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インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.30 

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「笑うヨガ!」

  ジョシー先生がお腹を壊してしまったので、体調が落ち着くまでもう少しここに居たほうが良さそうだ。そんな訳で、さらにティルバンナマライの滞在が延びてしまった。「まあまあ、もう少しゆっくりしていきなさいよ。」とアルナーチャラのシヴァ神が言ってくれたのかもしれないが。
 
 一週間以上の滞在になるのなら、キッチン付きの部屋でも借りればよかったな。アシュラムの向かいには外国人向けのスーパーが2件ほどあって、そこには何とオーガニックの穀物類やスパイスなどがずらっと並んでいた。ケーララであんなに探した、オーガニックのオートミールもあるではないか!
 いやあ、ここで暮らしたら、ノース・ヴェリヤナード村よりもずっと快適な暮らしができそう。聞けば部屋代もそれほど高くはないらしい。シーズン前に来れば一軒家を借りても一月5,000ルピー(1万円弱)くらいだとか。ヨガの出来る広さの家でも借りれば、数ヶ月くらいあっという間に過ぎてしまいそうだ。

 せめて残りの僅かな日でも、キッチン付きの部屋を探してみようかと、ある日いつもとは反対方向に歩いてみることにした。少し行くと、緑に囲まれた地中海風の洒落た建物があった。レストランだろうか、気持ち良さそうな空間なので、ちょっと覗いてみよう。
 そこはキリスト教系の団体がやっている「クオ・ヴァディス」という名のレンタルスペースだった。一階がレストランでメニューを見ると、ドーサやポンガルなど南インドの普通の朝食メニューが載っている。値段も安い。
 注文した料理も割合味付けがあっさりしていて、胃にも負担がかからない。なかなか良い店を見つけた!
 そこで一人のアメリカ人の青年に話しかけられた。聞くと1年ほど伊豆で暮らしていた事があるんだとか。日本歴の長いジョシー先生と話が合って、ちょっとおしゃべりした後、「これからこの屋上で、ラフター・ヨガのクラスがあるんだよ。日本人女性がインストラクターなんだ、一緒にどう?」と誘われた。
 
 ラフター・ヨガ、いわゆる笑うヨガというやつである。笑うことと、ヨガの呼吸法を組み合たインド生まれのエクササイズで、身体の柔軟性も何も必要なし。ただ笑うだけ!しかし、自然と呼吸が深くなり、免疫力をアップさせ、血の巡りを活性化させて、元気になる。笑いの効用を最大限に生かしたヨガなのだ。
 以前ジャイプールのホテルで朝のヨガクラスを受けた時、レッスンの最後にかならず笑う時間があった。それが、ラフターヨガの初体験といえばそうなのだが、本格的なクラスは初めてだ。
 「いいんじゃないの?行こうよ。」
 とジョシー先生。じゃあ、ちょっと笑いに行ってみようか。

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 アルナーチャラ山が遠くに見え、鉢植えの植物が美しく飾られた屋上スペースはちょっとモロッコのリヤドのようで素敵な空間だった。クラスはすでに始まっていて、ウクレレの音と歌声、そして笑い声が響いてきた。
 ジョシー先生、ここでいきなり満面の笑顔にモードチェンジ!!笑って踊りながら、人々の輪の中に入ってゆく。おお、すごいな〜やっぱり。このためらいの欠片のなさが、さすがだよ。
 小柄な日本人の女性と、西洋人の男性のカップルがナビゲートしながら、ひたすら笑いまくるこのクラス、思いがけず楽しかった。目を合わせながら笑ったり、おかしな顔をしながら笑ったり、ジベリッシュを使ったり、ひっくり返りながら笑ったり。
そして最後に横たわって呼吸を整えながらリラックスする。
 まあ、とにかく笑うだけなのだが、笑えば笑うほど元気になって。身体の底に溜まっていた疲れや感情のシコリがほぐれてゆく。笑いってほんとうに凄いヒーリングパワーがあるんだなあ。
 ずっと静かに黙って坐っているだけだったので、久々にしゃきっとテンションが上った。これはなかなか、いいではないか。
 
 インストラクターの日本人女性はメガナンダちゃん、としてパートナーの男性はアメリカ人とパレスチナ人のはハーフで、ハレルヤ・ババと名乗っていた。30代半ばくらいだろうか。二人はバンガロールでのラフターヨガのTTCで出会って意気投合し、クラスを開きながら、一緒に旅を続けているらしい。ラフターヨガの先生らしく、笑顔が素敵な、いい感じのカップルであった。メガナンダちゃんが歌を歌い、ハレルヤババが楽器を奏でる。生演奏を効果的に使って、場を上手く盛り上げてくれる。
 クラスに参加している人々も、ドイツやフランス、日本など様々な国籍であったが、お互い目を合わせて大笑いし続けると、自然に心がほぐれて、妙な一体感と親密感が生まれてくる。
 同年代の参加者もいたが、多くは20~30代くらいで、インドのあちこちを旅しているトラベラー達であった。アシュラムで出会う、ひたむきな雰囲気の探求者とは一風違っていて、もっとダウン・トゥ・アースで、いい意味でリラックスしている感じ。
 まあ、ここで笑ってるからリラックスしてきちゃうのかもしれないけど。

 c0010791_23333577.jpg何気にこのラフターヨガが気に入ってしまって、アシュラムへ行く前にクラスに顔を出すのが日課になってしまった。
 
 私は思いがけず、ジョシー先生の笑顔パワーにやられてしまった。「やる時は100%きちんとやる。」と言うのが常日頃から口癖の師匠であったが、笑う時も躊躇というものが一切ない。本当はお腹の調子が悪くて、二人きりで居る時はちょっと不機嫌気味だったのにもかからわず。スイッチをカチッとONするように、完全な笑いモードになっちゃうんだから、そこは見習わねば。 

 インストラクターのお二人は別としても、大抵の参加者は笑顔の瞳の奥に、照れくささや、はにかみが見え隠れしていた。そのシャイな笑顔もまた素敵なんだけど、そういうものが全くなく、笑いの中に完全に在りきる姿は、清々しく、場の空気をぐいっと動かす力がある。

 レッスンが終わると、ハレルヤババが「これから満月まで毎日、借りている家の屋上でサンセット・パーティーをやってるんだけど、都合が合えば来て下さい。夕日を見ながら音楽をかけて踊るんだけど...」と言う。
 さすがに、そんなパーティーにはジョシー先生行かないだろうと思いきや、珍しく乗り気で行くというので、ある夕方地図を頼りに出かけてみた。
 ラマナ・アシュラムから歩くと20分ほどの場所にある一軒家のペントハウスを彼は借りていた。部屋はごく質素だけれど、広い屋上スペースからアルナーチャラ山がどかんと見渡せた。
 パーティーというから、音楽をかけながら、おしゃべりしたり、飲み食いしたり、そういう普通のパーティーかと思ったら。さすがにゴアあたりとは違って、この町ではパーティーと言っても、そういうパーティーじゃあなかった。
 OSHOが考案したアクティブ・メーディテーションのひとつ、クンダリーニ・メディテーションをシェアする集いであったのだ。アクティブ・メティテーションとは通常のじっと坐って行う瞑想ではなく、踊ったり身体を動かしたりしながら行う、動きのある瞑想のこと。もともと坐る瞑想の習慣がなく、いつも考え過ぎの傾向にある現代人の為に作られたメソッドである。
 
 クンダリーニ・メディテーションとは日没時に行うのが最適とされ、「身体を振動させる」「自由に踊る」「目を閉じて静止する」「横たわって静止する」という4つのパートから成る。
 アルナーチャラが夕日に赤く染まる日没頃から音楽が始まった。レイブパーティーのメディテーション版みたいなものだが、酒も飲まずに素で踊るわけだから健全なのだ。荒野の向こうに広がる岩山に夕日が沈み、日が落ちると満月近い月が東側から上がってくる。野外で踊るシチュエーションとしては最高だ。元来ダンスが好きなジョシー先生もすっかりエンジョイしている。
 ちょっと思いがけない展開になってきたが、この流されてる感じが、旅ならではの楽しさよ。藍色に濃くなる空の闇を見上げて横たわりながら、幸せな気持ちになる。
 結局このアクティブ・メディテーションの集いにも、2日続けて通ってしまった。

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 終了後、みんなと体験をシェアしながらゆるゆる時間を過ごす。帰り際に、別の女性が「今度、私が泊まってるゲストハウスで5リズム瞑想(ダンスを使った動的瞑想法)をシェアするから、よかったら来てね。」と言われた。アシュラムの外で行われるこうしたWSはドネーションで行うのが基本らしいが、こうやってみんな小遣い稼ぎをしている訳か。
 長年ラマナ・アシュラムに通っている年配の旅行者、そして自分よりも年下のトラベラーたち、それぞれにティルバンナマライでのつきあい方や楽しみ方は違っているが、みなラマナ・マハルシを深く敬愛し、アルナーチャラのエネルギーに引きつけられていることは変わりない。

 ハレルヤババも大学時代に初めてティルバナンマライを訪れて、以来すっかり気に入ってしまい、しばらく毎年のように数ヶ月単位で滞在していたそうだ。
「それでも、アルナーチャラ山は来るたびに違う表情を見せてくれるんだよ。」
「僕は以前、ラマナ・マハルシが生きている頃からアシュラムに通っている、年取った帰依者たちにインタビューして回ったことがあるんだ。マハルシが生きていた頃と亡くなった今、アシュラムはどんな風に変わりましたか?って。そしたら驚くべきことにほとんどの人が、昔も今もあまり変わらないって答えたんだ。」

 満月近くの月は煌々と輝き、群青色の空にアルナーチャラの鋭い稜線をくっきりを浮かび上がらせていた。
 満月の夜には、アルナーチャラをぐるりと廻る巡礼のために、沢山の旅行者がティルバナンマライにやってくるという。確かにここ数日アシュラムを出入りする人が増えてきた。
「もう暑くなってきて、旅行者も大分減ってきたので、この満月が過ぎたら、私達も北へ移動しようと思ってるんです。もう、クラスにも人が集まらなくなってきたから。」とメガンナンダちゃんが言う。
 確かにティルバンアマライの気候は日に日に暑くなってきた。ケーララと違って乾燥しているから、日差しが痛いくらいに肌に刺さり、熱風で頭がクラクラするほどだ。
 
 そうかあ、ぼちぼち私達も帰り時なのかな。
by umiyuri21 | 2014-06-21 23:35 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.29

インディアン・ヨガライフ 第1ラウンドはこちらから
第2ラウンドのVol.1はこちらから

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「急がず騒がず...」

 ティルバンナマライの日々はケーララの生活とは大分勝手が違っていた。
 アシュラムに通ってただ坐っていると言っても、一方で毎日誰かしらと出会って、おしゃべりをしているのだから、賑やかで気楽な毎日だ。
 ジョシーの家に住み込んでの合宿生活と比べれば、ここではいつまで待っても来ないバスを待たなくていいし、掃除もいらない、食べ物に群がるアリにも悩まされなくていい、外国人など居ない村に住んで、淡々と日々を送るケーララの暮らしの方が静かといえば、うんと静かだ。
 今から考えれば、怒涛のヨガ合宿の、締めの修学旅行みたいな旅だったのかもしれない。
 
 気がつけば私のインド滞在の時間は、残すところ数週間になっていた。
 最初は1週間ほどで帰るつもりだったのに、何かと去りがたい事が起こって、ティルバンナマライでの滞在はズルズルと伸びていた。
 基本的には幸せで、満ち足りた日々であったが、困ったのは外食が続いているため、二人共お腹の調子が思わしくないこと。
 レストランの食事は悪くはないが、外国人向けのレストランは量がやたらと多くて、つい食べ過ぎてしまう。近くに地元向けの南インド料理店もあったが、タミル・ナードゥのミールスはケーララよりもゴージャスでメリハリが効いた味付けなのだが、その分スパイシーで、続くと胃に負担がかかった。
 特に、意外であったがジョシー先生の方が先にやられてしまった。

 アルナーチャラ山の中腹にはマハルシがティルバンナマライに住み着いて初期の頃に、16年間を過ごしたというビルパクシャ洞窟があった。そこから少し上に登った所には、その後訪問者が増えて建てたというスカンダ・アシュラムの建物が残っており。現在のアシュラムからそこへ至る山道は、一種の巡礼コースになっていた。
 本格的なアルナーチャラ巡礼は、満月の日に時計回りに山の周りをぐるっと一周する、ギリプラダクシャが習わしなのだが、さすがに足の悪いジョシー先生には無理なのであきらめるとしても、せめてこの洞窟までは行ってみたくて、ある日山道を歩き始めた。

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 40分ほどで着く、と言われていたが、急で足場の悪い階段が多くて師匠には少々きつかったらしい。ゆっくり歩いて1時間ちょっとで洞窟までたどり着いた。
 目が慣れるまで、しばらく何も見えないほど暗く、蒸し暑い空間であった。くぐもった暗闇の中に熱心に瞑想する人々が数人坐っている。
 子宮の奥に佇んでいるような濃密な空気であった。
 一方のスカンダ・アシュラムの方はもう少し開かれた場所であった。山の中腹からの眺めも良く、ここまで来るには少々時間がかかるゆえ、人も少なく、しんとして、親密な空気が漂っていた。

 どちらもまたパワフルな場所で、しばらく坐っていたかったが、ジョシー先生がやたらと帰りたがるので、名残惜しい気持ちで山を降りる。
 時はすでに3月半ばで、日差しはかなり強烈であった。町に戻るとのどが渇いてヘトヘトになっている。急いで、近所のツーリスト・カフェに入って、キャロットジュースを一気飲みした。よっぽど喉が乾いていたのか、ジョシー先生はそれを立て続けに2杯もがぶ飲みしていた。普段は冷たい飲み物にはかなり気を使っているのに、大丈夫かなあ、と思っていたら、やっぱりそれが悪かったらしい。

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 夕方サマディー・ホールに坐っていると急に「寒くない?」と言い出して、帰り際道路の端でおもむろにげろ〜っと吐き出した。わわ、先生大丈夫!?
 こういう時でも、師匠は絶対苦しい顔や具合の悪そうな顔はしないのだ。大体、毎朝大量のお湯を飲んで吐き出す、クンジャラ・クリヤーを日課にしているので、吐くこと自体にはなんの抵抗もないのだが...。それでも、困ったとかどうしようとか、表情が全然動かないので、こっちもなかなか彼の体調の変化に気づかず、つい無理をさせてしまう。やっぱり洞窟まで無理に連れて行ったのが悪かったのかなあ。かなり足に負担だったんだろう。ごめんなさい!
 それ以来、ずっとジョシー先生はお腹を壊したままだった。そのうち、私もだんだん、胃の重苦しさが抜けなくなっていて、食欲不振に陥ってしまった。
 ああ、お腹に優しい食べ物が食べたいなあ。プラデープの家で食べてた、おかゆが懐かしい...

ラマナ・アシュラムでは宿泊者には一日3回の食事が供される、そこの食事はあまりスパイシーではなく胃に優しいと聞いていたが、宿泊者でないと食べることが出来なかった。
 以前は宿泊者でなくとも、ドネーションを払えば食事をいただけたが、訪問者が増えたせいか、現在は許可されなくなっていた。
 アシュラムでは、以前レストランで一緒になったAさんと度々顔を合わせるようになっていた。色々と内部の事情に詳しい彼女によれば、人によってはあっさりと、食事の許可をもらったり、飛び込みでも部屋が空いていて、さくっと泊まれる人もまれにいるらしい。
 このアシュラムで働く人々は、ほぼ奉仕活動みたいなもので、訪問者がお金で何でも解決しようとしたり、感謝の気持ちに欠けた態度をとると、扉を固く閉ざしてしまうのだそうだ。大切なのは愛と感謝とマハルシに対する献身で、見ていないようで彼らは日々訪れる人をちゃんと見ているんですよ、とのことだった。

 で、どういう訳か、ジョシーさんとこのアシュラムの人たちは、相性が悪かった。きっと彼がヒッピー風の派手なプリントシャツなんかを着ていたせいかもしれない。ジョシー先生も自由人ゆえ、どちらかといえば組織というものが苦手らしく、腰の低い態度を取れないのだ。
 お腹の調子が悪いので、なんとか食事の許可が欲しいところであったが、入り口ですげなく追い返されたり、どうも具合が悪い。1回だけ、シュンニャさんのアドバイスで、上手く取り計らって、ようやく夕食を食べさせてもらった。

 サマーディー・ホールの奥の建物が食堂になっており、食事の時間が来ると、カランカランと鐘の音が鳴って、訪問者は順に食堂に入り、地べたに並んで坐る。壁には沢山のマハルシの写真や絵が飾られていた。葉っぱで編まれたお皿が、床に並べられ、そこにどんどんと、ご飯が盛られていく。家の食事に近い、あっさりして優しい味のアヴィヤル(野菜のココナッツ煮)、ラッサム、ミントのチャトニーとバナナ。う〜ん、こういう食事なら毎日食べられそうなんだけどなあ。

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  食堂では、Aさんと隣り合わせになった。世間話をしながら、彼女が日本で長く学んでいた瞑想の先生の話になり、興味をもった私はつい、色々と余計な事を尋ねてしまった。私も瞑想の勉強がしたいのですが、東京で良い先生はいないのでしょうか、とか何とか...
話した瞬間に、やばい!また先走ってしまったと後悔して、「すみません、私また先走りグセが出ました。いつも先生にも怒られるんですけど。」とフォローしてみたが、案の定Aさんがちょっと険しい口調で私に言う。
 「何事も、待って様子を見るという事が必要なんですよ。ゲットすることよりも、望む気持そのものを通して神と向き合う事が大切なんです。」
「そのような気持ちで、瞑想を捉えても上手くいきません。現代の社会では、お金や効率で何でも捉えがちだけど、それとは全く違った流れで動いている世界があるんです。そこを切り替えられないと...とにかく最初が肝心なんですよ。きっとあなたは勉強を始めたばかりで、接点にいるのでしょう。最初で間違ってしまうと、そういう先生に出会ってしまって、どんどん変な方向に行ってしまいますからね。」

「私の言うことを分かって聞いてくれたら、うれしいですけど...。今の先生はいいと思いますよ。あなたは何でも頭で先に考えてしまう人のようだから、彼のように言葉の少ない先生と出会ったんじゃないかしら。
 どうか、面倒くさいなあ、なんて思わないで。でも、最初は反発してもいいんですよ。神様は気長に待っていてくれますからね。」
 と、また深いことを言われてしまった。

 は〜...私ったら相変わらず学ばないよな。と少々落ち込んでホテルに戻る。扉を開けると、暗闇の中ゴソゴソと何か動く気配....。ネズミがおもむろに飛び出して、部屋から廊下へと駆け抜けて行った。びっくりして「ぎゃあ!」と叫ぶと、ジョシー先生に冷静さが足りないと、またもやお叱りを受ける。
 そういえば、昨夜、足の指先にちくりとした痛みを感じで、目を覚ますと、親指に小さい切り傷が出来ていたのだ。これは何の虫なのか?と気になっていたのだが、ネズミかあ!
 「ジョシーさん、私昨日の夜ネズミに噛まれたみたい。伝染病とか大丈夫なんでしょうか?」
 そわそわと心配していると、師匠はますます不機嫌になった。
 「心配するな!ネズミに食われて病気になったら、それは神様が望んだことだ。」
だってさ...全く、クソ食らえ!(笑)
by umiyuri21 | 2014-06-17 21:24 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.28

「ただ静かにしていなさい。これが方法だ。これなくして、どこにも平和を見出すことはできない。行うことや考えることが、平和を生み出すことはないのだ。」(プンジャジ)

「聖地で出会う人々」

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  ラマナ・アシュラムの周辺には、何件かのツーリスト用のカフェがあって、食べるところには困らなかった。少し歩けば、おいしそうなパンやケーキが並ぶ外国人旅行者御用達の「ジャーマン・ベーカリー」もあった。大抵は吹き抜けの気持ち良い作りになっており、テラスからはアルナーチャラ山が見えたりする。
 インドの普通のレストランのように、さっさと食べてすぐ出てくれ、というスタイルではなくて、旅行者がのんびり過ごせるような雰囲気なのも良い。Wifiが繋がる場所もあり、すっと情報の孤島状態で暮らしていた私は、便利な町の生活に少々カルチャーショックであった。

 何もしなくても良いのだと、リラックスすると、不思議と勝手に色々な事が起こってくるもので、毎日食事をしにレストランへ出向くと、何かしら出会いがあった。一筋縄ではいかないジョシー先生と一緒なので、出会う人も一風変わっている。
 ある日、そうしたレストランの一つで、一人のミステリアスな日本人女性に出会った。その日少し夜の遅い時間にレストランに入ると、客は私達だけ。ウェイターがやってきて「どこから来たの?」と尋ねる。
 相変わらずジョシー先生は何処へ行っても絶対にインド人には見られない。そういう時は済まして「私は日本人、東京から来た。」などと言うのだった。日本人から見たら絶対日本人には見えないのだが、インド人はそれで納得するのだ。
 しばらくすると、さっきのウェイターがやってきて
 「あそこにあなたたちの友達がいるよ。」と指さして言う。
 見ると後方に、60代くらいの日本人の女性が坐っていた。一言二言言葉をかわして、一緒のテーブルで食事することにした。

 彼女の名前はAさん、もう20年くらいマハルシのアシュラムに通っているのだそうだ。どうしてここにやって来たかという、お互いのことを遠慮がちに少し話した後、
 ジョシーに向かっておもむろに「この人も色々見える人ですよね。」と微笑みながら言う。
 「だから、話してることはどうでもよくって、もっと違う所でコンタクトしている感じがします。」
「この人はこのままでいいですよね。変わる必要はない、もうここにも来ても来なくてもいいのかもしれません。」
 うわ~、なんだかこの人も鋭いなあ。ジョシーがこの間言ってたのと同じセリフじゃないか。
 師匠もその言葉にニコニコ笑って「いや〜さすが先生はすごいねえ。」とわかったような分からないようなセリフを言う。なんだか謎の会話。

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 気がつけば、まともに日本人と会話をしたのは、数カ月ぶりだった。アシュラムの情報を色々聞きつつ、楽しい時間を過ごせた。
 帰り際、ジョシーがさっさとまとめて代金を支払ったのに恐縮して、彼女は「それじゃあ、その代わりに足のヒーリングをさせてください。」と彼の足に手を当てて下さった。お礼を言うと、「私がやっているんじゃありません、バガヴァーン(ハマルシのこと)がやってくれるんです。私は時々こうやって使われているだけです。」
 と静かに微笑む。う~ん、このセリフもどっかで聞いたな。妙なことに、ノース・ヴェリヤナードのジョシーの家を追われてから、逆に彼を理解してくれる人に出会う。彼らはみな、私の心の中の微かな疑いや恐れを見透かしたように、似たような事を言ってくれるのだ。


 また、ある時はやっぱりこの町に長く通っている、70代のオーストラリア人女性と仲良くなった。一人で部屋を借りて3ヶ月滞在しているという。「私はOshoのベイビーなのよ。」と笑いながら言う、ファンキーで強気なおばちゃんであったが、年齢から察するに、ヒッピー・ムーブメントのど真ん中を生きてきた人なんだろう。
 彼女もやたらとジョシー先生と気が合って、手をつないだり、ハグしたりしてやけに楽しそうに交流している。
 「あなたたちの手相を見てあげるわよ」と言って掌を覗きこむ。
ああ、この人もやっぱり何か見えるんですね...そんな人しかいないのか、ここは?
 「あら、まあ!あなたの手相ってとんでもないわねえ!」とジョシーの掌を見て大笑いしだした。
 「すごいドリーマーなのね。あははは!でもって、アーティストでもあるわよね。」とのこと。
 ジョシー先生は何も言わずに、うふふふ、と楽しそうに笑っていた。本当に、こういう時の師匠は私と一緒の時とは違って、全然気難しくない、ちょっと変わったカワイイおじいさんに変身しちゃうんだよなあ。
 彼女は次に私の手相を眺め意味深に微笑んだ。
 「ふうん、なかなか興味深いわね。...今度オーストラリアに遊びに来なさいよ。」と言うだけだ。
 もう、やだなあ...一体何を見ているのだか。

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 さらにある朝、起き抜けにジョシー先生は突然言い出した。
 「ほら、あのチベット人のやってるカフェ、あそこに行きたい。」
 「え~と、どの店だろう。チベット人が働いてる店は2件あるけど?」
 「うん、あの人に会ったでしょ。白い服を着た男の人。」
 「ああ、分かった分かった、最初に行ったリトル・チベットのことだね。」
早速「リトル・チベット」に出かけてみると、なんと初日に出会った、イギリス人男性がそこに居た。サリーを着た日本人女性と一緒であった。
 彼はもう明日には本国に帰る予定だという。お互いに再会を喜んで、一緒に朝ごはんを食べることにした。
 サリー姿の日本人女性はシュンニャさんという名で、もう14年もティルバンナマライに住み、ラマナ・アシュラムで働いている方らしい。彼女の事は既に何度か耳にしていたので、こうしてお話できるのは光栄であった。
 シュンニャさんは、アメリカで長いこと暮らし、陶芸家としてキャリアを積んで成功しつつあったが、ある日パパジ(シュリーH.W.Lプンジャジの愛称。ラマナ・マハルシの弟子の一人で、ハマルシの教えを具体的に掘り下げて説き、多くの帰依者を覚醒に導いた。)と出会って人生が一変した。
 「そこで、これまでの人生は全部終わってしまったんです。」
 「もう、それからここまではパパジの用意したレッドカーペットを歩いてきただけですよ。」
 彼女はそれから、パパジのもとで4年を過ごし、パパジが亡くなった後、このティルバンナマライへやって来たそうだ。
 「この町に来た時から、ここが私の最後の場所だって分かったんです。その後、住むようになるまでは何年かかかりましたが...。ここで働くことが私のサーダナ(精神的な修行)なんですよ。」
 と、きびきびした口調で語る、凛とした芯の強そうな女性であった。リトル・チベットの店員に「ここは場所がいいんだから、もうちょとお店を綺麗にしなさい、そしたらもっとツーリストが来るわよ。勿体無いわよ!」と熱心にアドバイスしていた。
 いやはや、本当に不思議な人生が色々とあるものだ。

 古来からインドでは、この世界は「神々の遊戯(リーラー)」のようなもの、という世界観がある。それは巨大なひとつの舞台劇で、神が様々な役を演じて楽しむために作った場所なのだと。だから私たちの人生もまた神々の遊戯の一部にすぎない。
 旅をしていると、時々その言葉が妙に納得できる瞬間に出会うことがある。まるで、人生という広大な空間の真ん中に立って、粛々と演じられる劇に、ただ立ち会わされているような。そんな密度のやたらと濃い時空に放り出されてしまったような瞬間。
 まさに、今もそんな気分であった。誰かがふいに、私のそばにやって来て、耳元で何かをささやき去ってゆく、まるで神々が私の周りで、踊り、歌うように。
 果たして...これが聖地の磁場というやつなのか。
by umiyuri21 | 2014-06-15 22:21 | ヨガ滞在記

ヨガと共に在る~ホリスティック・ヨガ レクチャー&WSのお知らせ

 ヨガのWSを行います。全5回、第1回目のみお試し受講できます。
レクチャー半分、簡単なエクササイズ半分です。あまりハードな動きはしませんが、話の内容は少し突っ込んでみようと思います。ご興味のあるかたは是非!

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 ヨガとはサンスクリット語で「結ぶ」「繋ぐ」という意味です。それでは何と何を結びつけるのでしょうか?何かが何かと結びつく時、そこには理解とコミュニケーションが生まれます。あなたが心と身体を繋ぐ時、心と身体の間に新しい交流が生まれます。あなたと誰かが繋がる時、あなたと自然が結ばれる時、どんな時にもヨガは起こります。
 ヨガはまず、あなたという小さな宇宙、身体を知ることから始まります。そこから呼吸、心、と広げてゆき、それらをひとつにしてもっと大きななにかと繋がってゆくことを目指す、ホリスティックなメソッドです。
  今回は私が南インド、ケーララ州の村に滞在しながらヨガを学んだ体験談や、ヨガに関するレクチャー、そして心と体と呼吸をつなぐ簡単なプラクティスを交えつつ5回にわたって様々なアプローチでヨガを探っていきます。
単なる健康法にとどまらない、豊かで深いヨガの世界に触れていただければ幸いです。
 

 内容/ヨガとは何か?~ヨガの歴史、その哲学/ヨガの身体観~アーサナ/ヨガ的生活~暮らしに生かすヨガ/広がる身体~プラーナヤーマ/心は何処にあるのか?~瞑想/ハタヨガとタントラ~チャクラ、エネルギーについて etc...

日時:第1回 7月19日(土)14:00~16:00 / 7月26日(土)14:00~16:00 

   第2回 8月2日(土)14:00~16:00

   第3回 8月9日(土)14:00~16:00

   第4回 8月30日(土)14:00~16:00

   第5回 9月6日(土)14:00~16:00


場所:銀座 ナチュラル・ヒーリング
   中央区銀座1-20-11 ソフィアビル2階(有楽町線銀座1丁目駅より徒歩5分)
受講料:全5回 15,000円
    1回目のみ3,500円で単独で受講できます。7月19日、7月26日いづれかをご予約下さい。
定員:8名
ご予約、問い合わせ : FBのメールか、umiyuri★po1.dti2.ne.jp(★を@に変えて下さい。)まで連絡下さい。会場までの詳しい道順をご案内いたします。

・レクチャーの順番や流れは、一部変更する場合があります。
・簡単なアーサナや呼吸法などを行いますので、動きやすい格好でお越しください。
・ヨガマットは必要ありませんが、お尻に敷くためのバスタオルをご持参ください。
by umiyuri21 | 2014-06-13 14:06 | ヨガ

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.27 

「あるがまま、疑いも持たずにそのままであること、それがあなたの自然な状態なのです。」(ラマナ・マハルシ)

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「ラマナ・マジック」

 結局私達は、オートに乗って町の中心まで出向いてランチにミールスを食し、再びラマナ・アシュラムに戻って、宿を探し始めた。すでに夕方になっている。
 ツーリストは多いものの、宿泊施設はまだ発展途上といった趣で、なかなか良い場所が見つからない。オートの運転手に頼んで、適当なルームレントを探してもらうが、 アシュラムからちょっと離れると、辺は急に寂しくなり、野良犬も多くて夜はあまり歩きたくない。だんだんと日が暮れてきて、私はますますイライラしてくる。
 そういう時に限って、ジョシー先生は疲れてきたのか、場所の感覚があやふやになってきて、今日はノース・ヴェリヤナード村に帰ろうか、などど言い出す。先生頼む!ここで時空を飛ばさないでくれ。だから疲れる前に部屋を探したかったんだよ...
 
 ティルバンナマライは町の中心にシヴァ神を祀る大寺院がそびえ立ち、インド人巡礼客の目的はラマナ・アシュラムよりも寺院の方である。周囲には巡礼宿がけっこうあるらしいので、町へ行けば宿は何処か見つかるだろう。仕方ない、今夜はそっちへ泊まるとしようか。諦めて、オートに乗り込み町の中心まで行ってもらうように頼んだ。
 すると途中で、運転手があの道の向こうにも一件ゲストハウスがあるよ、と教えてくれた。連れて行ってもらうと、「ラマナ・ホーム」と書かれたそこそこ清潔そうな宿であった。あれ、ここロンプラで勧められていたので、メモしておいた宿ではないか。こんな所にあったのか。
 
  部屋はないかと尋ねるとあっさり見つかった。一泊600ルピー。
 まあ、取り立てて綺麗な部屋ではないが、汚くもない。トイレと水シャワーも付いている。窓には網戸も張ってあって、蚊に困ることもなさそうだ。
 ようやく荷物を部屋に置いて、一安心。改めて辺りを散策しに出てみると、ラマナ・アシュラムまでもほんの数分の距離であった。結局アシュラムの宿泊施設以外の場所ではベストの場所にとまれた訳だ。ジョシー先生が言った通り、部屋はちゃんと見つかった。

 そして翌日から毎日、ラマナ・アシュラムに通う生活が始まった。日課はごくシンプルであった。3度の食事の為にレストランへ行く以外は、ずっとアシュラムの中で過ごした。
 マハルシの墓石があるサマディー・ホールの裏手にはオールド・ホールと呼ばれる、アシュラムの中でもとりわけ特別な小ホールがあった。そこは、ラマナ・マハルシが訪れる帰依者たちと過ごした場所で、彼が涅槃に入る一年前まで、一日のほとんどの時間を彼はここで坐って過ごしたのである。黒い石が敷き詰められた30畳ほどのホールで、入り口には「Silence Please, Meditation Hall 」と書かれてある。
 彼が生前に座っていた長椅子はそのままに保たれ、その上には、マハルシがその長椅子に足を伸ばしてもたれている絵が置かれている。周りを、帰依者たちが取り囲み、一日中沈黙の中で瞑想を続けている。
 マハルシの身体がない、という以外は生前と同じような空間と時間が今も保たれている場所なのだ。

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 このオールド・ホールもまた、非常に印象的な空間であった。半分観光気分の巡礼者も出入りし、多少くつろいだ雰囲気のサマディー・ホールとは違って、オールドホールの空気はピンと張り詰めていて、真剣勝負の瞑想小屋という趣であった。広くない場所なので、大抵いつも人で一杯で、何日か出入りしていると、だいたい似たようなメンツが長い時間、このオールド・ホールで坐って過ごしていた。

 ここでごく簡単にマハルシが説いた教えのあらましを、ざっくりと説明したい。
 ラマナ・マハルシの教えは、とてもシンプルだ。人は「私は誰か?」という問いかけを自らの内面に続けることで「真の自己」、永遠の存在である「真我」を発見することができる。
 そもそも真我とは、手を伸ばして獲得するものではなく、すべての人間の根源に在るものである。ただ、真我を覆い隠している様々な余計な想念の束、「私は身体である。」「私は感情である。」「私は思考である。」etc...といった間違った思い込みが、真我と人を引き離しているだけだ。
 だから私達は、特別な何かを手に入れようと外側を追い求める必要はない。ただ自分の内面に奥深く分け入って行き、真我を覆い隠している曇を取り除けば良いのだ。

 私達が「心」と呼ぶもの、それがすべての想いが起こってくる源である。さらにその奥を探ると、「心」のなかに現れるすべての想いの中で、一番最初に現れるのが「私」という想いである。
 「私」を出発点にして、心の中であらゆる想いが展開されてゆく。「これは私の~だ。」「私がこれをやった。」「私はあれがが欲しい。」...という具合に。
 では、その「私」とは誰なのか?
 それをどんな時でも問いかけよと、マハルシは説く。そうすれば、「心」はすべての想いが起こる源泉にまで引き戻さる。そこに動かずに留まることで、想念はそれ以上広がることはなく、静かに穏やかになってゆく。
 その内的な探求を繰り返し続けることで、心は少しづつ簡単に源に留まることが出来るようになり、やがてはすべての想いの源である、「私」すら消え去ってゆく。
 その時こそ、あなたの中に既に存在する、真我が輝き出すのだ、と。

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 インドでは解脱を達成した聖者は、死後再び生まれ変わることはなく、輪廻から開放されると信じられている。ラマナ・マハルシも死の直前に「彼らは私が死ぬという。だが、私は何処にも行きはしない。どこに行けるというのか?私はここにいる。」という言葉を残したと言う。
 彼の伝記によれば、マハリシが亡くなった後も、帰依者たちが瞑想のうちに坐れば、生前と同じようにホールで彼の前に坐った時と同じ力、きめ細やかな愛情や導きを感じることが出来たのだそうだ。
 
 生まれ変わりの輪廻を超えた、「ジニャーニ(真我を実現した賢者)」にとって通常の時間感覚はもはやない。過去と未来の違いもない。変化もなく去るということもなく、ただ永遠の「今」だけがある。
「私は何処にも行きはしない、私はここにいる。」
 だから死の直前の彼の言葉通り、たとえ肉体を離れても、真我を実現した彼の魂は、今もこのアシュラム、そしてアルナーチャラ山に臨在していると帰依者たちは確信している。そして「沈黙」を通して、彼からの導きが受け取れることを、今も求めて坐り続けるのである。

 こう書くと、なんだか途方も無い話ではあるが、実際にその場所に坐ってみると、自然にそれが納得できてしまう、並外れた力が空間に満ちているのだった。
 もともと、「聖地」と呼ばれるような場所は、多かれ少なかれそういうエネルギーがあるのだろう。そうでなければ、これだけの人々がただ黙って坐るだけの為に、世界中から集ることはないはずだ。
 
 私も必ず毎日オールド・ホールに立ち寄り、坐り疲れると、少しリラックスできるサマーディー・ホールに移って、神殿の周りを歩いてみたり、身体を崩してぼんやりとその場の空気に浸って過ごした。
 ジョシー先生はといえば、さすがに狭いオールドホールでは、静かに坐っているが、広々したサマディーホールでは大抵黙々とヨガをしている。ともかく、感激と神妙さが入り混じって、この場所の雰囲気にすっかり持って行かれている私とは対照的で、肩の力が抜けている。気が付くとウトウト眠ってるらしいこともあった。
 夕方6時過ぎになるとサマディーホールには人が集まり、マハルシが作ったアルナーチャラへの讃歌を朗唱する時間がある。それが終わると7時過ぎで、日は既に落ちている。夕食を食べたら、もう一日がおしまいだ。

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 一日中ただ坐っているだけなのに、不思議と満ち足りていた。
 特に何かを強制されるのではなく、自由に出入り出来て、ただ坐っていられるこのアシュラムの、良い意味でのそっけなさも心地よかった。
 ここに居ると、まるで自分の家に帰り着いたような、深い安らぎと安心感を感じることができた。
 この場所にいる限り私はもう何処へも行かなくて良いのだ、そういう想いが素直にストンと入ってきた。あれをしよう、これをしようとあくせく動かなくていいのだ。ただここに坐っていればいいのだ。
  
 考えてみれば、自分の人生において、ただ黙って坐っていれば良い、などという場所にわざわざ来たことはなかったかもしれない。何処かへ行く、ということは常に何かをする為であった。何かをするということは、大小なりとも目的があり、できれば目的はつつがなく遂行されて欲しかった。できれば失敗しないで、スムーズに物事が運び、楽しかったり、タメになる何かを得たりもしなければならなかった。
 ケーララでヨガを学んでいる間中も、以前よりは減ってきていたとはいえ、もっと色々な事を学びたい、もっと教えて欲しい、もっと上手になりたいと、早る気持ちを完全に手放すのは、難しいことだった。。
 しかしここでは、ここに居る、という以外必要なことは何もなかった。それだけが、この場所の目的ですらあった。言葉もいらない、何か特別なことを聞いたり話したりする必要もなかった。
 なんという気楽さ、開放感であろうか。頭のなかに詰め込んでいた、余計な荷物をよっこらせ、と床におろせたような。
 
「できればいつまでもここに居たい。」 
 そう、「着いた瞬間にここから離れられなくなってしまう」という強い衝撃こそなかったものの、私も気が付くとそう思い始めていたのだった。
 
 ティルバンナマライのマジックにいつのまにか、引っかかてしまったらしい。
by umiyuri21 | 2014-06-12 23:41 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.26

「「私」という想念が絶対にないところ、それが真我である。それは沈黙と呼ばれる。真我そのものが世界であり、「真我」そのものが「私」であり、真我そのものが神である。すべてはシヴァ、真我である。」 ラマナ・マハルシ

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「沈黙のアシュラム」


 ラマナ・アシュラムには空きがなかったので、私達は外に出て一般のゲストハウスをあたってみることにした。改めて辺りを見回すと、インド人だけでなく、外国人の巡礼者たちが沢山いる。日本人らしき顔の人々もちらほら。こんなに外国人ツーリストの多い場所に来たのは、師匠とのヨガ合宿以来初めてのことだ。
 少し歩くと、チベット人のやっている「リトル・チベット」というカフェを見つけた。おお、こんなツーリスト用のカフェまであるんだ。随分とここは観光地なんだなあ。久々にインド料理以外の食事ありつけそうだ。
 「お腹が空いた、ここで朝ごはんを食べよう。」
とジョシー先生が言うので、入ってみる。

 メニューはインドのツーリスト・カフェおなじみのパンケーキやミューズリー、トーストやクロワッサンなどがずらっと並んいる。ノース・ヴェリヤナード村の周辺では決して食べられないものばかりだ。早る気持ちを抑えつつ、メニューを熟読する。
この町は聖地なので、メニューは基本的にヴェジタリアンだが、ほとんどが乳製品を使用している。なあんだ、クロワッサンもパンケーキも全部NGじゃん。
 「私達はヨーグルトもミルクも、ギーも食べないのです、何か食べられるものはありますか?」とウェイターに訴えると「じゃがいものパラタなら大丈夫。」と言われ、パラタのセットメニューを注文する。結局のところインド料理だった...
チャイも飲めないから、ジンジャーティーに変えてもらって120ルピーなり。うん、やっぱりツーリスト・プライスだな。ケーララでドーサと飲み物頼んだって50ルピーでお釣りくるもんな。

 カフェには、白いコットンのクルタパジャマに身を包んだ西洋人男性の先客がいて、私達のやりとりを聞いていたらしく、ふと目があった。
「ゴタゴタ言ってすまんね、ヴィーガンだと食べられるものがなくて大変なんだ。」
とジョシー先生は彼に言う。
「いやいや、僕も昔はヴィーガンを試したけど、難しくてやめちゃったよ。大変なのはよく分かるよ。」
「国は何処?」
「ロンドンから来たんだ」
 という具合に会話が始まった。その後、度々似たシーンを目にすることになるのだが、ジョシー先生は彼なりに何か気になる人がいると、物怖じのかけらもなく積極的に話しかけ、いつのかにか仲良くなってしまう。
 若い頃は映画のプロデューサーをやってたとかナガランドで校長先生だったとか、カナダでレストランをやっていたとか昔のネタには困らないので、大抵話しかけられた相手は興味をもつ。私なんかは、そうやって昔の話を吹かす程に、そのうち記憶の辻褄が合わなくなったり、時空を超えたぶっ飛び展開になるんじゃないかと、ちょっとドキドキして聞いているのだが。
 しかし、彼らはすっかり話がはずんで、色々と宿泊施設の情報や、ラマナ・アシュラム周辺事情を教えてもらう。
 この町にはやはり、今までの自分の生活をすべて捨てて、スピリチュアルに生きようと移住してきた外国人が多く住み着いているのだとか。
 移住とまではいかなくとも、長期滞在者が多く、ルームレントもけっこうあるらしい。近所の地図を丁寧に描いてくれ、その上いつの間にか食事代まで払ってくれた。
 慌ててお金を払おうとすると「大したお金じゃないよ。インドは物価が安いから、奢るのだって気楽なもんさ。」と静かに去っていった。
 
 このイギリス人男性もそうだったが、ラマナ・アシュラム周辺ですれ違う西洋人旅行者は、印象的な目をしている人が多かった。何というのだろう、本当に穏やかで、静かで、とても東洋的な目なのだ。日本のお坊さんみたいなのだ。アジア人は割合、こういう目をしている人を見かけるけれど、(特に年配者なんかは)こんなに静かな目の西洋人には、あまり出会ったことがない。瞑想を長くしていると、自然とこういう目になってくるのかなあ。
 カフェを出て、さらに少し歩くが、ルームレントはピンと来る部屋がなく、教えてもらった別団体のアシュラムも満室だった。ともかく早く落ち着き先を確保したいと、焦る気持ちを見透かすように、師匠は言った。
 「まずは、先生に挨拶しようじゃないか。それからの方がきっといい部屋が見つかるよ。」と、

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 そして再びラマナ・アシュラムへ。靴を脱いで敷地を進むと、トラヴィダ型建築の建物が目に入る。手前が、マハリシが死の直前に説教をしていた、ニューホール、続いて彼の母の墓石の上に建てられたマトルブーテーシュワラ寺院、その奥に、マハリシの墓石があるサマディー・ホールと繋がっている。
 時刻はちょうどお昼を過ぎたばかりで、午後の開館は2時からのようだ。巡礼者がホールのまわりに坐って待っていた。私達も坐ってそれを待つ。白いドーティーを身にまとった若いインド人の巡礼者と目が会い、ジョシーは何やらアイコンタクトしていた。若者は身振り手振りで私は話ができない、と説明する。どうやら沈黙の行をしているらしい。

 マハルシは生前からあまり多くを語らない聖者であった。いくつかの説法集は残されているが、むしろ彼は言葉よりも言葉を超えた「沈黙」を通じて伝えられる教えを大切にしていた。彼が「沈黙の聖者」と呼ばれる所以である。 

  「深い瞑想は永遠の会話である。沈黙は絶えざる会話であり、「言語」の絶えざる流れである。それはしゃべることにより妨げられる。話し言葉はこの無言の「言語」を妨げるからである。講義は、何時間かの間そこにいつ人々を楽しませるが、その人達を進歩させはしない。沈黙はつかの間のものではなく、永遠のものであり、全人類に利益をもたらす...」(ラマナ・マハルシの教え)
 
 だから、グル亡き後すでに60年以上経っても、ラマナ・アシュラムはいつも凛とした静寂が保たれていた。一日の内に、1時間ほどの朗読会と、午後のヴェーダの詠唱、夕方のチャンティングなどがあるものの、その他の時間は、訪問者はただ静かに時を過ごす。人々はみな言葉少なく、大声で笑ったり騒いだりする人はいない。

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 午後2時になり、係の人がガタガタと扉を開く、まだ誰もいないサマディーホールに足を踏み入れる。広い大理石のホールの奥に柱に囲まれた神殿があり、その中央にマハリシの遺体が埋葬された墓石、その上にシヴァ神の象徴であるリンガムが配置されている。巡礼者たちはまずこの神殿の前に立ち、手を合わせ、ある者はひれ伏し、そして墓石の周りを回る。脇の壁には大きく引き伸ばされたマハルシの写真が並んでいた。

 圧倒的なエネルギーであった。なんと形容していいのか。やっとここに来られたという、うれしさと、その場の強いエネルギーに打たれてしまった。墓石の前でひれ伏し、神殿の周りを回ったあと、ホールの脇にただ黙って座っていると、感極まって涙が溢れて止まらなくなってしまった。
 この感覚は何なのだろう。何だかよく分からないけれど、この場所に在る何かに、ものすごく心を揺さぶられてしまったのだ。体の隅々までじわじわと染み渡ってくるその強い何かに。
 直感的にこれが愛なんだ、と感じた。ただ広がりそこに在る、愛のエネルギーなんだ。急に、勝手に孤立し、意固地になって、怒りや悲しみを心に溜め込んできた、自分の愚かさをしみじみと感じた。「ごめんなさい」と言って私が泣いていた。今まで忘れていてごめんなさい。いつも忘れていてごめんなさい。愛というものをすっかり忘れて生きてしまって。本当にごめんなさい。

 ふと横を見ると、ジョシー先生は静かに黙々とヨガを始めていた。人々が物珍しそうに見ていても、全く気にしない。さすがに私は真似できなかった。その後も足繁くこのホールに通ったが、ここでヨガをやっている人はジョシー先生以外見かけたことはなかった。
 ああ、この人は本当にヨガが好きなんだと、しみじみ思う。この身体でヨガをやる、それがこの人にとっての愛であり、祈りなんだなあ。

 1時間ほどそこにいただろうか、まだ坐っていたかったが、宿を探さねばなるまい。
「ジョシーさんは、今何を感じてましたか?」
すっかり感動して、胸が一杯になっている私は、師匠からも何か神秘的な言葉を期待して尋ねてみた。
「う〜ん、先生と話したよ。ここにはもう来ても来なくてもいいって。」 
「ええ〜...それはどういう意味でしょうか?もう何回も来てるから?」
「分からない、そうかもしれない。」

 再びアシュラムを出て、宿探しに向かおうとする私をジョシー先生は引き止める。
「もうお昼を随分過ぎてる、何か食べたい。何処か良いレストランを探しに行こう!」
 え〜マジですか...それより早く部屋探しましょうよ。
「大丈夫、心配しないで。泊まるところは見つかるから!」 

はいはい...ヨガの旅はまだ始まったばかりですね。
by umiyuri21 | 2014-06-11 21:44 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.25

「聞きなさい、それは生命のない丘としてそびえ立っている。その活動は人間の理解をはるかに超えた神秘だ。私が無知だった少年の頃から、アルナーチャラは私の心のうちに驚くべき荘厳なものとして輝き続けていた。だが、アルナーチャラとティルバンナーマライが同じだと人から知らされたときでさえ、私はその意味をはっきり理解していなかった。それは私を惹きつけ、心を静まらせた。そして近づいたとき、それが不動のままで立ちはだかっているのを私は見たのだ。」
ラマナ・マハルシ / アルナーチャラへの8連の詩

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「シヴァの山」

さて、いよいよティルバンナマライへ出発である。夕方5時頃、アレッピーへ抜ける幹線道路に立って、チェンナイ行きのバスを待つ。ちなみに、バスチケットの購入はネットで行い、予約番号も座席表もすべて携帯のSMSでのやりとりになる。携帯を持っていない人はチケットが買えないので、プラデープの従兄弟が我々の代わりに買ってくれた。
 彼はその為わざわざ、私達と一緒にバスを待ってくれる。待ちながらもコンダクターと電話でマメに連絡を取り、今バスはこの辺を走ってるらしいと伝えてくれる。もう、携帯を持たない我々は完全にインドのデジタル化から爪弾きにされてる感じ。

 20分も待つとバスが現れ、従兄弟に別れを告げてバスに乗り込む。家から歩いてここまで来てすぐバスに乗れるんだから随分便利だなあ。
 座席は140度くらいまではリクライニングが効く、快適な座席であった。乗客もそれほど多くはない。このまま一晩眠れば、早朝にはヴェロールに着いている。
 しばらくすると、インドの長距離バス恒例映画の上映が始まった。ケーララで制作されたマラーヤラム映画で、キリスト教の尼僧と神父が主人公だ。今まで現地で映画は観たことがなかったので、見るともなしに見始めた。
 陰謀に巻き込まれやむなく聖職を辞した尼僧と神父が診療所の医者と看護婦になって働き始める。というちょっとケーララらしいストーリー。二人は自然に恋に落ち、子供を身ごもり、幸せな日々を送る...という所までは良かったが、後半は再び陰謀に巻き込まれ、敵方に妊婦の妻がお腹を銃で撃ちぬかれて虐殺される。という陰惨な展開に、復讐に狂った元神父の医者は、武器を持って敵討。敵をめった殺しにした後、一人残された小さな子供に、神様助けて下さい!と言われて、自分が神父だったことをはたと思い出し号泣...というあまりに重苦しいストーリーであった。
 なんだ、これは...救いようがなさ過ぎる...インド映画らしいカタルシスが全くないではないか!

 ケーララに過ごして数ヶ月、私は少しづつ、ケーララ人は他のインド人に比べて、何気に暗い人々なのでは、と感じ始めていた。カメラを向けても嫌がってむっつりする大人が多いし、マーケットで買い物に行っても、外国人に興味があるというよりは言葉の分からない面倒くさい奴、という扱いをされる、しかし真面目で誠実で、オートのドライバーもあまりぼったくらない。こういう事は、北インドでは決して起こらない。センシティブでちょっと人見知り。感情を内側に溜め込んでいて、何かきっかけがあると急に爆発する。(例えば酒とか...)なんとなくちょっと日本人っぽい。
 そう、ケーララと日本は共通項が多い。識字率が高いこと、そして自殺率も高いこと、湿った水の多い気候、木造の家屋、アルコール好き。
 だいたい、こんな地味で悲惨な映画、ヒンディー語のボリウッドじゃ絶対あり得ないし、わざわざ暗い映画を選んで、バスの中で上映しようなんて、陽気なラージャスタンあたりの人なら考えもしないだろうな。
 観ただけでどっと重い気持ちになってしまった...

c0010791_21482100.jpg 上映が終わると、車内は静まり返り、私もいつの間にか眠っていた。うとうとしながら気がつくと、すでにバスは隣のタミール・ナードゥ州に入り、空はうっすらと明るくなり始めていた。

  ほんの隣の州ではあるが、タミル州とケーララ州は景色も随分違う、西ガーツ山脈が西からの雨を遮るため、風景は乾燥し、ゴツゴツした岩山が遠くに見える。空の色もカラリと澄んでいる。
  早朝6時過ぎにヴェロールの幹線道路上で私達はポイと車から降ろされた。オートに乗ってバスターミナルまで行くが、ケーララと比べて料金が2割位高い。バスターミナルのトイレに入ると、信じられないくらい沢山の蚊が、トイレ中を飛び回っていて、卒倒しそうになった。
ラージさんに「タミル・ナードゥは衛生状態悪いから気をつけてね。」と言われたのを思い出した。あちこちに、野良牛もウロウロしている。(ケーララにはいない)山一つ越えて隣州に来ただけで随分雰囲気が違うんだなあ。

 その違いは、ティルバンナマライ行きのローカルバスに乗り込むと確実になった。中距離バスにも関わらず、デカイテレビ画面が2台も設置され、そこでコテコテのタミル映画を爆音で上映していたからだ。カタギのお嬢様と恋に落ちた、マフィアのボスが繰り広げるアクション映画。とにかく特撮、効果音バキバキで、しょっちゅうヒュンヒュン言わせてオーバーアクションだし、何かっていうと群舞で踊り始めるし。昨日のド暗いマラーヤラム映画と対照的過ぎる。
 バスはガタゴトと田園地帯を走ってゆく、緑の水田が広がり、椰子や棕櫚の木が点在する向こうに、むき出しの岩山が霞んで見える。一つ一つの家もケーララの家屋に比べると小さい。
 やがて、頂上が美しく尖った、シンプルで存在感に満ちた山が視界に飛び込んできた。その裾野に町が広がる。
 おお、あれがアルナーチャラだ!ティルバンナマライだ!

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「ラマナ・マハルシの伝記/アーサー・オズボーン著」という本によると、アルナーチャラはインドの最も古く、最も神聖な聖地の一つだという。ラマナ・マハルシはアルナーチャラが地球のハートであり、世界の霊的中心であるとまで宣言した。シュリー・シャンカラ(インドの哲学者)はアルナーチャラを須弥山(古代インドの及び仏教の世界観で、世界の中心にそびえるという高山)として語り、「スカンダ・プラーナ」という聖典では「聖地の中で最も神聖な地がアルナーチャラである。それは世界のハートである。それをシヴァ神の聖なる神秘のハートセンターだと知りなさい」と述べている。
 ともかく、ただ事ではない山なのだ。
 
 その高さは820メートルほどで山というよりは、丘のようである。左右対称の均整のとれた佇まいは、威厳に満ちただならぬ気配で、荒涼とした大地にすくっとそびえる佇まいは、自然のピラミッドのようでもある。ジョシーは山を見ると静かに手を合わせて、頭を下げたので、私も習ってそうしてみる。ようやく、ここまで辿り着いたのだ。
 バスは2時間半ほどでティルバンナマライのバスターミナルに到着し、私達はそこで降ろされた。

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 旅は極めて順調で、随分スムーズにここまで着いてしまった。まだ時間は午後9時すぎ。まずはラマナ・アシュラムへ行き部屋があるか確認してみよう。
 オートに乗って、やや町外れにあるアシュラムへは60ルピーと言われる。ケーララだと60ルピーも出せばかなり遠くまで行けるのだが、なんだか40ルピーくらいの距離を走っただけでアシュラムまで着いてしまった。やっぱり、オート代高いなあ。
 「シュリ・ラマナアシュラム」と書かれたアーチの前には、サドゥのような行者や物乞いの人々が座り込み、訪れる人にお布施を求める手を伸ばす。インドらしい風景ではあるが、ケーララではあまり見かけない眺めであった。

 門をくぐると、脇に靴を脱ぐ場所があり、ここから先はすべて裸足で行動する。広々とした庭が広がり、大きな木が涼し気な影を落とし、犬たちが気持ちよさそうに寝そべっている。遠くにアルナーチャラが見え、沢山の巡礼者が行き来していた。
 入り口近くの事務所に入り、挨拶をして尋ねてみる。
「先日メールしたんですが、部屋は空いてないでしょうか?」
「部屋の確認書は持ってる?」
「いえ、空いてないと言われたので、直接来てみました。ここに1週間滞在したいんですが、キャンセルなど出てませんか?」
「それは不可能だね!ここはいつも人で一杯なんだ。3週間後まで空きはない。外のゲストハウスを当たりなさい。」
 取り付くシマもなく追い出された。何だかちょっと冷たいな...
仕方ない、町中のゲストハウスを当たってみよう。
by umiyuri21 | 2014-06-09 21:52 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.24

「何であれ、起こらない運命にあることは、いかにあなたが試みても起こらないだろう。何であれ起こる運命にあることは、いかにあなたが避けようとしても起こるだろう。これは確実である。それゆえ、最善の策は沈黙にとどまることでことである。」  ラマナ・マハルシ

「最も本質的なのは、自分自身を知ることだ。そしてあなたの意識全体を、やること(Doing)から在ること(Being)へシフトしない限り、あなたは自分自身を知る事などできるものじゃない。」Osho

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 「旅支度」

 それまでは、どこか旅をしてみたいと言っても、「準備ができたら」とか「いいチケット見つかったら」とかのらりくらりとかわしていたジョシー先生であったが、今回は違っていた。翌朝にはマーケットに出向き、プラデープの従兄弟が経営しているネットショップで「ティルバンナマライ行きの列車を予約したい。」と申し出る。
 ここからティルバンナマライまでは、チェンナイかもしくはその手前のヴェロールという町まで寝台列車か夜行バスで行き、ローカルバスに乗り換えて約3時間ほどの距離だ。広大なインドの移動距離を考えると、それほど遠い所ではない。
 
 ジョシー先生の足の状態を考えて、身動きの取れる寝台列車で行きたいところであったが、かなり前からの予約でないと席が確保できないと言われる。
 「チェンナイ行きの夜行バスなら毎日走ってるよ、途中ヴェロールで降ろしてもらえばいい。ボルボのリクライニングバスだから、乗り心地もいいよ。」
 夜行バスの値段は1400ルピーほど、2千円以上するからインドでもそれなりのお値段。ならばそれほど悪い車ではないだろう。しかもバスはこの店のすぐ向かいに止まってくれるらしい。
 それじゃあ決まり!それで出発だ。いきなり明日じゃ急すぎるから、明後日の夕方出ることにしよう。
 
 ラマナ・マハリシのアシュラムは事前に予約を取ればドネーションで宿泊が出来るのだが、あいにく急過ぎて部屋は空いていなかった。
 「まあいいさ、直接行けば泊まれるかもしれない。」
 「今回の旅はヨガの旅だから。その間、アーサナは出来ないけれど、この旅自体がヨガだと思いなさい。」とジョシー先生は言う。
 ヨガの旅って何だろう?と思ったがその時は聞きそびれてしまった。

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 その日は従兄弟の店を出て、久しぶりにアレッピーまで出向いてレストランで食事をした。外食したのは3週間ぶりくらいだろうか。毎日ヘルシーでお腹に優しい菜食料理を食べていたので、たまにはちょっとジャンクな、インディアン・チャイニーズを食べてみよう。
 南インドの中級程度のレストランには大抵、普通のインド料理とともに、フライドヌードルや野菜炒めなどのチャイニーズがメニューに並んでいる。その中でも、ゴビ・マンチュリアン(カリフラワーの満州炒め)が私のお気に入りであった。フライにしたカリフラワーを、甘辛のスパイシーな中華ソースに絡めた代物。他の中華、例えばフライドヌードルなどは店によっては、サイテーなシロモノが出てきたりするのだが、このゴビ・マンチュリアンだけは、あまり外れがなかった。
 これをフライドライスにかけて食すのが、私にとってケーララ滞在中、唯一許せる味のインド料理以外の食事であった。
 食事中、ふとさっきの師匠のお言葉が気になり始めた。
 
 「ジョシーさん、さっきヨガの旅って言ってましたけど、それはどういう旅ですか?」
 と、尋ねる私。すると、ジョシー先生はそれには答えず、全く違ったことを延々と話し始めるので、
 「いや、そうじゃなくて、さっきの質問の答えが知りたいんですけど。」
とつい口を挟む。
 「人の話を最後まできちんと聞くこと!それもヨガだ!」
と叱られた...
 「 ここに居る時は、今いる場所の事だけ集中しなさい。今はレストランで食事をしているんだから、この料理と、この料理を作ってくれた人に気持ちを合わせること。」


 すいません...ジョシー先生にはよく、食事をしている時は、食べることに集中しろって言われてましたね。心ここにあらずで、次のこと、先のことばかり考えて、あたふたするのはヨガじゃないですね、確かに。少々反省したので、ノートに旅のテーマを書き付けておく。
 ・物事を自分でコントロールしようとして、余計なテンションを作らない。
 ・今いる所、やっている事に集中する。
 ・リラックスして手放す。先回りしたり、心配しすぎたりしない。
 ・何をするかではなく、どう在るかを意識する。
ま、こう書くと簡単そうなんだけど、こればっかりはなかなか学べずに、何度も何度も忘れては、戻ってきてしまうんですよ。

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 夕方宿に戻り、早速ラージさんに出発することを告げ、荷物を整理する。重たいスーツケースはこのまま置かせてもらって、小さなボストンバッグ1個で出かけることにした。1週間ほどで戻るつもりだったので、3日分くらいの服と、最低限の洗面道具をバッグに放り込む。
 夜になると、久々の外出で疲れたのか、師匠の様子が若干変だ。帽子をかぶったまま部屋の中をウロウロしたり、そのまま瞑想ホールに入って、シャバ・アーサナをすると言いつつ、大の字で寝てしまった...。
 そういえば、師匠と二人きりで、誰も知り合いの居ない場所まで旅するのは、今回が初めてだ。体調管理が少々心配ではある。足の傷は7,8割治癒してきたが、まだ完全に傷口がふさがっている訳ではない。しかし、まあ。心配しても仕方ない。リラックスして手放す。そうノートに書いたばっかりだ。

 この場所にやって来て、プラデープと出会ってから、私の師に対する視点は少しづつ変わってきた。多分彼に「昔の彼はもう死んだのだ。」と言われた事が大きかったのだろう。自分の思い込みや過去に拘ることなく、今、ここにある、あるがままを見ること。大切なのは、その人が何をしているかではない、どう在るかだ。
 
 そう視点を動かした時に、ジョシーが何が出来るかということは、だんだんと意味を失い、彼の在り方にこそ、私は学ぶことが沢山あるのだ、と気がつきはじめた。
それがどんなにスローペースであっても、多少奇妙であっても、彼はいつもその時自分がしていることに、どっしりと腰を下ろし、集中していた。何かをしながら他のことを考えたり、次のことを考えて、あたふたしたり、心配したりすることは決してない。不自由な身体でも、やれることを静かに淡々とやりながら生きている。あまりにマイペースな在り方に、不思議感満載ではあるものの、その事こそ私が学ぶべき、一番大切な事かもしれなかった。
 
 そんな不思議の国のジョシー先生と一緒に、南インドの聖地を旅すると一体何が起こるのか?
 少しの不安がないではなかったが、楽しみのほうがずっとずっと大きいではないか!
by umiyuri21 | 2014-06-05 22:39 | ヨガ滞在記

モロッコトークショーのお知らせ

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ここんとこ、インドネタばっかりですけど。
久しぶりにユーラシア旅行社さんの主催するイベントでモロッコのお話をいたします。ご興味のあるかたは是非!無料です。

「モロッコの集い~若山ゆりこトークショー」
日時 6月21日(土)14:30~16:00
会場 シダックス・カルチャーホール(JR渋谷駅徒歩6分)
予約は03-3265-1691 Fax 03-3239-8638
http://www.eurasia.co.jp/lecture
by umiyuri21 | 2014-06-05 19:17 | 仕事

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.23

インディアン・ヨガライフ 第1ラウンドはこちらから
第2ラウンドのVol.1はこちらから

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「ティルバンナマライ」 

 
 ある朝、朝食を食べに食堂へ降りると、ラージさんに思わぬことを告げられた。
「プラデープが居ない間に、ちょっとコーチンの実家に戻ってきたいんです。いつも彼と一緒だと食べ物の事とか何かと気を使うのよ。だから私と子どもたちだけで戻ってのんびりしようと思って。」
 あらまあ、突然のお言葉!もちろん、彼女は働き過ぎだから、少しゆっくりしたほうがいいんですけど。
 「彼に連絡したら帰っても問題ないって、子供の試験が来週始めにあるから、その日の夕方から戻りたいの、その間この家は誰も居なくなるから、悪いけど留守の間は他の場所に行ってくれませんか?私達が戻ってきたら、もちろんまた泊まって下さい。1週間ほどで戻ると思います。」
 それにしてもいきなりの展開。まあ、私達もここに突然押しかけた訳だから、
行き当たりばったりなのは、別にジョシー先生だけじゃないんだな。

 数日後からの宿がまたなくなってしまった。弟は相変わらずノース・ヴェリヤナードの家に居るし、まだあそこには帰る気になれなかった。
 さて、次は何処へ行くか? 

 私は以前から機会があれば是非、訪れたいと思っていた場所があった。何度も名前が出てくるが、南インドの大聖者ラマナ・マハルシのアシュラムのある、聖地ティルバンナマライである。
 今回インドに来る前に一通りのインフォメーションは調べてきていたし、事あるごとにジョシー先生にも「時間ができたら、ティルバンナマライに行きたい。」とさり気なく告げていた。ジョシーは「その時が来たら、行くよ。」と答えていたが、一向に旅の計画は立たなかった。
 
 ラマナ・マハルシは近現代の南インドが生んだ、偉大な聖者であり、ヒンドゥー教の神秘思想家である。1879年にタミル・ナードゥ州のマドゥライ近くの村で、中流バラモンの家庭に生まれる。特別な修行をすることなく、17歳の時に突然起こった死の体験を経て「肉体は死ぬが魂は不滅である」ということを悟ったと言われる。
 この体験の後、世俗の生活に全く関心が持てなくなった彼は、全てを捨てて、「シヴァそれ自身」と言われる聖山アルナーチャラの麓、シヴァ大寺院の建つ、巡礼地ティルバナンマライへ旅立った。
 以後彼はアルナーチャラの丘の麓に住み着き、何度か居を移したものの、死ぬまでそこを離れることはなかった。弟子たちに教えを説き続け、やがて評判は海外にまで及ぶほどになる。1950年に没したが、その霊廟のあるアシュラムは今も世界中から、巡礼者を集めている。

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 私がアルナーチャラ山の名前を耳にしたのは、12、3年前、確かラジニ・カーントの映画のタイトルが初めてだったはずだ、それと同じ頃、当時通っていたヨガ教室の先生がラマナ・マハルシのアシュラムを訪ね、その話が強く印象に残っていた。
 ヨガの先生はそこで、一人の日本人女性と出会ったのだが、彼女はアシュラムを訪れた瞬間に、強烈な何かに打たれ、そこから離れられなくなったしまったらしいのだ。以後ティルバンナマライに住み着いて、毎朝アルナーチャラの麓を裸足で巡礼するのが習わしになったという。
 聞けばその町には、同じようにそこから離れられなくなってしまった外国人帰依者が少なからず住み着いているらしい、と先生は教えてくれた。
 
 着いた瞬間に離れられなくなってしまうとは、一体どんな魔力がある場所なのだろう。そのエピソードは神秘的なインドのイメージとともに深く私の心に刻まれてしまったのだ。
 しかし当時はまだヨガにもそれほど傾倒している訳ではなく、精神世界の聖地を訪れるのは自分には縁遠い感じがして、ティルバンナマライへ足を向けようとは考えた事はなかった。「ラマナ・マハルシの教え」という本も買ってみたが、難解で全くピンとこなかった。

 再び私が彼の本を開くことになるのは、ジョシーと出会ってヨガを学び始めてからである。師匠のすすめで再び紐解いた「ラマナ・マハルシの教え」は以前とは全く違った輝きを放っていた。その言葉が琴線に触れるようになるまで、10年以上の時間が必要だったのだ。
 彼の本を繰り返し読むにつれ、心の中にしまい込まれていた「着いた瞬間に離れられなくなる場所」のエピソードが急にムクムクと頭をもたげてきた。その場所に是非とも行ってみたい、今なら離れられなくなる理由の片鱗が、ほんの少しでも分かるかもしれない、と。

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 プラデープ家の瞑想ルームには敬愛するインドの賢人たちの写真が飾られていたが、その中でもとりわけ強いエネルギーを発光しているのは、ラマナ・マハルシの写真であった。どの聖者も並々ならない、強いオーラを持っていたが、マハルシの表情の静けさ美しさは群を抜いていた。世界的にも有名な写真で、見るだけで涙が出てくるような神々しさなのである。
 いつのまにか、毎日瞑想ルームに入る度に、壁に飾られた賢人たちに手を合わせるようになっていた私であったが、気が付くといつも、ラマナ・マハルシの写真の前で一番長い時間を過ごしていた。
 しばらく、この家を出ないといけないとしたら、いよいよティルバナンマライへ行く時なのじゃないか?

「彼は、私の一番最初の先生なんだよ。」
 ある日、写真を見ながらジョシーは私に言った。彼が初めてラマナ・マハルシのアシュラムを訪れたのは1974年だったという。その頃チェンナイに住んでいた彼は、機会があればアシュラムを尋ねていたそうだ。
「ということは、彼は私の先生の先生ということですね。」
「そうだね。」
「それなら、私は先生の先生に会ってみたいです。ここを出た後は、ティルバンナマライへ行くのはどうでしょう。」このチャンスを逃さず、私は改めて強く言ってみた。
「...じゃあ、行くか!」

 そう言ってからのジョシー先生の行動は素早かった。
by umiyuri21 | 2014-06-04 21:36 | ヨガ滞在記


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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