った方がいいか、落ち着いて積み上げていく時期かが、だいたい分かるので、人生設計にはかなり有効。プロの占星術師はハウスや惑星同士の角度やエネルギーの流れで、具体的にどんな事が起こりやすいか、何をするのに向いているかを、読み込んでいく。私も大きな決断をするときは、このダシャー表を参考にするけど、たとえ参考にしていなくても、後で見ると人生の節目節目が、ダシャーの変わり目にリンクしているのが不思議です。

今は月の満ち欠けを意識して暮らしている人が多いけど、それを意識し始めると、物事のタイミングが自然と月のサイクルにリンクしていく、ちょうどそんな感じです。


彼女に相談したおかげで大分整理がつきました。物事がクリアーに見えている時は占いは必要ありません。見えていない時は、相反した思い絡め取られて、自分の意思が見えなくなっている。やりたいけど勇気がない、本当はAがやりたいけど、Bのほうが社会的安定しているとか。何でもやりたい事が正しいわけでもない。やりたくないけど、絶対的に必要なことだってある。


究極的には答えはみんな自分自身が知っている。今何が必要か。でも、その事に自分の表層意識がOKを出せないと迷うし、迷ってる時は色んな人の意見に振り回されるから、ますます迷路に入って、単純なことすら見えなくなってしまいます。(まさに今そんな感じでした。)


まゆさんは、常識にとらわれずに、そんな私の微妙な心の機微までキャッチしてくれて、ポンと言葉にしてくださったので、「ええ、まさにそうなんです!」という感じで目の前が大分明るくなりました。

インドにいるんだから、現地の占星術師に頼めばいいって話もあるけど、こうした繊細なやり取りは、インド人とじゃ無理ですね。


本当に優れた占い師さんや、カウンセラーさんって、優れた鏡のような存在だと思う。自分自身の見えない部分、見えないふりをしてる部分をクリアにしてくれる。言ってみればチャート表は人生のレントゲン写真みたいなもの。星は何でも知っている、でもそれは私自身の魂が知っていることでもある。


星の動きに沿って、人生が流れていくのか、自分が決めた人生の青写真が星に現れているだけなのか。いずれにせよ、星の運行がこんなに人生に作用してるって、本当に神秘です。

まゆさん、また困った時にはよろしくお願いします!



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by umiyuri21 | 2018-02-23 19:30 | 日々の暮らし

滲んだ光

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久々の更新。

しばらくブログをお休みしていたのば、体調を崩してしまったからです。3日にカンニャクマリからケーララの定宿Ahimsa Garden Retreat に着いて、そのまま疲れ果てて、外出する気も失せて倒れ込んでいました。


ちょうど7年前になったような視覚過敏の状態になって、光が眩しいし、ぼわーっと焦点も合わないし、外に出るのがしんどい。これは移動しすぎたかなー、また自律神経の乱れかしら、アーユルヴェーダのトリートメントを受けて元気回復しよう!と思い、ここのオーナーのデイシーに相談したら、目の調子が悪いんだったら、眼圧チェックしてからじゃないと、トリートメン受けちゃダメよ、かえって逆効果だから、と釘を刺され、今日眼科に行ってきました。大き立派な眼科専門の病院でした。


診断は白内障でした。あらまー左目の視力がかなり落ちているのには気づいてたけど、単に近視が悪化したんだと思ってた。ここんとこ夜見えにくいのも、光が滲むのも、階段の段差が分かりにくいのも老眼なんろうと思っていた。日本だと進行を遅らせる目薬を指すようだけど、それも処方されなくて、手術を勧められました。


ずっと強度の近視で、眼圧が高めで緑内障の注意喚起も随分前から受けていたし、疲れると結膜下出血起こすわで、私の目にはカルマがいっぱい溜まっているらしい。でも白内障の手術をしたら、近視も同時に解消されるとのこと。レーシック受けたいなって前から考えていたし、ここは潔く次に日本に戻った時に手術しようかと考えています。


ちなみにインドでの手術の値段は単焦点レンズで片目約7万、多焦点レンズで片目約9万円くらいと。単焦点は日本と変わらない値段だけど、多焦点レンズは安い!もうインドでさっさと手術しようかな、 なんて思いつつ宿に戻ってきて、デイシーに「で、どうだった?」と聞かれ「問題あり、白内障でした。」と答えると「あら、白内障ならスモールプロブレムよ、アーユルヴェーダは効果的なのよ。いい目薬もあるんだから。」と言われました。


まあ、一旦損なった視力は戻らないだろうけど、日本に帰るまでの数ヶ月、少しでも進行が遅くなるなら嬉しい限り。今は疲れ目がひどくて、パソコン見るのも辛いので、その辺も解消できたら何より。そんなこんなで思いがけず、ケーララでスタックしています。

診断は少しショックだったけど、長年メガネがないと全く日常生活が送れない目だったので、手術をしてメガネが必要なくなるなら、かえって嬉しいではないかと、ポジティブに考えます。


その前に、果たしてアーユルヴェーダは効果があるや否や?

そして、いい病院の情報があったら、ぜひ教えてくださいね。


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by umiyuri21 | 2018-02-15 02:20 | 日々の暮らし


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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