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インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.21

インディアン・ヨガライフ 第1ラウンドはこちらから
第2ラウンドのVol.1はこちらから

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「スピリチュアル・コネクション」

その日、夕食が済んでも、二人はいつもと様子が違ったままだった。奇妙な気分を抱きつつ、ジョシーの足の治療の為に、私達はトリートメントルームへ向かった。 
足の化膿はもう大分収まってきている。もうスモークは必要なくなって、足をマッサージして軟膏を塗り、最後に軽くハンドヒーリングをするだけだ。
 その途中でプラデープはふいっと急に部屋を出て行ってしまった。はて、何か取りに行ったのかとしばらく待つが帰ってこない。外に出て瞑想ルームを覗くと、暗闇の中彼はそこに坐っていた。
 近づくと、泣いているのだった。

 どうしたんだろう、一体何が起こったのだ?
ジョシーは静かに彼のそばへ寄り、隣に座ってそっと肩に手を置く、するとプラデープは、更に激しくわっと号泣しはじめた。ジョシーに向かって合掌しながら床に身体を投げ出したまま、嗚咽は止まらない。ジョシーはただ何も言わずに寄り添い、やがて、彼の頭に手をおいて、いつもヨガ・レッスンの前後に唱えるグル・マントラを唱え始めた。
 
 「グルはブラフマーであり
  グルはヴィシュヌであり
  グルはシヴァであり、彼自信が至高神です
  尊敬するグルに敬服いたします」

 私はと言えば、目の前の出来事に全く付いてゆけず、ただ呆然と立ち尽くすのみである。
 どのくらいそうしていたのだろう、多分それほど長い時間ではなかったはずだ。プラデープは徐々に平静を取り戻し、起き上がって静かになった。それを見届けると、ジョシーは「ありがとう」とだけ言って、部屋に引っ込んでしまった。
 私はなすすべもなく、かける言葉も見つからず、彼が落ち着いてきた頃、ようやく「おやすみなさい」とつぶやき立ち去った。

 ベッドに入っても、私の頭の中はハテナマークだらけだ。果たして、あれは何だったのか?ここ最近本当に妙な事ばかり起こる。
 人生が急に速さを増し、川から大海へと押し流されてゆくようだ。これから一体物語は、何処へ向かって流れてゆくのだろう。 

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 翌朝、全ては普通どおりであった。
 実は、数日後からプラデープはハリドワールのグルジに会いに2週間の旅に出ることになっていた。その間のジョシーの治療や私のアーユルヴェーダ・トリートメントは奥さんのラージさんが引き継ぐ手筈になっている。
 慌ただしく旅の準備をするプラデープに、昨夜のことを尋ねるのは憚られた。ジョシーもそのことに付いては何も触れない。
 夕食の頃になって、二人の様子がなんとなく以前よりは親密で、言葉を超えた何かを分かち合い、了解し合っているムードだったので、思い切って聞いてみることした。
 「昨日の夜は一体、何が起こったんですか?」
 「彼のスピリットを感じたんだよ。私達は過去世にも会ったことがあるって分かったのさ。ラマナ・マハリシのアシュラムで一緒に座っていたことがあるよ。」
 え〜〜〜マジですか?いきなりのトンデモ発言につい、笑ってしまう私。そしたらプラデープにマジ顔でたしなめられた。
 「何故笑うんだ?じゃああなたは、昨日冗談で大の大人があんなに泣いたと思ってるのか?」
 いえ、別に...いやそうですよね。インド人にとっては過去世はトンデモ話でもなんんでもないわけで。ラマナ・マハリシだって彼らにしてみたら、地元の大聖者さんだから、過去世にそこのアシュラムで出会ってたって、特に唐突な展開ではないですよね。
何も反論できないので、それ以上追求するのはやめた。それは本当かもしれない、本当じゃないかもしれない、ともかく二人が昨夜、何か特別なコネクションをお互いに感じたことは確からしい。

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 その後ジョシーと二人きりになった時、私は興味を抑えきれずに聞いてみた。
「ジョシーさん、プラデープとは本当にラマナ・マハリシのアシュラムで出会ったの?」
「う〜ん、あの人とはチェンナイで会った気がする。」
「それっていつ頃?」
「私が映画のプロデューサーをやってた頃。」
「え〜...それは前世じゃなくて、今回の人生だよね。多分他の人の間違いだと思うよ。」
 実はジョシー先生は昔に出会った人と、現在知り合った人を混同してしまう事が多々あるのだった。私もヨガを習い始めた時、「あなたとはジャバルプールで会ったよね。」としきりに言われ、しかも似顔絵まで描かれ、え?過去世の話??と色めきだったが、実は彼の従兄弟の娘と勘違いしていたのだった。(どうも似たところがあったらしい。)

   どっちにしても、この人達と話していると私の頭の中も不思議の国へとワープしてしまいそうだ。インド人の時間感覚はやっぱり何かを超えている。 
by umiyuri21 | 2014-05-31 22:30 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.20

インディアン・ヨガライフ 第1ラウンドはこちらから
第2ラウンドのVol.1はこちらから

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「乳製品バトル!」

 ケーララの気候は2月が終わる頃にはだんだんと蒸し暑さを増してきた。そんな中、朝夕のヨガの合間に、プラデープと日々スピリチュアル談義をしながら、私達はのんびりと過ごしていた。 
 南インドの気候についてはよく、「Hot,Hotter,Hottest」と表現されるが、暑い中でも朝夕は涼しく日陰は過ごしやすい、単なる「暑い」から、「より暑い」気候になると、肌に密着している全てのものが、暑さを増幅させる。薄く風通しの良いコットンのインドブラウスが必須。Tシャツでさえも暑くるしい。日差しは焼けるようで、日傘なしではつらい。ちょっと外出すれば汗だくになる。地元の人でさえ、暑さの増す午後はあまり出歩きたがらない。風通しの良いテラスに坐って、だらだらおしゃべりするのが丁度良いのだ。
 
 基本的にプラデープが一方的に話し続け、私が時々質問をする。しかし私が凡庸な質問の仕方をすると、ふっと馬鹿にしたように笑うのだった。
 例えば、「日本人は...」とか「女性は...」とか既成概念に則った言葉を発すると「日本人というのは誰なんだ?」と畳み掛けてくる。
「私というのは誰だ?あなたが私と言う時、それは何処から発している?」
「心には特定の居場所があるのか?」などなど。
本当にインド人というのは、こういう形而上学的な命題を延々と何千年も考えて来た人たちなんだよなあ。あ、また「インド人は...」って言っちゃったけど。

 ジョシー先生は基本的には黙ったまま、プラデープの言うことに頷いたり補足するだけで、あまり口出しはしなかった。しかしある時、猛烈なバトルが始まった。それは食事に関することであった。
 この家で、只だらだらしているのも悪いので、せっかくの機会にと、私は1週間のアーユルヴェーダのトリートメントを受けることにした。プラデープはそのカウンセリングをしてくれたのだが、私のヴァータのバランスを整えるために、乳製品、特にギーを取るべきだと提案したのが発端だった。
 それと合わせて、毎朝必ず実践しているクンジャラ・クリヤー(ぬるま湯を大量に飲んで吐き出す浄化法)をトリートメント中は控えて欲しいと言われたのも、ジョシー先生は気に入らなかったらしい。

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 アーユルヴェーダとヨガは近い関係にあるが、必ずしも全てがリンクする訳ではない。ヨガは心身を浄化し、深い瞑想ができるようになって、いずれはサマーディーという目的地に至るためのプラクティスなのである。まあ、壮大で果てしない道のりだが、はるか彼方にはそういう終着点がある訳だ。
 ジョシー先生の考えでは、ヨギたるもの自分の心身は自分でコントロールできるのが理想で、なるべくなら外的な薬や治療などには頼りたくない、というのが本音であった。だから自分の傷の治療もなかなか受けなかったし、私がアーユルヴェーダのトリートメントを受けることも、あまり賛成ではなかったのだ。

  アーユルヴェーダは人間が健やかで幸福であることが目的の伝統医療で、その一環としてアーサナや瞑想が取り入れられるが、それ自体はスピリチュアルなエンライトメントが目的ではない。
「スピリチュアルに生きたい人も、社会的な成功を求めている人も、健康が大切なのは共通している。」とプラデープは説明してくれたが、アーユルヴェーダは万人に必要とされる健康を目指している。だから必ずしも食肉は否定されないし、何よりもインドのヴェジタリアンは乳製品を積極的に取る。

 ヨガの修練で何故菜食が奨励されるかと言えば、不殺生という観点からと、インド哲学のグナという考え方に依っている。グナとはエネルギーの3つの状態を指し、サットヴァ(純粋)、ラジャス(躍動、情熱、変化過程)、タマス(暗さ、無気力)、この3つの性質が世界のあらゆる存在の中に息づき、バランスを保っている。
 当然、食べ物もこの3つのグナに分類され、身体に取り込んだグナの性質は、そのまま人間に影響を及ぼすと考えられている。
 だからこそ、新鮮な野菜や果物、そして乳製品、無添加の食物など、サットヴァ(純粋)の質を持つ食事を取ることで、その人自身もサットヴァに近づき、身体が浄化され、心が安定し、ヨガのプラクティスがしやすくなるという訳だ。
 ちなみに、全ての野菜がサットヴァの性質を持つわけではなく、玉ねぎやにんにくはタマスの質を持つので、インドのより厳格なヴェジタリアンは、これを避ける。

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 かの大聖者のラマナ・マハルシも精神修養をしてゆく上での菜食は勧めているが、乳製品を取ることは否定していない。
 「家畜として飼われている牛は、子牛が必要とする以上のミルクを生み出し、それを絞ってもらうことで喜ぶのです。」と語っている。

 ジョシー先生が乳製品を取らないヴィーガンを長年続けている理由は、実は日本のマクロバイオティックの考え方に影響を受けているのだ。若いころ呼吸器系の問題で、ヨガの先生に乳製品を止める事を勧められたという事情と、20代に日本のマクロビに出会った事で、30代ごろから彼は一切乳製品を取らなくなったという。
 
  マクロバイオティックも基本的には宗教とは無関係で、人間が健康に生きるための
食養生術である。万物の性質は陰と陽から成り、そのバランスが健康状態を作ると考えられている。
  マクロビが動物性の食べ物を避ける理由は、陽の性質を持つ人間は陰の性質を持つ植物を食べるほうが中庸になり、バランスが良くなるとの理論からだ。また、生産、加工過程で化学的に処理されてしまうのも、動物性の食品を避ける理由の一つとなっている。
 私はよく師匠に、ヨガの考え方では乳製品は問題ないのに、食べないのは何故なんだと尋ねたのだが、「良いピュアな餌を食べて育った牛のミルクならいいけれど、今の乳牛はどんな餌を食べて育ってるか分からない。だから絶対だめ。」とピシャリとはねつけられた。 

 マクロビだけではなく、日本では乳製品は体に悪い説が最近はメジャーなので、スタバでカフェラテを豆乳に切り替える人も少なくないが、インドのヴェジタリアンにとっては乳製品は貴重な栄養源、アーユルヴェーダ的にもヴァータのバランスを整え、身体を力強く健やかにし、特にギーは脳の働きを良くするとも言われてる。だから、インドで乳製品なしの生活を貫くのは簡単ではない。豆乳なんてほとんど売ってないし、誰も知らない。
 アーユルヴァーダとヨガとマクロビ、似ているようでこれらの食養哲学は微妙に違う。ジョシー先生はヨガのヴェジタリアンの考え方をベースに、マクロビを取り入れているので、かなり難易度が高いんである。

 そんな経緯でジョシーとプラデープはこの乳製品を取るべきか否かという問題で真っ向からぶつかった。基本的に大インド主義者のプラデープはマクロビなどと言う新しいメソッドより、歴史の古いアーユルヴェーダの方が正しい、と譲らない。
 論争は途中からマラーヤラム語に切り替わり、内容が全く分からなくなったが、かなり激しい言い争いになってきて、私は冷や汗ものだった。また師匠がへそを曲げて出て行く、なんて言い出したら困りモノだ。
 私が困った顔で見ているので、プラデープは笑って「大丈夫だよ、私達はディベートを楽しんでいるだけだから。」とは言っていたが、決着は着かず、途中から二人共黙りこくってしまった。

 そして夕食の時間になっても、二人の様子がおかしい。ジョシー先生はぼんやり黙ったまま、一言も話さない。私が何か言っても、答えずじっと宙を見ているばかりだ。怒っているのか、興奮したのがきっかけで、ちょっと不安定になっているのか分からない。一方プラデープの方は、自分のグルジへの愛情を、急にとつとつを話し始め。一人で陶酔したような表情になってきた。

 あれ~...この人達何か変だぞ、大丈夫か...?!
by umiyuri21 | 2014-05-30 22:49

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.19

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 「邂逅」

すっかりこの家とモンコンプの空気が気に入って、勝手に長逗留を決め込んだ私たちは、一度ノースヴェリヤナードの家に戻って荷物を取ってくることにした。鍵は弟が持っているので、仕方なく一度連絡をし、荷物を取りに帰りたいと伝える。
 私としてはもう帰国までここに滞在しても良い位の気分であった。大きなスーツケースごと持って行きたかったし、ジョシーと2人きりで戻ってまた喧嘩になるのが嫌だったので、プラデープに一緒に車で付いてきてもらうことにした。
 弟はあの時の暴れっぷりなどすっかりなかったかのように、愛想の良い顔で、ともかく兄の足の治療が進んでいる事を喜んでくれたが、突然現れたこのアーユルヴェーダのドクターがどんな人物であるか興味津々だった。

 我々が荷物を詰めている間に、二人はずっと話をしていたが、マラーヤラム語の会話の合間に挟まる英語で、ジョシーの事故について話しているらしいと察しがついた。物忘れが酷いとか、人を信用しないとか、何もかも自分勝手だとか、どうせ余計なことを吹きこんでいるんだろう。
 師匠は事故の話をする時も、記憶障害が残っていることは決して人には言わなかった。肉体的なハンディキャップは受け入れられても、記憶の障害は多分受け入れたくなかったのだろう。「私は必要ないことはもう覚えるのをやめたんだ。」とよく私にも強がって言うのだった。
 事故後のジョシーを認めてくれているとはいえ、プラデープがどこまで、彼の記憶の欠落について察していたか、私には分からない。ジョシーは注意深く隠していたし、私も危なくなるとフォローしていたので、今の弟の話を聞いて、彼が引いてしまうのではとドキドキした。

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荷物をプラデープの車に運び込み、いざ出発しようというところで、急にジョシーがトイレに行きたいと家に戻り、いつまでたっても戻ってこないので、その間にも弟は私に、何のかんのと彼の悪口を英語で言う。まあ、色々とストレスが溜まっているのだろうけど...
 「やれやれ、あいつのスローペースにも困ったもんだよ。ほらいつも持っている白いカバン、彼は絶対にあれを手放さない。トイレに行く時も持っていく。人を全然信用してないんだ。あれは彼のエゴだ。」「今まで絶対にどんな治療も受けたがらなかった。」「奇妙な振る舞いばかりする。」などなど...
私は肩をすくめ、そっとプラデープに聞いた。
 「そうなんです、彼のハンディキャップは足だけじゃない。記憶障害もアーユルヴェーダで治療できるんでしょうか?」
 「後で説明するよ。」と彼は答える。


  プラデープの家に戻って、しばらくすると彼は言った。
「誰が何と言おうと、確かなことは一つだけ、その人がハッピーであるかどうかだよ。ジョシーはハッピーでリラックスしてるよ。彼はこのままでいいんだ。でも、彼の弟は幸せそうじゃない。スピリチュアルな事について色々語ってくれたけど、表面的なものだ。メンタルな治療が必要なのは弟の方だと思うよ。」
 そして、私の目をじっと見て続けた。

「ほら、あのヨガのビデオがあるだろ。あの後、もう一度彼の映像を見たんだ。その時思ったよ、この男はもう死んでしまっていない、このアーサナをしている彼は事故で死んだんだよ。今の彼は別の人間だ。
 ビデオに映る彼の目を見ていると、何かを強く求めていて、それがすぐそばにあるのに近づけない、そんな目をしている。まるで恋人が隣の部屋に居るのが分かってるのにドアを開くことが出来ずにいる、そんな風に感じたんだ。」
「彼は事故に遭ったのかな、それとも事故が起こったのかな。」 

 急に深い言葉を投げかけられて私はハッとした。

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 「このアーサナをしている男、彼はもう死んだんだよ。」  
 はっきり言われると、目の覚める思いがした。
 何度も書いているが、私は事故後のジョシーしか知らないにも関わらず、いつもどこかで、彼が少しでも事故前の彼に近づいてくれたらという気持ちを拭い去ることができなかった。
 昔の彼の話を他人から聞く度に、いつの日か、かつてのように色んなアーサナが出来るようになって欲しい、できれば記憶の障害もなくなって、元の素敵なヨガマスターになってくれたら...と。
 多分、私だけでなく、彼のまわりにいる人々、特に姉弟たちは皆そう願っているのだろう。
 
 そんな中できっぱりと「事故の前の彼はもう居ない。」そうであっても「彼はこのままでいい。」そこまで言われると、ぐずぐずと、わだかまっていた迷いが消し飛んだ。
 ああ、そうか。彼は一度事故で死んで生き返って来たんだから、これはもう彼の新しい人生なんだ。まわりにいる私達がその事を受け入れないと、ジョシーだって新しい人生を始められないんだ。
 私が過去に囚われ、曇った目のままでいる限り、何も正しくは見極わめられない。そもそも、自分の師に対してこうあって欲しいとか、悪いとか、弟子の私が一体どんな判断が下せるのだろう。
 
 「マスターと神と自分、これは本来一つのものだ。マスターを信頼すればあなた自身も、そしてマスターもピュアになっていく。反対にあなたがマスターを騙したり疑ったりすれば、マスター自身にも同じことが起こるんだよ。」
 「ヨガっていうのは本当は簡単じゃない。一番簡単なのはアーサナだ。だから本にはアーサナの事しか書いてないのさ。」
 
 似たセリフ、ジョシー先生からも聞いたなあ。私はプラデープの洞察の鋭さに感じ入った。出会った当初は、話し好きのスピリチュアルマニアのインド人くらいにしか思っていなかったのだが、何だか不思議な人だ。
by umiyuri21 | 2014-05-29 21:55 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.17

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「 テンプルの隣で 」

 「アナント・ウェルネス・リトリート」に居を移してから、生活のモードはガラリと変わった。ここのすぐ隣には、女神を祀る「モンコンプ・バガバティ・テンプル」が建っていた。この付近では結構有名な寺院らしい、遠くからも参拝客を集め、願掛けのプージャ(儀式)は数カ月前から予約が必要らしい。霊験あらたかな寺院の持つパワフルなエネルギーが、辺り一帯に満ちていた。
 寺院からは一日中、朝は4時半ごろから音楽やマントラが聞こえてきた。近所にサンスクリットを学ぶ学校もあるらしく、子どもたちのマントラを朗唱する声がそれに重なる。時折別の家から神を讃歌する、バジャンを歌う声が耳に届くこともある。

 ジョシーの家はクリスチャンだったし、親戚に聖職者が多く、教会や修道院にはしょっちゅう足を運んでいたが、逆にインドに居るのにヒンドゥー文化に触れる機会があまりなかったのだ。ちなみにケーララではインドの他州と違って、異教徒がヒンドゥー教の寺院に入ることは出来ない。
 師匠も小さな頃からヨガやヒンドゥー文化に興味を持ってはいたものの、寺院に入れてもらえず、悲しい思いをしたことがあったとか。インド人であってもクリスチャン・ソサエティの中でヨギとして生きるのは、かなり異質な事なのだ。ケーララでの生活が長くなるにつれ、それが段々と分かってきた。

 だからこそ、この寺院周辺の独特の宗教的な雰囲気は、私にはとても新鮮だった。プラデープ一家も敬虔なヒンドゥー教徒で朝夕には庭を掃き清め、プージャをしオイルランプに火を灯し、子どもたちにマントラやプラーナと呼ばれる聖典の一部を暗記させたりしている。
 毎日日没前に、寺院では神殿に祀られているご神体を開帳するらしく、その時刻に鐘の音が聞こえてきたら、手を休めて、掃除や水浴などはしないで欲しいと言われた。
 彼らの家から、寺院へ抜ける細道には蛇神を祀る小さな像が点々と並んでいた。夕方になるとオイルランプが灯され、怪しく不思議な空気が漂っていた。夜間は、村人は怖がってその道を通らないそうだ。女性の生理時も通行は避けたほうが良いと言う。近所の周りを散策すると、同じような蛇神を祀る像が、至る所に祀られていた。
 キリスト教と共産党勢力が強いケーララ州は一見とてもリベラルな雰囲気なのだが、一方では古いヒンドゥー文化を今も保持する、保守的な側面も併せ持っているのだとか。そうしたケーララ文化の古層の香りを私はここに来てはじめて垣間見る事ができた。

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 生活はかなり快適だった。何もしなくてもおいしくてヘルシーな食事が3度きちっと食べられる。わざわざ買い物に行く必要もないし、ジョシーの足の治療中はあまりあるかない方がいいと言われていたので、ほとんど出かけることもなく、ヨガをする以外は日がな一日、本を読んだりすっかりリラックスモードになってしまった。生活の雑用に煩わされなくなったので、師匠も気難しい事を言わなくなったし、何よりずっと気がかりだった足の治療も進んでいる。

 話し好きのプラデープからアーユルヴェーダやインドの精神世界の話を聞くのも楽しかった。とにかく彼は放っておくと休みなく、延々話し続けるのだ。早口すぎて半分くらいしか分からなかったが、それでも彼の話は興味深かった。
「アーユルヴェーダの理論はまず脇に置いて、自分の必要な食べ物が自分で分かるようになりなさい。食べ物の声が聴こえるようになること、それが大切なんだ。その為にまず食生活をシンプルにする必要があるんだよ。
 あなた自身がマスターで、あなたを癒やすのはあなた自身なんだ。そのうち、どうやって自分の身体を癒すのか分かってくるようになるよ。」
「瞑想のプラクティスなんて必要ないんだ。あなたがあなた自身である時、そこに瞑想が起こる。目を開けていようと、閉じていようと。」

 彼の話はジョシーの哲学とかなり呼応するところが多かった。どちらかと言えば、
細かい説明を好まない師匠のやり方を、まるでプラデープが補足してくれるように感じることもあった。
 何よりも嬉しかったのは、彼が事故後に出会ったジョシーの友人であり、何でもこなせた素敵なヨガマスターだった事故前のジョシーではなく、事故でハンディキャップを持ってしまった現在の彼の生き様を認め、リスペクトしていることであった。

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 師匠は自分のヨガ歴のアーカイブをほとんど保管していないのだが、唯一Indiavideo.orgというサイトで7,8年前の彼のヨガの映像を見ることができた。これを彼はとても気に入っていて、見る度にゴキゲンになった。「あの、完璧なアーサナをする男は誰だろう?あれは自分なんだ、と思うとびっりするよ。私は彼が大好きだなあ。」
 なんともストレートな自画自賛だ...
ここに来てすぐに、早速プラデープにもそのビデオを見せたのだが、師匠のしなやかで力強いアーサナにしきりと感心しつつも、数日後、彼はさらりと私に言った。
「ジョシーは肉体的には多くを失ったのかもしれないが、事故を経て彼の精神は成熟している。彼にはもはや完璧なアーサナは必要ない。だから、あなたにとって彼から学ぶのはとても良いことだと思うよ。」
 
 あ~何だかその言葉、救われるなあ。
 前回と合わせてケーララに滞在して既に8ヶ月、そんな事を言ってくれる人に出会ったのは初めてだ。これまで知り合うのはジョシーの古い友人ばかりだったし、親戚や姉弟は現在の彼をなかなか受け入れられずにいる。特にこの所何かと風当たりの強い事が多かったので、天使の一言にさえ思えてくる。
by umiyuri21 | 2014-05-28 23:01 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.17

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「 治療開始!」
 
 夕方、プラデープがマーケットに薬を買いに行くというので、一緒に付いていった。彼らの家の前は運河になっており、運河沿いに少し歩くと大きなマンコンプ川に出る。マーケットは川向うにあり、対岸へ行くためには渡し船を使う。渡し船はこのバック・ウォーター地域では現役バリバリのなくてはならない交通機関だ。
 2艘の船が代わる代わる客を乗せて、ゆるゆる両岸を行き交う。片道2ルピー。50ルピー払えば、個人チャーターもできて川から運河を通って家の前まで付けてくれるらしい。
 
 対岸はアレッピーとチャンガナチェリーをつなぐ幹線道路になっており、バスはいくらでも通る。道沿いに大きくはないが生活の必需品はひと通り揃うマーケットもある。プラデープの従兄弟が経営しているネットショップもあり、ネットチェックやバスの予約、フォトコピーやCDRも作ってくれる。家からここまで徒歩と船で30分位。ノース・ヴェリヤナード村はマーケットのある町まで、一日数本のバスに乗って50分だから、比べるとだいぶ便利で住みやすい。

 c0010791_22192388.jpgアーユルヴェダ専門の薬屋と薬草店に立ち寄り、オイルやハーブを沢山買い込む。ケーララでは小さな町のマーケットにも必ず、こうしたアーユルヴェーダのオイルを売る薬局や、治療に使用するハーブやスパイスを売る店があるのだ。
 
 ちなみに隣のタミル・ナードゥ州に行くとこうしたお店はほとんど見かけなくなるので、インドの中でもケーララは特にアーユルヴェーダの治療が日常に根付いている場所なのだろう。
 彼は目が悪くて困っている私のためにも、目のトラブルに効く点鼻用のナスヤ・オイルとヘッド・マッサージ用のオイルを、これから毎日使うようにと処方してくれた。
 
 さて、明日からどんな治療が始まるのだろう....

翌朝から治療が始まった。第1回目はちょっと遠慮をしてトリートメントルームの中には入らなかったのだが、出てきたジョシーは満面の笑顔で、「すごいよ、かさぶたみたいなのが、綺麗に剥がれた!」とうれしそう。翌日からはプラデープに頼んで、治療の現場を見せてもらうことにした。
 「ヒーリングはすごくデリケートなもので、普通は他人は入れないんだよ。興味本位で見られるとそれだけでエネルギーが下がるから。あなたは彼の弟子だから問題ないけどね。」

 まず、マーシャルアーツ・オイルと呼ばれる外傷に効くオイルで右足全体をマッサージしてから、ダーラと呼ばれる治療を始める。ダーラとは、あのシロー・ダーラのダーラで「流す」という意味。薬草類を煮だしたお湯をポットに入れ、注ぐ時の高さで水圧を調整しながら、患部に付着した余分な皮膚や膿を洗い流してゆく。決して無理に手を加えることなく、水圧の加減とお湯の温度とのコンビネーションで、自然に皮膚が剥がれるのを促す。
 これが本当に魔法のようにぽろぽろっと古い皮膚が剥がれてゆくのだ。

  「彼らは役目を終えたから、自然に剥がれ落ちただけ。(剥がれない部分を指さして)こいつはまだまだ役目があるらしいから、剥がれないね。」
 つい3日前まではボロボロゴワゴワの足だったのに、びっくりするくらい綺麗になっている。
  「私は何もしていない、身体が自然に治ってゆくその手伝いをしているだけなんだ。」
 昨日と今日で、患部に溜まっていた膿も大分洗い流された。ぱかっと穴の開いた傷口が痛々しいが、今までかさぶたに覆われて見えなかった傷の全貌が明らかになって、この穴がふさがってくれれば治るんだなあという、希望が見えてきた。
傷口を洗い流した後、ギーをベースにした殺菌効果のある軟膏を塗り、包帯をする。
その後は痛めた指にもオイル・マッサージをして、お湯で温める。
 これで午前中の治療はおしまい。

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 夕方、今度はスモークの治療をする。鍋にココナッツの殻、その他の薬草をいれて燻し、患部に熱と煙を当てる。この煙に殺菌効果があって、化膿に効くらしい。部屋中煙だらけで目が痛い。なんとも野性味溢れる治療であるが、植物の豊富なケーララならではって感じ。再度軟膏を塗って包帯を巻く。
 この治療を毎日地道に繰り返してゆく。
「触ってみたけど、傷は骨や神経までには達してないから、2,3週間もすれば治るんじゃないかな。」
「アーユルヴェーダの治療は効果が遅いと思われているけど、そんなことないよ。シンプルで効果だって早い。」
と、プラデープ。
「いやあ、これは本当に気持ちいいよ。」 
ジョシー先生もアーユルヴェーダなら自分の考えに反しないのか、今回の治療に関しては文句も言わずに素直に喜び、心地良さそう。そうだろうよ、やっぱり傷、痛かったんだろうなあ。

 人生何が起こるか分からない。弟が泥酔して暴れてくれたおかげで、思わぬ展開で傷の治療が始まったのだ。
by umiyuri21 | 2014-05-25 22:12 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.16

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「災い転じて...」

 という流れで、私達はトミーさんの車に乗って、事前連絡もせずにプラデープ夫妻のゲストハウスに向かった。道中、トミーさんが道が分からないというので、やっとプラデープの家に一本電話を入れる。もちろん、この時点ではしばらく泊めて欲しいとは一言も言わない。会わせたい友達がいるから一緒に連れてくと伝えるのみ。相変わらず、何事も前もって決めるのが嫌いな、ジョシー先生らしいやり方だ。
 幸いプラデープは在宅していて、どうぞいらっしゃいと言ってくれた。

 トミーさんの住むムハンマからプラデープの住むマンコンプまでは、車で1時くらい。途中に大きな川があり、そこで車を泊めて渡し船に乗る。すでに夕方近く、赤く染まった川面がたおやかに揺れている。向こう岸に着いたら、歩いて彼の家まで行くしかないのだが、丸太を通しただけの小さな橋があったり、いかにもケーララらしい美しい風情である。
 大きなバッグを抱えて現れた私達に、プラデープ夫妻がどう思ったかは定かであないが、にこやかに歓迎してくれた。お茶を飲みながら、トミーさんとプラデープはまたしても2時間近く、マラーヤラム語でスピリチュアル談義をしている、ジョシーは時々意見をはさみつつ、静かに聞いている。しかしプラデープは延々とよく喋る人だ。

 白熱討論が終わる頃には、辺りはとっぷりと暮れており、トミーさんは私達二人を残して帰っていった。おかゆの夕食をいただいた後、プラデープ夫妻は特に何も尋ねず、あなた達は当然泊まっていくんだよね、という感じで2階のゲストルームに通してくれた。
 マンコンプとジョシーの家はそれほど離れていないのだが、地形のせいなのか、夜になると急に気温が下がってきた。ベッドの上には厚手の毛布が用意されていて、こんなの要るのかなと思ったが、明け方になると毛布なしでは肌寒い。一晩中蒸し暑く、ファンをかけっぱなしで眠っていたノース・ヴェリヤナードの家とは大違い。当然蚊も少なく、かなり快適に眠る事ができた。

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 翌朝、心配症の私はさすがに事情を話したほうが良いのでは、と師匠にけしかける。朝食をいただいた後、ようやくジョシー先生は弟との一件をかいつまんで話し始め、ゆりこが怖がっているからしばらくここに滞在してヨガをやらせて欲しい、と頼んだ。
 「前にも言ったけど、ここは単なるアーユルヴェーダのトリートメントサロンじゃなくて、一種のアシュラムみたいにしたいと思ってたんだ。だから好きなだけ泊まっていいよ。ここを作る時、私のグルジが、ここには沢山のヨギが来ることになるだろうって言ったんだ。あなたがその第1号だよ。」
 おお〜、なんとありがたいお言葉。しかし、昨夜から私がずっと頭を巡らせているのはここの宿泊代がいくらかかるのかということである...
 「あなた達は単なるお客じゃないから、お金のことは気にしないでいい、あなた達が払える分だけ払ってくれていいよ。」とプラデープは言うものの、払える分だけってうのがクセモノだよなあ。いっそいくらときっぱり言ってくれたほうがありがたいんだが...。

「ところで..」と私はおもむろにジョシーの足を指して尋ねた。「彼の足にはずっと化膿した傷があって、全然直らないんです。それから先日弟にも指をねじられて腫れちゃってるんですが、治療をしてもらうことはできますか?」
 プラデープはジョシーのズボンをめくって傷口を見る。
「....いいでしょう。どこまで深く化膿してるか、ちゃんと触ってみないと分からないけど、こういう傷ならダーラとスモークで良くなると思う。治療は明日から始めよう、木曜日はグルの日だから、何かをスタートするには丁度いい。今日のうちに必要な薬草や薬を買ってくるよ。」
 
 ややや、やった〜!ようやくちゃんとした治療をしてくれる人に出会えた!
by umiyuri21 | 2014-05-24 22:04 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.15

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「シャンティ・バヴァン」

その夜はトミーさんの家に泊めてもらった。ショックがさめやらず、放心状態であ眠りに付いたが、翌日目が覚めると、平和な家庭の平和な朝の風景が目の前に広がっていた。
 トミーさんの奥さんのジーナさんが、好物の米粉のパンケーキを作ってくれた、米粉の生地にココナッツと黒糖の餡をはさんで、バナナの葉に包んでプライパンで焼いた朝食メニューだ。
 無事で静かな朝が迎えられた事を感謝した。
それでも、昨夜のトラウマはまだ去らず、どこかで大きな物音がしたり、ふいに低い男性の声が耳に入ると、びくっとして身が縮まった。
 昨夜弟に拗じられた師匠の指は、大きく腫れ上がって曲がらなくなっていた。昨日は病院に行くと言っていたのに、今朝になると「骨は折れてない、自分の体のことは自分で分かる。病院に行ってX線なんか浴びたくない。」とまたいつものジョシー節。もう、足の傷に引き続き、ボロボロじゃないか、先生。

 ゴールドショップを経営しているトミーさんの家は、「シャンティ・バヴァン」と名付けられ、広々とした庭に囲まれた瀟洒な住まいであった。家族はトミーさんと奥さん、子供は男の子2人と女の子1人、おじいちゃんの6人家族だが、家事を手伝う女性や庭師、店の従業員など、家には沢山の人が出入りして賑やかである。穏やかで地に足の着いた家族の日常がしみじみと心に染みた。
 
 やることもないので、玄関先のテラスに坐って、本を読んだり、人々が立ち動く様子をぼんやりと眺める。今までケーララの普通の家庭に泊めていただく度に感じていたが、ここの女性たちは本当によく働く。どっちかといえば、ゆる目な男性の働きぶりから比べると、明らかに女性の方が過剰労働だ。
 とにかく彼女たちは朝から晩まで台所に立っている。トミーさんの家でも、早朝6時位から奥さんが台所に立ち始める。まず、子供の朝食を用意し、お弁当を作り学校に行かせる支度、慌ただしく彼らを見送って、静かになったら大人の朝食タイム。子供用と大人用、年老いたおじいちゃん用に3種類の食事を用意している。

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 ケーララの朝ごはんはドーサやプットゥ、イドゥリ、プーリ、ウプマあたりが定番。どれも生地作って発酵させたり、こねて揚げたり、蒸したり、一枚ずつ焼いたりと、ひと手間かかるものばかり。これにチャナマサラやサンバル、蒸したバナナなどを添える。
 トミーさんの家は、ジョシーの親しい友人だけあって、食事にはかなり気を使っており、野菜は近郊にある自分の畑で採れた無農薬もの。乳製品も庭で飼っている牛から絞ったもの、小麦は全粒粉、なるべく白砂糖ではなくブラウンシュガーを使っていた。アチャールやチャトニーも全て自家製だ。
 そこまで気を使っている一方で、何故か子供の朝食には普通のシリアルやトーストを食べさせているのが不思議。なんで炎天下で置きっぱなしで大丈夫なパンなんか食べさせるのだ?!とツッコミたくなったが、子供がきっと好きなんだろうな。う〜ん、食の悪いグローバル化ってやつですね、これは。彼らが大人になる頃にはもう、こんな手の込んだ朝ごはんは作らなくなるのかもしれないなあ。

 大人の朝食が一段落し、片付けが終わると、けっこういい時間になっている。トミーさんの家では朝食タイムの途中あたりに、お手伝いさんの女性がやってきて、平行して昼ごはんの準備が始まるのだった。片方がお昼の準備をしながら、一方が部屋の掃除をしたり、ずっと忙しく動き回っている。
 
 ケーララではランチが一日のうちで一番大切な食事。大盛りのごはんと、汁気のあるカレー、ポリヤルやトーレンと呼ばれる汁のない野菜のおかずが2〜3品。これとアチャールやチャトニー、パパルが添えられる。お米を食べる前にチャパティが出てくる時もある。朝食後、仕事に出かけていたトミーさんも戻ってきて、家でお昼を食べる。
 
 食事中にごはんやおかずのおかわりをサーブして回るのも女性の役目だ。南インドの昼食といえば、おかわり自由、食べ放題のミールスが有名であるが、食べ放題なのはレストランだけでなく家庭も同じ。おかずやご飯が少なくなってくると、もっと食べなさいと次々に盛ってくる。そんな訳で私が滞在中一番良く使ったマラーヤラム語は「マディ(もう充分です。)」という単語であった。それを言わないとエンドレスで盛りつけられてしまうのだ。
 ケーララではみんなが一斉にテーブルを囲んで食事をするという習慣はなく、数人ずつが順番にテーブルに呼ばれてごはんを食べる。その間、ずっと女性たちはテーブルのまわりに立って、空いたお皿がないかチェックしてる。最初に食事に呼ばれるのは客人、次に男性陣、最後に女性たち。朝から台所に立ちっぱなしで、料理を作り続けた女性たちが一番最後に食べるってあんまりじゃないかって思うんだけどね。

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 お昼ご飯の片付けが終わったら、ようやく一息付ける時間だ。ランチの後のひとときはインドではお昼寝タイム。子どもたちが学校から帰ってくるまでしばしの休息を取る。
 暑くて気怠い午後が過ぎ、強い日差しが傾きかける頃、再び人々は動き出す。5時すぎにはティータイムがあって、彼女たちはお茶請けにと、今度はバナナフライやココナッツ入りのドーナツを作ったりする。
 涼しくなる夕方は朝と同じくスピリチュアルな時間だ、クリスチャンのトミーさんの家では夕方に家族で集まって短い礼拝の時間があった。おじいちゃんが祈りの言葉を読み、家族がそれに続く。

 昼に比べて夕ごはんはごく軽く、時間も遅めだ。カンニと呼ばれるおかゆと、野菜のおかずがひと品、それにアチャール。もしくはチャパティとダル、ドーサとサンバルなどなど。普通に炊いた白米は夜食べない。食後はさっさとみんな寝てしまう。 
 日本と違って寝る前にシャワーは浴びない。夕食後のシャワーは消化に悪いと言われていて、水浴タイムは朝や夕方である。

 とにかく、基本的に外食はせず、便利な惣菜屋が近所にあるわけでもなく、食事はみんな手作り。朝夕は粉物が多いし、昼はおかずを数種類作るから、調理に時間も手間もかかる。女性たちはホントに一日中台所で何か作ってる。そのせいか、インドの台所は日本よりもずっと広い。完全に独立した空間で、家によっては食材のストックルームと2部屋あったりする。そして、どんなに女性が忙しくしていても、男性はまったく台所仕事にはノータッチ、まさに男子厨房に入るべからず。子供や夫の世話をしながらの、女性たちのこの働きっぷりに、つくづく感心してしまう。
 一応結婚はしているとはいっても、子供も居ないし、こうやってインドくんだりまでやって来て好き勝手に生きてる私などは、ホント申し訳ない気分になるわ...

 さて、何とか修羅場を抜けだして、トミーさんの家に2日ほどお世話になった私達であるが、いつまでもここにお邪魔する訳にもいくまい。そうは言ってもノース・ヴェリヤナード村の家には帰りたくない。弟の顔はしばらく見たくもないし、今度また泥酔されたら何が起こるか分からない。危険過ぎる。
 弟はアブダビ行きのVISA待ちで、半月後には出発するとは言っていたが、実際はいつになるのか分からない。私の滞在はあと一ヶ月半以上残っている、さて何処に行けばいいのか...

 するとジョシー先生は突然言い出した。
「プラデープの家に行く。」
 ええ〜?! だって2日前に知り合ったばかりだよ...でも、一応ゲストハウスだから部屋はあるし、お金を払えば泊めてくれるよね。大きい瞑想ホールもあってあそこでヨガも出来るよな。確かにいいかも... 
「そうですね、じゃあ早速彼の所に電話してみましょう!」
「いいや、電話しなくていいよ、Just Go...! 泊まれなかったら必要ないってことだから。」
 出た、また先生の水のごとし無計画人生。でも、まあ思い当たるのは今のところ彼の家しかない。トミーさんに事情を話し車で送ってもらうこと。で、再び荷物をカバンに詰めて、今度はプラデープの家へ、レッツゴー...!
by umiyuri21 | 2014-05-23 22:49 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.14

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「家出」

プラデープ夫妻のお宅から帰宅した我々を待ち受けていたのは...素っ裸で泥酔し、軒先に寝転がっていびきをかいている弟の姿であった。今日は結婚式があると言って出て行ったから、ちょっと気になってはいたんだけど、まさか....。
 この家の鍵はひとつしかなく、我々が持って行ってしまったから、飲んで帰宅して私達を待っているうちに寝込んでしまったのだろう。しかし、なんで素っ裸なんだろう。自分でかけたのか、誰かがかけたのか、腰にかろうじてタオルが一枚巻きつけてある。

 楽しい午後の余韻が一気に吹き飛んだ。 
 「どうしよう...起こした方がいいよね。」
 「そのままにしておけばいいさ、そのうち起きるから。」
 と、険しい顔で言うジョシー。う~ん、起こしたら起こしたで面倒くさそうなので、ちょっと放っておくか。
 とは言っても気が気ではない。いっそ、このまま朝まで眠り続けてくれたらと願うが、日はまだ傾いてきたばかりだ。不安な気持ちで部屋をうろつく私の傍らで、先生は部屋の掃除を黙々とはじめる。
 
 1時間ほどして、弟は突然目覚めた。ろれつの回らない声でジョシー何やら凄んでいる。どうしよう、やばい...
 「彼は何言ってるの?」
 「別に、お前はなんで部屋の掃除なんかしてるんだって。」
 「お願いだから下手なこと言わないで下さい、喧嘩しないで。」
 「大丈夫、私は黙ってる。」
私も彼とは顔を合わせたくなので、無事を祈りながら自分の部屋に引っ込んでいると。突然罵声が響き渡る。急いで飛び出すと、ジョシーと弟で取っ組み合いの喧嘩になっていた。

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 「くそ、私の手をねじったな。指を痛めた。折れたかも...」
 怒り心頭で師匠も興奮状態となる、大声でジョシーになにやら喚き立てる弟、急いで間に入って止にめにかかる。罵声を聞いた近所の人たちも駆けつけてきて仲裁に入った。こういう時は素早いインド人!弟は完全に理性を失ってべろべろである、怪我をしている足や頭を殴られたりでもしたら大事だ。二人を一緒にしてはならん!
 
 近所の人たちが、庭先に弟を連れ出し引き止めている間に。私はとっさに、家の扉を全部閉めてしまった。とにかく怖ろしい気持ちでいっぱいいっぱいだったのだ。閉めだされた弟はさらに怒り始め、今度は窓ガラスをバンバンと叩きだした。バリンと音を立てて一枚が割れる。その隙間から彼は手を伸ばし「開けろ!開けないとお前をジェイルへ入れるぞ!」と凄む。
 「酔っぱらいは絶対に入れない!外国人ツーリストに出を出したらジェイルへ行くのはお前だ!」と英語で言いたかったけど、とっさに出てこず私も日本語で喚き立てる。しかし、どうしたらいいのだ...?

まず、アレッピーに住む妹に電話をしてみる。「ああ、彼はいつも飲み過ぎるのよ、私は今勤務中だから、夫を迎えに行かせて弟を連れて帰るわ、それまで待ってて。」
次、尼僧の妹に電話「ああ~仕方ないわねえ。近所に住んでる親戚に電話して、助けに行かせるわよ。」と、結構淡々としたもんだ。
 
 そうこうしている間にも、弟は家中の窓ガラスをバンバン叩いて、叫びまわっている。しかも、最低なことに向かいに住む呑んだくれ親父も、今夜はしこたま飲んだらしい。二人の罵声がダブルで聞こえてきた。完全な悪夢だ...
さらに仲裁に来た近所の人たちも、半分酔っ払っていて「ここは彼の家なんだから入れてやればいいじゃないか。」と言う。嫌だ!絶対に入れたくない。
 くそ、だてにアル中率インド最悪の場所じゃないな。もう、酔っぱらい恐怖症になりそうだ。

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 助けに来ると言っていた、親戚も妹の夫もなかなか来ない。恐ろしくてとても今晩ここで夜明かしする気になれない。というか、弟がここに居る限り、今後もうこの家では生活できそうにない。またこんな風に泥酔されたら、何が起こるか分からない。
 途方にくれていると、ジョシーは「トミーの家に電話してみるよ。」と言う。
 年末にも何かと世話になったトミーさんは師匠の最も親しい友人の一人であった。
早速電話をしてみると、すぐに繋がり、事情を話すと今から迎えに来てくれるという。彼の家からここまではどんなに急いでも1時間半くらいはかかる。それまでに、急いでカバンに荷物を詰め込んだ。しばらくはここには戻れないかもしれない。まさか、こんな展開になるとは....

 荷造りが済んだ頃、トミーさんから、近くまで来ていると連絡が入る。少し前から弟の声も聞こえなくなった。親戚の人が連れて帰ったのだろうか。
 向かいの酔っぱらいおやじの怒鳴り声もいつの間にか止み、あたりは、ひっそり静まりかえっている。カバンを抱えて恐る恐るドアを開ける。鍵をかけようとしたら、家の裏からおもむろに弟が出てきて、鍵を奪って中に入ってしまった。どうやら私達が出かけるのを待ち受けていたようだ。
 鍵を取られちゃったから、本当にしばらく帰って来れなくなってしまった。

  森の中を抜け、車道に出るとトミーさんが迎えに来てくれていた。車に乗り込んだら、心底ホッとした。同時に切なくて涙が出てきた。
by umiyuri21 | 2014-05-22 22:02 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.13

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「新しい友人」

 それでも周囲には、以前からジョシーを敬愛し慕っている古くからの友人やヨガの生徒たちが何人かいた。家族からの冷たい風を感じて心細い中で、彼らに会うと私は本当に救われた思いがした。
 そんな折、近所に住むヨガの生徒の一人であるソーマンから、近々自分のヨガスタジオをオープンするから、そのオープニングセレモニーで挨拶とデモンストレーションを欲しいとジョシーに依頼があった。ついでに私もみんなの前でデモンストレーションをしてくれと言う。
 おお、思わぬ場所でヨガデビュー?!

 セレモニーの数日前は、久々にジョシーも気分が乗って、訪ねてきたソーマンと共に色んなアーサナをしたり、スピーチの内容を私の分まで考えてくれたりした。何だかんだ言ってもヨガをやっている間は嫌なことも忘れて、平和な気持ちになれるのだ。
 スタジオはオートで20分くらいのプリンクンヌという小さな町にあった。屋上スペースをトタン屋根で覆っただけの吹き抜けのスペースで、普段はトレーニングジムとして使われているらしい。マッチョな筋肉男子の写真が張ってある。
 
 インド人は何かとセレモニーが好きな人々である。聖音オームの文字を額に飾り、そこにオイルランプを灯すことがオープニングの儀式。それが済んだら、関係者や招待者のスピーチがある。これがどんな式典に行ってもかなり長いんだよね。
 この日は先生のソーマンが挨拶した後、彼と私とジョシー3人でヨガのデモンストレーションとスピーチを行った。その後スタジオの主催者が話し、ぼちぼち終わりかなあと思ったら、最後に近郊の大学でヨガを教えているという教授が現れ、彼のスピーチが延々1時間以上...。いや〜よく喋るわインド人。

 インド人の前ではじめてアーサナを披露した私であったが、特訓の成果が多少あったのか、パスチモッターナーサナとパーダハスタアーサナはとっても美しいとお褒めの言葉をいただきました、良かった!

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 私達はそこで偶然、ある夫婦と出会った。すでに先に会場に来て座っていた彼らは、私達の顔を見ると驚いて駆け寄ってきた。あれ、どこかで見たことのある顔だ。
 そうだ、奥さんの方とはちょうど1年前に、近所のモンコンプという町の寺院で会ったはずだ。その時もソーマンと一緒で、彼がヨガを教えているというプライベート・スクールに立ち寄った帰りであった。不思議な風貌のジョシーに目を留めて、彼女のほうが話しかけてきたのだった。
 あの時、彼女はデリーやグジャラートなどでヨガの先生やアーユルヴェーダのセラピストをしていた、と言っていた。そして今はこの近くでアーユルヴェーダとヨガのセンターを作っているのだと。
 ジョシーは彼女とマラーヤラム語でなにやらヨガの話をしながら、いつもの様に得意のアーサナを見せたのだが、その様子がいたく印象に残ったらしい。
 「去年、あなたたちに会って、是非私の夫を紹介したいと思ったんだけど、もらった電話番号の紙を失くしてしまったのよ、今日会えて本当にうれしいわ!」

 奥さんの名前はラージさん、彼女に紹介された旦那さんの名前はプラデープ氏。顔つきは若々しいが、すでに髪の毛はすっかり白くちょっと年齢不詳な雰囲気だ。そういえば、ジョシーも若い頃から髪が真っ白だったと言うし、こういう体質の人インドには結構多いのかな。彼らは共に長年リシュケシュやデリー、グジャラートなどの高級スパホテルでセラピストやヘッド・マネージャとして働いていたらしい。そのせいか、他のケーララ人とは違い、クルタにジーンズ姿で、ちょっと垢抜けてる感じだ。
 そして去年、ここからほど近いプラデープの実家に戻ってきて、アーユルヴェーダのトリートメントやヨガのレッスンが受けられるゲストハウスを作り始めた。その建物がようやく、つい最近出来上がったという。このセレモニーが終わったら是非見に来てくれ、と言われた。

 もちろん喜んで!という事で、セレモニー終了後彼らの車で家まで向かった。モンコンプはアレッピーからバスで30分位の場所にあり、約800年の歴史を持つ大きな寺院があることで知られている。ノース・ヴェリヤナードは完全な農村地帯だが、こちらは今は廃れてきたとはいえ、かつてのマーケットエリアで、古い邸宅などがいくつも残っている。プラデープ夫妻の家はその寺院のすぐ裏手にあった。
 「アナント・ウェルネス・リトリート」と名付けられたその建物、内装はほとんど自分たちで手がけたという。客室はごくシンプルな作りであったが、ところどころに彼らのこだわりが見て取れた。まず、トリートメントルームには一本の木から彫りだしたというトリートメント用のベッドがあった。
これはかなりレアな代物らしい。「このベッド自体が生きていて、ここに横になるだけでもヒーリング効果があるんだよ。」とのこと。そして2階に大きな瞑想ホールがあった。

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 プラデープ氏はアーユルヴェーダ医師だった叔父さんの元で、小さな頃からアーユルヴェーダを学び、同時に伝統武術のカラリパヤットやヨガ、そして日本の空手にも興味を持ち、様々な修練を積んできたのだそうだ。そして数年前にハリドワールに住むグルジと出会い、今は彼に深く献身している。長年北インドのあちこちで働いてきた夫妻に、地元に戻ってアーユルヴェーダとヨガのセンターを作りなさいと勧めたのは、そのグルジらしい。この瞑想ホールを作ることも彼のアイディアだと言う。
 広々したホールの壁にはプラデープが敬愛するグルジたちの写真がでかでかと張ってあった。最初の師であった、アーユルヴェーダ医の叔父さん、それからOsho、ラーマ・クリシュナ、スワミ・ムクタナンダ、ラマナ・マハリシなどなど...そして最後に最も愛するハリドワールのグルジの写真がドカンと飾られていた。
 しかし写真であってもこれだけパワフルな人物に囲まれていると、彼らのヴァイブレーションが流れ込んで来るのか、この瞑想ホールはクリアで気持ちいいエネルギーに満ちていた。本棚にはプラデープがセレクトしたヨガやスピリチュアル関連の本が並んでいる。
 ホールの西側のバルコニーに出ると、目の前はすぐに運河があった。ジョシーの家の裏手の運河は、随分水が濁っていたが、ここの運河の水はまだまだ澄んでいた。水面を覗くと小さな魚が泳いでいる。人々は未だにこの運河で洗濯をし、食器を洗い、沐浴する。そうしたのどかな風景をバルコニーから眺めることができた。

  家の東側にはガーデンがあり、自分たちの食べる野菜はそこで作っている。もちろん農薬は使わない。プラデープの家は元々は魚は食べていたそうだが、彼もジョシーと同じくスピリチュアルな道を探求する過程でヴェジタリアンに変えたらしい。「ここに泊まるお客さんが、ノンベジなのは構わないけど、ここで出す料理は完全菜食にしたいんだ。」
 そしてガーデンの奥には築400年ほどの古い伝統家屋が残っていた。平屋の木造建築、藁葺きの屋根、真ん中に中庭を囲むロの字型の家だ。伝統的な日本の家に雰囲気が似ている。一昔前のケーララの家はどれもこんな風で、ジョシーが生まれた頃の家も全く同じ雰囲気だったらしい。しかし、木造の為に保存が難しく今はあまり残っていないとか。この家も従兄弟が頑張って修復しながら住んでいるが、藁葺き屋根を瓦に変えたせいで、家全体が沈んで来てしまったらしい。

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 プラデープから家のあちこちを案内してもらって話をしているうちに、 奥さんのラージさんが庭で採れた野菜を手早く料理してくれ、一緒にランチをいただいた。近くで遊んでいた彼らの子どもたちも戻ってくる。12歳のデヴィちゃんと、8歳のシヴァ。二人共小さな頃からカラリパヤットや伝統舞踊を習っていて、体つきががすらりとしなやかなで可愛らしい。なんだか、素敵な家庭だなあ。

 超早口で話し好きなプラデープはかなりのスピリチュアルな探求者であった。まだ若いが(後で聞いたら37歳とのこと。)熱心に色々な修練をしてきた彼はヨガや生活に対する姿勢がジョシーとも共通するところがあり、加えて日本の文化、武道や禅に対して強い興味を持っていた。当然話がはずんだ。
 ヘルシーでおいしいランチを食べながら、思いがけぬ出会いに感謝し、いい時間を過ごせた。いつか機会があったら、ここにアーユルヴェーダのトリートメントでも受けに来たいなあと願いつつ、夕方にお暇する。

 寺院のすぐそばからは、家のすぐ近くまで行くバスが出ており、運良く出発食前に滑りこむ事ができた。彼らに別れを告げ、夕方の涼しい風に吹かれて、気持ち良い余韻に浸って帰宅した私達、しかしなんと!そこで驚くべき光景が目の前に... 
by umiyuri21 | 2014-05-22 00:29 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.12

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「嫌な予感」

 気になる足の傷はというと、依然治りそうで治らない。表面は乾いたかざぶたがごつごつと硬くなってきて、傷口の大きさは縮まっているものの、覆ったかさぶたの下で化膿が3箇所から5箇所くらいに増えているような気がする。
 インドに来て2ヶ月半が経とうとしていた。当初はレッスンが再開できて師匠も張り切ったのか、色んなアーサナを普通にこなし、私も見た目ほどは痛みはないのかなあ、などと気楽に考えていた。が、最近はめっきり難しいアーサナはやらなくなっていた。基本のパドマー・アサナ(蓮華座)も傷口が引っ張られるのをかばって、片足しか膝の上に乗せなくなっていた。(そもそも、あの複雑骨折した足でパドマアーサナをやってるのが奇跡らしいのだが。)

 たまりかねて一度約束をすっぽかされた、自然療法のクリニックに、再度アポイントメントを取り付けて足を運んだ。今度はドクターが居てくれたが、インド人的には、この程度の傷は大した事ないと思っているのだろうか?傷に触りもせず、今度は「カルカグラス」という薬草のペーストを塗るといいと言われるのみ。後は痛みがあるのなら「ソルティ・ホット・ウォーター・パック」、塩を入れたお湯に浸した布を患部に巻き付けて、20分ほど置きなさいということであった。今回も薬の処方はなし。
 それにしても、2時間以上もかけてやって来たというのに、もうちょっと丁寧に診て欲しいなあ。ジョシーはジョシーで辛いとか、痛いとか、一言も言わずに「ここの治療のおかげで、私は本当に元気になりましたよ、見てください。」とアーサナを披露する始末。そうじゃないだろ、今は!

 カルカグラスという薬草は、田んぼの畦道などにいくらでも生えている植物らしいのだが、またしても先生は「農薬を使ってる田んぼのそばに生えてる草なんて絶対に使いたくない。」と言うのであった。この人は本当に治る気があるのあろうか?とりあえず「ソルティ・ホット・ウォーター・パック」だけは毎日行うことにした。確かにこれをやると足全体の腫れは少し収まってきた気はするが、しつこい化膿まで治るのかなあ。

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 ちょうどその頃、カンニャクマリで働いている修道女の妹に呼ばれて、10日ほどカンニャクマリ周辺を旅行する機会があった。旅行は楽しかったが、またちょっとした行き違いで、ジョシーは妹や親戚と口喧嘩になってしまった。
 しかも、その間マッサージや塩パックが出来ずに、何かと無理をして歩きまわってしまったせいで、再び傷口がぐずぐず湿ってきた。妹も心配して、塗り薬を医者から貰ってきて手渡したが、西洋薬には彼は全く見向きもしない。

 私達が留守にしている間、弟がずっと一人でジョシーの実家に住んでいた訳だが、戻ってみると、酒嫌いの兄が居なくいなって解放されたのか、飲酒の度合いがさらに増していた。家に戻ってきた日、庭に入ると、玄関先にグテングテンになってヘタレ込んでいる弟の姿。そのそばに友人が困った顔で彼の様子を気遣っていたが、ジョシーの姿を認めると、バツの悪そうな顔をしてそそくさと立ち去ってしまった。

 ケーララ州の飲酒率はインドの中でもかなり高い。クリスチャンの男性なら大抵飲むし、酒好きなのはヒンドゥー教徒も同じ。田舎に行くと食堂を探すのはとても苦労するのに、椰子酒を売るトディ・ショップはどんな小さな村にもある。週末の夜になると、酒屋の前には男性たちが列をなして溜まっている。そんな訳でアル中率はインド最悪。
 ちなみにケーララ州はインドの中でも最高のほぼ100%の識字率を誇り、平均寿命も最も高く、殺人率は最も低いのだそうだ。反面自殺率は高く、世界ではじめて普通選挙で共産党政権が発足した州でもある。インドの中でも特殊な州なのであるが、なんとなくひっくるめて全部が繋がっている気がする。

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 ともかく、私達の住むこのノース・ヴェリヤナード村にも小さなトディショップがあって、夕方になると村の男たちは大抵酒臭い匂いをさせてゴキゲンそうに歩いている。ゴキゲンで済む飲酒ならまだいいのだ。さすがに度を越したインド人だけに飲み過ぎた時の羽目の外し方が日本人とは違う。
 実はジョシーの家の向かいにも相当な呑んだくれ親父が住んでいて、週に数回は飲んで大暴れするのだ。大声で家族に罵声を浴びせ、家の物をドカンと叩く音がする。奥さんと喧嘩になって時には手を挙げる気配すらある。私は言葉がわからないからまだましだが、相当口汚い事をわめき続けているらしい。
 
 泥酔から目を覚ました弟も、目が据わって凶暴になり。ジョシーと一触即発で喧嘩になりそうな雰囲気だ。幸いこの日は大事に至る前に、弟がグーグー寝入ってくれたので助かった。しかしこれから先の事を考えると急にザワザワと不安になってきた。
 
 何かと妹弟とぶつかって言い争いになってしまうジョシーと、アル中寸前の弟。去年までは色々気遣ってくれた妹とも連絡が途絶え、医者に行っても軽くあしらわれ、どこを見ても味方が見つからない。
 私は無事にここで暮らせるのだろうか?
by umiyuri21 | 2014-05-21 00:38 | ヨガ滞在記


日々の暮らし、旅やアート、ヨガなどについて綴っております。


by 若山ゆりこ

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