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Being Crazy

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今日は1日雨でした。
リトリートの前にエナジーチャージしてもらおうと、ジョシーをマッサージに連れて行きました。以前長期滞在していた。行きつけのカラリマッサージのAnjaneya治療院。

2ヶ月ほど前にも一度連れて行ったのですが、その時は先生のご機嫌が斜めで、土壇場になってやりたくないと言い出した。私は全然悪いところはない、大丈夫!って…
彼は周囲のエネルギーの変化にとても敏感なところがあって、何か違和感を感じると、急に態度が豹変したりします。事故後は特にその傾向が強い。
聞くところによると昔から、人に触られるマッサージは好きじゃなかったみたいです。前に長期滞在して治療できたのは、奇跡的だったのか、よっぽど元気がなかったのか…
あ、ちなみにその時の長期治療でかなり身体は動くようになったのですが、1ヶ月後に階段から落ちて腕を再び骨折し、労力と努力も泡と帰したのでした…

ともかく、前回はトリートメントルームに入って、いざマッサージをしようとしたら、急に嫌だと言い出して、何とか受けてもらおうと頼み込んだけど、一度嫌と言い始めたら絶対譲らない。
その時の、断固としてやりたくないことは絶対やらない!という燃えるような目を見た時に「あ、この人やっぱりクレイジー…」ととっさに思い、次に「クレイジーだから、あんな事故起こしたのかもしれないけど、クレイジーじゃなかったら、あそこで死んでたのかも。」と気づいたら急に力が抜け、それ以来、あんまり治療に関しては無理強いするのはやめました。私ごときがお節介したところでどうようもない。

彼が言うとこを聞かずに、ちゃんと治療を受けないから悪くなっちゃった、と私も周囲の人も思いがちだけど、彼が人の言うことを大人しく聞くような人間だったら、それはもうジョシーじゃないし、この身体で生き抜いてるパワーはそもそもないでしょう。

周りの人は健康な状態を100と考えて、そこからどこまで何ができなくなっているか、引き算で彼の状態を見ているけど、これだけの不自由さの中で、文句ひとつ言わずに出来る限りの能力を使って身体を動かし、しかも自分は全然問題ないから治療を受ける必要はないと、言ってのけるのは、かなり尋常じゃないよな、と思います。

しかしまあ、とにかく、今回は人数で固めてジョシーに治療を受けてもらおうと、みずかさんや彼女の生徒さんと一緒に治療院に出かけたら、今日は彼も機嫌よくマッサージを受けてくれました。

さすがのカラリマッサージ、一回だけでも身体の動きが全然違う!歩幅も大きくなったし、段差の上り下りもスムーズ。何とか定期的に治療してくれないものかなーと思うのですが… これも全て必要な時に必要な事が起こる、ということでしょうか。

今日たまたま、彼のカバンの中を整理していたら、50代くらいの元気なジョシーの弓道姿の写真が出てきました。無駄のない鍛え抜いた身体と、どっしりとブレのない軸の美しさ。まじでかっこいい。「いやー、ジョシーさん凄いねこれ、かっこいいなー」というと彼も嬉しそうにニコニコして「凄いよねー、これジョシーだよ。信じられないねー」と本当に笑っていました。ノスタルジーのカケラもない、彼の笑顔。密かにあっぱれです。
by umiyuri21 | 2017-09-29 02:03 | ヨガ滞在記

不思議な生き物

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明日からゲストが到着するので、マネージャーのラリーとも最終的な打ち合わせ。彼女は毎日の食事メニューもキチンとリスト化してあって、それ元に私たちのリクエストを取り入れて、食事メニューを作ってくれました。なかなか充実の食事内容になりそうです。

でも、私たちにとって、一番気になることは、ジョシーを中心としたこのリトリートが、どういう展開になるのか全く予想がつかないこと。それは私と講師のみずかさんにも賭けの部分があって、その為に彼女も少し早めに到着して、実際1日を過ごしながら、起こり得る出来事を色々とシュミレーションをしていました。

まあ、何と言っても今のジョシーの状態が、ほとんど宇宙人というか、謎の生き物。元々ぶっ飛んでた人だけど、事故の後遺症である脳の機能障害で、空間と時間の感覚が飛んでるので、彼の住んでる世界は明らかに、アナザーワールドに違いないのです。

多分インドサイドの親族たちは、歩くこともままならず、さっき食べたものも忘れてしまう彼が一体何のヨガを教えるというのか、理解できてないんじゃないかな。この間もオーナーのジョシーの従姉妹のデイシーにヨガ教師が必要なら派遣するよって言われたし…

もちろん彼は通常のヨガのレッスンはしない(そもそも昔からしていない)ので、そういう部分は講師のみずかさんが中心に行って、ジョシーのエネルギーと共にいながら、自発的に起こることに開いていけるスペースを作っていこうと考えています。ジョシーも以前言っていた、「その時に流れていくものと共にあることがヨガだ。それがアーサナであっても瞑想であっても、ダンスであってもアートであっても何でもいいんだ。」という言葉どおりに。

そこまで来ると、アーサナとかテクニックを超えた生き様としてのヨガだし、そうであっても同時にヨガのテクニックも繊細に教えることができたのが、彼の凄いところだと思う。でも、どのリネージにも属さない、フリースタイルのヨガは逆にインド人には受け入れがたく、難易度の高いアーサナを次々行うよりも、ひとつのアーサナにじっくり取り組んでいく姿勢は、西洋人向けでもなく、彼が日本に長く住み、ヨガを教えてきたのも必然なんだろうと思っています。今も日本で沢山の生徒さんから愛されているジョシーのヨガは、日本人だからこそ理解できるんじゃないかなって。

だから、今回のリトリートで、ジョシーの周りの家族を含めたインド人たちがどんな反応を示すのか、というところも結構楽しみではあるのです。
by umiyuri21 | 2017-09-28 01:50 | ヨガ滞在記

南のインドコスメ

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明後日にはゲストがやってくるので、宿のスタッフはお掃除に忙しそうにしています。
ここのマネージャーのラリーは、インド人らしくなく、まじめで細やかな人で、今朝もいつもより早く出勤してきたし、スケジュールを何回も確認してきます。
ここんとこ季節のせいか、宿の周りにかなりでかくてグロいムカデが頻繁に出没するのですが、「こんなでかいムカデ、日本から来た人が見たら悲鳴をあげちゃうかも…」と言ったら、みんなが来る前に薬を撒いておくからね、とすごく気にしてくれています。

そんな合間をぬって、今日は近郊の町、コッタヤムまでお買い物。コッタヤムはこの辺では、まあまあ大きな町で、小さいながらもファブインディアがあったりします。

ここは、マラヤマ・マノラマというマラーヤラム語の新聞の本社があります。マラヤマ・マノラマはケーララ初のマラーヤラム語の新聞で、ケーララでは一番メジャーな新聞。決して大きい町ではないコッタヤムが発祥なのです。なので、割と文化的な香りが漂っています。

最近ここにモールができて、冷房の効いたスーパーやコーヒーデイズのようカフェもあったりして、だからコッタヤムに行くときは町へ買い物感たっぷりです。

今日は化粧品の買い出しに。ケーララでは北インドでは見かけないアーユルヴェーダ系のブランドが結構あります。逆に北ではよく見かけるKadhiとかパタンジャリは売ってません。
インドコスメの嬉しいところは、ナチュラルハーバル系のファイスパックやボディウォッシュがかなり安くかえることかな。このターメリックパックも40ルピーでした。似たようなものを、KAMAなどのお洒落ブランドで買うと5倍くらい値段が違うけど、中身の差はどれほどなのかは謎。
モールのスーパーはコスメ系の品揃えが豊富なのは嬉しいんですが、店員のお姉さんの半ば強引なセールストークが結構うんざり。
この間もこのターメリックパックを半ば強引に進められ、買って使ってみたら、何だかすごいピリピリする。よく見たら、基材となるムルタニミッティというクレイに混ぜて使う物だった。仕方ないので、今日ムルタニミッティを買いに出かけ、ついでに切れかけかけてたBIOTIQUEのシャワーソープを買おうと在庫を尋ねたら、
今あるのはこの種類だけよと持ってきたものをカゴに入れて、買う前にパッケージをよく見たら小さくfor menと書かれてあった。 全然何も考えないで勧めてるだけじゃん!
最近は年のせいで目が悪いので、インドのやたら小さい文字の説明書きが読み取れず、こういう失敗をすることが多いのです。

本当に店員の言うことを真に受けてはいけないなー。うちの宿のラリーとは大違い。どっちかと言うと、後者の方がインドではデフォルト、だから普通に気が効く人に出会うと、本当に感動します。

そんな感じで皆様をお迎えする準備を着々としていますよー
by umiyuri21 | 2017-09-27 04:09 | 旅行

ハートに怒りを

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今日は、リトリートで講師をしてくださる、みずかさんが到着し、大分空気が変わりました。彼女は10年以上ジョシーから学んでいるので、彼のこともよく分かっているし、ジョシーのヨガもエッセンスも深く理解しています。彼女が来ると、ジョシーの態度もシャキッと鋭くヨギっぽくなるのです。いつもとは違った事が起こります。

ジョシー先生は人を怒らせるのが得意です。自分もよく怒るけど、余計なことを言って、人がブチ切れる所を何度も見たし、私もよくブチ切れます。
何がその人の隠れたシコリに触れるか、よく分かっている。それを引き出すことで、気づきを促しているのかもしれないけど、単に怒らせて終わりってパターンの方が多い気もします。人は怒るポイントに触れた時、自動的に怒りに火がついて相手を責める方向へ走ります。怒りの瞬間に踏みとどまるのは難しいのです。

私も今日、おもむろに深い感情のシコリに触れられて、怒り爆発しそうでした。こういう時先生は異常に鋭く、心の深みに切り込んでくる。認めたくない事を、どんどん表に出して来るので、そういう時本当に苦しくなります。何とか体制を立て直そうと言い訳したり、逃げ出したりしようとしてしまいます。

起こっていることを、受け入れたくない時、私たちはいつも苦しいのです。
苦しさとは感情ではなく、感じないようにしようとする心でもあります。
無意識のうちにハートの前でばしっと扉を閉めて、感情が入って来ないようにしています。
感情を感じないように、いろんな理由をつける。相手を攻撃するのはよくあるパターン。あるいは無関心とか、バカにしてみたり、世の中はおかしいとか、どうせ私はダメなんでしょ、と逆ギレしてみたりとか。

苦しさに逃げだしたくなって、ぐるぐるとハートの扉の前を回っています。
でも、私たちがネガティブだと考えている感情も、喜びや楽しさと同じ感情にすぎません。自分の好きな感情だけハートに入れて、後はお引き取り願うなんて不公平ではありませんか。

ハートを開くとはすべての感情にオープンであることです。ハートの扉を閉めているのは、ハートではなく思考です。ハート自身は、実はどんな感情でも受け入れるキャパシティがあります。ハートを開くとは、怒りや悲しみも、喜びと同じように深くまっすぐに感じてみること。すると、胸の前でモヤモヤしていたシコリのようなものが、すっと吸い込まれるのを感じます。胸の真ん中の空間がぱかっと開いて、呼吸が深くなるのに気がつくはず。
ハートを閉じるとは、呼吸が浅くなる事なんだなあ、と感じます。

しばらく心のうちで瞑想し、ジョシーに感じた事を告げてみると、それが分かったならまあまあかなと、言われて、深追いされずに済んで一安心。

しかし、来てくださる参加者の皆さんを怒らせないかどうか…
それも全て起こる事は正しいと、信頼するしかないのですが。
by umiyuri21 | 2017-09-26 03:36 | ヨガ滞在記

私は今にしか存在しない


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ジョシー先生とのカルマヨガ、
第一日からすでに疲労困憊です。
世の中の子育てをしている人や、介護をしている人は本当に偉いと思います。
今日は頭の中が真っ白で思考停止状態…

健常者が5分で出来ることを30分以上かけて手助けする。そういう事の連続で、集中力も体力も使います。しかも破天荒クレイジーな先生なので、黙って私の言う事なんか聞くはずない訳です。何度もブチ切れそうになります。

ちょうどKindleで購入して読み始めた本、
『ただそのままでいるための超簡約指南』(J.ジェニファー・マシューズ, 古閑博丈 著)
という本の中に、今の私を勇気づける一節を見つけました。今日はそれをシェアして軽く終わらせます。

"生の神秘に気づきたければ、今の状況にないものは必要ないんだと理解すること、そしてそれによって自分の欲求の強迫衝動をかわすことが最も大切になる。実現すべき、今より素晴らしい感覚も境地も状態もありはしない。制限の多い少ないにかかわらず、そこから解き放たれなければならないような感覚も、境地も、状態もない。これがそれだ。このせつなさは、いつだってここにある。それを経験する許可、まさに今いる場所でそれと共にある許可を自分に出せばいい。このせつなさに自分を差し出す許可も。生の神秘に自分を差し出すこと、それが自由だ"

時々、あり得ない…!という事に出会います。もう沢山だ、もっと自分を大切にしよう…!と思う事もあります。しかし、結局のところ、私は今にしか存在しないのです。あるはずだったより正しい今も、輝かしい今も存在しない。今起こっている事の中にはどんな隙間も存在しません。

どんなにアホらしく、 馬鹿げていて、不毛な事な起こっても、常にそれ以上の事が起こる余地はない、と気づいている事は、確かにものすごくパワフルです。

ジョシーも今日いいました。時間っていうのは神様のもの、あなたが決められることなんてないんだよ。神様に決めてもらいなさい、それはあなたのしたい事をすればいいってことでもある。
どんな事をしても、何が起こってもそれには間違いがないんだよ。歩いたり座ったりするの大変ジョシーそう言われると、私は黙りこむしかありません。

その時本当に生は神秘だなあと思います。
by umiyuri21 | 2017-09-25 02:25 | ヨガ滞在記

先生登場

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長雨が続いたケーララも、ようやく青空が見えて、空気も湿気が抜けてきた感じです。
もうすぐゲストがやって来るので、宿のスタッフもお掃除をはじめています。数カ月使ってない部屋は湿気が籠ってしまいます。旅の間1ヶ月置きっ放しにしてたスーツケースも、開けるともわーんとカビ臭い。よくこんなに湿気っちゃうもんだなあと思います。

今日はジョシー先生がやって来ました。本当はカンニャクマリから連れて来るつもりだったけど、親戚が亡くなったということで急遽帰って来たのでした。

ジョシー先生ががやって来ると、私の安らかな孤独ライフも終わりです。身体は会うごとに、少しづつ衰えています。この宿は全然バリアフリーじゃなくて、危険な段差が結構あるので目が離せません。おまけに、扉を乱暴に閉めたり、食器を洗う時に音を立てると、すぐに不機嫌になります。常にケアフルでマインドフルでいないといけません。

色んな所で、ワークショップやリトリート受けても、ジョシーと一緒の生活に比べたら遊びみたいなもんだなーと思います。この生活が私にとって、一番厳しい、でも結果的には学ぶところの多いアシュラムライフです。けれど、外で学んで来るとよりいっそう、彼が言おうとしている事が理解できるという感じかな。

彼の身体が衰えるごとに、私のやることは増えていきます。注意力もよりいっそう必要になって来るというわけ。私が冗談めかして「ジョシーの身体が大変になると、私のカルマヨガの難易度は上がるね。」というと、目を一瞬ぎょろっとさせてニヤっと笑いました。

「ヨガっていうのは、誰でも習えるものじゃないけど、分かってしまえば簡単なんだよ。」そう言ってパチパチっと指を鳴らし、ジョシーはしばらく静かに黙りました。「ほら、こんな風にね。」

たとえ、立って歩く事すら大変になったとしても、私たちは常にヨガであり続ける事が出来るのです。
by umiyuri21 | 2017-09-24 01:33 | ヨガ滞在記

楽しい孤独

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私は小さな頃からとて怖がりで、今でも恐怖の感情はかなり強いと思います。ものすごく臆病ものです。

物心ついた時から理由のない怖さがあって、一人で眠るのが本当に恐ろしかった。怖い夢もよく見ました。それは10代の頃はもちろん、つい最近までずっと続いていました。

そんな私にとって、一人旅はかなり難易度の高いものでした。普段の自分の家で一人で眠るのも怖いのに、どうして見知らぬ異国の地で、見知らぬホテルで一人で眠ることができようか!ひとり旅に憧れてたけど、なかなか踏み切ることが出来なかったのです。たまに行く事はあったけど、いつもホテルでは電気をつけっぱなしで寝ていたものでした。

恥ずかしいから、あんまり人には言った事なかったけど…でもインドに来てみると、一人で寝るのが怖い!というのは意外と普通のことらしいというのが分かりました。

今は何故か、一人で眠ることがあまり怖くなくなりました。理由は自分でよく分からないのです。怖いという感情は、感情でもあるし、身体的反応でもある気がします。

7年前くらいに心身のバランスを崩した時、理由もないのに怖い!という感情を強く感じた時期がありました。不安神経症ぎりぎりだったんじゃないかな。理由もないのに急に心臓がばくばくしてきて、その怖さにパニックになるという…その時、恐怖とは感情だけではないと分かりました。
と書いていて思い出しただけでちょっとバクバクしてきた…

今は何故か、昔の私ならバクバクしそうなシチュエーションが起こっても、何故かあまりバクバクしません。バクバクしないので、怖いと感じずに済みます。
ちょっとバクバクしてきても、瞑想でリセットできるようになったので、それも大きいかも。

何故そうなったか、年を経るごとに、私がずっと怖いと思ってきたことを一つづつ、経験してきたからかもしれません。大切な人を喪うこと、当然あると思っていた事がなくなること。その中でもいつもと変わらぬ自分がいて、それでも自分は今も生きてるんだって、感じる。年の功というやつでしょうか。

おかげで今は、ずっとしてみたかった一人旅をする事ができるようになりました。
一人旅の寂しい感じが、なんだかいいなあ、と思います。誰かが一緒にいたら感じない孤独を感じる事ができます。孤独であるという事は、しみじみ自分自身を感じられる事です。

この間ルンピニーの韓国寺に泊まった時、だたっ広い宿泊棟にほとんど誰も泊まっていなくて、夜に洗い場に顔を洗いにいったら、大きな夜空に月が見えて、その月が本当に美しかった。こういう深い静けさを、今一人で味わえることがすごく嬉しかったのです。

明日から少しづつ、ここに色んな人がやって来て、しばらく慌ただしい日々が始まります。前夜に改めて孤独を噛み締めつつ…一人も楽しいけど、だからこそ人と会うのはもっと楽しみです。

さて、何が起こるかな…?
by umiyuri21 | 2017-09-23 02:28 | ヨガ滞在記

ケーララの聖者

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今日はケーララ州が誇る聖者、シュリ・ナーラーヤナ・グルジ(1856-1298)の命日という事で、公共機関は休日だそうです。シュリ・ナーラーヤナ・グルジは、ケーララ州以外ではほぼ無名ですが、ケーララ州では絶大な尊敬を集めています。町のあちこちに彼の肖像画を見ることができます。

ナーラーヤナ・グルジはアウトカースト出身で、「ひとつのカースト ひとつの宗教 ひとつの神 」というスローガンを唱え、宗教家でありながら、社会活動を熱心に行い、ケーララの社会を大きく変えたんだそう。
当時のケーララの社会はカースト制度が厳しく、アウトカーストの人々は学校に行けないどころか、上半身に服を着ることも禁じられていたそうです。
そうした制度を変革し、ケーララに孤児院や学校を多く作ったのだとか。

現代ケーララの社会制度が他州に比べて整っている背景としては、近代の藩王国が教育の普及熱心だったこと、キリスト教徒が多くミッショナリーの活動が盛んだった事、母系制の伝統が残っていたこと、そしてこのシュリ・ナーラーヤナグルジの存在が大きいのだそうです。彼の聖地にはダライ・ラマも訪問されたことがあるみたい。活動する宗教家だったんですね。

今日の朝ごはんはいつもより質素で、チャイもなく、チェチの姿が見えなかったんだけど、彼女は食事を作ったらすぐに、寺院に行ったらしい。聞けばチェチはナーラーヤナグルジと同じコミュニティの出身なんだそうだ。

そういえば、この近くにアシュラムがある女性覚者でアンマも、漁師カーストの出身で、やはり社会的な活動を熱心にされていますね。ちなみにケーララはコミュニストがかなり権力を握っている州でもありしょっちゅうストライキをやっていますが、

なんとなく、瞑想だけがっつりするというよりも、身体や活動を通して精神修養をするという素地が強い印象があります。ボディオリエンテッドな感じかなー、武術の伝統があったり、食への意識も高いですし。これがヒマラヤの方にに行くと、瞑想色がどーんと強くなる感じ。

そこで思い出しましたが、以前ヨガのTTCをケーララで受けた時に、インド哲学を教えてくれたスワミジがお隣タミル州の出身、で何かとケーララと張り合う発言をしていました。w その時に出家者はタミル州や北インドでは尊敬され、アシュラムからアシュラムを転々としていれば、寝食も保証され修行に打ち込めるけど、ケーララでは出家者はあんまり尊敬されないんだよ。ってこぼしてました。それはなんとなく、私もジョシーに対する家族の態度を見ていると感じていました。確かにサドゥーのような遊行者をケーララで見かける事は少ないです。

以前ケーララの知人が「ケーララはインドのムーラダーラ・チャクラ」と言ってましたが、言いえて妙だなーと思っています。






by umiyuri21 | 2017-09-21 23:46 | ヨガ滞在記

カルマヨギ

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ケーララの朝は、ココナッツをガリガリ削る音、圧力釜がぷしゅーっという音、そしてマスタードシードがパチパチはじける音と香りからはじまります。
ケーララの伝統的な朝ご飯、プットゥやイドゥリ、アッパムなど…どれも作るのに手間がかかります。前日から仕込むものもあります。これを毎朝作ってるおかあさん達は本当に偉い!

この宿でも、近所に住む料理上手のおばさんが、毎日ごはんを作りに来てくれます。朝7時ごろからココナッツの削る音が聞こえ始めます。チェチ(お姐さん)とみんなから呼ばれてるので、未だ本名は分かりません…。彼女の作るケーララの家庭料理は本当に美味しくて、毎日食べるのが楽しみです。北インドのホテルでルームサービスを頼むと、やる気のない料理がよく出て来ますが、雲泥の差です。基本的にケーララの家庭料理はどこもおいしいので、それを食べてる限りは、三食カレーでもノープロブレムです。

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ちなみに、今朝はイディアッパムという米粉の麺蒸したもの、ココナッツがまぶしてあります。今日はジャガイモのカレーが付け合わせでしたが、ゆで卵と玉ねぎピリッとしたカレーと合わせるのが定番です。

チェチは、家ではお嫁さんがご飯を作るので、自分は仕事としてこの宿のシェフをしています。あんまりニコニコしないで、いつもクールな表情で淡々とおいしいごはんを作ってくれます。大人数ならまだしも、1人の宿泊客のために、毎日丁寧にご飯を作ってくれることに本当に感謝しています。
その佇まいに、彼女はリアルなカルマヨギだなーと思うのです。

カルマヨガとは無償の行為だったり、掃除したり、奉仕活動的なニュアンスがあります。しかし、ジョシーは以前私に「カルマヨガとは行為と自分がひとつになる事だよ。」と教えてくれました。行為と自分がひとつになればそこに分離はありません。
実際にはそれはなかなか難しいことです。

行為と自分が分離しているとは、上の空でそれをやっていたり、本当はこんな事やりたくないのに、と思っていたり、逆にこれをやったら人に認められるだろうとか、幾ら儲かるかなと考えていたり。自分にとって楽しい事とひとつになるのは比較的簡単ですが、あまり楽しくないこと、退屈な事をやるときは、往々にして自分と行為は分離しています。

どこで読んだか忘れてしまいましたが、心に残っているインドのお話で、
山の中で修行を積んだあるヨギが、修行の結果で神通力が使えるようになり、それを使って村人を騙してみようと、山を下りますが、一見何処にでもいるような平凡で老いた主婦にそれを見破られるという話、なぜかと言えば彼女は長年夫に仕え、家庭を護るというカルマヨガを行うことで、いつしか特別な力を得るようになったということです。ははーお見それしました!とヨギが降参する話、だったような…

ようするに、日常の行為の中でカルマヨガであり続けることは、山の中で修行するよりパワフルになり得るということです。そう、カルマヨガは侮れないのです。

そう思って辺りを見回すと、意外なところに意外なカルマヨギが、隠れているかもしれませんよー!
by umiyuri21 | 2017-09-21 00:04 | ヨガ滞在記

今日はカラリマッサージ

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今日は旅の疲れを取ろうと、行きつけのカラリマッサージのAnjaneya治療院へ。
カラリマッサージはアーユルヴェーダとだいたい似ていいますが、マルマというツボポイントを刺激するのが特徴です。

ケーララにはインド最古と言われる、カラリパヤットという武術があります。カンフーや空手の原型とも言われているそうです。彼らはマルマポイントを攻撃して相手を倒すので、マルマを熟知しています。戦いで痛めた身体を整える必要もあります。
よってグルッカルと呼ばれる、カラリパヤットの師範は伝統的にマッサージのテクニックも身につけており、治療院と道場が併設されている場合が多いのです。

ここもそうした伝統的なカラリマッサージの治療院です。グルッカルはカラリパヤットでも何度か章を取っている人らしいですが、見た目は呑気な腹の出たケーララのおっさんです。でも、何気にちゃんと見る所は見ていて、何も言わずに行っても、その時に必要なことをしてくれてるように感じます。
脈診とかは、されたことはありません。グルッカル曰く、顔を見れば分かるって。
以前私が体の不調をあれこれ訴えた時に、「うーん君の身体は特に問題ないね、問題なのは頭の方。色々考えすぎて、身体に出て来てるんだよ、だから物の考え方を改めなさい。」と言われました。
医者というよりは整体師に近い感じだと思います。

アーユルヴェーダのドクターはちゃんと大学を出て資格を持っている医者と、アーユルヴェーダ医の家系に生まれて秘伝を継承しているヴァイデヤという伝統医がいます。グルッカルの場合もヴァイデヤと似た感じで、大学を出ている訳ではないので、薬の処方などは、アーユルヴェーダ医の資格を持っている息子がやってくれます。でも、あえて頼まないと薬は出してくれないし、何も言わなければ、その日必要なトリートメントだけしてくれるので、気軽でいいのです。

カラリマッサージはアーユルヴェーダと何が違うのか、といえばあんまり違いはないような気がしますが、ここのマッサージはかなりストロークが強くて、痛いくらいゴシゴシ身体を擦ります。あと、オイルも自家製ものを使っているのが自慢。
毎回ヘッドマッサージから始まって、顔、身体と全身くまなく手を入れてくれるので、気に入ってます。あと、セラピストのお姉さんが 静かなのもいい。場所によっては、ペチャクチャおしゃべりしてるから、ちゃんと真面目にやって!と思いますもん。

今日は朝10時ごろに予約して行ったら、年配の方々の先客が…みんなどこかしら悪そうな感じ。そのうちの1人はダラスに住んでると言ってました。(ケーララ人は海外移住者が多い) 地元に帰ると、毎回ここの治療院に寄るようです。ここのトリートメントが好きなんだと言ってました。
私も何が特にすごい!って感じでもないんだけど、でも色々アーユルヴェーダの治療を受けた中でもここが一番好きです。マッサージって大抵術後はボーっとするけど、ここのはすっきりするから。それが戦士のためのマッサージってことなんでしょうか。

今日はマッサージとスチームバス。何も言わずに行くと、向こうがメニューを選んでいるのでお任せコースです。スチームに入ると、実は雨続きで身体が冷えてた事を実感、たっぷり、いい汗かいて、生き返りました!

マッサージに行くのは私にとって、身体を整えるのと、汚れ落としの意味もあります。普段ちゃんとお風呂に入れないので、こういう機会に全身オイル塗ってもらって、お湯で洗い流せば、毛穴の汚れまでしっかり取れるようで、まさに旅の垢を落としたーって感じ。そう、ここは最後のシャワーの時もお姉さんが丁寧に洗ってくれるんです。

こういう治療が気軽に受けられるのがケーララの嬉しいところです。

写真はジョシーが治療を受けた時に撮ったもの。左がグルッカル、右が息子さん
by umiyuri21 | 2017-09-19 22:52 | ヨガ滞在記


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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