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ダライ・ラマ、パブリックティーチング2日目

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ダライ・ラマ法王のパブリック・ティーチング二日目
昨日より若干難解になり、後半はずっとテキストを読んでいたので、途中寝落ちしてしましいました… 何しろ朝早いから…

覚えてるところだけ抜粋

肉体が例え病気であっても、心が平安なら私たちは幸せでいられる。
その反対に肉体が健康でも、心に病を持つと、多くの問題を引き起こす。
だから、私たちにとって身体の苦楽よりも、心の苦楽の方が、影響は大きい。
だからこそ、心を知る、心の科学を学ぶ必要がある。

煩悩とは心をかき乱すものを指す、 何故それが起こるのか、自分が見ているものに対して執着してしまうから。

私たちは自我が体とは別に実体を持った存在だと信じている。実体に捕らわれているから、色んなものにとらわれる。空を知る事によって、実体にとらわれることはなくなる。

対象物の本来の在りようを見抜く、現れ通りに物事は存在していないと調べる。それがどれだけ自分を騙しているのか。自分の心に実体があると思えば振り回される。他のものに依存して存在しているものは、空である。

空は虚無ではない。ただないということでは全くない。自らによって独立して存在しているのではなく、他のものにによって存在している。

ある、と自分が考えているものに執着するのは、それが自分を生き延びさせてくれると考えてしまうから。しかし、そのせいでどれだけ私たちが苦しむのか。それよりも、愛と思いやり心を育めば平和になりリラックスできるのに。

空を理解し、空に支えられ、慈悲の心を起こす。

ここから物事の起こり、縁と起について、テキストを読んで行くのですが、延々と論証が続きます。そっから先は寝落ちて朦朧としてました…(T-T) まあ、とにかくテキストはまどろっこしくて難解。しかしそれは、「ある」を証明するのではなく、「ない」を証明しようとするから大変になるんだそうです。ないという事からしか述べられないものなのです。

何回も切り返されている、物事はそのもの自身で存在するのではなく、他の何かに依って存在している。というのは、
コップはコップと認識されコップと呼ばれる事でコップとなる。もちろん他の言語ではそれはコップと呼ばれないから、その名前自体には何の実体もない。
目の前にガラスのコップがある。そのコップの実体は何なのか?
コップなのかガラスなのか、ガラスの粒子なのか。
実体のあるものとは、不変で誰が見ても同じように見えるもの。
だとすればコップの実体は何処にもない。コップは私たちがコップと認識する事で現れているに過ぎない。

これはほんの荒いレベルの説明ですが…
そうやって色んな物を突き詰めて分析して行くと、全てのものには実体がないと気づく。
気づく事で捕らわれがなくなる。
捕らわれがなくなれば苦しみも減る、苦しみが減れば心が静まり平和になる。

だから空を学ぶ必要がある。そしてそれを深く理解したら、智慧を他の存在のために役立てましょうと。今日理解できたのはそこまで。
明日はもっと難しくなるんだろうか…!

今日はダライ・ラマ法王のお姿を至近距離で見ました。ツヤツヤピカピカで輝いてましたよー
私はそれだけで、今日は満足ですw
by umiyuri21 | 2017-08-31 01:36 | ヨガ滞在記

ダライ・ラマのパブリック・ティーチング

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今日はダライ・ラマのパブリック・ティーチング第一日目でした!町のムードも賑わっています!パブリック・ティーチングは無料で全ての人に開かれていますが、以下の準備が必要です。
登録証(オフィスに行って取る)
座布団(床に座るので)
カップ(当日お茶とチベタン ブレッドがふるまわれます)
ラジオ とイヤフォン(ダライ・ラマ法王はチベット語で講話します、それを各国の通訳が同時通訳するの聞くため。ちゃん日本語もあります!)

会場はなんとなく、各国ごとに席がまとまっています。事前に日本食レストラン「ルンタ」に行って名前を書いておくと、彼らが用意してくれたシートに座れます。しかもコピー代だけで日本語テキストもいただける、という至れり尽くせり。

講話は午前8時半ごろから始まりますが、セキリュティーチェックがあるので、早めに行った方がいい。7時過ぎにたどり着いて、席まで行くと、すでに沢山の人が座っていました。すごい人!FMラジオの周波数を合わせて、通訳放送聞く。ちょっとチャンネルをずらすと、色んな言葉が聞こえてくる。英語、韓国語、ベトナム語、中国語…
本当に色々な言葉、ダライ・ラマの講話が同時通訳されることに、感動。世界中から彼の話を聞く為に人が集まってるのです。

そしてテーマはナーガルージュナ(南インド出身大乗仏教の僧侶)
「根本中論」についてのブッタパーリタによる注釈書の解説。
私も前日まで知りませんでしたが、かなり本格的な仏教講話なのです。昨日出会った仏教に詳しい日本人旅行者には、かなり難解だから事前に予習しておかないと、ちんぷんかんぷんかもと脅かされ、次に出会ったイタリア人女性には「頭で考えても分からないから、ハートを開いて直観的に理解すればいいのよー」と言われたので、私はその中間を取り、ちょこっとだけ予習して臨みましたー!

それでも、先日受けたツシタの10日間の仏教コースで学んだ事が大分理解の助けになりました。
走り書きしたノートから印象に残った箇所を抜粋しますと…

全てのものは、他のものに依存して存在している。
それ自体自立して存在しているものはない。
現象世界はあるが実体はない
空は何もないのではなく、あるけど実体はない。

この世の苦しみ煩悩は、この世界が、自立して、実体として確固たるものとして、存在しているという無知からやってくる。その間違った認識から、間違った行為をし、苦しみや煩悩が引き起こされる。その繰り返しで 心が曇り、人は物事を正しく見ることができない。

だから空を学び、空に瞑想し続けることで、私たちは世界のリアリティを知ることができる。全ての一切の無知がなくなった時、つまり空について完全に知ることができた時、ブッダになれる。

(ダライ・ラマ曰く)私も毎日休むことなく、空について40年瞑想し続けてきた。何か物事を見る時、そこに実体はあるのか、と考える癖がついている。そうやって日々分析し経典を読んで学び、瞑想で深く腑に落としていく。

密教のような深い修行においては、空の理解と菩提心(慈悲の心)は欠く事ができない、 何故なら、空が理解できなければタントラは伝授できず、菩提心がなければたとえ伝授されたとしても、正しく修行する事ができない。

空、この世界の真理を理解すれば自然に慈悲が生まれる。この世界に実体があるという思い込み、空が理解できないから利己的になる。だからこそ新しい時代に空の理解が必要だ。私たちの分離を失くし世界が一つになる為にも。

この世界に争いが起こるのは、あまりに私たちが自分の心について無知だから、殆どの人は自分の心について知らず、それを静める方法を全く学ぶ事なく成長してしまう。心と意識をどこまで変容できるか。それを学ぶのが智慧であり本当の教育。
だから宗教を超えた教育として心を学び智慧を深め、思いやりと愛に溢れた世界を作っていかなければ。

とにかく通訳の方が素晴らしい。どういう頭をしているでしょうと思うくらい、バンバン淀みなく通訳してくださる。これが全て無料というんのもすごい事です。ありがたすぎます。

ダライ・ラマのお姿を近くで拝見したのも初めてでしたが、只々圧倒されてしまいました。本当に世界教師ですよねーこのお方。

講話は4日続きます。明日も楽しみ、だけど話はより難解になって行く様子…
ティーチングはダライ・ラマ法王事務所のサイトから、リアルタイムで聞く事が出来るそうです
by umiyuri21 | 2017-08-30 00:52 | ヨガ滞在記

慈悲のレッスン

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チベット仏教入門講座 続き

毎日のレクチャーは、いくつかのテーマに沿って先生が解説していきます。
苦しみの原因、いかり、執着、心の本性、輪廻、無常、空、そしてカルマなどなど。本当に仏教の基本的な概念ですが、キリスト教やユダヤ教文化の中で育ってきた生徒たちに、例えばカルマの概念などを理解してもらうのは、なかなか難題のようです。特にダラムサラは兵役帰りの若いイスラエル人に人気があるらしく、この講座でもかなりの割合を占めていました。
じいちゃんがホロコーストを生き延びて、その様子を繰り返し聞かされてきた人に、それは全てカルマですなんて、言ったところで当然冗談じゃないってことになる。レクチャーの後のディスカッションでもかなり熱くなってましたねー

カルマや輪廻、そして空の概念は一度で理顔するのは難しいし、育った文化が違えば受けれ難い。実際アメリカ人の先生も、転生が本当にあるかどうかは、自分も分からないって言ってましたもん。だから、講義でも科学的な検証結果や、心理学的なデータを多用して解説してました。
その中でも特に強調されて、繰り返していたのはCompassion 慈悲の心。何の為にプラクティスするのか、そのモチベーションが大切だと。何の為に悟ろうとするのか。それは自分の為ではなく、生きとし生ける全てのものの為に。これがボディーチッタ、菩提心なのだと。大乗仏教においては、そうでなければエンライトメントではないのだそうです。だから悟って輪廻を抜けた後でも、他の人を助ける為、またこの世界に戻ってくるのです。だからダライ・ラマをはじめとする偉いリンポチェが、代々転生してくる、ということなんです。

ニルヴァーナ(解脱)とエンライトメント(悟り)は違う、ニルヴァーナは自分が修行して輪廻から脱することが出来ればそれで良し、もう人間の所には戻ってはこない。しかしチベット仏教は大乗仏教なので、全ての生き物の為に自分が悟る、自分が解脱したらおしまいじゃない。他の人の幸せのために働く、愛を贈るというアクションが必要になる。それが慈悲の心であり、それがなければ瞑想などのプラクティスも意味がなく、むしろ慈悲の心が全てのプラクティスに勝ると。

なるほどー。仏教では神はいないので、何か大きなものに自分を委ねる、サレンダーとかバクティの概念の代わりに慈悲の心があるのかな、と思ったりしました。

インドに住んでると、瞬間に起こってる事に身を委ねてゆく、結果を考えずダルマや情熱に従ってただやる、全てを手放し神の(宇宙の)意思に任せる、といった考えが自然となじんでくるのです。大体何かをコントロールしようとしても上手くはいかない事が多すぎるし、インド人がそうやって波に乗るように生きてるので、それに合わせた方が、ストレスは断然に少ない。

行き当たりばったりで、明確なモチベーションを持つ、とかあんまり考えなくなってくるので、「自分と他者に対する慈悲の心、そしてポジティブなモチベーション。」の大切さが繰り返されることに、何か新鮮な驚きを感じてしまいました。
確かに、インド哲学を学んでる外国人と仏教を学んでる外国人は趣きが違います。仏教を学んでる人たちはメガネ率も高く学校の先生ぽい。実直で真面目で繊細な感じがします。あと、女性は男っぽく、男性はフェミニンな人が多いのが不思議。内側で男性性と女性性が統合されてくるのかしら。

慈悲心の考えは、奉仕活動を大切にするキリスト教と親和性が高いので、西洋人に理解しやすいのか、コース中だんだんみんな親切になってきて、サイレントで柔らかな空気が流れていたのは良かったな。
慈悲心にしろサレンダーにしろ結局は自分の思惑やジャッジメントを超えた所に、捧げて行くのは同じなわけで、エゴを落とすという大切なレッスンなんでしょうね。

愛は求めるものでも、掴み取るものでもなく、贈るもの。その贈り物を相手が拒否しても、思い通りに返ってこなくてもそれで良し。自分じゃなく、相手の幸せの為に愛を流す。それが結局自分の為になり、そして愛を贈れば贈るほど、愛が溢れハッピーになれる。

今日も小さな微笑みを、必要としている人に手助けを、ちょっとした心遣いを。
静かな愛のギフトを、贈りましょう。

と書くのは簡単ですが…私も日々心がけたいなと思います♪
by umiyuri21 | 2017-08-29 00:38 | ヨガ滞在記

チベット仏教入門講座 その2

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10日間のチベット仏教入門講座 一日のスケジュールはこんな感じです

6:00起床
6:50:7:35 瞑想
7:35 朝食
9:00-12:00 レクチャー
12:00 ランチとカルマヨガ
14:00-15:00 ディスカッション
15:00 お茶
15:30-17:00 レクチャー
17:30-18:15 瞑想
18:30 夕食
19:30- 瞑想

これが7日目まで続き、8と9日目は終日瞑想です。ちなみに代金は4人部屋バストイレ共同で6900ルピー、ー宿泊、食事、レクチャー全て込み。シングルもありますが、先着順で空いてる部屋に入れます。私は1ヶ月前に申し込み、結構後ろの方で最後の方で選択の余地なしでした。

内容は、そう、けっこうレクチャーをみっちりやるんです。
というのも、チベット仏教の勉強では、本やレクチャーによる頭での理解、それをディスカッションしてより深め、最後に瞑想してさらに奥まで定着させる。という段階を踏むからです。瞑想も黙って座れって感じじゃなく、アナライズ・メディテーションという、一つのテーマに対して瞑想し洞察を深めていきます。これは先生が誘導してくれます。

だから誘導してくれる人の相性とか声のトーンがかなり重要。あと、私のような英語力が中途半端な人間にとっては英語が聞き取りやすいかどうかも!5月に別の瞑想コースに参加した時は先生が早口で全く聞き取れず、そうすると単なる雑音でしかなく、ちょっとキツかった。

今回はレクチャーはヴェン・ドルマ先生というアメリカ人の尼僧。瞑想はレナート先生という、長くここで学んでいるドイツ人の男性が担当してくれました。二方とも聞き取りやすい英語だったので助かりました。特に瞑想を誘導してくれたレナート先生の、やさしい声と語り口が素晴らしく、瞑想の時間が楽しみでした。
レナート先生、多分30代くらいかなー。ヒョローっとした長身で坊主頭が伸びかけた角刈りヘアにちょび髭にメガネ。いっつも頰がぽわっと赤い、朴訥とした佇まい。メガネをきゅっと指で上げながら、眉を八の字にして目を閉じながら、めっちゃソフトな語り口でゆっくり誘導してくれる。
これが結構マジカルで、深ーくゆっくり、心の奥まで連れてってくれる。いやー勉強になりました。
チベット仏教のプラクティスはヴィジュアライズをかなり使うし、イメージの力でマインドを浄化して、ポジティブな方向へ持っていく、もともとマジカルな要素が強いのかもしれません。進んで来るとマンダラや仏の姿をありありと観想したりするのですから、これはほんのとっかかりなんでしょう。

私たちはマインドを通して世界を見ているのですから、心が聖なる世界と親密になれば、自ずと世界も聖なるフィルターを通して見ることが出来る。

ちなみにちょうど本館の隣の建物では3ヶ月に渡る、長期のリトリートが行われていました。ひとつの建物に3ヶ月共に寝泊まりし、ほとんど外に出ないそうです、一体何が行われているのか、興味深々…この本格リトリートは仏教徒としてコミットしないと参加は出来ならしい。でも、大抵の日本人は元々仏教徒だから、大丈夫なのでは。いいなー。誰かトライしてみて下さい!
by umiyuri21 | 2017-08-28 01:04 | ヨガ滞在記

チベット仏教入門講座@ダラムサラ

本日10日間のチベット仏教入門コースを終えて、下界へ戻ってきましたー。

今回参加したコースはこちら。
Introduction to Buddhism Course
http://tushita.info/programs/introduction-to-buddhism/

ツシタは外国人がチベット仏教を学ぶためのセンターで、40年近い歴史があるそうです。創始者はチベット人のラマですが、現在教えているはほとんどが西洋人の先生です。
この初心者のためのチベット仏教講座はとても人気があるコースで、毎回キャンセル待ちがでるそう。今回も106人が参加していました。ちなみに仏教国の参加者は私とヴェトナム人女性の2人だけ。インド人は10人以上いたかな。

コース期間中は基本的に沈黙、通信機器は全て預けます。本は仏教関係のみOK。
とはいっても、ヴィパッサーのコースとは違ってぶっ通しで瞑想するわけではなく、
瞑想は朝と夕方の3セッション。残りはレクチャーで、昼間に1時間だけディスカッションの時間があり、その時だけは話すことができます。最後の二日は終日瞑想ですが、ガイド瞑想がほとんどなので、ヴィパッサナーのように修行モードじゃない。仏教や瞑想に興味のある人にちょうど良い内容。センターでは初級講座の他、中級向けのコースや、本格的なタントラリトリートも行っていますが、まずはこの初心者コースに参加する必要あるそうです。

何と言ってもこのセンターのエナジーが素晴らしい。森に囲まれた高台にあり、瞑想するには最高の環境です。ちょうど今はモンスーンの季節、森は常に霧に覆われていて、下界のマクロードガンジから隔絶されてます。ミルク色に浸された木々の陰影が、本当に美しく幻想的。

私はクリスチャンの家庭で育ったので、逆に外国人のための仏教講座を聴くのは新鮮でしたし、新たな発見も多かった。宗教を超えたスピリチュアルティーチングとして、仏教がこんなに多くの人の関心を集めているんだな、と。

今日は疲れたので、詳しくはまた明日ー

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by umiyuri21 | 2017-08-27 01:52 | ヨガ滞在記

ブログ10日間お休み宣言!

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つい先日、ブログを毎日続けると宣言しましたが、ちょっとお休みします。すみませーん。でも三日坊主じゃありません。今日から10日間のチベット仏教講座に参加してきます。期間中は、通信機器は全部預けます。通信遮断前ということで、何だか色んなところから連絡が来て、バタバタ…

リトリート中、かろうじてノートは持ち込み可らしいので、10日後のレポをお楽しみに♫

多分10日間ドミトリーみたいです。頑張ります。
by umiyuri21 | 2017-08-17 13:42 | 旅行

小さく幸せ

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インドを旅していると、幸せのしきい値が低くなる。つつがなくトラブルなく移動できれば嬉しいし、着いたホテルのベッドが清潔だと嬉しいし、お湯シャワーがしっかり出れば幸せだし、wifiがしっかりつながれば申し分なし。そしてインド人が約束を守ってくれたら、すごいことだと思う。どれも日本では当たり前のことで、誰もそれで幸せだなんて思わないだろう。だからこそ、幸せを別なところで探すわけ。でも、シンプルなところを満たすのが大変だと、思考はそのシンプルな事を満たす事に使われる。だから頭の中がどんどんシンプルになる。

今日も私は一日、仕事の為の画像データをアップロードするのに苦労してた。宿の回線も、隣のカフェの回線もブログをアップロードくらいは何とか出来るが、10メガの画像をグーグルドライブにアップロードする事ができない。一晩待ったがグルグルしてるばっかりだ。

私は普段はwifiルーターを持ち歩いていて、南インドでは何処でもそれで大抵問題ない。ところが、ティルバンナーマライでたまたま買ったそのルーターはMTSというマイナーなメーカーのやつで、それが北インドの田舎にやってくると、全く使えなくなる。前回もそれで苦労したが、いよいよ北インドの田舎でも使えるメジャーなメーカーのを買うしかあるまい。

私が今住んでるのはダラムコットという山の中の村で、携帯などのリチャージをしてくれる店はマクロードガンジにある。徒歩で大体30分強、行きは山を下るからいいんだけど、帰りはずっと急な上り坂。2500ルピー出して、IDEAの4Gルーターを買った。しかしアクティベイトのためにまた夕方来いと言う。明日から、10日間の瞑想コースが始まるから、今日中に仕事をしようと思ったけど、無理かなあ。

とりあえず、マクロードガンジまで来たし、日本食食べて帰ろう、と有名なルンタという日本食レストランに行ったら、日本語で声をかけられた。リシュケシュで通ってたおかえりという日本食カフェの女将、道子さんだった。わー、こんな所で会うなんてびっくり!うれしいなあ。シッキムでもう7年も暮らしているというお友達も一緒で、インドで逞しく生活してる女性たちと話すのは、すごく楽しいし、刺激になる。

宿に帰り着いて、ネットの回線の具合をチェックしたけどやっぱりダメ。困ったなー…あ、もしかして携帯からテザリングしたらどうだろう?やってみたら、遅かったけど10分くらいでアップロードできたじゃん!そしたら2500ルピーもするルーターいらなかったんだろうか?いやいや、携帯も場所によって全く繋がらなくなるし。

数時間仕事して、夕方再び山を降り、携帯屋へ。さっき接客してくれたアニキがいない。アクティベイトして、と頼んでも、この機械の何処にシム入ってんの?いくら払ったの?と全くラチがあかない。今日は無駄足か…と諦めたところにさっきのアニキが帰ってきて、さっさとアクティベイトしてくれてた。やったー!!これで何処でも繋がるわー

仕事も予定通り上げたし、こうしてブログもアップしつつあるし。
1日で一個以上のことができたら、インドではすごい充実感があります。
がっくりする事も多いけど、その分意外と簡単に幸せになれる所でもあるんですよ。
by umiyuri21 | 2017-08-17 01:07 | 旅行

旅の部屋探し

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一旦ダラムサラ行きのバスに乗ってしまえば、そのまま何の問題もなく、早朝ダラムサラに到着。実は今回は宿を予約していなかったので、これから自分の足で探さねばならない。ダラムサラは主にマクロードガンジ、ダラムコット、バグスというエリアに分かれていて、宿が点在している。今回はダラムコットにあるツシタという瞑想センターのコースに参加するのが目的なので、宿もその近所探す事にした。

デリーは蒸し暑かったが、ダラムサラまで来ると長袖が必要な涼しさだ。涼しい分余裕が生まれて、とりあえずチャイを飲んでから宿探しに歩く。
ダラムサラは山なので、宿も傾斜沿いに建っている。荷物を持って上り下りするのは本当に大変。ちょうどインドの連休中で混んでいるのか、2、3件当たったが、早朝で宿の人も眠っていて 、横になりながら満室だよと面倒そうに言われるだけ。まだお店も閉まっていて 、人も歩いてない。

4件目、細い階段を上ると、祠でお祈りしている男性がいた。部屋ありませんか?と聞くと今ないけど、あの一番はじの部屋が、11時ごろになったら空くから、それまでこっちの部屋で休んでいろと言う。通されたのは家族の部屋のようで、割と綺麗だったのでそこに横になったら、いつの間にか寝ていた。

11時ごろ、部屋空いた?と聞くと。宿のおばちゃんが、あの部屋の客は延泊することになったから、こっちの部屋を使ってという。別の部屋に通されたが、薄暗くカビ臭い。ああーまたしてもインド的展開。空くと言われた部屋は日当たりが良さそうだったから、泊まろうと思ったのに。別のを探そうと考えたが、疲れていてその気になれない。明日は絶対空く、と言うのでとりあえず泊まることにした。wifiは?と聞くと今日は雨のせいで繋がらない、隣のカフェに行けとのこと。やれやれ…

まあ、インドの旅って本当にこんなもんよ。最近はブッキングコムやairb&bができたので随分楽になったけど、ダラムサラはブッキングコムに掲載されている宿は高いところばかりなので、安くてそこそマシな所を見つけるには、自分の足で探すしかない。

wifiを繋げにカフェに行くと、大音量で音楽が流れ、若いバックパッカーたちが集い、隣の席からは芳ばしい煙が漂ってくる。ここは本当にツーリストプレイスで、特にダラムコットは、兵役帰りの若いイスラエル人が多い。こんな場所に1人ぽつねんと居ると、何の因果で50手前の女一人旅なんかしてるのだ、私は、と、急に妙な憂いが胸に湧き上がってきた。ケーララで暮らしていても、寂しいなどど思ったことはないのだが、ツーリストの多い場所だからこそ、人寂しくなるのかもね。

そういえば、前回も尼僧院での滞在が素晴らしかっただけで、ダラムサラの町自体は好きになれなかったのだっけ。

ともかく今回目的は瞑想コースとその後の続く、ダライ・ラマの講話な訳で。その前にYoginiの原稿も上げなければならないのだ。wifiの繋がる落ち着いた場所を見つけて仕事するのみ。

夜もあちこちから、歌う声や騒ぐ声が聞こえたが、疲れもあってすぐに寝入っていた。デリーではずっと不眠気味だったのだ、多分ずっと自然の中にいたから、エアコンの室外機や冷蔵庫の振動に敏感になっているのだろう。
ところがどっこい、夜中に腕が痒くて目が覚めた。赤いプツプツが点々としている。ああーやっぱりね。毛布が湿っててカビっぽい匂いがしてたから気になった んだよなー。雨季で毛布も干せないだろうからなあ。もう長いこと旅をしていて、ゲストハウスなんか山のように停まってるから、やばそうな部屋はオーラでわかる。安い部屋でも、明るくて風通しが良く、ちゃんと回転してそうな部屋なら大丈夫なんだけど。

今回は何だかインド旅っぽい展開。明日はやっぱり宿を変わろう。持って来たハッカ油を振りかけて、パーカーをもう一枚着込んで、なるべく毛布に触れずに寝た。それでも澄んだ山の空気のせいか、8時までぐっすり寝ていた。目がさめると気持ち良い晴れ。虫の被害はハッカ油効いたのか、増えてなさそう。

さっさと荷物を片付けて、朝ごはんを食べてから宿を探そうとドアを開けたら 、宿の兄貴に会った。あの部屋空いたぞ、見てみろ。
その部屋はカビ臭い匂いもなく、明るい。テーブルもあって使い勝手も良さそうだ。窓からの眺めもまあまあ。端で人目もなく落ち着く。同じ宿でも本当に部屋によって違うんだよね。

昨日の毛布は虫がいて痒かったというと、こっちはちゃんと洗ってるぞ、大丈夫だ!wifiも繋がるようになったぞ!と。
それまで部屋の事で鬱々としていたが
ふーん、じゃあまあ、ここでいいか、と成り行きに任せることにした。

こんな感じで旅は続いていきます。

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写真は北インドの朝ごはん定番のアルパロタ。どこで頼んでもあんまり外れないので、旅行中の朝ごはんは大抵これ。
by umiyuri21 | 2017-08-15 17:29 | 旅行

ダラムサラへバスは走る

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今朝夜行バスでダラムサラへ到着しました。ものすごい疲れています...

インドの移動は三回に一回くらいの割合で、あり得ないことが起こります。今回は日本語も通じるパハールガンジの旅行代理店でダラムサラ行きの夜行バスを買ったわけですが、念のためバス会社の名前を聞くと、
「大丈夫、ここで待っていたら係りの人がピックアップに来て、そのままバスに乗ればいい」とのことでした。有名な代理店だったので、ああそうか、それは楽ちんだとすっかり安心していましたが、そういう油断してる時に限って何かが起こる。

宿から係の人に大型バスまで連れて来られたのは良かったが、いきなり「このバスはマナリー行きだから次のストップで乗り換えてね。」と言われる。「大丈夫、ガソリンスタンドの前で降ろすから、そこで待っていれば次の バスが来るから、他の人もいるから安心して。」
というわけで20分ほど走った大きな幹線道路の分岐点で「はい、降りてね。バスはあっちの方。」と降ろされてしまいました。残されたのは私とイスラエル人のカップル。いくつもの大型バスが停まっていて、言われた方向にバスを探すとどれもマナリ行き。

「バス会社どこ?」と言われてチケット見るどこにも書いていません。イスラエル人のカップルはチケットすら持っていない。彼らが代理店に電話すると、ボダナートという会社だと言われる。そのバスは分岐点の反対側の道沿い停まっていると。

蒸し暑い空気の中汗だくなりながら、大きな道路を渡る。やれやれ彼らがいなかったら1人で私はどうなっていたのだ。ようやくバスを見つけると出発は午後8時。まだ1時間半もある。
それでもバスにたどり着いてやれやれと一安心していると、おもむろにシークターバンのバス係の兄貴に「君のバスはこれじゃないな」と言われてしまいました。

はー…マジッすか…(涙)
「どこのバス会社?」
「それが書いてないんです、ここの代理店に電話して、バス会社を聞いてもらえませんか?」と頼む。こういう時、放っぽらないでちゃんと電話してくれるのが、インド人のいいところだったりもするんだが、電話のあと「向こうも調べてるらしいからちょっと待って。」

なぜこういうことが起こるのかまったく不明。バスをブッキングした時に何故会社が分からないのか、乗り換えが必要だと何も言わないのはどうしてなのか…こういう事がインドでは本当に度々起こる。

しばらくすると兄貴に「バス会社が分かったよ、あっちの方に停まってる。」と来た方向を指された。またあそこまで歩くんですか…とがっくり来たが兄貴はオートを止めてくれて、バスまでの場所を運転手に指示してくれた。そしてオートに乗ってまた移動。
ようやっ指示されたバス会社のバスまでたどり着くが「これはマナリ行きだよ、ダラムサラ行きのバスなんて知らない。」
「でも、この会社のバスだって言われたんです!」と騒ぐと誰かが現れて「それはあっちだね。」と案内してくれる。そしてまた、道を歩く事数分。黄色い服を着たバス会社の兄貴がやって来て「ダラムサラ行き、21番のシートだろ?」とちゃんと私を待ってくれましたー!
結局1時間以上もバスを探し続けていました。

まさにインド的展開。代理店から受け取ったバスチケットにはバス会社の名前も連絡先も書いておらず、バス会社は私の連絡先は知らない。いくつもの大型バスが並ぶ中、一体どうやって出会うのか。
しかしどうにかして私はバスにたどり着き、バスは私を待っていてくれる。それがインドのマジックというか…でも、そのプロセスでクタクタになる…。

バスに乗って数時間、食事休憩のために大きなドライブインで降りると、途中で別れたイスラエル人男子にバッタリ。「あ、君ちゃんとバスに乗れたんだねー。急にいなくなったから心配したよ。」一緒に食事してしばらく話すと、お互いに17日からの仏教瞑想コースに参加する事が分かった。瞑想センターでまた会いましょうと、再び別々のバスでダラムサラへ向かう。

真夜中の道路をひた走る バスに揺られていると、結局私は旅をしているつもりだけど、本当は旅に連れられているだけなんだな、と思う。バスは風景の中を走り抜けているように見えるけど、本当は風景が私に向かって走って来ている。

結局何かをしているつもりで、実はなすすべもなく、この時空の中を、見えない手によって運ばれているだけなのかもしれないと。

でも、長距離バスに乗るときは、必ずバス会社の名前を聞いおきましょう!
by umiyuri21 | 2017-08-14 17:35 | 旅行

旅とヨガ

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私にとって健康に旅を続けるためには、ヨガは欠かせません。毎朝起きたら、お湯で胃を洗浄してすっきりさせて、瞑想してアーサナをして、爽やかな気分で朝ごはんを食べる。まあこれだっけで1日の仕事の半分が終わったような気分にります。これが続けられていれば、滅多なことでは体を壊さないし、心も安定していられる。

 問題は移動続きの今回のような旅になると、どうしてもその時間を確保するのが難しくなるということ、そうすると歯車が噛み合わなるように、なし崩し的に生活が乱れ、心身もどんよりしてくる。身体がどんよりしてくるとますます、ヨガの時間を確保するのが面倒になってくるという悪循環。体もしばらく動かさないと、アーサナがどんどんできなくんるし、瞑想も同じ。久々に座ると集中力が鈍っているのがすぐわかる。

 けれどヨガを続けるということを常に忘れずに生活してると、そこから離れたり近づいたりという変化はあっても、大きく中心から外れるということがなくなってきます。
 朝ヨガをすると決めれば、夜更かしはしないし、暴飲暴食も避ける。できるだけ静かでエナジーの良い場所で過ごしたいと思う。
一旦身体が面倒くさいモードになったら、小さいところから身体を動かして、エネルギーと通していきます。瞑想も時間を短縮して、再び徐々に伸ばしていく。そしてやっと元の感じに戻ってきたなあと思ったら、また忙しくなったりしてサボりがちになるという繰り返し。

 でも、ちょっと無理してバランスを崩しても、また元に戻せると思うと、余裕が生まれる。人生思い通りにいかないこともあるし、ヨガができないこともある、いつも静かな場所が確保で出来る訳でもない。そこにいちいちキリキリしないで、鷹揚にかまえ、できる時にできることやっていく、そういう人生に対する向き合い方も、またヨガや瞑想を通じて学んだ気がします。

これは旅という不安定な生活の中では本当に大切なこと。むしろ、この不安定さの中でヨガに寄り添いながら、バランスを保って波乗りしていくこと、それそのものがヨガとも言えるし、そうしたら、旅に関わらず、生きることそのもののが、ヨガになっていく。マットの上のヨガとはその準備と言えるかもしれません。

デリーのような喧騒と不条理の真っ只中にいると、なんだかそれが身にしみて来るのです。

今夜はダラムサラへ出発!
by umiyuri21 | 2017-08-13 18:16 | ヨガ


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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