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インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~最終回 

 長々続けてきたインディアン・ヨガライフ~第2ラウンド 今回で一応おしまいです。読んで下さったみなさまどうもありがとう。物語はまだまだ現在進行形ですが、それはまた、いつかの機会に。
 
インディアン・ヨガライフ 第1ラウンドはこちらから
第2ラウンドのVol.1はこちらから


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「最後のアーサナ」

 翌日からまたしてもバタバタし始めた。プラデープは早速、ジョシーの弟に電話をししばらくこちらでトリートメントを受けさせたいと申し出た。以前から、ジョシーの今後を考え、何らかの治療を受けてもらいたいと望んでいた姉弟たちは、早速話し合って、とりあえず21日間のアーユルヴェーダのトリートメントを受けさせることになった。

 プラデープによると、寝る場所をあっちこっち変えるのはヴァータのバランスにとって良くないし記憶の混乱につながるので、このまま家に帰らず荷物だけ取りに帰ってプラデープ家に滞在して、私が帰国した後トリートメントをスタートさせる流れになった。
 というわけで、再度ノース・ヴェリヤナードの家に戻ってスーツケースに荷物を詰め、モンコンプに運び込む。やれやれ、今回は何度この作業をしたことか...。結局最後の一ヶ月半はほとんどボストン・バッグ1個の荷物で生活していたような気がする。じゃあ、重いスーツケースのこの中身は何だったのだろう...?
 
 ケーララのバック・ウォーター周辺の村々は周囲を運河に囲まれ、家までの路地は細くて車では入れず、途中に丸木橋などもあったりして、スーツケースの移動には全く向かない。重すぎるスーツケースを一人で持ち上げて運ぶことも出来ず、いつも男性の手を借りることになる。それを持たされた人は「重いなあ、これ一体何が入ってるんだ?石でも入ってるのか?」とこぼす。
 そうですね...次回は極力余計な荷物は持って来ません。自分で運べる量だけを持ってきます。そうじゃないと、移動が思うようにできなくて、不自由極まりない。

 ジョシーの家で荷物の整理をしていると、彼がぽそっと私に私に言った。
「今夜はどこに泊まるんだい?」
「今日から、プラデープの所に泊まるんですよ。彼の所でトリートメントを受けることになったんです。足の傷もちゃんと治して下さいね。」
「じゃあ、しばらくは何処に泊まるか考えなくていい訳だ。ありがとう。」
珍しく気弱な発言にズシッと心が傷んだ。やっぱり、いくらヨギだって若くもないし、不自由な身体で日々寝る場所も定まらずあっちこっちと泊まり歩くのは、結構負担になってたんだなあ。もしかして私に付きあわせて、随分先生を疲れさせてしまったのかもしれない。
 トリートメントといっても3週間だし、プラデープはその後もしばらく家に滞在していいとは言っていたが、今後の師匠の生活がどうなっていくか、全く読めない。ともかく足の傷ぐらいは完全に直して少しでも元気になって欲しい。
 近くに住んでいて、伝統医療の知識のあるプラデープがジョシーのことを気にかけてくれる、というのは本当にありがたいことであった。私も肩の荷を少しは降ろして、東京に戻ることが出来る。

 プラデープも先日私に言っていたが、彼がヒマラヤのスパで働いていた頃、沢山のヨギに出会ったが、家族との縁を自ら断って修行する人々の晩年は孤独で、大抵似たような問題を抱えているんだよと言っていた。
 はじめから社会的な安定など目指していないのだから、それは請け負わねばならない運命なのかもしれない。修行者が目指すのは家族に囲まれて、のんびり安らかに過ごす老後じゃない、どんな環境にあってもブレない自分の内側の絶対的な至福なのだから。
 例えそうであっても、なんとも複雑な気持ちになってしまう。

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 ケーララ最後の数日間をプラデープの家で過ごした。ご飯を作る心配もないので、昼はテラスで寝転んで呆けて、アシシュが爆音で流す音楽に合わせて踊ったりした。朝と夕方にはヨガをやった。
 ちょうど隣の寺院では年に一度の大きなお祭りが始まりつつあった。何でもこの付近では有名なお祭りとかで、2週間位の間、カタカリダンスや伝統芸能や音楽などが絶えず上演されるらしい。
「来年は絶対お祭りの時期を逃さずに来なさい。素晴らしい物が沢山見られるから。」とプラデープに言われた。確かに4月に入ると一層気候は暑くなったが、なんとなく周囲の空気も華やぎ、マーケットには美味しそうなマンゴーがゴロゴロと並び、フルーツの種類も豊富になった。季節が変わったのだ。
 かろうじて最後の夜に、お祭りのスタートを切る儀式として「カバディ」と呼ばれるダンスを見ることが出来た。
 三角の糸杉のような形の1.5メートルくらいの細長い帽子をかぶった若者たちが、ドラムに合わせて踊りながら行進する、というダンス自体は素朴なものだが。聞く所によると、ダンサーたちはこの日の為に40日間禁欲生活をし、寝ずに寺院から寺院へ踊りながら移動するらしい。
 翌朝再び、この寺院へ戻って来るのだがその頃にはトランス状態に入っていて、激しく踊りながら、自分の頬を串刺しにしたりするんだとか。う~ん、それはちょっと見て見たかったが、楽しみは今度のために取っておくとしよう。

 とうとう出発の朝がやって来た。早起きして、家の前の運河に入り軽く洗濯をした。最初は汚いのでは、とちょっと遠慮していた川での洗濯もいつの間にか気持ちが良くてすっかりお気に入りになっていた。
 早朝の水面は静かで穏やかで澄んでいた。ケーララの爽やかで美しい朝も、しばしのお別れだ。
 最後に荷物をまとめ終わると、ジョシーがちょっとヨガをやる、と言い出した。グルジたちの写真が並ぶ瞑想ホールに坐って、最後にいくつかアーサナを行った。
 両膝を曲げて坐って踵を合わせ、背中を真っ直ぐに伸ばしてそのまま前屈する。バッダ・コーナアサナというポーズ、シンプルだが背中を真っ直ぐにしたまま前屈させそのままキープさせるのは、なかなか苦しい。
 師匠は上半身を前屈させ、床に顎を付けたまま静止する。そのまましんと動かない。あまりにも動かないので、どうしちゃったの?とこっちがそわそわしてくる。朝の川べりの空気と完全にシンクロし、波の立たない川面の澄んだエネルギーがこの部屋の中にまで流れ込み、満ち溢れてくるようだった。
 それに比べたら、私のエネルギーは全く落ち着きがなく、かさこそとすぐ動き出して、息が乱れ、早く起き上がりたくてウズウズしている。
 ようやく師匠が半身を起こし、じっと動かないまま私を見つめる。その時はたと合点した。「そっか、これが彼の言うアーサナなんだ。」
 
 こんなシンプルなポーズであっても、美しいアーサナであることは簡単ではないのだ。そこに在り、満ちているエネルギーの美しさに感動し、気が付くと涙が出ていた。
 「今のアーサナを見て、これがアーサナなんだって、今分かりました。最後に大切な事を教えてくれてありがとうございます。」
 「私も、最後に綺麗なアーサナを見せることが出来て、うれしいよ。」
 しばらく、無言でそこに佇んでいると階下からプラデープの声がした。
 「朝食ができてるよ、急がないと迎えのボートが来る。」

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 食堂へ向かう途中ジョシーが不思議な事を私に告げた。
「人生で何かが起こったとしても、それを問題だとは思わないで下さい。それは問題ではありません、それも人生の別な面にすぎないのです。」
 
 最後にラージさんの作ってくれたチャパティとダルの朝ごはんをいただき、家族に挨拶をして慌ただしく出立時間が近づいてくる。タクシーの待つ対岸まで荷物を運ぶためのボートがやって来た。ジョシーは空港まで見送りに来てくれる事になっていたので、一緒にボートに乗って、プラデープ一家に別れを告げる。
 ボートに乗り込むと水面を滑るようにプラデープの家を離れていく。さようなケーララ、そしてここで知り合った多くの友よ、本当にありがとう。また近いうちに必ず来ます。

 
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  川向うに待っていたタクシーに乗ってしまうと、後はもう、そのままインドの出口へ向かうだけ。運転手は現役の警官で、アルバイトでタクシードライバーをやっているらしい(そういうのいいのか?)典型的なツーリスト慣れしたドライバーで、興味本位であれこれ聞いてくるので、ジョシーが猛烈に不機嫌になり、喧嘩するのではないかとハラハラした。道中、渋滞もなく2時間もかからずにコーチン・エアポートに着いてしまった。
 
 空港の駐車場に停めると余計な料金がかかると言われて、空港での停車時間は5分のみ!と言われる。出発入り口にさっと車を止め、てきぱきとと荷物を下ろす。ドライバーにお金を渡すともう長居は無用。「さあ、もう行かなくちゃ」と彼はすぐに立ち去るべく扉をしめろと言う。急いでジョシーにまたヨガを習いに来ますと約束して、ハグをし、手を振って別れる。車は慌ただしく立ち去っていく、ドライバーもこれから自分の本職仕事が待ってるんだろう。
  
 しばし放心。

 冷房の効いた涼しい空港にチェックインし、さっさと搭乗ゲートまで行く。ふとミルク入りのコーヒーを飲んでみたくなって、注文する。今回はよくやった、やることはちゃんとやった。だからミルクコーヒーくらい飲ませてもらおう。プラデープも牛乳は時々飲めって言ってたし、4ヶ月ぶりのミルク飲料。空港だからあんまり美味しくなかったけど。

 とりあえず旅は終わったんだな、さあ、東京へ帰るとするか。
by umiyuri21 | 2014-07-27 20:56 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.34

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「寺院での会話」

 どんどん過ぎゆくケーララの日々。もうおみやげも買ったし、あとは帰るだけ。そんな時期に及んで、ジョシー先生の足の傷がまた復活してきてしまった。もう傷口はほとんどふさがって、乾くのを待つばかりだったのに...
何とまあ、しつこい傷だこと。ティルバンナマライでヒーリングしてくれたAさんにも「そろそろ治る頃だと思います。」って言われてたのに。
 結局私が帰るまで、この傷は治らなかった訳だ...。もう一度、プラデープの所で診てもらわねばなるまい。

 もうすぐムンバイへ帰るというアシシュへの挨拶もかねて、モンコンプへ向かう。ソーハナさん一家はクマラコムへ向かい、アシシュのお父さんは一足先にムンバイへ戻っていた。アシシュは一人残って、朝にヨガを学び、一日2回のアーユルヴェーダのトリートメントを受けていた。
 プラデープが言うには、ここに来るまで、彼はなんといわゆる「ウンコ座り」が出来なかったそうだ。インドに行けば道端にしゃがみ込んでじ~っとしているインド人をよく見かけるし、インドの伝統的なトイレは日本の和式トイレと同じしゃがみ式である。けれどずっと都会で育ってきた彼は、インド式トイレなど全然使った事がないそうだ。しかも、モスキートも嫌がるし、カエルが大の苦手ときた。この辺では雨の後などによくカエルが家に上がり込んで来るのだが、彼は悲鳴を上げてマジで逃げまり、子どもたちにからかわれている。
 いや~インド人と言っても、ムンバイ育ちはここまで都会っ子になってるのか、と逆にカルチャーショック。

 そんなこんなで、いつもの様に皆とおしゃべりしながらのんびりと時間を過ごす。
「ところでジョシー、あなたはいつ日本に帰るつもりなの?」
とプラデープが聞く。実はジョシーは離婚をしていて、日本に戻る予定がないことをずっとプラデープに隠しているのだった。
「いや~、来月くらいには帰るつもりだよ。」
と涼しい顔で言うジョシー。しかし、今後の師匠のケーララでの生活が気がかりで仕方ない私としては、ここで正直にジョシーが帰国する予定のないことを告げて、プラデープに時々様子を見てやって下さいとお願いしたいところであった。
「ねえ、ジョシーさん。プラデープにはこれからもお世話になるんだから、正直に本当の事を言ったら?」
とそれとなく提案してみたのだが、案の定聞く耳は持たない。やれやれ困ったものだと思っていたら、偶然不思議なチャンスが巡ってきた。

 結局その日ものんびりしていたら夜遅くなり、彼の家に泊まって行くことになった。暗くなる頃、プラデープが「最後だから、隣のテンプルの中に入ってみたくないかい?」と誘ってくれた。本来ケーララ州では異教徒はヒンドゥー寺院の中に入ることは出来ないのだが、外国人だし、ヒンドゥー教徒と一緒でサルワール・カミーズを着ていれば問題ないよ、と言う。ジョシーは疲れているので、ここに残ると答える。
 思いがけなく、プラデープと二人きりで話す時間ができた。私はずっと気がかりだった事を一気に彼に吐き出した。実はジョシーは奥さんと離婚していて、VISAの関係もあり、当面日本に帰る予定はないこと。そして彼が頑固なゆえに、家族と衝突してしまい、誰も彼の面倒を見ようとしないこと。私が帰国した後の彼の生活が気がかりなこと、など...

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「そうだったのか、色々話が出来て良かったよ。私もあなた達の事情が色々聞きたかったから。」
「一体タミル・ナードゥで何があったんだい?足の傷もまたぶり返しているし、ここに居た時よりも、随分調子が悪そうだ。」
「ティルバンナマライは楽しかったですよ。だた、食べ物とか少し身体に負担をかけてしまったみたいで、ずっとお腹の調子が悪くて。そのせいなのか、ぼんやりしがちなんです。」

 始めて入ったモンコンプの寺院は、ピンと張り詰めた神々しい空気に満ちていて鳥肌がたった。なんだか日本の神社に雰囲気が似てる。本尊の手前に長いコイル状のポールが建っているが、これは宇宙の背骨を現しているのだという。
「この建築全体が宇宙を表現しているんだよ。ブラーマンが毎日プージャするのは、本当は個人の願掛けとかそんな細かい事じゃない、地球全体、人類全体の為に日々祈りを捧げているんだ。」

 しばらく、彼と話をしながら辺りをうろついた。プラデープによると、師匠は精神的には高いところにいるけれど、肉体的には決して健康じゃなく、アーユルヴェーダ的に言えばヴァータのバランスが著しく乱れている、ということだった。多分事故の時の手術や投薬が原因だろうと言う。タミール・ナードゥに行って調子を崩したのも、移動したせいでヴァータのバランスが悪くなってしまったのではと。
「家族は彼のことをどう思ってるんだろう?」
「姉弟たちもジョシーに治療を受けさせたがっていて、色々アドバイスするんですが、知っての通り彼は全く受け入れません。頑固で難しい所があるので、最近は喧嘩が多いのです。だから、みんなジョシーはヨギだから一人で何とかできる、甘えないで一人で何かしてくれって思ってるみたいです。」
「あなたはどうなの?」
「私もそんな状況が気がかりですが、同じ気持です。彼はヨギだから一人で生きていくしかないのだろうと...」
「ジョシーは一人で生活できる健康状態じゃないよ。私は彼を放っておけない、あの家に一人で生活していたら、心身のバランスが取れなくなると思う。あそこは良くない。エネルギー的にはもう誰も使っていなくて死んだ家だ。水も綺麗じゃない。」
「はい、それはそうですね...」
「第一あんな不便な場所で、どうやって日々の食料を調達するんだ?あそこじゃ、町に出るのだって大変だ。彼の足では負担がかかるだろう?」
「近くに小さなが雑貨屋があって、そこで野菜は手に入ります。移動市場も来ます。
ジョシーは料理が出来ます。今までもずっと自分で作っていました。」
「シンプル・フードじゃダメなんだよ。今の彼の身体にはキチンと栄養のあるものを食べさせてあげないと。」

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 色々言われてかなりガツンと来た。私は何だかんだ言って、ジョシーはヨギなんだから健康なんだと思っていた。自分の身体を守る術は、自分で知っていると。ところがそうではなかったのか?彼はかつての健康で、厳しい修練をしていた頃のやり方で今も生活をしているが、もはや身体はそれについて行けなくなっているとしたら?
 ティルバンナマライでAさんに言われた言葉が蘇る。「これからはもう少し自分の身体に優しくする方を選んで下さいね。」と。
 何だか切なくなってきた。

「良い食事を食べて、いい環境の中で集中的にトリートメントをすれば、ヴァータのバランスは良くなってくると思うよ。肉体的に健康になれば、記憶の障害だって少なくなってくるはずだ。もちろん、無償では出来ないけど...」
「そうですよね....東京に帰って彼のお弟子さん達と話しあって、お金を出し合えないか相談してみます。」
「いやいや、日本でお金を出すと言ったら、逆に兄弟たちが何もしなくなるだろう。まずは彼らに相談した方がいいだろう。大丈夫、私が何とかするよ、私は彼の事が好きなんだ。あまり心配しないで、私にバトンタッチしたから今回のあなたの仕事は終わりだよ。日本に帰ってやるべきことをやりなさい。」

 結局2時間以上話し込んでしまった。どうもまた忙しい展開になってきた。帰国まであと僅か、どうなることか。
by umiyuri21 | 2014-07-25 22:37 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド〜Vol.33

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「 帰国の前に」

 帰国まで、あと1週間ちょっと。もう充分色んな事をやった。何が何だか分からぬうちに5ヶ月が経っていた前回の滞在に比べて、今回は激動であった。もう、今回やるべき事はやりきった、という感じ。後は日本へのおみやげを買って、アーサナの復習でもしてゆったり過ごそう。

 やっぱりティルバンナマライへの旅はジョシー先生には何気に大変だったのだろうか、帰ってきてから師匠はちょっとお疲れの様子であった。ぼんやりしている事が多く、あまり話をしてくれない。
 日本へのお土産を買うために、コッタヤムというチャンガナチェリーより少し先の町へ出かけた。山岳地帯への交通の要所となっている町で、アレッピーよりも都会、インドの無印良品「Fab India」の店舗があった。
そこが、この付近で私の欲しいものが売っている唯一の店であった。本当はケーララならではの服を着たいのだが、何故か購買意欲のそそられるものがほとんど売っていないのだ。サルワール・カミーズのデザインも地味だし、インドチックでキッチュな雑貨類などと言うものも、全く見かけない。
 そんな訳で、ケーララに居ても買い物はもっぱらこの「Fab India」ばっかり。いろんなデザインの服が、サイズごとに山積みになっているこの店、その山の中からお気に入りを探しだすのが楽しみの一つであった。以前、服のデザイナーをしていたこともあると言うジョシー先生はこの山の中から、良い服を見つけ出すのが何気に上手だった。コーディネイトのセンスもあって、日本人の私では無難に落ち着きがちなセレクトに、一つひねったアドバイスを加えてくれて、随分助けられた。
 ところが、今回はこの店に来ても、先生は疲れた様子で、椅子にぼ〜っと坐って居眠りをしている。

 結局私が日本に帰ったら、ジョシー先生はあの家で一人で暮らすことになる。今は一応弟がいるが、彼もいずれは湾岸に働きに行くことになっている。アレッピーに住む妹とは相変わらずギクシャクしている。果たして大丈夫なんだろうか。家の人達はジョシーはヨギで、昔から山に籠もって修行生活したいと言っていたくらいだから、丁度いい機会だろうと考えているらしい。私も気がかりではあったが、だからといってどうすることも出来ない。帰国を前に、ケーララを離れる寂しさと、先生の行く末が心に引っかかる。

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 ケーララは酷暑期へ向けて、日々蒸し暑さが増していた。何もする気が起きず、昼間は動かずについついごろりと横になってしまう。
 ある日、朝食後の自由時間に昼寝をしていたら、外でバイクの音がした。見ると庭先にアシシュとプラデープの姿。急いで出迎える。
 「何か飲みますか?」と尋ねると「まず水を下さい。」と言われて困ってしまった。
 
 ここに戻ってきて以来井戸の水が茶色に濁って、微かに匂うようになってきていた。私もそのままは飲みたくないので必ず沸かして、お茶にして飲むようにしていたのだった。ミネラル・ウォーターの買い置きもないし、困ったな。それでも、水が欲しいというので、あまりいい水じゃないけど...と戸惑いつつ手渡す。
 プラデープがジョシーと話したそうだったので、アシシュと一緒に外に出て家の周りを案内し、運河の脇に腰を下ろした。
 「ここは本当に静かでいいところだね、僕の休暇ももうすぐ終わりだ。ムンバイの生活が待ってるよ。」
 聞く所によると、アシシュは友人の紹介でプラデープの事を知り、クンダリーニ・ヨガを学ぶために彼の元に弟子入りしたのだそうだ。プラデープがクンダリーニ・ヨガを修練していた事は知っていたが、そんなに達人だったのか...?
 そういえば、彼が以前面白いことを言っていた。
「ケーララはインド亜大陸のムーラダーラ・チャクラ(生殖器に位置する第一チャクラのこと)だからケーララは昔から優れたクンダリーニ・タントラ・ヨギを沢山生み出して来たんだよ。私もそうしたヨガを学んできた。」
「タントラは誤解されているけれど、ヨガの神秘主義的な側面にすぎない、あなたも時が来たら学べるかもしれないけどね。」

 タントラという言葉は確かに誤解されているが、言葉を訳せば「テクニック」という意味である。抽象的に頭の中で思索するのではなく、世界の仕組み、人間の身体を知り、それと積極的に関わりながら、覚醒を目指す実践的な方法論だ。だからアーユルヴェーダや占星術、武術、そしてハタ・ヨーガもみんなタントラの流れから生まれてきたと言われている。
 私も以前から、身体や自然への深い理解や愛情を失わない、ジョシーのヨガ哲学にいわゆるストイックなヨガとは違う何かを感じていたのだった。ケーララは豊かな自然を持ち、同時にカラリパヤットというインド最古の武術、そしてアーユルヴェーダ、その姉妹とも言われるシッダ医学など、身体に密着した技法が今も豊かに保存されている場所である。そこで育まれるヨガも、身体を超越して高みを目指すというよりは、身体を無視することなく、それを乗り物にして飛翔するタントリックな思想が発達しても不思議はない。 

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 「プラデープは僕のグルジだよ。私もようやく師に全てを委ねて、手放すことを学び始めた。でも、混乱しているよ。」とアシシュが言った。
 「私もいつも、ジョシーに怒られるよ。すっと自分の状況をコントロールしようとする癖をつけてきてしまったから。私にとってコントロールしないというのはとっても大変なことなの。」
 「何故?流れるように自由に浮かんでいればいいじゃないか。この川のようにね。
世界とダンスすればいい、何も考えないでコントロールなんかしないで、そうだろう?」
 まあ、口で言うのは簡単だ。でも、日本で生きてきた私よりも、たとえ多忙なムンバイのビジネスマンであっても、先日の大雨の過ごし方といい、インド人の方がその辺の委ね方はきっと心得ているんだろうな。インドが訪れる人を魅了する懐の広さを持っているのは、人々の人生に対する委ね方、リラックスの仕方にあるのかもしれない。

 アシシュとしばらく話をした後、家に戻ると、プラデープにいきなり言われた。
「気をつけなさい。不必要なファンや電気を点けっぱなしにしているのはヨガじゃない。それに水を出した時、左手で渡したのも良くないな。(インドでは左手は不浄の手とされる。)それにグラスも汚れてたよ。そういうこと一つ一つに気がつくのがヨガなんだよ。さっき、トレイの上に集まってきたアリを拭っていたけど、不必要なアリまで殺すことはない。」

 うわ、まじかよ〜。ジョシー先生にもしょっちゅう言われてたけど、細かい〜!
ちょっと、凹んでしまった。最後の最後に振り出しに戻って、ピシャリと言われた感じ...。一応言い訳すると、ファンを点けっぱなしにしてたのは、昼寝してていきなりやって来たので焦ったことと、水の状態が良くなかったのでグラスを手渡す時もちょっと上の空だった。まあ、どんな事があってもその全てにアウェアネスしてろってことなんだな。
 はあ、ヨガの道は厳しいです。秘儀的なタントラの奥義やら、サマーディーの境地なんてはるか彼方の世界だよなあ。てか、結局私って全然ヨガに向いてないんじゃないの?
 柔軟な身体と、ゆったりとした心、そして深い呼吸、どんな事にも気がついて心を配れる注意深さ。そんなスーパーマンみたいな人間になれないってば。
 プラデープ達が帰った後、そうジョシーに愚痴ると、こんな答えが帰ってきた。
「私はすべての人がヨギとして生活すべきだと思っているよ。」
 
 そうか、確かにね...そうだとした私達の世界は本当に美しいものになるだろう。
 それがきっと、ヨガの八支則でいうところの、一段目と二段目、ヤマ(禁戒)とニヤマ(勧戒)の段階なんだろうな。そこがキチンと身につくまで、私は一体どれだけダメ出し食らうんだろうか....(ため息)
by umiyuri21 | 2014-07-24 23:21 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.32 

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「再びヴィレッジ・ライフ」

ティルバンナマライでの最終日、朝起きて荷物を片付けて最後のラフターヨガのクラスに出かける。
 しかし暑い!1週間前は快適に過ごせた屋上スペースも、朝からもわ~と生ぬるい空気。暑くてみんなのテンションも低めかも。インストラクターのメガナンダちゃんとハレルヤババ、そしていつもの常連メンバーに別れを告げ、ティルバンナマライでの再会を誓う。ここで笑った日々も思いがけなく楽しかったなあ、素敵な出会いだった。
 一旦ホテルに戻ってチェックアウトして、お昼を食べにアシュラムの向かいにある南インド料理のレストランに入った。エアコンの効いたインドの中級レストランなのだが、昼のミールスが100ルピーでかなりゴージャスだったので、時折通っていた店だ。中に入ると、ハレルヤババとメガナンダちゃん、その友人が坐ってた。
 「ぴったりのタイミングで、ぴったりの人が現れた。席もちょうどある。」とハレルヤババが笑う。彼らはちょうど6人がけのテーブルに坐っていた。喜んでご一緒させてもらう。これからリシュケシュに向かうという彼らは、向こうの宿や見どころなどの情報交換をしている。リシュケシュはインドでのヨガ修行の中心地なわけで、かなり賑やかになってしまったとはいえ、いつかは行ってみたいなあと思う。
 
 若い頃からヨガや瞑想などのスピリチュアルなプラクティスに目覚め、食事にも気を使っているハレルヤババは、ジョシーの生き様に共感する所が多く、言葉を超えた所で意気投合したみたいだった。彼らはいつかジョシーの家を訪ねたいって言ってたけど、実現したら楽しそう。
 食事後、彼らに再び別れを告げ、最後にアシュラムへ向かった。
 午後のアシュラムは、熱気を含んだ空気に包まれていて、お腹が一杯なこともあり、なかなか瞑想モードには入れない。それでも、ただサマディーホールに坐って、静かに時間を過ごす。
 Aさんとも最後に顔を合わせる事ができた。
「私も今回はいつもと違った感じの滞在で楽しかったですよ、あなた達はちょっと変わった雰囲気だから。私も何となく、そろそろ卒業ですとバガヴァーンに言われたみたいです。」と笑った。

 いよいよアシュラムを出て、オートに乗り、バスターミナルへ着く。ヴェロール行きのローカルバスに乗り込むと、あっという間に車はティルバンナマライを離れていく。さよなら、アルナーチャラ再び会いましょう。

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 ヴェロールまでは難なく着いたが、そこから長距離バスに乗るのが大変だった。もらったチケットにはバスターミナルの近くのビルの名前が書いてあるだけで、乗り場の住所も何も記述がない。それでもジョシー先生がタミル語が話せるので、人々は親切にあっちの方だ、こっちの方だ、と教えてくれる。
 しかし師匠は多言語を操れるがゆえに、疲れると切り替えが上手くいかなくなるらしく、私にタミル語で話しかけて、相手に日本語で話しかけてみたりだんだん漫才みたいになってくる。「ジョシーさん今日本語になってる、タミル語で話して!!」と私が頼んでも自分が何語で話しているか意識できないみたい。まあ、普段は英語とマラーヤラム語で考え、私とは日本語で会話し、それにタミル語が加わるとさすがに混乱してくるんだろうなあ。話す相手を間違えても、ちゃんと言葉のスイッチングが出来るのは凄いと思うけど。
 
 結構ウロウロ歩きまわり、オートが乗り場まで乗せて行ってくれると言っても、料金交渉で決裂し、1時間ぐらい探しまわって、やっとバス乗り場まで辿り着いた。うん、これでもう次回は大丈夫だ、と心の中でもう次に来る時の事を考えていた。
 午後9時過ぎに、1時間遅れで現れたバスに乗り込むと、車は一路ケーララへ向かう。翌朝には、窓の外は見慣れた椰子と緑のジャングルが続く風景に変わっていた。
 お昼前にチャンガナチェリーに着き、行きつけのレストランでドーサを食して、ーーとに乗ってノース・ヴェリヤナード村の家に到着した。1ヶ月半ぶりにこの家に戻って来たのだった。
 
 弟はまだ家にいて、何事もなかったかのように我々を迎え入れてくれた。少しは反省したのか、我を忘れるほど深酒している気配はなさそう。 
 インドでの時間は残す所あと2週間。ケーララでのヴィレッジ・ライフが再び始まった。時は3月半ば、乾燥&灼熱のタミル・ナードゥとは違って、ケーララはとにかく蒸し暑い。ちょっと動くだけで汗だくだ。長い間雨が降っていないので、井戸の水も茶色に濁り始めていた。水のフィルターの掃除を頼まねばなるまい。去年もこんな感じで、茶色い水で洗濯し続けていたので、洗濯物がみんなくすんだ色になっちゃったんだよなあ。
 結局2週間、全くアーサナをやっていなかった。久々にヨガのレッスンを再開するとすっかり身体が硬くなっている。「姿勢も悪くなってる、せっかく教えたのにちゃんとやってないじゃないか!」とジョシー先生にダメ出し。ああ、ヨガの道は厳しいなあ。

 荷物を置きっぱなしにしているプラデープの家にも連絡をした。彼もハリドワールへの旅を終えて、モンコンプに戻って来ていた。
「何度か家に連絡したけど、留守だったからどうしたかと思ったよ。今ゲストが沢山来ているんだけど、良かったら遊びにおいでよ。」
翌日早速出かけてみると、ムンバイからトリートメントを受けに来たビジネスマンの父と息子。ラージさんの友人でカルカッタで、ハイアット・ホテルのヘッド・マネージャーをしているというキャリア・ウーマンな女性とその2人の子供とそのお母さん、と随分賑やかだ。
 友人からの紹介で、プラデープにアーユルヴェーダのトリートメントとヨガのレッスンを受けに来たというムンバイっ子のアシシュとプラデープはまたもや白熱したインド哲学談議を繰り広げていた。
 私が絵を描いていて、ムンバイにも何度か行ったことがあると知ると、おもむろに
「ムンバイを絵で表現するとどんな風に描く?」と尋ねられた。
「う~ん、アンバサダーのタクシーとかジュフ・ビーチの屋台とかボリウッドの看板とか、そういう物を描くかなあ。」とありきたりの答えをすると。
「僕は、ムンバイはエクストリームな女性として表現したいんだ。彼女は混乱を抱えている...」といきなり難しいことを語りだした。おお、こういう所がインド人ぽいよねえ。

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 ホテル業界で長いこと働いているという、ソーハナさんはボブカットで、タンクトップ姿に腕にはタトゥーが入っている。インド人女性の中でもかなり現代的な雰囲気。小さな子ども二人と足の悪い年老いたお母さん、4人を引き連れカルカッタからまる2日列車に乗ってここまで遊びにやって来た。子供が生まれる前は海外へ一人旅も結構していたんだとか。
「ぼちぼちカルカッタにも飽きたから、次はカナダあたりで働きたいのよ。」と語る、タフな女性だ。

 彼らと話していると、あっという間に時間が過ぎ、ぼちぼちお暇しようかと考えていると、空が急に暗くなってきた。雨が来そうだ。雷がゴロゴロと響き始めて、いきなりすごい豪雨になってしまった。
 プラデープとアシシュは喜び勇んで、庭先へ飛び出し雨のシャワーを気持ちよさそうに浴びる。嫌がるラージさんを引っ張って行って、水が激しくしたたり落ちる軒下へ連れて行ったり、大騒ぎだ。なんだかボリウッドのワンシーンを見ているみたい。
ぼんやり、眺めていると「雨をエンジョイしないの?」って言われた。そっかあ、雨をエンジョイねえ。さすがに着替え持ってきてないしなあ。

 かなり強い雨がしばらく振り続け、やがて小ぶりになった頃、散歩に出かけたままのアディティのお父さんが「いやいや何てこった」と帰ってきた。
「何度も電話したけど、誰も出ないじゃないか」といかにも生真面目なビジネスマンといった雰囲気の彼はちょっとムッとしている。そりゃそうだ、みんな雨の中大騒ぎしていたんだもの。
 アレッピーのビーチへ出かけていたソーハナさんも、「ひどい目に遭ったわ~」と言って戻ってきた。「ちょうど船に乗せてもらってる所で雨が降ってきて、めちゃくちゃ怖かったわよ。」

 いつもの例に漏れず、雨のせいで停電になってしまった。すると、アシシュが小さなスピーカーを持ってきて、ブルートゥールスでiphoneにつないで爆音で音楽をかけ始めた。やることがないので、部屋にみんな集まって、ダンス大会となる。
「あなたも、何かいい曲持ってない?」と聞かれたので、ボリウッドを何曲か選んでかけると「ボリウッドじゃなくて、トランスとかヒップホップないの!」と言われてしまった...
 ファンの効かない、薄暗く蒸し暑い部屋の中で、みんなで踊っていると、インド人ってどんな時も臨機応変に楽しめる人たちなんだなあと、感心してしまう。その瞬間に起こる事と一緒にダンスをし、エンジョイできる人たちなんだなあ、と。 
 だから私はインドに何度も来てしまうのかもしれないな。

 電気が来て灯りが点き、ファンが回り始めるとみんな大喜びでそれぞれの部屋に戻り、ダンス大会はお開きになった。私達も今夜も泊まっていくしかなさそうだ。
 久しぶりにラージさんが作るおかゆの夕食をいただいた。そうそう、このおかゆがずっと食べたかったんだよねえ。
 
 翌朝、オートにトランクを乗せてプラデープの家を後にした。帰国するまでにまた遊びに来るね、と告げて。やれやれ、長いことあっちに行ったり、こっちに行ったりしていた私の荷物、ようやく一箇所に集まった。
 こんな風にして、ケーララでの残りの時間がゆっくり過ぎてゆくだろうと思っていた。ところが最後のひと山、さらなる展開が私を待っていた。
 
by umiyuri21 | 2014-07-23 22:03 | ヨガ滞在記

インディアン・ヨガライフ 第2ラウンド~Vol.31 バック・トゥ・ケーララ

「この星の中で人間だけが2本の足で立っている。2本の足で頭を上にして、ウロウロ歩いてあれをやろうこれをやろうと、無駄なエネルギーを使っている。だからこそ人間は坐って瞑想する必要があるんだよ。」(ジョシー)

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 聖山アルナーチャラの周囲13.5キロを巡礼して歩くことを、ギリプラダクシナといい、願望成就と厄落としの効果があるらしい。ラマナ・マハルシも元気な頃は毎日のように、この丘の周りを歩いていたという。特に満月の夜には、インド中から巡礼者が集い、道には屋台が並びお祭りのような賑いを見せていた。
 3月の満月は北インドではホーリーに当たり、暑さが本格的に訪れる季節でもある。長期滞在の旅人たちもこの満月を堺に、涼しいリシュケシュやダラムサラへと移動していくらしい。
 いつの間にか、私のインドでの日々も残り2週間近くになっていた。名残惜しいがぼちぼちケーララに帰らねばならない。酒飲みの弟は相変わらず、ノース・ヴェリヤナードの家に居るようだが、随分と長く家出をしているちに、もう帰ってもいいかな、と思えてきた。ジョシーも同じ気持らしく「家に帰ろうか。」と言い出した。
 ティルバンナマライにいる間はアーサナが全く出来なかったので、身体が硬くなっていた。帰国する前に色々おさらいして、体調も整えておきたい。お土産も買わなければ。

 ということで、帰りのバスチケットを探しに行く。夜行バスを扱っている代理店は意外と少なく、何件か回って行きと同じバスのチケットを見つけて、2日後の予約を取った。現地の携帯電話がないとチケットが予約できないと言われが、持ってないと頑張ると、店の人が自分の携帯で予約してくれた。ホッと一安心、だがバスに乗る場所が今ひとつ分からないのが不安だ。分からなきゃ携帯で聞いてくれよってことなんだろうけど。
 いよいよティルバンナマライともお別れ、通いつめたラマナ・アシュラムでの時間もあとわずかだ。
 夕方アシュラムに出かけると、Aさんが私達を待っていた。「待ってたんですよ、何となくもう一回ヒーリングしたほうがいいと思ったんです。ちょっと無理したんじゃないかしら?」
「そうなんです。実は、ビルパクシャ洞窟に行ったのがちょっと大変だったみたいで、あの後お腹を壊しちゃったんですよね。」
「まあ、この場所は何かと浄化作用がありますからねえ。無理するのはいいんですよ。でもその分ケアしてあげないと...。」
 
 師匠の足の傷は治りそうで、今一歩の所で治りきらない。ここ数日はの乾燥気候にやられてまた足の皮がゴワゴワしかけていたのだった。持参してきたオイルを塗った方がいいのでは、と言ってみるものの、シーツに付くからとか何とかと面倒くさがって、つい後回しにしてしまう。 
「ちゃんとオイルを塗ってケアしてあげて下さいね。身体は物質ですから、物質のケアは物質でしないとダメなんですよ。その辺、あまり構わなかった所があったと思うんですが、もう少し身体に対して優しい道を選んだ方が良いんじゃないかしら。それだけ言っておきたかったんです。」
「きっと、すごくご自分に厳しくて、妥協しない所がありますよね。それはスタート地点としてはとても素晴らしいのですが、まっすぐやりすぎて衝突してしまうこともありましたよね、これからは、そこを気をつけてやって下さいね。」
 と、またまた鋭すぎるご指摘、ジョシー先生完全に読まれてるじゃん!今回の傷だってヨガの力で何とかする!ってずっと頑張ってたけど。プラデープにダーラをやってもらって劇的に回復した訳だし....

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 私は先日彼女に言われた事で、ずっと心に残っていた疑問を、思い切って口に出してみた。
「先日、お金や効率を主体にしているのとは、別な世界があるとおっしゃってましたよね。それは分かっていますが、いざ東京に戻ればまた今まで通りのお金や効率を主体とした世界があるわけで、その折り合いはどうつけていったらいいのでしょうか?」
「あなたがどう折り合いをつけてゆくか、色々試行錯誤しながら答えを出してゆく、そのプロセスが学びだと思えばいいじゃないですか。何度も言うようだけど、焦る必要はないんですよ、神様は気長に待っててくれますからね。」
 そうなんだなあ、何事もバランスが大事なんだ。精神と物質。生きるにはどっちも大切だ。人間はつい、片方が大切だと思い始めると、もう片方を蔑ろにしてしまいがちだ。スピリチュアルが大切だと言えば、マテリアリストは自分を否定されたように感じて反発するし、その逆もしかり。でも、本当はバランスなのだよね。自分で一番しっくりするバランスどころを見つけてゆく、どこかにたどり着くのが目的なのではなく、そのプロセスそのものが人生なのかもしれない。
 今回はAさんに本当に色々深いお言葉をいただいた。不思議な出会いに感謝し、いつかアシュラムか日本で再会できることを願って、お礼とお別れを言う。

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毎夕方、サマーディーホールで行われるチャンティングにも最後に参加する。明日の今頃はちょうどヴェロールでケーララ行きの夜行バスを待っていることだろう。
 ここで歌われるレパートリーの中でもとりわけ印象的だったのは「アルナーチャラ・アクシャラ・マナ・マリ」という歌であった。ラマナ・マハリシがアルナーチャラへの熱烈な思いを込めた讃歌なのだが、タミル語歌詞の部分は全く分からないなりにも、各詩節の最後に何度もリフレインされる「アルナーチャラ・シヴァ、アルナーチャラ・シヴァ」というフレーズが何とも不思議に胸に刺さるのだった。
 ホールに集まった人々と共に「アルナーチャラ・シヴァ」と大合唱していると、始めてこの場所に足を踏み入れた時の感動が蘇ってきて、つい涙ぐんでしまう。
 ここにはまた必ず来なければ、と心に誓い、どうかまた呼んで下さいね、とマハルシの墓石に祈った。 

ただ、今に心を留めて、ここに根を下ろして静かに坐ること。それがどんなにパワフルな事であるか、私はこの場所で始めて実感できた気がする。
 そう、私は何処へも行く必要がないのだ。今ここ以外に私の行くべき場所はない。地球の何処を探してもなく、過去にも未来にもそれはない。それがマハルシのエネルギーが沈黙を通して私に伝えてくれた事だった。
 私はジョシーにそう気がついたと、話してみた。
「そうだよ、それを言っても理解できない人も多いんだけど。でもあなたは、今日分かったはず。少し静かに坐っていた。」
 と、珍しく褒めてくれた。

 明日はいよいよバック・トゥ・ケーララ!
by umiyuri21 | 2014-07-22 22:19 | ヨガ滞在記

恵比寿でヨガレッスンがスタートします♬

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Belly Dancer Nourahさんの主催するスタジオ、Ruhani Belly Dance Artsにてヨガレッスンをスタートすることになりました。毎週木曜日、7月3日より始まります。料金はドロップイン2,500円、月謝は月4回で9,000円となります。どうぞよろしく!!
ヨガマットはご持参下さいませ。

木曜日:10:15-11:15 ベーシック・ヨガ by 若山ゆりこ 
Ruhani Bellydance Arts @恵比寿本校

 若山ゆりこ

 イラストレーターとして、書籍や雑誌で活動する傍ら、2000年頃からヨガやベリーダンスを学び続ける。  
 2012年に南インド出身のヨギ、ジョシー・ヴァリチェリー氏に出会ったことで、ヨガに深く傾倒する。2012年~2014年の間、延べ9ヶ月に渡り、南インドケーララ州の氏の実家に住み込み、教室の中だけでは伝わらない、ヨガ的な生活ありかた、哲学などを直に学ぶ。  
 著作に「ガールズ・インディア〜女子の為の極楽インド紀行」(河出書房新社)「はじめてのイスタンブール」(P-vineブックス)「スウィート・モロッコ」(辰巳出版)  
 中近東〜インドにかけての音楽や舞踊、精神文化等について深く興味を持ち、現地を足繁く旅している。

 ヨガとはサンスクリット語で「繋ぐ」「結びつける」という意味。日常生活の中で見失いがちな心と身体のつながりを、ベーシックなアーサナや、呼吸法などによってゆっくりと見つめなおしていきます。また、ヨガの歴史や哲学、身体論などのレクチャー的要素も取り入れて行きたいと思います。  
 
 ヨガが誘う、自分の内側に還る静かな時間と空間を、どうぞ共にシェアいたしましょう。

Webサイト: http://www.umiyuri.com/
ケーララヨガ滞在記:「インディアン・ヨガライフ」ブログにて連載中 http://umiyuri21.exblog.jp/20183585/
by umiyuri21 | 2014-07-01 13:37 | ヨガ


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


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