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3月 ヨガクラスの案内

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気がつくと2月も終わり。今日は寒いけど梅が綺麗に咲いているし、鶯の声も聞こえてくる。

確実に春がきていますね。


3月から横浜日ノ出町のヨガクラス 、曜日が変更になります。

クラス名も「優しい瞑想とヨガ哲学」から「ヨガと瞑想」に変わりました。

新しいクラスはアーサナを行います。月の最後だけ前のクラスを引き継いで、

座学と瞑想のクラスにいたします。


横浜近郊にお住まいの方、ぜひいらして下さい!


「ヨガと瞑想」

毎週水曜日19:30-20:45

横浜日ノ出町 ヨガスタジオ「ラサリラ」


3月は背中をしなやかに作る、基本のポーズを行なっていきます。

ヨガでは、背骨に沿って身体の中で一番大切なエネルギーラインが通っていると考えられています。背中を柔らかくしなやかに作ることで、気の流れが良くなり、呼吸も深くなっていきます。もちろん姿勢も改善されていきます。

シンプルなポーズをゆったりと行いながら、身体と対話し、中心の感覚にアクセスしていきます。クラスの最後には瞑想を行います。


月の最後の日は「心のヨガの日」です。この日はアーサナはお休みして、ヨガのお話と長めの瞑想をいたします。静けさの中でご自分の心に意識を向けていきましょう。


3月6日、13日、20日 : アーサナと瞑想

3月27日: 心のヨガ (お話と瞑想の日。アーサナはお休みです。)



場所:神奈川県横浜市中区日ノ出町2丁目114-2F

(日ノ出町駅より徒歩3分)http://rasalila.jp

料金:下記をご参照ください。

http://rasalila.jp/schedule/



*****************************************************************


Ruhani Bellydance Arts でのヨガクラス 3月のスケジュールです。

明日の金曜日からのスタートです。お気軽にご参加下さい!


【Being in Yoga ビーイング・イン・ヨガ 〜ヨガの中に在ること】

毎週金曜日 19:30〜21:00

神宮前前 Ruhani Bellydance Arts


3月1日:アーサナ

3月8日:心のヨガ(お話とアーサナ)

3月15日:アーサナとマントラ

3月22日:アーサナと瞑想

3月29日: サイレンス・セッション(瞑想とシェアリング)


クラス内容は週替わりとなります。1ヶ月でひとつのサイクルとして構成しています。

今週はレッスンが5回あります。月の最後の回はアーサナはお休みです。


場所: 神宮前前 Ruhani Bellydance Arts

http://www.bellydancearts.jp

ドロップイン:2,000円

クラスは予約制となります。

参加希望者はレッスン当日の午後5時までに下記のいずれかへご一報くださいませ。どうぞよろしくお願いします!

ご参加の申し込みはこちらまで

メール:umiyuriko@gmail.com

Twitter:https://twitter.com/yuriko_wakayama



by umiyuri21 | 2019-02-28 21:36 | ヨガ

マントラの響き

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先日、久しぶりに、録音した自分の声を聞く機会がありました。

その時、いつのまにか自分の声が、随分変わってるかも、と感じました。


昔はもっと喉のあたりだけを使って、モゴモゴ話していた気がします。

今もすごくクリアな話し方って訳じゃないけど、

声は以前に比べたら、随分はっきりしています。


きっとこれは、マントラのチャンティングの効果でしょう。



インドでヨガを学んでいる時、いつもクラスの初めと終わりはマントラを唱えていました。


私はこのマントラの時間がとても好きでした。


ですから、私のヨガクラスでも最初と最後は、必ずマントラを唱えます。



真言と訳されるマントラはインドではとても大切にされています。

マントラで使われる言語は、世界最古の言葉と言われるサンスクリット語。

主に祭儀の場で使われ、今まで変化せずに伝えられてきました。


その響きはパワフルで聖なるものとされており、インドには数多くのマントラがあり、日々心を込めて唱えるだけでさまざまな効果があると言われています。


インドでは宇宙は微細な音から始まったと言われています。

音、つまりバイブレーション。

マントラを唱える時、そのバイブレーションが体を通って、空間にも発せられていきます。


身体も空間も整えてくれます。


心を集中させ、落ち浮かせる作用もあります。


ヨガの先生であったジョシーはいつも、マントラは呼吸の練習にもなるからと言っていました。

呼吸に音を乗せるように、発声しなさいと。


そして折に触れて、私の声の状態をチェックしてくれました。



確かに呼吸の中に音を乗せ、マントラを繰り返していくと、

だんだんと身体の奥の方から、声が出てきます。

終わった後は呼吸が深くなり、身体の真ん中にすっと空間が空いて、

自分の声が低く落ち着いているのを感じていました。


やがて声を出す時に、身体の中に響くバイブレーションも感じられるようになってきました。


上手く声が出ている時は、振動がお腹から喉を通って口蓋に響くのを感じます。

そのように声が出ているときは、自分の心も落ち着いています。


今は普段の声を出す時も、この振動を意識しながら話をしています。

意識できる時は、自分がここに在るという、確かな感覚が起こります。

話に夢中になって意識が飛んでいる時は、だんだん身体の上の方で声を出している感じになります。


声は体よりも微細なものです。


一見座ってただ、チャンティングをしているだけのようで、その振動は、実は身体の深くに浸透しています。

アーサナは身体という外側の働きかけから、内側へと向かっていきますが、

声は逆です、内側から外側へと広がっていく動きです。


より身体の深くに作用して、影響を及ぼしているのです。




2月からスタートした神宮前のヨガクラス

【Being in Yoga ビーイング・イン・ヨガ 〜ヨガの中に在ること】

週替わりでメニューが変わる、新しい試みです。


第3週目はアーサナとマントラです。


ひとつのマントラをピックアップして、長めにチャンティングいたします。


ご自分の内側と外側の空間に満ちていくバイブレーションを感じてみませんか?



【Being in Yoga ビーイング・イン・ヨガ 〜ヨガの中に在ること】

開催日時 : 毎週金曜日 19:30〜21:00

場所: 神宮前前 Ruhani Bellydance Arts

http://bellydancearts.jp/

ドロップイン:2,000円


※【ご注意ください】クラスは予約制です。参加希望者は当日の

午後5時までに下記のいずれかの方法でご一報下さいませ!参加者一人でも

開講いたします。ご面倒ですが、よろしくお願いします!


若山ゆりこ連絡先

メール:umiyuriko@gmail.com

Twitter:https://twitter.com/yuriko_wakayama


クラス内容は週替わりとなります。1ヶ月でひとつのサイクルとして構成しています。

第1週目 アーサナクラス

第2週目 心のヨガ 〜 ヨガのお話と簡単なアーサナ、瞑想

第3週目 アーサナとマントラ

第4週目 サイレンス・セッション 〜ヨガのお話と瞑想、シェアリング



















by umiyuri21 | 2019-02-14 22:35 | ヨガ

出会いの恩寵 その2

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「ただ静かにしていなさい。これが方法だ。これなくして、どこにも平和を見出すことはできない。行うことや考えることが平和を生み出すことはないのだ。」(プンジャジ)




木幡等先生の「直接伝達」のセッションを受けてから、この「目覚めのエネルギー」を継続させることが最優先事項になりました。


仕事で出かける時以外は完全に家に引きこもり、人と会うことも最小限にして、私はひたすら「それ」に自分を明け渡し続けました。


それは「瞑想」とは全く違ったものでした。


瞑想は集中し努力して静かな状態を作っていくものですが、「聖なるもの」はいつも常にそこにあって、自分が意識を向ければ即座に流れ込んできます。


何時間も何もしないでただそこにいる、その事に何の苦痛も感じないどころか、静かで、穏やかな安らぎが湧き上がってくる。


そんな今までにない意識の状態の中で、色々な変容が起こってきました。





まずは、この身体としての「若山ゆりこ」と自己の意識の間に距離が生まれたことです。



今までは、この身体の中に「私」という意識がありました。


いくら、ラマナ・マハリシやその他の聖者が「あなたは身体ではない、思考ではない、感情ではない」と言ったところで、身体以外に自分の居場所がなければ、身体から自分の意識を引き剥がすことは難しいのです。





私は去年有名な瞑想の教師である、アナディ(アジズ) のリトリート参加し、そこで自己意識を明晰にするプラクティスを続けました。

それも、私にとってかなり鮮烈な体験でした。なぜなら私はここで、「自分はずっと私の中にいなかった」と気がついたからです。


彼は、彼が名付けた「Pure Me」という自己意識のセンターを常に留意し、完全に自分のアイデンティティをそこへシフトチェンジさせるように言いました。

そうすることによって、世界や想念に巻き込まれることなく、客観的に俯瞰的に見ることができるようになる。そうでなければ、私たちはいつまでも、想念の奴隷のままだと。


しかし、このプラクティスは私には、簡単ではありませんでした。

いつも呪文のように「Pure Me , Pure Me…」と繰り返し、目につく場所にも「Pure Me 」というステッカーを貼っておく。

それでも油断すると、意識はすぐに想念へとくっついて巻き込まれてしまいます。

いつも常に意識をそこへ留意し続けることなど、何年先のことやら…と途方にくれていました。


ところが「目覚めのエネルギー」を直接的に伝達されることで、想念と自己意識の距離が飛躍的に広がったのでした。

今までは「若山ゆりこ」という身体の中で自己意識と想念との戦いが繰り広げられられていましたが、ちょうど「私」が壁一枚隔てた隣の場所に移ったという感じです。


これは驚くべき状態でした。


「私は感情でもなく、思考でもなく、そして身体でもない、何かそれ以上のものだ」ということがハッキリ分かったからです。





私と身体、想念との間に距離ができたことで、私はより「若山ゆりこ」という存在を俯瞰的に見ることができるようになりました。

それはちょうど、心という名の、埃まみれの薄暗い物置の扉が一気に解き放たれ、光が差し、風が抜けるようになったかのようでした。


自分が抱え込んできた、様々な想念と次々に向き合うことになりました。


そのどれもが大切そうに見えて、ほとんどが自分を不自由にしていたものにすぎませんでした。



そしてしみじみと、心の底から気がついたのは…


「私はずっと長く悪い夢を見続けていたのだ、その事で自分を傷つけ、時に他人も傷つけ、混乱の中で生き続けてきたのだ。」という事でした。


目覚めとは、この悪い夢から完全に目覚めるということなのだと。

それは自分自身を心の牢獄から救うということです。





それは最初の一歩にしか過ぎません。



私は自力で「目覚め」に至った訳ではなく「目覚めのエネルギー」をいわばおすそ分けしてもらった訳ですから、気がつくとまた元の状態に、戻って行こうとしてしまうのです。


それを木幡先生は「目覚めの意識状態における下降」と呼んでいました。


これまでの生き方によって身についてしまった癖や習慣などにより、油断すると私が再び想念の部屋の中に迷いこんでしまい、エネルギー状態は変わらないままでありながら、昔ながらの夢の中に引きずり込まれてしまう。

しかも本人はそういう状態にまったく気づいていないという…


木幡先生は、私が報告として送るメールや、レポートの内容で状態を的確に察知し、警報を鳴らしてくれ、再びエネルギー的なサポートを受けて、体制を立て直す。

(当時木幡先生は、私を含め、目覚めが継続している生徒さんの面倒をそこまでみておられました。現在はとてもお忙しく、そこまでのサポートはございません。)

そんな日々をこの数ヶ月送ってきました。


ただただ、この「目覚めのエネルギー」との接触が途絶えないように、その中へ自分自身を明けしてゆく。


その中で自然発生的に浮き上がってくる、様々な夢や想念、感情と向き合い、手放すという作業を続けてきました。





ある夢は手強く、手放すのにかなり苦労しました。


エネルギーが下降してくると、決まってぶち当たる想念もありました。


「私」というものを形作っている夢を解体することは、自分自身を解体することでもあります。


ひとつ手放すごとに私は軽くなり、より自然に素直な自分に返っていくのを感じていました。


目覚めとは時別な何かになるのではなく、初めから誰でもなかった「形」を超えた透明な自分に戻っていくことなのかもしれません。



私を作っていた数々のストーリー、夢、希望、年齢、国籍、そして性別さえも超えていきます。


初めから私はそのどれでもなかったのです。


そのようなものに限定される存在ではなかったのです。


それは本当の自由、安らぎと、静けさの感覚に満ちていました。


そして「何者かである私」を超えて生きることは、「私を超えた何か」に身を委ね生きることでもあります。

まさに存在の立ち位置がシフトチェンジするのです。


このプロセスは今も続いていますし、その深まりは終わることはないだろうと思います。





自分が軽く透明になると、そこには自分を超えた何かが流れ込んできます。

その自分を超えたものへの信頼感が、自然に強まっていくと、思い悩んでぐるぐるする事は激減しました。


今回起こったことをオープンに書いてみようと思い立ったのも、その見えない流れに促されたからです。


この「目覚め」の扉を開いてくれた木幡先生への感謝の大きさは、言葉にするのも陳腐に感じるほどです。


まさに恩寵です。


そのような先生と今の日本で出会えた事は、素晴らしい驚きです。


長年面倒を見てくれたヨガの師ジョシー、インドで出会った多くの覚者たち、彼ら全てのサポートが流れ込み、私の歩く道を光で照らしてくれています。


その全てに感謝し、道に迷わないようにこれからも歩き続けたい思っています。





そのような経緯で、2月から曜日を新しくして始まった「Being in Yoga 〜ヨガと共に在ること」では私の中に灯された、この新しいエッセンスもお伝えしていくことにしました。


第4週のサイレンス・セッションを特にその時間に当てる予定です。多分最初は手探りになるかとは思いますが、自分の理解と内なる深まりと共に、大切に育てていきたいです。


これまで出会った敬愛する先生たちから伝えられたエッセンスが、私の中を通り過ぎ、また必要な人へと流れていきますように。


気持ちも新たに、心をこめて尽力したい思っています。


どうぞよろしくお願いいたします。


※私が受けさせていただいた「セッションの経過報告」を木幡先生のサイトに掲載しております。

興味のある方は是非こちらもご覧下さい!


出会いの恩寵その1はこちらから





by umiyuri21 | 2019-02-07 17:19 | ヨガ

出会いの恩寵 その1

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『恩寵とは始まりであり、中間であり、終わりである。恩寵とは真我である。』(ラマナ・マハルシ)



去年の10月から、私は木幡等先生という、新しい先生の元で学んでおります。

今日はその出会いについて、その後に起こった様々な変容について書いてみたいと思います。

少し長くなりますが、お付き合いくださいませ。



ご存知の通り私は2012年から毎年、ヨガの師ジョシーの元で学ぶ為に、年の数ヶ月インドに滞在する日々を繰り返してきました。


当初は彼から伝統的なハタヨガを学んでいましたが、その日々の中で、私は人生における大きな喪失を経験し、さらにジョシーが交通事故の後遺症でだんだんと身体の自由が利かなくなるのを目の当たりにしてきました。

私の情熱はヨガを超え、さらに内側に向かい、私という存在の根源的な探求へと向かっていきました。


2016年から2018年までの長期のインド滞在では、ジョシーの住む南インドを拠点としつつも、インドの様々な場所を旅して、覚者や賢者と呼ばれる人々に出会い、瞑想のリトリートなどにも参加して、学びを深めてきました。(この時の様子はnoteに連載しています。)


2018年の3月に白内障の診断を受けて、手術の為に日本に帰国しようと決めた時、ジョシーは言いました。

「それを言うのをずっと待っていたよ。今までの生活の時間が終わる時がきました。」


それは彼からの卒業宣言で、私は6年に渡るインド通いが一区切りついた事を直感しました。


日本に戻ってきた私は、生活を立て直すのに追われる日々となりました。


貯金は使い果たした上に、目の手術のため思うように働けず、次にインドへ行ける目処は全く立たない状態でした。

持てるエネルギーの全てを投入して続けた探求の旅の末に、何ら根本的な変容が訪れていないことに、私は激しく意気消沈していました。





そんな折に偶然、木幡先生のサイトを知りました。


最初は日本にもこんな方がいるのだなあ、という興味本位でブログの記事を読んでいましたが、その内容は深く、文章から滲み出る木幡先生の人柄にも惹かれて、有料の会員専用の記事を読みたくなり、コンタクトを取ったのが始まりでした。


しかしその時は、まだ個人セッションを受けようという気持ちはありませんでした。

あちこち焦点の定まらないグルトリップをするのは嫌だなと思ったし、きっとジョシーに対する遠慮もあったのでしょう。


11月に横浜で哲学と瞑想のクラス受け持つのが決まった時、私はふと木幡先生の事を思い出しました。

クラスが始まる前に、今自分が疑問に感じていることを尋ねて、瞑想がより深まれば何よりだと思いつき、軽い気持ちでセッションを申し込みましたが、それが私の探求人生を、根底から大きく変えることになりました。


木幡先生のセッションの大きな特徴は「直接伝達」と呼ばれるものです。


目覚めの状態にある人のエネルギーを直接受け取るのです。

(詳しくはどうぞ先生のサイトをご覧ください)


エネルギーを直接伝達する、というのは少々怪しげに聞こえるかもしれません。

けれど、もしも生まれてから一度も、笑ったこともなく、笑った人を見たこともない人がいたとして、その人に「笑い」とは何かを伝えるには、本や言葉よりも大笑いしている人のそばに座らせるのが一番です。


大笑いしている人のそばに座れば、即座に笑いとは何かを理解することができます。

そして気がつかないうちに、その人も笑い出しているかもしれません。


それと全く同じことなのです。



スカイプで初めて木幡先生とお目にかかり、すぐに8分ほどの直接伝達を受けました。

パソコンの画面を通して、私の内側にエネルギーが満ちてきました。


急に何かが弾けるように、笑い出したくなりました。

その後は何を感じたかよく覚えていないのですが、私はただ「ああ、これなのか。これがそうなんだ。」と納得するしかありませんでした。


言葉で説明できるものではなく、ただ「これだったんですね。」としか言いようがないものでした。





直接伝達によって私に届けてくれたもの。


木幡先生はそれを「聖なるもの」と呼んでいました。


私たちの根源から世界へ放射される最も微細なエネルギー。



その命を生み出し育む根源的なエネルギーである「聖なるもの」と私たちの「自己意識」が出会うとき、目覚めが起こるのだと。


その時初めて、ラマナ・マハリシやプンジャジが繰り返し本の中で語っていた、「ただ静かにしていなさい」という意味を理解しました。


ラマナ・マハリシが「沈黙の教え」と呼んでいたのは、まさにこれだったのです。


それは本の中では明らかにはされませんが、古今東西の賢者たちはみな、その言葉による教えとともに、エネルギーも伝達していたのです。





木幡先生は、キラキラと見開かれた目がとても印象的で、非常に気さくで、そして実に素晴らしい聞き上手でした。

こんなに人の話を引き出すのが上手い人には出会ったことがありませんでした。

そして、どんな話をしてもその真意を即座に受け取ってくれるのです。


直接伝達によって生じた目覚めの意識状態により半分頭がフラフラになりながらも、初めてとは思えないほどくつろいで、色んな事を話しました。


私がこれまでの自分の探求について話すと、木幡先生は私が出会ってきた先生達、学んできたこと、経験してきたこと、その全てへのリスペクトを示し、それらが私のスピリチュアルなベースを作り、成熟させてきたのだと認めて下さいました。


この懐の広い在り方に私は感動し、木幡先生への大きな信頼を寄せていくことになりました。


何故なら今まで出会った教師の多くは、私が過去に出会った先生や探求についてほとんど関心を示さなかったからです。

例えるなら「どこで何を勉強してきたかは知らないが、うちに来たからにはうちのやり方で一からやってもらおう。」という感じでした。



直接伝達の後、今までもこれと似たエネルギーを受け取っていたことに気がつきました。


2015年にティルバンナーマライでカナダ人の覚者、ジョン・デ・ライターのセミナーに参加した時、これとかなり近い強烈なエネルギーを感じました。

その後もインドでの探求の中で、覚者と呼ばれる人のそばにいる時、瞑想リトリートの最中に心が深く静まった時、それはやって来ていました。


しかしいずれも、それが何なのか明確にしてくれる人はいなく、時間が経ち日常の雑事の中に意識が埋没すると、いつのまにかエネルギーは感じられなくなりました。


木幡先生は「目覚めを伝達をするのはある意味簡単なんだ。それをどう継続させていくか、それが先生としての仕事だろう? 」と言いました。


そして、私の生活スタイルに合わせた、目覚めの継続のための具体的で詳細なアドヴァイスをしてくれました。



その日以来私の日常生活は一変しました。


つづく



by umiyuri21 | 2019-02-06 19:17 | ヨガ


旅とヨガとイラストレーション。世界と身体と脳内をめぐる旅。


by 若山ゆりこ

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